魔導時空遊園物語   第3章 ぷよぷよダンジョン“わくわくコース”

5 アルト

 哀れな落下物(人間)は建物の屋根をすべるように落ち、ルルーの目の前にべしゃりと落ちた。

 無様ではあるが、死んではないようね。まぁ、大した高さではないしこんな迷宮に挑戦しようというくらいだから、この程度の事故にくらい対処できなきゃとっくにリタイアしてるだろうケド。

 草地に頭から突っ込んだ男はしばらく呻いていたが、急に何かを思い出したようにパッと姿勢を戻して頭を上げた。目の前に仁王立ちになっているルルーにいち早く気づき、視線を泳がせつつ引きつった表情で僅かにはにかんだ。
「ヘ、ヘヘ・・・」
 愛想笑いをやったつもりらしい。悪いが、うめき声のようにしか聞こえない。瓦礫の砂だらけで見誤ってしまいそうだが、年齢はおそらくかなり若い。よく見れば、少年と言ってもいいくらいかもしれない容姿だった。
 しかし、いくら若いとはいえ迷宮の挑戦者である。にしては、えらく威勢が良くない不潔な男ね・・・、とルルーは軽蔑したが、その後ろでアルルは別のことを考えていた。
 ―――――灰色の、猫のように大きな目が印象的な男だ。アルルは、あの黒に近い瞳の色を、どこかで見たことがあると思っていた。――――――どこだっけ?
 アルルのふとした疑問をヨソに、ルルーは男に言った。
「私がアルルと出会った頃辺りからだったかしら? アンタが私たちをつけていたことは分かってたのよ」
「え・・・あ”、やっぱバレてた?」
 ふざけた態度は、緊張からだろうか。男は瓦礫で汚れた顔を、醜く歪ませて笑っている。
 態度はオチャラケていても、男の目には危機感がチラついていて、不測の事態にどう対処すればいいやら指針が決まっていないことを物語っていた。
「何のためかは知らないけど、下手な尾行だったわね」
 ルルーが再び嘲った瞬間だった。男はルルーに気づかれないように腰に隠し持った短剣に手をやっていた。その慣れた手の動きが、アルルにハッキリと思い出させた。
「あーッ、君は・・・!」
「ゲ・・・」
 男の表情に、焦りが一層深くなる。この鋭い瞳、間違いない。
「何? 知り合い?」 ルルーだ。
「ううん、他人。3日くらい前だったかな。・・・会ったよねぇ?」
 アルルはルルーを押しのけるように、しりもちを着いたままの男を見下ろした。
「ヘ・・・そ、そうだった、か、な?」
 あんまりウソが得意な方ではないようだ。言葉が完全に引きつっている。
「あいにく、ボクは人の顔を覚えるのは得意なんだ」
 アルルは今や、ハッキリと思い出していた。
 3日前の夜、遊園地に着いた直後。アルルは銀髪の剣士の指揮する連中に夜襲を喰らった。
 カーバンクルを人質にとる卑劣さを最後に見せた一団だったが、その時、カーバンクルを掴んだ銀髪の傍に控えていたのが、この黒髪の短剣使いだ。
 アルルの印象では、一団のbQといったところ。そういえば、腕になかなか治らない毒入りの傷を負わせたのも、コイツだった。男の短剣に見覚えがあったのはそのためだろう。男の完全に引きつっている表情は、冒険者として小モノらしさ充分だが、隙を作れば怖いタイプだ。油断ならない。
「アルル、コイツ何者?」
 ルルーが問うてきたので、アルルも少し考えて答えた。
愚か者フール。シェゾの話だと、他人のアイテムを“外”で奪って、迷宮をクリアしようとしてる奴らがいるらしいんだ。コイツはその一味のひとりで―――――ボクも1度、狙われた」
「あら、下には下がいるのね。アンタとアイツが可愛く見えるわ」
それはどうも
 これはアルルの自論だが、ルルーの皮肉をいちいち受け止めていたら血管がいくつあっても足りない(シェゾはよく付き合っていられるなと思う)。アルルはルルーの挑発を、たいていは受け流すことができるようになっていた。
 アルルは、男から少し離れた場所に落ちていたバッグを拾って中を見た。おそらく、この男の持ち物だ。迷宮の挑戦者なら、必ず持っているアレがあるはず。コイツの目的はハッキリしないが、名前くらいは知っておきたい。
 やはりあった、“裏迷宮通行許可証”。早速アルルは、中身を開いて見てみた――――――擦り切れたような魔法文字でこんなことが書いてあった。

 name Alto age15 Lv1 EXP23
 item 
りんご くされりんご ただの石 ??? ??? ???
 condition
------spell lock(・・・パスワードを入力してください・・・)------

「何これ?」
「・・・散々なステータスね。クリアする気あるのかしら」
 傍らから覗き込んだルルーが、そのまんまなことを言った。確かに、地下4階でこのステータスは情けない。よっぽど魔物から逃げ回りながら進まないと、こうはならない・・・。
Alto・・・アルト? まぁ、カードを作るための登録名だからね。本名じゃないにしても、面倒だからこの名前で呼ぶよ。・・・でさ、アルト。キミ、何やってんの? また、この前みたいにボクのアイテム狙ってきたとか?」
「・・・い、言うわけないだろ? そもそも、なんで見ず知らずのお前らなんかに・・・」
 アルトはしりもちをついた格好のまま後ずさりした。まるで、自分たちの後ろに魔物か何かを見つけて、腰を抜かしてしまっているようだ。アルルは不思議に思ってちらりと背後を見たが、後ろには魔物はいなかった(―――――少なくともアルルにはそう見えた)。後ろには、“ミノちゃん”がいるだけだった。アルルは、疑問符を抱えたままアルトに向き直ってしまった。
 いや、実際魔物はいたのだが。アルトはちらちらとアルルたちの後ろに控える半獣半人―――――ミノタウロスを見ていたのだから。
 ミノタウロスには、アルトの気持ちがたぶん一番良くわかっていた。たぶん、アルトが一番恐れているのは自分なのだろう。ルルーやアルルに逆らえば、この牛人が暴れ出すと考えているに違いない。
 ミノタウロスは苦笑した。心底、アルトが哀れだと思ったのだ。彼が今一番警戒すべきなのは絶対に自分ではないのに。彼が心底恐怖する力を持つのは、自分よりも数段格闘術に優れたルルー様であり、そのルルー様でさえ嫉妬する魔導の腕の持ち主アルルであるというのに。
 アルトには、さっきの戦闘を多分、建物の上から見ていたのだろうが、建物のひさしが邪魔になって、ルルー様とアルルの姿はちらちらとしか見えなかったに違いない―――――アルトの目には、図体のデカい自分が一番活躍していたように見えたのだろう。
 そんなことに、露ほどにも気づかないアルルがなおもアルトを問いただしている。
「もーキミ、何を聞いても知らない見てないの一点張りだね。もうバレバレなんだからさ、少しは素直に認めれば?」
「へ・・・悪いけど、オレはお前を見たこともないし・・・なんかを言う筋合いも・・・」
「まだ言う? キミ、ボクの腕を切りつけたじゃないか! その短剣にも見覚えあるし・・・まだ本調子じゃないんだからね! 昨日、ここをクリアするのだって、これのせいで苦労したんだから」
「そ、そりゃあ・・・気の毒だったな。尤も、オレはそんなこと知らないけど・・・」
 ルルーもルルーで、コイツは完全な黒ね、と判断していた。知らない知らないと連発するヤツほど、実は知っていることの方が多いのだ。ていうか、この焦りようを見れば、このアルトという少年がアルルの言う“腕を切りつけた男”に間違いないのは明らかだけど。アルルも、さすがに痺れを切らしたらしい。アルルにしては、いささか乱暴な手段に打って出ていた。
あっそう。そういうこと言う。じゃあキミのこのカード、今でここで折ってもいい?
 ルルーは、アルルにはこのバカ男がシェゾか何かに見えたのだろうと結論付けていた。実際、アルルの口調は、シェゾに対してのそれといつの間にか酷似していた―――――
 アルルは本当にアルトのカードを膝に押し付けてヘシ折ろうとしていた。しかし、アルトはアルルの意に反して焦った様子はなかった。
「へ? へへ・・・、そりゃご自由に」
 そう言って、少し余裕の笑みさえ見せてくる。アルルにはワケが分からない。―――――なぜ? カードを破損させたらリタイアで、これまでのクリア記録はもちろん、迷宮への挑戦資格さえも無くなってしまうのに。
「馬鹿ね、アルル。やめなさい」
 呆れ交じりでアルルとアルトのやり取りを見ていたルルーは、見かねて口を挟んだ。
「そのカード、どーせどのダンジョンのクリア記録も無ければ、アイテムもクズばっかりで、折られたところで未練がないのよ。むしろ、折ってくれればその時点でプレイヤー失格。自動的に強制退場の呪文が発動して、ダンジョンを脱出されてしまうわ。つまりコイツは、私たちから一瞬で逃げられるのよ」
「へぇ?」 アルルはようやく合点がいったらしい。
「ちっ・・・」
「ルルー、よく知ってるね。・・・カードを中で折っちゃったことあるの?」
失礼ね。この私が、そんなことあるわけ無いじゃない。じいの情報よ、『カードだけは、くれぐれも破損させないように』って・・・アンタのお供のその役に立たない黄色いペットと違って、私の協力者は皆優秀ってわけ!」
「なぁーんだ」
「どきなさい、コイツは一応私の獲物なんだから・・・私がそいつから聞きだしたいのは、そんな初歩的なことじゃないのよ」
 ルルーは、ずいと再びアルルの前に出た。高飛車なお嬢様らしい威厳を備えた態度で、アルトを威嚇した。明らかにアルルのそれとは違って、詰問慣れしている(笑)。
「じゃあ、聞かせてもらいましょうか。アンタ、魔物をたきつけて何するつもりだったわけ? 小物のクセに、ずいぶん姑息な真似してくるじゃないの」
 アルトは明らかに怯えながらも、「はぁ?!」という顔をした。顔によく出るタイプらしい。ルルーを挑発しなきゃいいけども。アルトはしばらく、「何のことだよ!」などと叫んでいた(今度は本気で知らないらしい―――わかりやすいヤツだ―――――)が、ようやくルルーがさっきの魔物の集団のことを言っていることに気づいたようだ。どうやら、この高飛車なお嬢様は、自分があの魔物の集団を呼び寄せたと思っているらしいことに。
 アルトは少し落ち着いてきたのか、さっきよりは自然な言葉を話すようになっていた。
「・・・あのな、オレじゃねぇよ。さっきのは、アンタの笑い声が魔物の癇に障ったんだろ。魔物の殺気が、アンタんとこに集まるのを感じて、オレは慌ててブロック登って凌いだんだから・・・。オレはあんたらと違って、あんな魔物の大群、相手する気ィさらさらないんで」
 言い方はムカつくが、怯えたような口調よりは耳障りではない。アルルがそう思ったように、ルルーもそう感じたのだろう。答える口調も心持ち穏やかになっている。
「ふん、姑息な詮索活動してるワリには良くしゃべるわね」
「ヘ・・・よく言われるよ。それがオレの欠点でね」
「最悪じゃない」
「うるせーよ」
 アルトは子どものようにそっぽを向いた。その様子があまりにも子どもっぽかったので、アルルはおや?と思って、もう一度アルトの“プレイヤーカード”を見た。さっきも実は気になってはいたのだが、愚か者フール相手に気が立っていたのであまり気にしなかったのだけど。

 age(年齢) 15

「・・・キミ、15歳なの?」
「そうだけど?」 そう言って、シマッタ!という顔をする。舐められるとでも思ったのか、ジタバタと「いや、16だったかな。19かも」などと意味の分からないことを言っている。その様子は、ある意味面白い。
「何慌ててんの? 隠す必要ないじゃん」
「うるせぇな! 何でもかんでもサラッと聞いてんじゃねぇよ!! 答えちまうじゃねぇか!」
 馬鹿かコイツは。からかってみると、実は面白いヤツなのかもしれない。考えてみれば出会ってからこっち顔が常に百面相だ―――――
「アルル、やめてやりなさい。なんだか見ててコイツが哀れだわ・・・。たぶん親玉か何かに『捕まっても余計なことを言うな』とでも命令されてんのよ。のワリには随分しゃべってるけど」
「うるせぇー!」
 言ってるルルーも明らかにからかっている。彼は、実際に少年に近い年齢だった。そして、忘れてはいけないがルルーもアルルも彼とそう変わらない。ルルーにしたって、人一倍大人びた雰囲気を持っていても、中身は少女のままなのだ。一方で恋する一途な乙女でもあると同時に。
 始終を傍観していたミノタウロスは、アルトが落ちてきた当初の様子と今の3人の様子が全く違っていることに気がついた。“仲良く”は無理に見ないと見えないが、悪くも見えない―――――ような気がした。もっとも、ミノタウロスは自分の目が節穴だという自覚があるのでそうとも言い切れないけれど・・・。本当に節穴の目で見たら、この様子は他愛無い3人の子どものケンカのように見えていたかもしれない。

 ただ、それがアルル(とルルー)の油断を誘ったのは間違いないだろう。
 アルトはあくまで迷宮のいち挑戦者で、アルルたちの仲間ではなかった。

 アルトは、ルルーたちに気づかれないよう、そっと左手でポケットの中のリンゴを探っていた。と同時に、アルトの目はそれとなく、アルルの肩に乗っかっている小さな生物をとらえていた。ルルーとの掛け合いにアルルが気を取られた隙を突いて、リンゴをころりと地面に転がしたのも、彼女らに隙を作らせるためだった。後で分かることだが、アルトは敵から逃げることにかけては天才的なのである(褒められない)。
「あ・・・カー君?!」
 アルトの予測どおり、カー君と呼ばれた生物は早速リンゴにありついた! ただ、予測と違ったところがひとつあって。
「ぐっぐー!」
「い?!」
 生物の舌の伸び具合に、アルトはあからさまに驚いた様子だったが、それで機を逃す彼ではなかった。アルルが気を取られた隙に素早く地を蹴って立ち上がる。最も早くアルトの思惑に気づいたのは、やはりルルーだ。
「ミノッ!」
 ルルーの一声にミノタウロスが動いた。しかし、これはあくまでアルトが一番警戒していた獣人である。斧を振りかぶっている隙に、アルトは驚いているアルルの懐に飛び込んだ。ミノタウロスにしてみれば、アルルが邪魔になってアルトへの攻撃が仕掛けられない。彼女らを守るために雇われた魔物なら、彼女らを絶対に傷つけないはずだという計算がアルトにはあった。・・・正解ではないが、間違いでもないだろう;。
 おかげでミノタウロスは動きを止めてしまい、直後にアルト目掛けて放ったルルーの回し蹴りを直撃で喰らうことになってしまった。ルルーの予定では、斧を振り下ろしたミノタウロスの背中の上を通って、蹴りがアルトに届くはずだった。

「何やってんのよ!」
「ぶもぉ〜・・・す、スミませ・・・」

 そして、アルトはやはりそういう意味で天才だった。飛び込む懐にアルルを選んだのはもうひとつの理由があったのだ。アルトは、アルルの目の前に“青いカード”を突きつけながら言った。
「へへ。カード、返してもらったぜ」
「!?」
「あばよっ」
 しまった! とアルルが思った時には遅かった。アルトは素早く飛びのいて、その場で奪い返したばかりの自分のプレイヤーカードを、真っ二つに折ってしまった

スバンッ!!

 ほんの一瞬だった。
 空間を引き裂いたような轟音がして、刹那に轟いた稲妻と共にアルトは消えうせてしまっていた・・・。

 後に残ったのは、アルトの持っていた(らしい)小さなバッグを握ったまま呆然としたアルルと、その傍らで難なく食料をゲットしたカーバンクルがリンゴを頬張るという、のほほんとした光景だけだった。(ミノタウロスは、ルルーに踏みつけられていた)

2007.2.19

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