| 3 遭遇 「アルルじゃない!」
ルルーは一瞬、アルルが自分の憎きライバルだということを忘れて笑いかけた。・・・すぐに思い出したけれど。
アルルはいつもの青い装甲魔導スーツでそこに立っていた。迷宮への挑戦者らしく、金色の杖を握っている。右肩にはおなじみの黄色い生物がちょこんと乗っかっていた。
「やっぱりルルーとミノタウロス。なんか、どっかで聞いたことのあるやりとりだと思ったら・・・そんな簡易魔法陣なんかで何やってるの」
「簡易ですって??」
アルルの何気ない発言に、ルルーは早速ピキリとなった。ミノタウロスが、野生の勘(?)で危機を察知し、こそこそと魔法陣から退避する。しかし普段、奇妙なところで勘のいいアルルがこういう時に限ってなぜか愚かな鈍感ぶりを発揮するのだ。
「いいよ、ミノちゃん、そのまんまで。この迷宮にある魔法陣には、悪質なものはホトンド無いらしいから。上手くいけば、キミのそのケガ治るかも」
「本当か? ブモ」
「あら、アルル。アンタにはこの魔法陣を発動させられるって言うのかしら?」
ルルーとしては、わざとケンカ腰に言ったつもりだったのだが、アルルには全く通じなかったらしい。しかも、無意識に挑発を挑発で返されているような気がなくもない言い方が返ってきた。
「うん、簡単な仕掛けだよ。きちんと手順を踏めば、子どもや魔法の使えない人でも発動するようになってる。まぁ、魔法陣って本来そういうものなんだけど・・・」
そう言うとアルルはルルーの前を横切り、ちょっと青ざめてるミノタウロスが乗った魔法陣へ近づいていった。ルルーの青筋がまたもピキリと増えたことにはやっぱり気づいていないらしい。
――――全く、この子には余計な感情の変化にはいちいち敏感なくせに、肝心な負の感情と言うものが酷く欠落してるんじゃないかしら。私の挑発に乗ってこないなんて、実は“挑発無効”なんていう特殊能力でも持っているんじゃなくて?! しかも、挑発をアッサリ流されたと思ったら、それ以上にムカつく言葉で返してくるし、全くこれじゃどっちが挑発されてんだかわかんないじゃない! そもそも、なんでこの私が年下相手にここまでイライラさせられなきゃなんないの・・・
ルルーの心境をヨソにアルルは魔法陣(=ミノ)の方へ両手をかざし、たった一言の呪文を唱えた。
『青き薔薇』
途端に、魔法陣からはまぶしい光が放たれ、ミノタウロスの巨体を完全に包み込んだ。
「おおッ」
ミノタウロスの身体のあちこちをすり切っていた傷が、光に照らされ見る見るうちに治っていった。
「体力回復の魔法陣だね。ボクの感覚だけど、この迷宮ではたぶんこの魔法陣が一番多いよ」
アルルは、ルルーが(正確にはミノタウロスが)どんなことをしても(大したことはやっていない;)発動させられなかった魔法陣を、いともアッサリと魔法陣を発動させてしまった。オマケにどのような効果のある魔法陣なのかさえ言い当てている。
ルルーにとっては、心底腹が立つ思いだ。
本当に・・・(さっきもそう思ったばっかりだが、)本当に、この娘はなぜにこうもこうなのだろう。容姿にしたって、スタイルにしたって、女としての魅力の全てにおいて、ルルーは決してアルルより劣っていないと自覚していた。しかし、ことルルーにとって最も肝心な『魔導』に関して“だけ”は、なぜかアルルはいつもいつも自分より先のところにいる・・・これがルルーにとって堪らなく悔しい。
何と言ってもルルーの唯一にして絶対の想い人であるサタン様の心を射止めて放さないのが、正にそのアルルの類まれなる天才的“魔導センス”とその“魔力”なのである。『どんな精霊ともすぐに打ち解け、力を解放する際の無駄がまるでない、非常に柔軟かつ純真な魔力』――――いつか魔導学校の校長が、アルルの魔力をそう褒め称えていたことをルルーは鮮明に覚えていた。ルルーにはなぜかその言葉が、サタン様自身がアルルを褒め称えている言葉のような気がして(もちろん、サタン様と魔導学校の校長が同一人物だとか、そんなワケはないのだが)、とても惨めで悔しかったのだった。
対して、ルルーは魔導の類は一切といっていいほど使えない。魔導を使おうと精霊を呼び出したとしても、どうも使い慣れている格闘術の方に力が流れてしまい、結局のところ格闘術と魔導をごっちゃにしたような中途半端な術が完成する程度だった。学校に在籍していた当初から、何十回、何百回、何千回と練習しても、数をこなせばこなすだけ、いつの間にか格闘術の修行になっている。おかげで精霊を使った奇妙な格闘系の奥義は何百種類と極めたが、魔導に至っては初歩呪文のライトでさえ完成させられないという、お笑い種にもならない惨めな苦労話しか残らなかった。
当然、学校の授業で学ぶ魔法陣や魔導文字などはサッパリ理解できない。『そもそも、君にはこういうものを読み解けるセンスが無いのだよ』―――――ルルーの脳裏に、再び校長の言葉が蘇った。
『――――まるで、天と地の差』―――――
魔導学校では、ルルーの珍しい格闘魔術が人気で何かと注目を集めることが度々あった。特に、魔導とは直接関係のない、鬼術や召喚術を教える先生には人気で、『見たことがない』とか『奇抜で合理的だ』などと称えられることもしばしばだった。それはそれでルルーも嫌な気持ちはしなかったし、魔導学校もこの珍しい力で卒業できたようなものだった。それに――――ルルーは当初はこの珍しい力こそは、自分がサタン様に認められる時の「鍵」となる力ではないかと、一時は運命すらも感じるほどだった。
しかしそんな淡い期待は、やはり校長の言葉で無残にも打ち砕かれることになる。
校長は、ルルーが教授連の注目を集めるたびにどこからか現れ、ルルーの術とアルルの魔導がいかに全く違うものであるかを生徒たちに説明した。そして、アルルの力がいかに巨大で純粋かを、またある時はアルルがいかに類まれなる力の持ち主で、素晴らしい可能性を秘めているかを、またある時はいかにアルルの力が古代の魔導師たちが目指した理想の形に近いものかを説明するのだ。
校長自身は、ルルーをけなすつもりなど全く無かったに違いない。校長はどちらかというと、アルルの力に非常に惚れ込んでいるように見えた。ルルーなど、初めから眼中になかったに違いない。しかし、ルルーにとってはそれが悔しくてたまらなかった。それは―――――ルルーにとって、校長の言葉はイコールサタン様の言葉だったからだ。
そんなワケはないと、誰から言われようとそういう気がしてしまうのだから仕方がない。校長がいると、すぐそばにサタン様がいて、校長の言葉に彼がウンウンと頷いている気がしてしまう。
魔導学校では、アルルと自分との差が見せ付けられる機会が何かと多い故に、ルルーはどうしてもアルルをライバル視せざるを得ない。そして、それは学校を卒業した今でも同じである。アルルはルルーにとって今でも最大のライバルであり、(内緒ではあるが)一種の目標でもあったのだ。
・・・・・・しかし、ルルーがライバル視し、目標視しているアルルはといえば、困ったことにルルーを全くライバルとして見ていないようなのであった。
アルルの天才的な閃きとセンスは、魔導以外ではホトンド発揮されない。普段の彼女はどちらかというとボケボケしていて(←ルルーの表現である)、ルルーの挑発にはほとんどと言っていいほど乗ってこない。それどころか、卒業してからも何かと遺跡探索やら新たな冒険場所などで鉢合わせるたびに、何の気兼ねもなく協力を申し出てきたり、時には恥も無く助けてほしいと頼みこんできたりもする。これでは張り合えるものも張り合えない。ルルーがいくら『ライバルなのよ!』と啖呵を切っても『でも、友だちでしょ』と切り返されてしまうので、これではルルーでなくても気落ちするというものだ。もっと完璧なライバルとして張り合うことができるのなら、こちらとしてももっとやる気が出るというのに。
ルルーは、そんな嫉妬と怒りと悔しさと諦めだか優しさだかよくわからない感情を全部ごっちゃにしたような気分で、思わず言い放っていた。
「あああああもう、どーしてアンタっていつもいつもそうなのかしら!!」
「え”、え? 何、急に?」
「ルルー様!?」
「ハッ」
しまった、いつの間にやら完璧に自分の世界に入っちゃっていたらしい。一瞬、状況が思い出せない。――――たしか、迷宮の魔法陣の使い方が分からなかったら、急にアルルが登場したのよね。それで、魔法陣がアルルのスペルで発動して・・・
ルルーは慌てて言葉を取り繕った。
「な、なんでもないわ・・・で、結局アンタは何を言いたいわけなのかしら?」
「・・・は? え、えーと、魔法陣のこと?」 アルルは一瞬だけ戸惑い、そして言った。
「そうだな・・・なんかこれ、ホントはもっと長ったらしいスペルを唱えなきゃならないらしいけど、実はこのキーワードだけで発動するんだよね。魔物相手に戦ってて、ピンチの時なんかには便利だけど」
なんとなく話は繋がったようなので、ルルーはシラを切り通すことにした。
「お、おほほ・・・そ、そうだったの。私ってば、いちいちその「長ったらしいスペル」を唱えなきゃならないと思っていたわ!」
「ふーん? それで手間取ってたの? ルルー、もしかしてここ初めて?」
「え? え・・・ええ、まぁ・・・そうよ」
悔しいが、そう言うしかない。そう思いながら、ルルーはアルルの表情をちらりと盗み見した。
ずいぶん余裕の表情(のように見える)。それに口ぶりからして、この子は少しは先に進んでいるようだけど・・・
ルルーは、そのことにも一瞬だけムカッとしたが、すぐに―――――なんてことは無いわ、と思い直した。
そう、すぐに追いついてやればいい。ルルーは自分に自信を持った。アルルがクリアできた迷宮なら、自分はそれ以上の速さと完璧さでクリアできるはず――――――出来るかどうかという問題ではなく、ルルーはそのように「自分の力」を強く信じることが出来る人間だった。
そしてむしろ、と考えた。むしろさっさと新参者と認めて、アルルから色んな情報を聞いた方が自分にとって有利かもしれない。ルルーは開き直った。
「ええ、その通りよ。私は昨夜、園に来たばかりよ。迷宮には今朝から挑戦してるってワケ! でも、こんな初歩迷宮、すぐにクリアしてやるわ」
「へぇ・・・じゃ、知らなくてもしょうがないよね。でもこの裏技、けっこう挑戦者の間では有名らしいから、覚えておくといいかもね」
「ぶもぉ、バカにするんじゃない! ルルー様は、この迷宮に入る時はそっちの呪文で・・・」
ドスッ
「はぅ”ッ」
ミノタウロスは音速の肘鉄を喰らい、部屋の奥の壁に激突して動かなくなった。回復したばかりだというのに、またすでに瀕死だ。魔法陣が再び役に立つかもしれない。
「え”・・・? 何?」
「ほほほほ・・・何でもなくってよ! なーんでも! おーっほっほっほ!!」
またも、ルルーのやたらと甲高い高笑いが迷宮に響いた・・・。
――――冗談じゃない。魔法陣の使い方も分からなかっただなんて、アルル相手に絶対言えるもんですか! この私が、アルルに後れを取っただなんて・・・!
そんなことよりさっさと、この子に協力する振りをして、この子から色んな情報を聞き出さなきゃ。それで、その情報をもとにもっと色んな情報を集めて一気に追いついてやるのが定石なのよ!
そのためには、まずこの子と行動を共にする状況を作らなきゃ・・・!
格闘家であるルルーは、頭の回転が非常に速い。一瞬の内にそれだけの考えを頭でまとめ、すぐさま行動に移した。
「ところでアルル。アンタ・・・ひとりでここに挑戦しているのかしら?」
「ううん、カー君も一緒だよ。ホラ」
アルルはニッコリ笑顔で、寝ているカーバンクルを差し出した。ルルーの目は点になる。
「・・・・・・。・・・あ、っそう・・・」
情報引き出し作戦、イキナリ脱力。ひとりでは大変だろうから、(無理矢理)ついていってあげるわ!作戦は瓦解した。・・・・・・っていうか、ルルーにとって、カーバンクルなど数のうちではないのだが・・・。実質ひとりじゃない!! と、ルルーは心の中で叫んでいた。ミノタウロスは、やっと瓦礫の中から這い上がったところだった。
気を取り直してルルーは次の作戦を実行した。
「で? アンタはどのくらい進んでるのよ。見たところ、少しは進んでいるみたいだけど?」
「え〜〜〜? ・・・あんまり言いたくないなぁ、そういうことは;」
アルルは今度はあからさまに渋った。どうやらここは冒険者らしく、自分の手の内はあまり見せたくは無いということらしい。
しかし、ここは駆け引きの百戦錬磨ルルーである。心の内側でニヤリとした。伊達に貴族界のタヌキ連中たちと18年間やりやってきたわけではない。小娘相手に口車で言いくるめることなど、ワケないのだ。
「あら何よ、私にはこの迷宮に挑戦するのは初めてなのかを聞いておいて、自分は黙ろうってワケ?」
「え”?」 アルルは早速言葉に詰まった。間を置いて繕う言葉にも張りがない。
「・・・い、いや、そういうワケじゃないけどさ。だって、・・・この場合、ボクがあんまり進んでないと、ルルーってボクのこと酷くバカにしそうじゃないか」
アルルは弱腰だ。ふふん、手ごたえ充分ね。あんまり進んでないってことを自分で暴露したようなもんだわ。こっちの作戦はイケそうね。
「あら、それは甘いんじゃなくて? 人にバカにされたくないのなら、それまでに自分で自分を評価できるくらいまでの努力を怠るべきではないわ。他人に指摘される前に、自分を磨いてこなかった怠慢さを棚に上げて、他人の指摘を受けたくないというのはムシが良すぎと言うものよ」
「う、うう」
実のところ、ルルーが或る地点にハマった時の口の回り具合は尋常じゃない。アルルは早々に敵わないと判断したようだ。
「・・・まぁ、いっか。どーせ、それほど進んでいるわけじゃないし」
ため息をひとつついて、アルルは言った。
「ボクはここに来て3日目。でも・・・まぁ、あまり褒められないけど、実はこのダンジョンを1回クリアしただけなんだ。次のダンジョンには・・・イマイチ気乗りしなくて」
「あらあら、ずいぶんのんびりねぇ。そんなに苦労してるんなら・・・私が協力してあげても構わなくってよ」
ルルーはやっと言いたかったことを言えた(気がした)。全く時間のかかること・・・
ここで、アルルが素直に“ぜひ!”とルルーの申し出を受け入れれば作戦成功だったのだが、アルルの答えは
「え・・・いいよ、別に」
―――――だった。
その横でまたミノタウロスが、ルルーが言いたかったことを端的に、かつ余計なカンジで言っている。
「お前、こういう時のルルー様の提案は、素直に受け取っておいた方がいいぞ。あれは、素直でないルルー様の、『助けて欲しいからお前と一緒に行きたいのだ』というメッセージなのだ」
ボキャバキャベコン
ヘンな音も聞こえたが、とりあえず気にしないことにする。
「なーんだ、そういうことなら初めからそう言ってくれれば良かったのに」
アルルのボケボケ発言に、ルルーはやっぱり最初と同じでムカムカせざるを得なかった。
だから、アンタにそんなことを言いたくないから苦労してここまで話を持ってきたんじゃない!!
もう、本当にこの子は一体何なのかしら? 私がアンタ相手に努力して積み上げてきた自信とかプライドとか強がりとかを、どうしていつもそうもことごとく全部みっともない姿に変えちゃうのよ! しかもそれを無意識にやっちゃってくれるもんだから、本当にタチが悪いわ。もう、ムカつくったらありゃしない・・・!!
「ルルー?」
「何でもないわ・・・」
ルルーは持っていきようの無い怒りは、ここのフロア=ボスにでもぶつけてやろうと結論付けて気を静めた。そして、もちろん哀れなのはフロア=ボスだ。まぁ、ボスフロアにたどり着く前に、行き場を失くした怒りは無意識的にミノタウロスに向かうことが多いため、そうとも言い切れないけれど。
まぁ、そんなことは置いといて・・・
ルルーとしては、多少の引っ掛かりが無いわけではなかったが、まぁ情報が聞けそうな状況が作れただけでもヨシとしよう。
「ふん、じゃあ有り難くアンタに協力してもらうわよ。こっちはこのやたらゴツイ従者もついてくるけど、防護柵ぐらいにはなるでしょ。私もこの迷宮の出口に着くまではアンタに協力するし、代わりにアンタの知ってる情報もとことん教えてもらうわよ」
「うん、ヨロシク。ルルー」
自然に差し出されたアルルの手を、ルルーは「・・・全く」と言って握った。
悔しいが、アルルの濁りのない笑顔は、ルルーを強い緊張から解いたようだった。ルルーの表情に穏やかさが戻ったのもこの瞬間である。なんだかんだ言って、結構ウマの合う2人。サタンという一種の確執さえなければ、彼女たちは非常に仲の良い姉妹のようにさえ見えるのだ。
かくしてここに、2人と1匹――――おっと、鼻ちょうちんを膨らまして寝ている1匹を忘れてた――――2人と2匹のパーティが成立した。
その後、先行く2人のか弱い少女たちの後をのそのそとついてゆく魔獣の姿は、ハタから見たら、どこかの道楽野郎に雇われた魔獣が世間知らずのお嬢様方を護衛しているようにしか見えないかもしれない。彼らを見た常識人のうちで、魔獣よりもこの2人の少女の方が遥かに恐ろしい戦闘能力を持っていることを見抜ける人は、果たしてどれくらいいるだろうか。
世界には、得てして常識では考えてはいけない“世界”と言うのが、必ずどこかに存在する。そして、その数は実は常識人が考えているほど少なくは無い。この“わくぷよランド”の「地上階」に隣り合う「地下階」は、そんな“世界”のひとつだった。
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