魔導時空遊園物語   第3章 ぷよぷよダンジョン“わくわくコース”

2 封じられた術

 床板が降下するにつれて、徐々に光が薄れてきている。光の眩さは、そこが休憩所のような閉鎖空間ではなく、広々とした大地に抜けるような空が広がる空間であることを意味していた。ルルーは、光の向こうにうっすらと青い色が広がってゆくのを感じていた。この色は―――――海? それとも・・・・・・

「ギャーッ!!」

 どこまで降下するのだろうと床板の下を覗き込んだ、ミノタウロスの悲鳴だった。

 ミノタウロスは、そのまま床板の降下速度よりも数倍速い速度で、真下の空間へ落ちていった。
「あーあ、バカねぇ・・・」
 すでに見えなくなったミノタウロスが落ちた辺りを見下ろしながら、ルルーは呆れた。そして、ミノタウロスがうろたえた理由を確認する。
 確かにかなりの高度だった。この床板の降下速度も随分速いが、それでも着陸するまであと、10秒はかかるだろう。真下には草原と小さな木々が見えている。無傷では済みそうにはないが、死ぬこともないだろう。ミノタウロスはタフだから。
 なんのこたぁない、ミノタウロスは高所恐怖症だったのである。手すりもないこの薄い床板が、少しでも傾けば一気にこの高さからダイビングである。それを勝手に想像して、思わず足を滑らしたのだろう。一足早くダイビングが実現しただけの話だ。

 先が思いやられるわ、とルルーはため息をつき、悠長に降下し続けている床板にも呆れて、自分も自主的に飛び降りる。ルルーが迷宮に挑戦した瞬間だった。

  

  

「いつまで痛がってるのよ」
「ブモ〜・・・スミません・・・」
 草の上で、ミノタウロスが呻いていた。ミノタウロスの骨は鉄よりも頑丈だから、折れていることはないだろうが、関節という関節が全て外れていた。とても痛そうだ。
 ルルーは素早くミノタウロスの関節を全て元通りにした。

 ボキ ベキ バキ メキ ガッコン

「ぎゃああああ!!」
「これで、なんとか立てるはずよ。ミノ、立ちなさい」
 ルルーは何事もなかったように言った。
「・・・・・・ブ、モ・・・」
 ミノタウロスは(斧を支えに)ヨロヨロと立ち上がった。すごい! さすが、腐ってもモンスター。人間業ではない所業もいともアッサリやってのける。しかし、平気で立っているわけではもちろんなく、全身複雑骨折を起こしたように痛かった。
「る、ルルー様・・・自分は瀕死でス」
「情けないわね、何言ってるの? まだ、ダンジョンに入ったばっかりなのよ。しっかりなさい」
「回復術をかけてもらえませんか、ブモ」
「しょうがないわねぇ・・・」
 ルルーは、このダンジョンがどんな風になっているかもわからないうちから、術に気力を消費するのはなるべく避けたいところだったが、その初っ端からパートナーがこれではダンジョンの初期調査もままならない。しかたなくルルーはミノタウロスの腰に手をかざした。
 気功術の一種だ。周りの風か水の精霊に働きかけて、体内の回復力を活性させる奥義である。未熟な力ではかすり傷を治癒する程度の力しかない術だが、極めれば骨折をも治すことが出来る優れた術だ。ルルーは精霊の力を具現化させる魔導の類は苦手だったが、精霊の力を体内に宿らせて力を行使する格闘術は得意である。気功術でモンスターの関節痛を和らげることくらいは、お手のモノだった。
 しかし・・・
「・・・?」
 気力を集中させようとした瞬間、ルルーは違和感を感じて手を離していた。
「どうかしましたか、ルルー様」
 ミノタウロスは、不思議そうにしている。そりゃそうだ、気功を駆使した治癒術はルルーの十八番である。失敗することはまずありえない。
「なんでもないわ、もう一度やるから動かないでよ」
 しかし、ルルーの表情は若干険しかった。ルルーは、もう一度同じところに手を当てて、先ほどよりは少し丁寧に気力を集中させていた。しかし、その行為もまた数秒経たないうちに取りやめられてしまう。
 ルルーは、今度はあからさまに険しい表情で自分の手を見ていた。
「やはり、おかしいわ・・・」
「何がっスか?」
 意味がわからないミノタウロスは、痛みも忘れて主人に問うた。ルルーは、一旦はミノタウロスを無視しようとしたらしいが、一応答えてくれた。ルルー自身も、どう言えばいいのか迷っている。
「術が発動しないのよ。いえ、どちらかと言うと・・・“氣”に精霊が反応しないような感じね・・・。よっぽどこの迷宮の精霊と、私の相性が悪いのかしら」
「ルルー様を気に入らない精霊とは、全くわがままな精霊でスね」
 ミノタウロスのトボけた意見に、ルルーは一瞬同意しかけたが、やめておいた。
 そんなはずは――――現実的に、まず無いからである。
 ルルーは周りを見渡した。
 見渡す限りの草原だった。見知らぬ土地、ただっ広い草原。風の音がないことが、少し奇妙に感じられるくらい開けた空間。所々に積み木で作ったような建物やブロックの敷石なども見えるが、遠くの方には青々とした木々も茂り、なんとも自然に溢れた牧草地だった。精霊はこのように自然豊かなところにとても多い。特にこの空間なら、草木や水、光の精霊なんて、いくらいてもおかしくない。見上げれば青空も見える。位置的には、あの“ぷよぷよダンジョン”の地下であるはずなのに、どのような細工が施してあるのか、真上には太陽までが輝いていた。
 ふと不思議に思って、太陽から少し視線をずらした。――――自分たちが乗ってきたあの休憩所の床板はどうなったのだろう? 自分がダイブした直後に、誰も乗っていないことを確認して、あの雲の向こうに戻っていってしまったのだろうか? 雲の裏側にあの“ぷよぷよダンジョン”の建物があるとしても、いささか信じられない。それくらい、この空間はとても自然で――――――
「これだけたくさんの精霊がいておかしくないところなのに、私と相性が決定的に悪い精霊ばかりだなんて、有り得ないわ」
 ルルーは奢りではなく、率直な意見として言った。
 そう、有り得ない。これほど精霊が住む条件が整った空間ならば、自分の“氣”に反応しない精霊もいる一方で、必ず反応する精霊だって存在するはずなのだ。
 決定的なのが、ルルーがこの空間をそれほど居心地悪く感じていないことだった。
 例えば闇属性の魔導師が光の精霊溢れる空間に身を置けば、居心地は相当悪くなる。この場合、光の精霊との相性が極端に悪い闇属性の魔導師のこと、光の精霊の協力が得られず、魔物にでも襲われれば苦戦は必須、と言うことになる。まぁ、精霊にも様々で、中には“闇”好きの光の精霊とか変わったヤツもいるので、一概にそうは言えないのも事実であるが。
 光の空間にいる闇魔導師でさえ精霊に協力を得られ得るのが、予測のつかない自然界ということころだ。
 ルルーと相性の悪い精霊ばかりが集められたという迷宮じゃあるまいし、それでなお、完璧に気功術が封じられているとなると、残る可能性は・・・・・・
「ブモ。じゃあ、単にルルー様の術の失敗でスね」
 ではなく・・・
 ミノタウロスは、鈍い音とともに後方に吹っ飛んでいた。関節がまたどこか外れたかもしれない。
 残る可能性は――――――まさか。そんなことは、まず有り得ない。
 ルルーは考えるのをやめた。
 まだ、自分の知らない迷宮の秘密があるのかもしれない。
 迷宮を知る前に、有りもしない可能性考えるのはやめよう、と自分に言い聞かせた。
 ルルーは気を取り直して言った。
「条件が悪いのかもしれないわ。しばらくは様子見よ。まだまだ、迷宮について私たちは知り尽くしていないのよ・・・進めば何かが分かるかもしれないわ。ミノ、行くわよ」
「え”? ルルー様、気功術での回復は?」
「発動しないんだからしょうがないでしょ。我慢なさい」
「そ、そんなぁ〜〜〜! ブモ、自分の体力・・・数字に換算すると、あと1ポイントくらいでス!!」
「大丈夫よ。1ポイントあったら動けるのは、挑戦者プレイヤーとしては常識よ」
「ええええええ!?」
 ミノタウロスがわめいている間にも、ルルーはすでに草原を歩き始めていた。ミノタウロスも、ここはルルーの従者ミノタウロスである。このくらいの痛みに耐えかねて主人を見失う従者がいるはずが無い。ミノタウロスはそう言い聞かせて持てる体力の全て(つまり1ポイント)を使って再び立ち上がった。
 ブモ、思ったほど痛くない。・・・と思うことにしよう。
 ミノタウロスは歩き出そうとしたが、その前に足元に生えている緑色の草が目に入った。
 青々とした、おいしそうな草だ。食べれば少しくらい、体力が回復するかもしれない。ルルー様にはちょっと悪いけど、このくらい食わなければ自分は迷宮をクリアする前にリタイアだ。正直ミノタウロスはそう思っていた。
 草はらっきょの味がした。ミノタウロスは心底美味いと思った。

   

 ルルーたちは運が良かったのかもしれない。
 ミノタウロスが重症だったため、しばらくは魔物と出くわさないよう慎重に進みつつの探索だった。
 草原には、いくつか間を空けるようにして並んでいる積み木の建物があった。
 中に魔物の気配が無い建物を選んで順に入っては出るを繰り返していると、たまたま数個目の建物の中に休憩所の中にあったぷよぷよの像と同じような水飲み場を発見したのである。
「あれ?」
 ミノタウロスは一瞬、休憩所に戻ってきてしまったのかとさえ思った。ぷよぷよ像の位置からベンチの形、光の加減までが、“外”の休憩所と全く同じだった。
「アンタは馬鹿だけど、そこまでバカじゃないと思ってるわよ」
 そう言って、ルルーは当たり前のようにぷよぷよ像のわきを覗き込んだ。予想通り、カードを差し込むところを発見する。今度はパスワードは要らなかった。カードを差し入れた瞬間、床板はルルーたちを迷宮の地下2階へ誘ったのである。
 驚いたことに、ダンジョンの地下1階のさらに地下にも、空があり太陽があった。
 もちろん(?)、ミノタウロスは今度こそ落下しない。さらにミノタウロスは、ルルーたちにとってとても有益なことを発見していた。
「ルルー様、この水、とても上手いです」
「ん?」
 ミノタウロスはぷよぷよ像から湧き出ている水を飲んでいた。魔法陣の光に照らされて、その光は虹色に輝いている。ミノタウロスが水を一口飲むと、ミノタウロスの外れかけていた肘の関節の腫れが、ルルーの目にも分かるほどにみるみるひいてゆく。
「回復の泉・・・?」
 ルルーは魔導学校の課題で挑戦するダンジョンにも、似たような施設があることを思い出していた。フロアの各所に休憩室があり、必ず像に守られているような泉があった。その泉の水を飲むと、体力が全快、またはある程度回復する仕組みの不思議な施設だった。しかも、像に守られる範囲にしか水の力は及ばないのか、その水を容器に入れて迷宮に持ち込もうとしても、像から一歩はなれた途端、その水はただの水に戻ってしまう。おそらくこの水もその類だ。
 ―――――妙に似てるいるわね。迷宮なんて、どこもそういうものなのかしら。
 ルルーに一瞬、奇妙な疑問符が浮かんだが、それはすぐに無視された。ルルーも水を口に含み、効果を確かめる。たしかに、うまい水だった。相当のダメージを受けていれば、たしかに体力の回復効果がありそうだ。この水には、たしかに水霊の力が宿っている―――――

 床板はほどなくして、ダンジョンの地下2階に到着した。風景は1階とそう変わらない。広々とした草原と、背の低い木々。そして、場違いのようにレンガを積み上げられただけのようなカラフルな建物。
 少しは慎重に探索をしようと、ルルーは手近な木に登ってみたり、草の種類を確かめてみたり、建物の中に入ってみたりした。建物の中ではアイテムも見つけた。小さなリンゴや、透明な液体が入ったビン、使い方の分からない奇妙な細工の施されたステッキなど。
 床板が到着した真下の地面には魔法陣も発見した。ただ、これについては使い方が全く分からなかったのでとりあえず無視する。
 奥義が使えないこと以外は、大した魔物の気配もないし懸念すべきことはまるで無かった。じいの情報を元にかなりの気合を入れて迷宮に挑んだルルーにとって、肩透かしを食らったような気分が心を占める割合が、だんだん高くなってきていた。これでは、“外”の世界と変わらない―――――魔界を統べる帝王サタン様の后として認められるだけの―――――“外”の世界から考えれば雲掴むような夢を叶えるための修行が、この迷宮で本当に出来るのだろうか。
「どう思われますか、ルルー様」
 ルルーの心を察したように、ミノタウロスは聞いた。
「そうね・・・まぁ、まだまだ未知数だけど。とりあず、見たところそれほど手ごわい迷宮といった感じはないわね。このステッキも使い方は分からないけど、悪いものじゃないみたい・・・分かるわ、なんとなく」
 小さな金色のステッキ。黄金は、呪い避けとしても使われる神秘の色。それだけに、聖なる精霊が憑きやすい。呼び覚ますすべは分からないが、この精霊の力が解放された時、悪い力が呼び覚まされることはちょっと想像できなかった。
 一方、ミノタウロスは別のステッキを取り上げていた。
「こっちはけっこう重いし、鈍器としても使えそうっスね」
 ルルーのと違って、かなり大振のステッキだった。ミノタウロスの腕で振り回すと、ぶんぶんとかなりの音がした。アレで殴られたら確かに痛そうだ。ただ、使い方さえ誤らなければ迷宮をクリアすることを妨げるような細工は見当たらない。
 初期調査では懸念すべきことは、それほど無いとルルーは思った。
「クリアの方法もわかってるもの。迷宮というくらいだから、基本的に出口を探していけばいいのよね。じいの話では、この迷宮は地下へ地下へと続いていて、最深部には迷宮を守る“フロア=ボス”がいるはずなのよ。そいつを倒せば、おのずと迷宮を脱出するすべは見つかるらしいわ」
 ルルーは立ち上がって、今一度建物の周りの気配を読む。草木の気配、小動物の気配、魔物の気配がそこかしこから感じられる――――どれもザコばっかだ―――――でも、やはり精霊の気配は感じないわね。
 おかしいわ・・・これだけ木々も生い茂っていて、草原に光が溢れてるのに、精霊が全く活動していないなんて―――――
「どうっスか?」
 気配の読めないミノタウロスが聞いたので、ルルーは思考を中断した。
「魔物も、気配を読む限りはそれほど手ごわいものはいないみたいよ。・・・せいぜい野犬か、小物の魔物がいるくらい。あとは・・・」
 野犬だって群れで襲われれば結構怖いのだが、ルルーにとってそれは敵のうちに入らない。まさに、唯一の懸念は奥義が全て封じられていることだった。フロア=ボスに遭遇する前に、ひとつくらいは使えるようになっておきたいのだけど。
 たったひとつの懸念を抱えたまま、ルルーとミノタウロスは建物を出、すぐにとなりの建物の中に入った。薄暗い2つ目の建物の中には、アイテムはひとつも落ちておらず、端の方にぽつんと魔法陣のような模様が描かれているだけだった。
「術が発動しないのは、こいつのせいかしら?」
 ルルーは魔法陣をよく知らないので、どういう力を持った魔法陣なのか見当もつかない。
「迷宮の地下へ続く魔法陣でしょうか」
「・・・それはないわ。さっき見たでしょ、ぷよぷよの像に守られた水飲み場。あれが地下迷宮への仕掛けなのよ。これは、きっともっと別の魔法陣・・・」
「どんな効果があるのでしょうか」
 ルルーにも、それが分からない。
「さぁ・・・ミノ、アンタ乗ってみなさい。それで、たぶん何か呪文を唱えるのよ。上手くいけば、封じられた気功術が解放されるかもしれないわ」
「ええ?! そ、そんな、簡単に言っちゃっていいもんなんスか!?」
 ルルーもさすがに、いちいち迷宮の仕組みを調べるのも面倒になって、やや乱暴なことを言った。ルルーは基本的に短気である。
いいのよ。とにかく知ってる呪文を全部言うのよ、間違ってたって方陣が爆発するわけじゃないでしょ」
 根拠は無かった。
 実際、魔法陣によってはタチの悪いものも存在し、嫌味な魔導師が作った方陣ともなれば、スペルを間違うと爆発どころか暗黒魔導が発動し、音も無く冥界に引きずり込まれるようにすることだって可能なのだ。・・・まぁ、こののどかな牧草地帯にそんな怖いモノなどあってほしくないと願いたいが・・・せいぜい間違えても、頭かあごにキノコが生える程度であってほしい。
 そんな専門的なことを、魔導の使えないミノタウロスが考えたわけではないだろうが、願ったことはきっと一緒だ。神と仏とお星様、サンタクロースにルルー様、それこそ知ってる己の願いをかなえる全ての象徴に祈れるだけ祈ってミノタウロスは呪文(??)を唱えた。
「ビビデバビデブー!」
 何も起きない。当たり前だ。
「アブラカタブラ!!」
 何も起きない。魔法陣は呆れたように無言だった。
「開けゴマ!!」
 何も起きない。他に何かあったっけ? とミノタウロスは首をかしげざるを得なかった。ミノタウロスは、魔導の呪文(と思ってるもの)はこれだけしか知らない。
「・・・何やってんの?」
 突然、口の無い魔法陣を代弁するかのような声が空間を割った。建物の入口に、ルルーにとって意外な人物が中を覗き込んでいた。
 濃い茶系の髪に青い装甲魔導スーツ。16歳の若さで天下の魔導学校を卒業した、ルルーの学友であり現在もライバルでもある、見習い魔導師。憎き“自分以外のサタン様の有力后候補”アルル=ナジャがそこに居た。 

2007.2.4

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