| 第3章 ぷよぷよダンジョン“わくわくコース”
1 違和感
アルルが遊園地に来て、3日目が訪れていた。
その日、早朝はそれほど天気が悪いわけではなかったが、山の天気はやはり変わりやすいらしい。太陽が広場に顔を出そうとした頃、上空に黒い雲がすぅ、と広がったかと思うと、直後に冷たい雨が降り出した。
本当に突然の雨だったので、広場はちょっとした騒ぎになった。広場をのんびりと歩いていた人たちが、急にわたわたと周りに並ぶ店の前へ走り出す。小さな子どもの手を引いて、木の陰に飛び入る親子もいた。山ほど頻繁ではないものの、街や村でもたまに見る光景だ。
実はアルルはその光景に、ちょっとばかし驚いていた。
しかし、すぐに思い当たる。
そっか、ここは遊園地だっけ。普通の人たちも多く来てる。あの人たちは、ボクみたいな冒険者と違って、雨の訪れを必ずしも感じ取れるわけじゃない・・・。
広場の真ん中で、アルルは用意していたカサをさした。雨が近いことくらいは、直前の湿った空気でわかっていた。・・・実際に降り出したのが余りに早かったのは、少し予想外だったけれど。
「けっこう、登ってきたはずだもんなぁ・・・」
灰色の空を見上げながら、アルルはなんとなく呟いた。麓の召喚鉄道からこの園までは、かなりの長旅だったことを思い出していた。
魔導師であり、また冒険慣れしているアルルにとって、雨に慌てることは滅多にない。雨が近ければ周りの水霊たちが騒ぎ出すし、雷が近ければ雷霊たちが目を覚ます。普通の人にも経験的にこれを感じとる人もいるらしいが、魔導師であるアルルの感覚はそれよりもより正確だった。今、どの精霊が活発な活動をしているかを瞬時に読み取ることは、魔導師として必須の能力といえた。
普通、麓の村から遠く離れたこんな辺鄙な場所に訪れる者といえば、魔導師ではないにしろ冒険慣れした旅人か魔物くらいだから、突然の雨に慌てて建物の陰に避難する人というのは滅多にお目にかかれない。ここにアルルは違和感を感じたわけである。
昨日一日中、裏迷宮探索に明け暮れていたせいもあるだろう。イマイチ調子が出なかったとはいえ、しっかりと冒険者の世界を堪能してきた。その直後に、一般人に紛れて遊園地で「普通」に遊ぶというのも、おかしな気分になるもんだな、とアルルはぼんやりとした頭で考えていた。
カサを差しつつ、一方の手でアイスを舐めながらアルルは周りを見渡した。
バーガー屋さんの軒先で、母親に濡れた髪をタオルでふき取ってもらっている女の子。せっかくキレイに結った髪飾りが崩れてしまうから、としきりに首を振って母親のタオルから逃れようとしている。あとでもう一度結ってあげるから、という母親の説得は女の子の耳にはあまり届いていないみたいだ。
その向こうのグッズ店では、ウィンドウにおでこをへばりつかせて、中で動くスケルトンのロボットに見入っている男の子。隣には、せっかく店から息子を引き離していたのに、とぼやいている父親らしき人がいる。十数秒後には、男の子は父親にスケルトンのロボットを凄まじい勢いでねだり始めるのだろう。その様子を想像して、アルルは小さく噴出した。
(もう、ずいぶん見てこなかったな)
―――――こんな光景。
アルルは、ふとそんなことを思った。
思えば、魔導学校に入学するため家を出て以来、ずっと冒険三昧だった。西の方に未探索の遺跡があると聞けば情報を集めて地下に潜り、目的を達成するまで2,3週間は平気で地下に潜りっぱなしだった。東の村に奇妙な魔物が出るという噂を聞けば、また資金を溜めて村まで旅し、村長の依頼を取り付けては何ヶ月でも調査を続けるという有様だった。魔導学校に入学してからも、また卒業してからも基本的な生活スタイルはこの十年変わることはなく、むしろ顕著になっていった。最終的には、突然雨が降り出したくらいで慌てるようではダメで、魔王に求婚されようが、女王に究極の乱舞を喰らおうが、変態魔導師に付け狙われようが、動じることのない肝くらいは持ち合わさなければならないくらいの世界に、いつの間にか入り込んでしまっていた。それは自分が選んだ道、そこに後悔はないけれど。
家族と過ごした自然な日々は、いつの間にかとても遠いところに置いてきたことも事実だった。
アルルは再び、バーガー屋の前で母親と奮闘する女の子に目を戻した。
女の子のように、母親に髪を結ってもらった最後の日は、一体どのくらい前のことだっただろうか。小さな頃は当然自分で髪を結うことなど出来ないから、あの年齢くらいの頃は母親に結ってもらっていたはずだ。あの頃の自分は、間違いなくあの子と同じ場所にいたはずだった。ボクはいつの間に、あの場所からこんなところまで来てしまっていたんだろう。
冷たい雨に紛れてか、はたまた今日は冒険者としての自分の気分がノらないためか、いつもは自分の隣に在る冒険者たちの息遣いが遠のいているように思えた。代わりに、自分が遠い過去に置いてきたハズの小さな現実が雨に濡れた遊園地に映し出されているようだった。
「ん?」
ふと見ると、広場の反対側に4歳くらいの子どもがひとり、カサもささずにキョロキョロとしている。
周りに親らしき人もいない、さらにその子の不安そうな表情を見ると・・・
――――迷子だろうか。
アルルは迷うことなく子どもに近づき、カサを掲げて言った。
「お母さんと、はぐれちゃったの?」
ハッとして振り返った子どもの表情は、誰かに良く似ている気がした。
子どもは、アルルの言葉に困ったように首を横に振った。
親とはぐれたわけではないらしい。では、待っているのだろうか。
「一緒に、お母さんを探してあげようか」
その質問にも、子どもはやはり困ったように首を横に振った。
やはり、迷子じゃないようだ。じゃあ、君はどうしてそんな不安そうな顔をしているの?
アルルも、少し困ってしまう。子どもはアルルのアイスを握った方の手を握り締めて、今にも泣き出しそうだった。
うーん。この様子だと、絶対迷子だと思うんだけどなぁ。
その時だった。
「おおい、ユキ」
後ろから、男の人の声がした。子どもの表情がぱっと変わる。離さないで、と頼るように握り締められていた右手から、子どもの手もぱっと離れて、子どもは男の人の方へ駆けていった。
それで、やっとアルルは納得がいった。
ああ、お父さんと遊園地に来てたのか。たしかに、「お母さん」とはぐれたわけじゃないよねぇ。
アルルは複雑に苦笑して、子どもにバイバイと手を振った。
男の人は、アルルを見つけて微笑みかけた。その人の笑顔はアルルにとって、どこか懐かしい雰囲気を持っていた。少し、煩わしいくらいに。
「君が、この子を見ていてくれたのかな」
「ええ、まぁ」
「どうもありがとう。君、お礼にそこのお店で食事でもどうかな。好きなものを頼んでいいよ」
アルルは、「おかまいなく」と笑って、すばやくきびすを返した。
ここはアルルも冒険者である。人ごみを選んでそこに紛れ、2秒後には見事に男の人の視界から消えて見せた。
――――ああ、こういうのはどうも苦手だ。ドラコやウィッチたちの大騒動に付き合いながら、腕の競い合合いをやっていた方がよっぽど性に合ってると思う。魔王の仕出かした馬鹿な計画をジュゲムでぶっ潰す方がよっぽど気分がいい。格闘女王サマ相手に、理不尽な暴言に思いっきり言い返す方がよほど落ち着く。あの変態を変態とののしり、魔導対戦を繰り広げる方が絶対に楽しい――――
広場を抜けて、アルルはぷよぷよダンジョンの裏手まで来ていた。表通りと違って、ここにはあまり人気が無い。目ぼしい店もなく、何らかの路上イベントが行なわれるわけでもない。雨に濡れた小さな休憩所がひとつあるだけなので、一般客はホトンド寄りつかない。実は、プレイヤーにとっては結構穴場なのだけど。
「あれ?」
アルルの鋭い冒険者としての感覚が、何かを捕らえた。普通、雨に降られると、人や動物の気配は読みにくい。しかしそれを知っている冒険者の中には、だからこそ雨の日には気配を消すことを怠るヤツも存在する。アルルが捕らえたのは、そういうズボラな冒険者のひとりだったようだ。
サッと、風のように休憩所に入っていった気配があった。どー考えてもフツーの人の動きじゃない。足音も無かった。その小さな違和感が、アルルの感覚に触れたのである。
アルルの目に、今日初めて強い光が宿った瞬間だった。
一瞬で、好奇心が蘇る。ドキドキと心臓が高鳴った。
冷たい雨と、慣れない非冒険的な雰囲気に、少し調子が狂っていたみたいだ。
アルルは、自分が何者だったかを思い出す。重要なことに、今更ながら気づいた。
――――そう。懐かしい、あの遠い場所に、もう自分はいない。どんなに近くにあったとしても、それはまるで映像を見ているような幻でしかない。
自分がいるべき世界はこの先だった。冒険の匂いに満ち溢れた危険な世界に身を置く者。居住の決して定まることのない彷徨い人。
ああ、そうだ。これがボクの道。
いつかのボクが、自分で選んで辿った道だ。
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