魔導時空遊園物語   第2章 裏迷宮への道

7 世界テーブル

 幼い頃は、自分が“特殊”だという意識は特に無かったように思う。
 ルルーは貴族たちの社交界にデビューする年になるまで、ホトンド本家の屋敷から出たことはなかったし、屋敷がルルーの世界の全てだった。たまに父親や母親、あるいはじいに連れられて知り合いの貴族の屋敷へ招かれることはあっても、全ては父母の作る『ルルーの世界』の箱庭の一部でしかなかったのである。
 いつだっただろう?
 その父母たちの作る「箱庭」は、さらにその周りに広がる“世界”から見てかなり「特殊な世界」なのではないか、と感じたのは。社交界へのデビューを終え、徐々にルルー自身の社交の範囲が広がるにつれて、ルルーは「箱庭」と「貴族界」の間には明らかな隔たりがあることに、少なからず気づき始めていた。

 社交界にデビューを果たしてから、何度目かの夜会でのことだったと思う。
 ふとした拍子に、父親や母親をはじめ自国の貴族が集まるテーブルを見失い、まだ着慣れないドレスを引きずりながら、やたらと派手な服装でたむろする連中の脇を通り抜けようとしたときだった。
 でっぷりと太った貴族の一人が、ルルーの(おそらくは)瞳の色に気づいた。
「ほう、珍しい。あの・・家の子どもか?」
 尋ねるフリをして、明らかに知っている言い方だった。子ども相手に聞かなくてもいいことを聞いている時点でそれは周りにもバレバレだ。男は周りのやっぱり派手な紳士や婦人にもそれとわかるよう、わざわざルルーに尋ねるような真似をしたのである。
西果てウェストエンドの田舎貴族にしては、ずいぶん身なりがいいじゃないか。例の伯爵・・・・に血でも売ったのか?」
 途端に、周りの“身なりのいい”大人たちの口から上品過ぎる冷笑が零れた。まるで、この男の髭の間から漏れた寝言が、高貴なジョークだったかのように。
 周りの大人の冷笑も含めて、無駄に毛むくじゃらな男の言葉には、明らかに嘲笑の意が込められていた。ルルーに例え“嘲笑”という言葉の意味がわからなくとも、それが好意をもって発せられた言葉でないことくらいわかる。大人のクセに、子どもにさえわかるそんなことすらわからないのか、と軽蔑を含んだ瞳で、ルルーは男を睨み返した。同時にルルーは、じいだったかラヴェンダーだったかは忘れたが、早口で言われた言葉を思い出していた。

「お嬢さま、気になさることはありません。連中・・は、人の粗を探し、それをネタに見下すことだけに人生の全てを費やし、それに至極の喜びを見出している「特殊」な人間でございます。お嬢さまとは居住する世界を異にする者たちですので、深く考える必要は無いのです・・・」

 ルルーは毛むくじゃらのクマ男を冷たく見据えたまま、冷たく言った。大人たちの談笑がざわめく曇った空間の中で、ひときわ澄んだ幼い声がリンと響いた。

「おまえは“れんちゅう”ね」

「は?」
「わたくしとは“セカイをコトにする”ものたちなのよ」

「どういう意味かね」 クマが唸った。
「ふかくかんがえるひつようはないわ」
 ルルーはすばやくきびすを返し、直後に見つけた両親や執事たちの待つ世界テーブルへ戻っていった。

   

 何か、どこか別の遠い世界へ足を踏み入れたような一瞬だった。
 ルルーが、脳裏を掠めた過去の断片をもう一度捕らえようとハッとした時には、それは時空の彼方で既に掻き消えてしまっていた。

   

■          ■          ■

   

 朝、まだ早い時間帯に、ルルーとミノタウロスは“ぷよぷよダンジョン”の裏手に休憩所を見つけた。白い小さな石造りの建物で、入り口の半分が繁みで隠れて見えない。しかし、それだけに上手く木陰になってもいた。木々の梢からキラキラした太陽の光を受け、暖かそうでいて涼しげだ。目立ちはしないが、休憩所としては充分役目を果たしそうである。
 限られた文字しか読めないミノタウロスはともかく、ルルーは地図を見ていた。角に押してある“青薔薇”のスタンプが特徴的だ。ルルーのそれは周りの客が広げる地図とは違い、事前にじいが入手していた“プレイヤー用の地図”だった。その地図には、“ぷよぷよダンジョン”の裏手の休憩所にに小さな印が入っている。ルルーらはここを目指していた。
 ルルーは、後ろでものめずらしげにキョロキョロしているミノタウロスを振り返った。
「ミノ、あんまりキョロキョロするんじゃないわよ。田舎モノみたいよ」
「は、スミません・・・」
「あんたはその身体でお面マニアってだけで充分目立つんだから、それ以上の行動は控えてよね。ま、わたくしは生来が高貴な生まれだから、目立ってしまっても仕方ないけれど」
「ハイ」
 ミノタウロスは、主人の言葉に全く違和感を持たなかった。いつものことなのである。
 ルルーは地図を閉じて、休憩所のアーチ型の入り口を指差した。
「ミノ、あそこに入るわよ」
「自分は、全く疲れておりません」
 ミノタウロスは、今朝、確かに朝寝坊をしてルルーに蹴飛ばされはしたが、朝ごはんをきちんと食べて体力を回復したし、早朝鍛錬メニューも無理なくこなした。先刻、インフォメーションでひと悶着あったものの、あの程度で体力を消耗するほど自分は堕ちていない。それでも、きちんと気を使ってくれる主人の優しさにミノタウロスは感動しかけたのであるが、その必要はなかった。
「違うわよ」
 めきょ
 奇妙は音がして、ミノタウロスのお面が凹んだ。ミノタウロスもダメージを受けたが、この程度で悲鳴を上げていてはルルーの従者は務まらない。
 ルルーは、何事も無かったように言った。
「誰がここで休憩するって言ったのよ、ここに裏迷宮アトラクション”への入り口があるって言ってるの」
「え?」
と、ミノタウロスは記憶を辿った。
 半ば勢いでインフォメーションを去ってから、ルルーについてアトラクション=エリアに入ったが、さっき“ぷよぷよダンジョンへようこそ!!”と大きく書かれた看板を無視して、このファンシーな建物を迂回してきたばかりである。ミノタウロスが見上げると、木々の梢の間からこのアトラクションの白い背中がぬぅと空高く伸びていた。
「それは、一般客用の施設。“ぷよぷよダンジョン”は、表向きには子ども向けの遊園施設アトラクションね。“ゲームセンター”とか“ガリバーランド”とか・・・動物との“ふれあい牧場”もあるみたいよ」
 ふんふん、と鼻を利かせると、面に濡れた鼻息と汗の匂いに混じって、たしかにアトラクションの方から土と草の匂いがした。
「牧場ですか。自分も行きたいでス」
「持ち込んだペットは預かってくれるのかしらね・・・」
 ルルーは、にわかに真剣な表情でそんなことを言った。その言葉は、少なくともミノタウロスには本気に聞こえた。
「冗談ですよ、ルルー様!!」
 ミノタウロスは、慌てて叫んだ。ルルーは、打って変わった表情でいたずらっぽく笑う。
「もちろん、冗談よ。これ以上、実力に差がつけば組み手を組むのも難しくなるわ。当然、あんたも裏迷宮に来るのよ。放牧はあとね」
「は、はぁ・・・」
 ミノタウロスは、すばやく休憩所に入ってゆくルルーの後姿を見ながら、表情のよく変わる方だなぁ、と改めて思った。ルルー様の想い人であるサタン様は、ルルー様ではないある娘のことを「よく表情の変わる娘」だと笑うことがあるらしいが、それだけならルルー様も決して劣りはしない。ある意味では、ルルー様の表情の多様さは、あの娘よりも貴重なモノとまで思っている。
 なぜなら――――ルルー様は、かなり限られた相手にしかその貴重な表情カオを見せようとしない・・・
「ミノッ、何してるの。早く来なさい」
「あ、ハイッ。ルルー様」
 ぼけっと突っ立っている場合ではなかった。ルルーの声に、ミノタウロスは慌てて休憩所の入り口へ走った。 

 建物の中は外に比べて薄暗かった。まぁ、光の出入り口はこの小さな入り口と正面の壁と天井の隙間に開いた小窓ぐらいだから、仕方がない。それぞれの光はひんやりとした石壁に反射し、梢の影もそこでキラキラと揺れ動いている。その揺らめく光は、中央に見える水飲み場をも照らしていた。テーマパークのシンボル“ぷよぷよ”をあしらった変わった形の水道が目立つ。
 静まった空間に人気はない、それ以外は何の変哲もない休憩所だった。ここが、謎の多い“裏迷宮”に繋がっていると聞いても、凡人ではいまいちピンと来ないであろう。
 しかし、ルルーは凡人ではなかった。注意深く薄暗闇に足を踏み入れた瞬間、凡人なら気づきもしない小さな違和感をルルーは見逃してはいなかった。
「――――?」
 記憶を何かに攫われたような過去の一瞬。再び捕らえようとしたそれは、外と内側を隔てる空間の狭間に飲まれて消えた。ルルーはほんの少しの間、建物の入り口と外の境界線上で、微動だにしなかった。
「ルルー様! 待ってください〜」
 遅れてどかどかと入り口まで駆けつけたミノタウロスの足音に、その微かな感覚は消し飛んだ。ルルーは反射的にミノタウロスに張り手を食らわせたが、その衝撃でその感覚があった痕跡までが消し飛んだ。
 パカーン!
「へぶしっ」
 ミノタウロスの巨体が、弧を描いて建物の中へすっ飛び派手に転がった。
 ズザザザザ ボコメキグシャ
 奥に並んでいたらしい長いすを全て巻き込んで、ミノタウロスは入り口と反対側の石壁に突っ込んでいた。ぷよぷよ像に激突しなくて良かった。水飲み場をぶっ壊していたら、2人して即休憩所から脱走しなければならなかっただろう。この水飲み場はただの水飲み場ではないのである。
 拳を前に突き出したまま、ルルーは怒鳴った。
「暴れるんじゃないわよ!! 今、何か思い出せそうな気がしたのに! (たぶん)裏迷宮にまつわる、直感的な何かが!
「ぶ、ぶもぅ〜・・・す、スミません・・・」
 長イスに揉みくちゃにされながら、ミノタウロスは瓦礫の中からなんとか這い出た。裏迷宮に挑戦する前から大したダメージである。しかし、これがミノタウロスを肉体的にも精神的にも強くするのだ。がんばれミノタウロス、愛の力で!
 ルルーは、休憩所の中に(壊れた長イス以外には)なんら変わったところがないことを確認して、もう一度地図を広げた。
 場所は、ぷよぷよダンジョン裏手の休憩所。場所も大きさから見ても間違いない。ならば、必ずこの休憩所のどこかに何らかの仕掛けがあるはずだった。
 ルルーは、一見初挑戦者ルーキープレイヤーだが、事前のじいの諜報活動でいくつか重要な情報を仕入れることが出来ていた。裏迷宮への入り口を見つける法則もそのひとつである。
「じいの情報は確かだから、必ずこの休憩所のどこかに裏迷宮の入り口があるはずなのよ」
 ルルーが気になったのは、ミノタウロスがものめずらしそうに覗き込んでいる水飲み場のぷよぷよの像くらいだ。“ぷよぷよダンジョン”の裏迷宮だから、ぷよぷよの彫刻―――――安易に結び付けすぎではないかしら、とも思ったが、ミノタウロスはルルーよりも遥かに単純だった。このときばかりは、その単純さが幸いしたらしい。
「ルルー様、何か・・・穴のようなモノがありまス」
「え?」
 ミノタウロスは、ヨロヨロともたれかかった水飲み場のわきを指差していた。
 ルルーが近づいてよく見ると、なるほど壁の一角に、カードを差し込むような穴が開いていた。ルルーがよく覗き込むと、穴のそばには文字が彫られていた。

『ご自由にお飲みください』

「・・・・・・」
「・・・あ、あんまり関係なかったスか?」
 ルルーの顔色が何となく変わった気がして、ミノタウロスは思わず後ずさりをした。
 しかし、来ると思った鉄拳は来ず、代わりにルルーの少々上ずった声がした。
・・・違うわ、待ちなさい。これは、・・・スペルよ。ほら、ここを見なさい」
「ぶ、ぶも?」
 殴られるワケではなさそうなので、おそるおそるルルーの指の先を覗き込んだ。
 穴のそばには「青薔薇」の紋章が刻まれている。・・・だけで、意味が良くわからなかったので、ミノタウロスは穴の形を見て言った。
「何か・・・薄っぺらいモノを、差し込めばいいんでしょうか」
「そうよ、おそらくこれ」 ルルーは、懐から青いカードを取り出した。
「ぶも、裏迷宮通行許可証プレイヤーカードでスね!」
 差込口にカードを入れると、カードと穴はぴたりと合った。
「ビンゴよ」
「やりましたね、ルルー様」
 キラリと「青薔薇」の紋章が光り、先刻の『ご自由にお飲みください』の文字が変化した。

『ようこそ、ぷよぷよダンジョン“わくわくコース”へ』

 カードを差し込んだまま、ルルーはじいから事前に聞いていた呪文スペルを唱えた。
「“ブルーローズ”」
 異変は、すぐさま訪れた。
 ゴトン
「あ」
 青薔薇の紋章が、怪しい青色に光り、それに連動するようにぷよぷよの彫刻が色とりどりに光りだした。水飲み場に湧き出す水が止まり、色を得たぷよぷよを中心にして、青や赤の光線が一瞬にして床を這った。
「魔法陣?!」
 あたかも、突如として休憩所の床に現れた光の環は、魔方陣のようだった。ルルーとミノタウロスは魔法陣の中心にいた。次の瞬間、ルルーは床それ自身に変化が起きていることに気づいていた。
 ゴゴゴゴゴ・・・
「ルルー様ッ、床が! 床が動いてまスっ!!」
「わかってるわよ、落ち着いてそこにもたれてなさい。でないと、たぶん振り落とされるわよ」
 ルルーの言葉は正しかった。
 直後のひときわ大きな揺れの後、壁と床の境目から眩い光が漏れ出してきた。床と、四方の壁がゆっくりと上下に分かれた瞬間だ。
「ふぅん、これが初級迷宮への入り口ってワケ」
 床はこのまま降下して、プレイヤールルーたちを目的の迷宮へ運ぶらしい。
 言うまでもない。裏迷宮は休憩所の地下にあったのである。
「たぶん、一般客・・・許可証カードを持っていない人間がこの空間にいると、この仕掛けは動かないのよ。もともと目立たないところにあったけど、万一、一般客がここへ迷い込んでも、ただの休憩所だと思うだけ・・・」
「じゃ、一般客がここに長居してしまうと、自分たちは迷宮に入れないってことでスね」
 珍しくミノタウロスが頭を働かせた。
「そうね、今から“迷宮”に挑戦するから出ていってくれとも言えないし・・・いかに気づかれずに追い出すか、ここも冒険者プレイヤーとしての手腕が自然に要求されてる。腕っぷしばかりで口下手なあんたじゃまず無理ってことよ」
「そうっスね」
 床とともに降下しながら、ルルーは呟いた。
「ふぅん、なかなか小賢しい細工じゃない。魔導の実力だけじゃなく、冒険者としての総合的な能力が問われるってワケね。・・・いい趣味してるわ。こういうの好きよ、わたくし」

 魔導だけで全てが決まるわけじゃない。それこそ、ルルーの信念だ。

 床がいよいよ降下し始め、周りの景色が明るい光の間から見え始めた時、ミノタウロスが言った。
「なんだか、『別世界』に行くみたいでスね」
「・・・・・・そうね」
 ミノタウロスにしては、妙に的を射たことを言う。
 ルルーは一瞬だけ、光の向こう側に母親たちの集まる世界テーブルを見た気がした。

 

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こぼれ話(『創造主伝説』―――自分的世界の捏造者の思い込みを記した書、から)
【読みたい人だけ読みましょう】
注意書き:全然正規の魔導物語の設定に全く無いことを、さも真の設定のごとく書いています。
      これを、
真の設定だと思わないで下さい。それだけは、絶対にダメです。

■「社交界」について。
 魔導世界には色々な国があります(きっと)。中でも中央大陸最大の領土を誇るセントレイス王国の貴族たちは、自分たちの王国に属する貴族が世界で最も優れた貴族だと思っています。彼らによると、セントレイスから離れた国ほど田舎国家で、その東に位置する国はイーストカントリー、西に位置するならウェストカントリー。さらに離れているとイーストエンド、ウェストエンドなどと呼んだりします(単純;)。そのまま国の名前として地図に載ってることもあります(マテ;)。特にセントレイス王国の騎士団が遠征で綿密に調査して作られた地図はとても正確らしく、色んなところで愛用されてるそうです。でも、残念(当然)ながら『わくぷよランド』の記載はありません。

■「例の伯爵」について。
 セントレイスの地図によると、ウェストエンドの最北には吸血鬼の住む城があるという伝説が記されています。セントレイスの高貴な人たちはよくその城を引き合いに出し、ウェストエンドを“アンデットモンスターの根城ひとつ制圧できない遅れた国家”として勝手に蔑んでいます。
 ちなみに、このアンデットモンスターの根城はセントレイスの騎士団がきちんと確認したわけじゃないようです。それは、ウェストエンドの皇帝が騎士団の北方への立ち入りを許可しなかったからだとか。そんなわけで、大陸最高峰の騎士団を侮辱されたと考えたセントレイスの貴族は、ウェストエンド皇国をあまり快く思ってません。
 セントレイスの貴族のウェストエンドの貴族に対する口癖はこうです。
「我々の国の騎士団が貴国の北方へ遠征すれば
、貴君が例の伯爵・・・・ごときに怯えることもなくなるだろうに」

2006.9.4

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