| 6 特別待遇 サタンはおおむね、テーマパークの経営状態に満足だった。テーマパークオープンから1ヶ月、もももの言っていたことが現実となった。
スターライトステージのフェアリーライトライヴもウォーターパラダイスのアクアマリンショーも連日大入り満員だ。ワンダージャングルでの騒ぎも上手く納めたし、今度の子ども武闘大会も予約でいっぱい。まったく、ぷよぷよを競技場に放って子どもたちに追い掛け回させるだけで1週間後には10万や20万の利益が入ってくるのだから、これほどおいしい商売はない。
しかし、ファイヤーマウンテン最大のイベントであるドラゴンズ・バトルだけは、客を上手くつかめないでいる。ドラゴンズ・バトルを近々行うと大々的に宣伝してからすでに半月が経とうとしているにもかかわらず、出場者の目処が立たず開催日の決定ができずにいた。開催日が決定しなければ、客は観戦チケットを予約することすらできない。
『うーむ、やっぱりレベルの高い魔獣を集めすぎたかな?』
競技場に放つ予定の魔獣のミニチュアを指でつつきながら、サタンは言った。
テーブルの上には、“炎の蛇”や“南国鳥竜”など、要はファイヤードラゴンに属する竜を中心にドラゴンがウヨウヨと蠢いていた。どれもこれも身体が大きく、凶暴なことで知られたドラゴンだ。中にはブラックドラゴン最強の竜といわれる“黒竜王”の姿もある。ミニチュアだから良いものの、これが実物大になったら世界の終わりは近いかもしれない。
誰が戦うんだこんなヤツと。出場者の目処が立たない理由が容易く想像できる。大金積まれたって普通イヤだ。
「当たり前やないですか」
サタンの独り言を受けたのは、ファイヤーマウンテンの企画部長を勤めるさそりまんだった。
「・・・これ、一般のお客はん用のイベントなんでっせ。何ワケのわからん魔物をつれて来はるんや。こんなんと闘うの、ワテかてイヤや」
さそりまんは、他にも「もぎり」の仕事やアトラクションの案内、そして(どこだったか忘れたが)たしかどこかでアトラクションのフロア=ボスもやっているはずだ。・・・さりげなく人手不足なテーマパーク、それ以前に雇用した従業員の配置くらいは覚えろよ、“園長”。
とにかく、フロア=ボスを勤めるほどの魔物であるさそりまんが弱音を吐くとは、ドラゴンがいかにレベルの高い魔物かということを物語っている(わざわざ説明しなくてもわかる気もするが)。
『だって、どうせやるなら珍しくて強い魔物の方がいいではないか』
わざわざ説明しなければわからない非常識魔族がここにひとり。
「こんなんでどうやって出場者集めるんや。こら、オーナー自身が出場せんかぎり、企画倒れか大損やで・・・」
『それはイヤだ、私だって忙しいのだ。だいたい、このオニューの高級スーツはこの大会の司会をするためにわざわざ仕立てたのだぞ。バトルに出向いて焦げ目でも作ったら、それこそ・・・』
サタンが無責任なことをわめいた時、事務所の扉が勢いよく開いた。
「オーナぁー」
『ハッ?!』
なにやら報告書を手に入ってきたのは動く骨―――もとい、スケルトン−Tだった。彼はぷよぷよダンジョンの企画部長であり、またサタンと園との密通もやっている。普通、骨がイキナリ部屋に入ってきたら悲鳴モノだが、骨―――もとい、スケルトン−Tが事務所へ入ってくることは、サタンの中では全く普通のことであった。
「オーナー、やっとわかりましたでー。ワンダージャングル前で騒ぎを起こした犯人」
『誰だったんだ?』
「アウルベアでしたわ。もちろん、ワンダージャングルでボスやってるヤツと違いますで。“挑戦者”が連れてきた召喚獣ですわ。アウルベアって召喚されやすいモンスターなんですなぁ」
スケルトン−Tは、むき出しになった骨をカタコトと鳴らしながら報告書をめくった。彼(?)が声を出すたびにあごが上下し、乾いた音を立てるところがまた一興(一恐?)だ。
『それで?』
「はぁ、それでですな。獣人の持ってた“裏迷宮通行許可証”が、インフォメーションに渡りましてな・・・。コードナンバーから、そいつの召喚主が割れたんですわ。名前は・・・」
『アウルベアの召喚主なんかどうでもええんじゃ〜〜〜!! そのアウルベアを単独でぶっ倒した魔導師がおっただろう! そっちのハタ迷惑野郎を調べんか!』
「あれ? ナニゆうてるんですか? ワシ、昨日も言いましたで」
『知らんわ!』
「さては、寝てはりましたなー?」
『オマエのノーミソが空っぽなだけだろ!! いいから、何度でも言うがいい』
「相変わらず勝手やなぁ。ワシも忙しいのに・・・まぁ、ええわ」
「相手はシェゾ・ウィグィィですわ。よく知ってはりますやろ」
『にゃんだと〜〜〜〜〜〜〜ッッ?!』
「あ、そや。オーナー、もうひとりかふたりくらい、あんさんがよぅ知ってはるんちゃうか思う人間が・・・」
『うおおおお! 恐れていたことがぁぁ!! アイツは私の中でドラゴンゾンビ級に(←?)トラブルメーカーなんだ! また、騒ぎを起こしてテーマパークのイメージを下げかねん! ・・・しかし、今はそれどころでもないんだー!!』
「聞いてへんみたいですなぁ。・・・ま、後でもええやろ。ほな、さそりまんさんもまたあとで」
「ほななー」
スケルトン−Tは、また足腰をカタコトと鳴らしながら部屋を出て行った。
骨が部屋を出るや否や、サタンの頭の中からシェゾ・ウィグィィの文字は消え去った。思考は完全に今、もっとも不調な武闘大会に戻ったのである。
そう、そうじゃなくって、いや、そのとおり武闘大会なのである。強大な力を持つ魔獣やドラゴンを華麗に倒せる連中を、速やかに大勢集めなければならない。危険を犯して出場してもらうわけだから、承諾させるには莫大な金額がかかるだろう。金がかさばるなぁー。まさにここが問題・・・
『まったく、今まで当たってきた連中と来たら・・・ドラゴンを倒したことがある魔導師だというから交渉してみれば、実は単に子どものドラゴンを麻酔で弱らせたのを倒しただけだとか、キマイラを一人で仕留めたというから会ってみれば、実はチームを組んで罠にはめただけだとか・・・全くどっかのヘンタイ魔導師ではないがアウルベアを一撃で半殺しにするくらいの実力がないと・・・・・・って、ん? あれ?』
そういえば・・・
サタンは、先ほどのシェゾの起こした騒ぎを一瞬だけ思い出してあることを思いついた。
『そうだ・・・、おあつらえ向きの連中がこの遊園地にはウヨウヨといるじゃないか』
『なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだ! おい、インフォメーションのキキーモラ’Sを呼べ!! すばらしいアイデアを思いついたぞ!!』
サタンがサタンらしからぬナイスアイデアを思いついたのは、これが初めてのことではなかった。このぷよぷよダンジョン20階に事務所を作ってから、サタンの頭の中にはテーマパークの経営が窮地に陥るたびに突如としてすばらしいアイデアが浮かぶようになっていた。この閃きぶりは、遊園地を共同運営している商売上手で知られた“ももも”をもうならせるほどである。・・・明日はヤリつきの雪が降るかもしれないほどの激変ぶりだが、幸いにも今のところ天変地異は起きていない。有り難いことだ。
ペガサスの一団が園に舞い降りたという情報が園長室に入ってきたのは、その夜のことだった。
■ ■ ■
外装に似合わずインフォメーションの中は、赤い絨毯で敷き詰められていた。煌びやかなシャンデリアが中空に浮き、その周りを魔法仕掛けの時計がいくつも揺れ動いている――――金色のふちに豪華な装飾が施されたアンティークな時計だった。これらは、北方の国の有名な童話に出てくる“シンデレラ城”の内装を模したものらしい(そういえば、今はまだ朝早い時間帯だというのに時計はすべて12時近くを指していた)。しかし、そういう城にありがちの荘厳で上品な雰囲気では決してなく、テーマパークのテーマのひとつである“ぷよぷよ”のオブジェがそこかしこに飾られているためか、むしろコミカル且つ愉快な雰囲気である。ペット持込OKの遊園地なので、客や子どもにまぎれて動物や小型の魔物なども忙しそうに遊んでいた。
また、中空で浮き沈みを繰り返しているのは時計だけではない。インフォメーション内の、あるいは広場や商店街のお店の看板や広告などもたくさん出ており、インフォメーションに集まったお客たちが必要な情報を指差しながら談笑している。中でもひときわ目立つのは天井に傾いたままぶら下がっている大きな掲示板だった。園内で行われているメインイベントの情報をいち早く掲示しているらしい。
☆スターライトステージ☆ なかよし広場東、わくわくトレイン“星舞台の街ステーション”下車
- 恒例!妖精たちの後夜祭 今週も開催!
−今週の目玉は、ウォーターパラダイスからのゲスト、セイレーン&リトルマーメイドのダブルコンサート・・・
- 夜の行進曲
毎日夜9時より、サウンド・ストリートにて開催中!
☆ワンダージャングル☆ ミステリー広場東、どきどきトレイン“7不思議の密林前ステーション”下車
- 密林の秘密探検隊 スーパーリニューアルオープン!!
冬眠中だったアトラクションが、さらにパワーアップして帰ってきた!!
☆ぷよぷよダンジョン☆ なかよし広場北、わくわくトレイン“子どもシティステーション”下車
- 1階 自由広場:「楽しい罠作り」
- 2階 スケルトン博物館:「マミーとミイラの違い」
- 4階 ブロック&ガリバーランド:「積み木の街で遊ぼう!」
各アトラクションが競うように、興味深いイベント情報を掲示していた。そんな広告や看板に囲まれるようにして、正面の階段下にはインフォメーションサービスカウンターがあった。カウンターには、赤や黄色に光るクリスタルがたくさん並んでいる。案内担当のカーバンクルガールが、忙しそうにクリスタルを操作しながら客に対応していた。
そんな賑やかで明るいインフォメーションに不似合いな男が現れた。しかし、それに気づいた者は少ない。彼は、あまりにも周りの空気を乱さずに入り口をくぐったからだった。男は気配を完全に消して、カウンターまでやってきた。
男が深い青色のカードを見せると、カーバンクル嬢と入れ替わりに黒装束の受付嬢がカウンターに立った。冷たい瞳だが、なかなかの美人だ。落ち着いた態度と黒い衣装に身を包んでいるからかとても大人びて見えるが、おそらくは10代半ばの少女だ。
少女はカウンターに並んだクリスタルではなく、サファイヤのような危うい青の光を放つ宝石を取り出し、操作し始めた。いくつか短い言葉で男に質問し、男の答えを聞いてはクリスタルに何かを魔法で打ち込んでいる。その操作は非常に面倒臭そうだった。
カウンターの端でやり取りする男と少女の様子を高級なコートに身を包んだ紳士がずっと見ていた。少女も男も、どちらも黒尽くめだからかそこだけが妙な雰囲気だ。
「なんだね? あの奇妙な従業員は。ずいぶん態度が悪いようだが」
デズモンドは、自分に対応している若いカーバンクル嬢に問うた。デズモンドは、表向きは男に対応している従業員の態度を気にしたように装ったが、どちらかと言うと本当は、俗人相手に従業員がカウンターに並んでいない特殊なクリスタルを操作しているところが気になった。
カーバンクル嬢は答える。
「ああ、あのお客様はウチの特別待遇客サマなんです。ちょっと特別な応対をしなければなりませんので、専用の従業員が応対することになっているんです。あの青いクリスタルを操作できるのは、あの人たちだけなんで・・・」
「専用の従業員? では、私の対応をしている君が私専用の従業員というわけかね」
「いえ、そういうわけでは・・・」
「では、なにか? 彼の持つ青いチケットは、私が予約している黄金待遇チケットよりも、特別だというのかね?」
デズモンドはそばに控えさせる一角白虎(の子ども)にちらりと目配りして、高圧的に言った。ホワイトタイガーは魔獣の一種だが、普通の虎よりも知能が高くいち早く主人の危険に気づいて対象を威嚇する習性を持つ。無能で金ばかり食うボディーガードよりもよほど役に立つので、デズモンドは気に入っていた。
デズモンドは、大陸最大の王国セントレイスの上級貴族である。若い頃は王の親衛隊長を勤め、現役を引退した今も王の厚い信頼を得て王の秘書的存在である書記官の地位を獲得している。それらは、自分の手腕と努力によって獲得・保持してきた権威(だと信じている)なので、彼は何かと特別扱いされることが好きだった。逆に、俗人と区別なくまとめて扱われることを非常に嫌う。そして彼の中では、王族と貴族以外はほぼすべての人間が俗人だった。
デズモンドは言った。
「君、私を軽く扱ってくれては困るよ。私はセントレイスの貴族で、昔は国王の親衛隊長も勤めたほどの人間なのだよ。気をつけてくれたまえよ、そこら辺の俗人と違い私を侮辱するということは、大国セントレイスとその国王を侮辱していることとほぼ等しいのだからね」
「はぁ・・・」
田舎娘が扮装しただけのカーバンクル嬢は、さすがにセントレイス王国の名こそ知っていたが、そこの○○貴族だショキカンだとか言われても、いまいちピンと来なかった。セントレイスの貴族であるという疑いもない証拠とは「巨大な鼻、太って強靭で、象のような背中、ペリカン島のペッカー鳥のように大きな上顎」であるといい、デズモンド侯爵の風貌はそれをそのまま象ったような姿だったが、カーバンクル嬢がそんなことを知るはずもない。
「・・・全く、これだから田舎町は困るのだ」
デズモンドが呟くと同時に、背後からイライラしたような声が飛んだ。
「で? そのアンタの中身はどれほど価値があるノーミソだって言うのかしら」
トゲのある台詞にデズモンドが振り返ると、女がデズモンドを軽く睨みつけていた。女は目を見張るような美女だったが、デズモンドはそんな美しさなどに目を留めるよりも先に、その女の高圧的な態度の方に反応した。
「なんだね? 君は。ずいぶん礼儀を知らぬお嬢さんのようだが」
「貴方こそ、その“ナントカレイスのお飾り”のワリには、ずいぶん態度がデカいんじゃない?」
デズモンドは一瞬、美女の冷たい眼に気圧されたが表情には出さなかった。
「私はセントレイスの王国書記官だぞ」
「つまらないわね」
「な、なんたる無礼な!」
デズモンドは、自慢の一角白虎に威嚇指示を出そうとした。しかし、美女のそれはデズモンドより早かった。
ズン
「・・・・・・」
「ルルー様に手出しするヤツは、例え人間でも許さない。ぶも」
「な、な・・・」
美女の肩の後ろから、とてつもない仮面の巨人が巨大な斧を床に打ち付けていた。床が割れている。ものすごい腕力だ。ホワイトタイガーは、さすがに対象との力の差を悟ったのか主人の足下で伏せていた(降参の姿勢)。
「利口な魔獣だ」
と、仮面の男が言った。
「主人と違ってね。可哀想だわ、無能な高慢ちきを主人に持って」
一瞬、美女とデズモンドの間に間が空いた。賑やかだったインフォメーション全体さえが静まり返ったようだった。そんな気づくか気づかないかの空白を遮ったのが、低い男の声だった。
「ふっ、どっちが高慢だ」
図らずも、周りの空気そのものを代弁しているかのような台詞だ。
一瞬、「なんですって?!」ときびすを返した美女だったが、相手が誰かがわかった(らしい)瞬間、あっけらかんと言った。
「なんだ、ヘンタイ魔導師じゃない」
「口を慎むんだな、野蛮女」
男は美女に、ジロリと冷たい沼地のような瞳を向けていた。男は先刻、奇妙な従業員から“特別待遇”を受けていた男だった。それに気づいたデズモンドは男と美女を同時に見下すチャンスだと判断した。
「君、この娘と知り合いかね。私は・・・」
しかし、男はデズモンドを完全に無視した。美女もまたしかりである。
「似合わないわねぇ。何でアンタがこんなところにいるのかしら?」
「ふん、愚問だ。想像がついているんだろう、オレがオマエに考えることと同じように。オマエは「頭がいい」からな」
「褒められた気がしないわね」
デズモンドは自分が無視されたことに憤慨した。イライラしながら、今この場で自分が見下せる相手を瞬時にはじき出した。さっとカーバンクル嬢を振り返る。
「き・・・君! あの大男の持っている凶器は園で没収するべきではないのかね?!」
「ですが、あの方も特別待遇客サマですから・・・」
たぶん、とカーバンクル娘が心の中で付け足したのはまた別の話だ。昨夜、ペガサスで来園した「美女と仮面巨人の凸凹コンビは特別待遇客」だとは、一応従業員として聞いていた。・・・それだけである。
「なに? あの娘は、この黄金待遇を取り付けた私よりもさらに特別だというのかね」
「はぁ、まぁ」 確信がないだけに、曖昧な返答になる。多分そうだと思うんだけどなぁ?
「・・・情報に間違いがあったようだ。私は、この遊園地でもっとも高い待遇を望んだはずなのだがね」
「それはもちろん、黄金待遇です」
これは自信を持って言えた。このテーマパークには“一般”から“黄金”まで待遇が4階級に分かれていて、黄金待遇はそのうちの最上級待遇だ。しかし目の前の貴族には、それがあまり伝わらなかったらしい。明らかに特別待遇が黄金待遇より上だと思っている。
「金なら私はこの大陸で一番と言われる7つの宝石のうち、3つ持っているのだがね」
「いえ、お金ではなく・・・ある情報を持った資格を持つ魔導師サマや、腕の立つ冒険者サマなどに・・・」
「君、私も元はセントレイスの王国騎士だったのだがね」
「ですが・・・」
ガキィン
「?!」
物凄い音が鳴って、デズモンドは思わず振り返った。
さっきの黒尽くめの男が、巨人の斧を片手剣で受けていた。男は(巨人ではなく)美女に向かって言う。
「ふん。力技では、このオレは倒せんぞ」
「従者の攻撃をひとつ凌いだくらいで・・・大した自信ね」
美女がまた嘲るように言った。
「テメェはその100倍は蹴るとでもいうのか?」
「あら、甘く見すぎじゃない? 1000倍よ」
男の剣が今度は美女を襲った。
ガガガガガンッ ガキィ
「・・・・・・」
にわかに激しさを増した攻防に、デズモンドは呆然とした。・・・誰かが止めるべきではないだろうか? と思ったその時、カウンターを飛び越えて何か黒いものが走り抜けていった。
ガッ
「ふたりとも、悪ふざけはそこまでにするんだな」
黒装束の従業員だった。信じがたいことに、細い腕とモップだけで男の剣と美女の拳を受け止めている。
「“法”を破れば、EXPを減点。場合によっては挑戦資格を没収しますよ」
いつの間に現れたのか、カウンターの端から紅いワンピースの従業員がニコリと笑った。それは困るとばかりに、男は剣をおろした。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
男と美女は数秒にらみ合った後、同時に互いに背を向けた。
ポッと何かをたたく音がした。
それがキッカケだったように、音はワッと空間すべてに広がり、すぐに歓声が混じった。
「すごーい!!」
「何のパフォーマンス?! イベント紹介になかったよね!」
「アンコール! アンコールはないの!?」
いつの間にかインフォメーションに集まっていたギャラリーだった。口々に「すごいすごい」と手を鳴らしながら歓声を上げている。にわかに起こったシュプレヒコールに黒装束と紅いワンピースの従業員は顔を見合わせ、互いにニコリと(ニヤリと)笑った。
「みなさーん、緊急臨時イベント“武闘大会前戯”、お楽しみいただけましたか?!」
「続きは後日、ファイアーマウンテンの競技場で行われる“龍王武闘大会”だ。よってアンコールは本番で、ということになる」
「当インフォメーションでは、大会の観戦チケットを販売中です。この機会にぜひ、どうぞvv」
従業員が宣伝し終わるや否や、チケットカウンターには長蛇の列が出来た。
「ちっ、くだらん・・・!」
「上手く利用さてしまったわね」
「まぁ、カードが没収されなくて、良かったんじゃないスか?」
「ヤバかったね、おふたりさん」
ブラック・キキーモラの囁き声だった。B・キキーモラは、青薔薇の紋章が刻まれたカードを二枚見せて、言った。
『!!』
「“挑戦者の法”第一条『裏迷宮の存在を明かすべからず』」
彼女は、あの一瞬に二人のカードを“没収”していたらしい。二人の喧嘩を止めた時といい、とんでもない技量だ。B・キキは言う。
「だから、普段着なんだろ? 普通の遊園地に冒険用の衣装でいたら怪しすぎるもんな。それこそ“裏”がバレかねない」
「アンタいつの間に・・・」
「罠作りは十八番だよ。器用なんだ、スるのはわけない。“裏”にはもっと上手いのもいるからね、気をつけな」
不敵な笑いは、迷宮の行く手を阻む魔物のような怪しさを持っていた。彼女もまた、それぞれの“裏”に存在するという“階の支配者”なのかもしれない。
「まぁ、今回は上手くごまかせたからね。次はないよ」
そう言って、B・キキーモラは二人にカードを返した。彼女は少女らしからぬ一笑を残して、再びカウンターへ戻っていった。
突然、インフォメーションカウンターに“武闘大会観戦チケット販売専用窓口”が設けられるのを見ながら、デズモンドは聞いた。
「な・・・なんだね、その。この遊園地では近々、ドラゴンを使って武闘大会を開くというのかね?」
「はぁ、そういうイベントも企画しておりますが」 カーバンクル嬢が答える。
「ドラゴンを使うのかね?」
「はい。数十体のドラゴンを競技場に放ち、挑戦者はそれを倒すまでのタイムや技の華麗さ等を競います。賞金は・・・一般挑戦者なら50,000,000Gです。もっとレベルの低い魔物を使った大会もいくつかありますが・・・予約でいっぱいのようですね」
カーバンクルガールは、イベント表を見せて言った。
「元王国騎士サマなら、充分“ドラゴンズ・バトル”への出場資格がありますよ。エントリーされますか」
「いや、今は現役の頃ほどの・・・なんだ。とにかく私は、このテーマパークを楽しみにきたのだ。・・・早くゴールドチケットを出しなさい」
「ゴールドチケットなら、ドラゴンズ・バトル観戦のS席が5席までご予約可能ですが」
「うむ・・・観戦くらいなら・・・。そうだな、私と子どもたちと、この一角白虎(ホワイトタイガーの名前)の席と・・・あとは召使の分を入れて、5席もらっておこうか」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませっ」
カーバンクル嬢は、やっと黄色のクリスタルの操作に戻った。
カウンター上のアトラクション別掲示板にはいつの間にか、ファイヤーマウンテンの欄にこんな情報が掲示された。
☆ファイヤーマウンテン☆ なかよし広場西、わくわくトレイン“炎帝の大山脈前ステーション”下車
- 龍王武闘大会〜10体のドラゴンをすばやく倒せ!!〜
開催日ついに決定!! 星の季期8月2日〜一週間!
エントリー予約:インフォメーションで受付中!
観戦チケット(A席・B席・C席):インフォメーション・各チケット販売所で販売中!
※詳しくはインフォメーションにて
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