魔導時空遊園物語   第2章 裏迷宮への道

5 半獣人イレギュラー

 ぷよぷよダンジョン前のメイン広場に、突如として大きなポールが何本も立ったのは、その日、とっぷりと日が暮れた直後だった。わらわらと遊園地の従業員らしき魔物の仮装をした人たち(少なくとも、ニアナにはそう思えた)が広場に現れ、よくわからないが「・・・・・・が、トーチャクされます」とかなんとか言いながら、お客をポールとカラフルなロープの囲いの外へ押し出している。客の方も、きゃいきゃいと騒いだり笑い合ったりしながら、進んで広場の端に移動していた。
 ―――――なにか、はじまるのかな・・・?
 幼いニアナにも、そのくらいはわかった。
 周囲が、何となく心地よい期待感でいっぱいになっている。ニアナもなんだかワクワクしてきた。
 ポールに囲まれた広場の一角で、きっと素敵なイベントが始まる。そんなことに気を取られて、広場の誰もが遊園地を楽しむことをしばし忘れているようだ。ニアナでさえ、持っていたアイスを舐めることをやめ、キョロキョロと周りに変わったことは無いか、確認し始めている。
 広場に集まった人々を掻き分けて、ニアナの母親がやっと彼女の姿を捉えた。
「ニアナ、ママから離れたらダメじゃない」
「ママ」
 ニアナがハッと気づいた時には、すでに母親に抱きかかえられていた。
「こんな人ごみの中じゃ、すぐ迷子になっちゃうわよ」
 ニアナは母親の言う“ヒトゴミ”という意味はよくわからなかったが、自分母親に怒られているということはよくわかった。
「ごめんなさい、ママ」
「はは、ニアナはペガスス・・・・が見たかったんだぁな。そうだぁろ、ニアナ?」
 傍らで、ニアナの父親が少し目立つ前歯をちっとも隠そうとせずに、優しそうにニアナに語りかけた。ニアナは父親のこの優しい顔が大好きだった。
「あなた、発音が間違ってるわ。“ペガスス”じゃなくて、“ペガサス”よ」
 母親の注意が飛んだ。
「はは、どっちも似たようなモンだが。駅のヤヅらはみぃんな、ごーゆぅしゃべっ方よ」
「もう・・・ニアナが真似したらどうするの。ニアナ、パパみたいなしゃべり方、絶対にしちゃダメよ」
 あからさまに眉間にシワを寄せて、母親はニアナの顔を覗き込む。いつもの、自分に笑いかけてくれる母親の顔は好きだが、ニアナはこういう母親の顔はなんだかイヤだな、と思う。
 広場の人たちは、みんなポールの脇に並んだまま、ほとんど夜空に近い夕闇を見上げている。ニアナもそれに倣った。
 肌寒いが、夏には心地よい薄闇だった。ここ数日、この上ない晴天に恵まれたせいか、スターライトステージがはなつ星の海のさらに上空に、とても澄んだ月がすでに輝き始めていた。
 やがて、ファイヤーマウンテンの炎の向こうに日が沈み、夜が訪れる。
 広場はいつの間にか、シンと静まり返っていた。いつもは気にもならないウォーターパラダイスの噴水の音が、やたら近くに聞こえてくる。そして、その音さえもやがて静かに消えていった。
 遊園地の全てが静まり返ったようだった。それはまるで「深夜の」遊園地のように、すべてが静かで、ひっそりとしていた。そんな、いつもより遠くの音さえも掠める風の中に、ニアナは羽ばたく鳥の羽根の音を聞いたような気がした。
 その時、囲いの最前列にいた客のひとりが叫んだ。
「あそこ!」
 広場の客が、一斉にその客が指差す方向を見た。ちょうど、気球を模したアトラクションの最先端、スターライトステージのシンボル、“ゴールデンスター”の影に、何か大きなモノがちらりと動いた。暗黒の闇をバックに、その白さは輝かんばかりに美しい。その大きなモノは、ニアナが想像したとおりの大きな白い翼を羽ばたかせて、ぐんぐんとニアナの方に近づいてきた。
『うわぁ・・・!』
 客がほぼ同時に感嘆の声を上げた。
 ニアナが、絵本で見た通りのペガサスだった。しかも一頭だけではない。数は数えられるようになったばかりだ。ニアナは覚えたての知識で、一生懸命ペガサスの数を数えた。4体数えたところで、ニアナは数がわからなくなった。ペガサスはの一団は、ペガサスでない、もっと大きなすごくキラキラしたモノを後ろに引いていたから、ニアナはこれは何と数えるべきかわからなかった。
「大きな馬車ねぇ・・・」
「いったい、何処の貴族だが? こんなにペガスス引き連れて、しっがもがなり立派な馬車だぁな」
 ペガサスの一団が輝く翼を羽ばたかせ、大きく旋回するたびに、広場の客が歓声を上げる。ペガサスに引かれた金色の馬車は、豪華な装飾を月明かりに反射させて、ヴィーナスのようにキラキラと輝いていた。
 馬車が高度を徐々に下げ、ゆっくりと広場の真ん中に降り立った。浮遊の呪文でもかけてあるかのごとく、馬車はペガサスに続いてふわりとやや強い風を呼び起こした以外は、とても優雅に静止した。
 遠くからでもよくわかる。馬車は、ニアナが想像したよりとても大きなものだった――――たぶん、子どものゾウぐらいの大きさはあるだろう――――。
 馬車が完全に止まったことを確かめて、ポールのそばで客を制止していた従業員のひとりが扉を開けに近づいた。尻尾の生えたカニが槍を持ったような格好をした、奇妙な仮装をした従業員だ。
 あんなヘンテコな格好をした人が、扉を開けていいのかしら?
 中のヒトが怖がったりしないかしら。
 ニアナの幼い不安をヨソに、従業員は短い手を伸ばして扉を開けた―――――。
 ニアナを含めて、周りの客も小さく息を呑み込んだ。中から奇妙な仮面をつけた――――それはまだ良いとしても――――とても大きいと思っていた馬車の中から、それと同じぐらい体格のでかい大男が出てきたのだ(この時、客は馬車がなぜこんなにデカかったのかを理解するにいたった)。大男は、見るからに魔物と見紛うような恐ろしい雰囲気を持っていた。大男が完全に馬車から降り立った時、その体格の大きさが改めてよくわかった。ぬぅ、と大男が背筋を伸ばすと、ゆうに馬車の1.5倍の背丈になった。闇夜をバックに仮面の大男がたたずむ光景は、季節ハズレのハロウィンの世界に迷い込んだ気分さながらだ。不気味な白い仮面と、マッチョな豪腕に子どもの背丈くらいある銀斧を持っていたことも、その想像に拍車をかけた。実際、この時の出来事を、遊園地側のホラー・イベントのひとつだと本気で思った人間もいたらしい。
 ペガサスに続く、大男の登場も客に衝撃を与えたが・・・
 客が本当に驚いたのは、その次に馬車から降り立った美女の方だったのかもしれない。
 子どもが遊ぶ遊園地に不似合いな大男の登場の直後だったことも、彼女の印象を人々に強く植え付けるのに一役かっただろう。大男を不恰好に膝まづかせて手を取らせ、優雅に馬車を降り立ったのは、どんな人も想像しなかったであろう―――――クリスタルブルーの美しい髪を輝かせた、絶世の美女を思わせるに難くない――――そんな美少女だった。人々は大男の登場に戦いた恐怖から逃れるように、現れた美女の美しさに陶酔した。彼女の纏ったうす布に大きく入ったスリットが、特に男性の心を魅了する。この瞬間、誰もが意識的に大男の存在を忘れ、美女の存在感のみに圧倒されていたのである。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・!」
「・・・・・・ごらぁ・・・、また大胆な娘っこが来たモンだぁなぁ」
「なぁに見とれてんのよ、あんたぁ!」
 母親の怒号とともに、母親に抱かれていたニアナの視界は一瞬ぶれたが、ニアナは一生懸命、現れたばかりの美女を人の影で見えなくならないように頑張った。幼いニアナから見ても、とてもキレイな人だった。これはニアナの錯覚だろうが、美女の髪は月や遊園地の放つ光だけでなく、美女自身も一種の光を発していて、それが髪に反射しているのだとさえ思えた。
 美女は周りのギャラリーなどまるで目に入っていないかのごとく、堂々と辺りを見回し―――一瞬だけ、ニアナと目が会ったような気がしたが、それはニアナの気のせいだ―――――、扉を開けた従業員を見つけると、その者のみに向き直った。従業員は、美女にニコニコと笑いかけた。
「ルルー嬢でっしゃろ? 久しぶりでなぁ。ぷよ通時、以来でっしゃろか」
「・・・さそりまん?」
 美女は顔をしかめた。怒っている・・・? というより、どうやら驚いているようだ。顔見知りだったらしい。
「アンタみたいな魔物がどうして・・・」
「ああ、ああ! 堪忍してぇな、嬢はん! ワテらここでは、魔物の仮装してることになってるさかいに」
「あら、そうなの」
 ニアナは、――――その両親でさえ気づいていないが――――耳が凄まじく良かった。
 貴族の娘と従業員の会話は、普通の人間の何倍もよく耳に入ってきていた。ただ、残念ながらニアナは幼すぎる。会話の半分も意味は理解していなかった。
「しかしまぁ、どえらぃハデに来はったもんでなぁ。天馬なんか、世界でもごっつ珍しい生きモンでっしゃろ? 見てみなはれ。ワテらが何も言わんでも、こだけのギャラリーができてもぅた」
「じいの計らいよ。少々わざとハデに見せでもしないと、こんな大男連れてのこのこ遊園地に来ちゃ、それこそ余計な騒ぎが起こるだけだもの」
「なるほどやなぁ〜。木ィ隠すんやったらの森中、っちゅうワケやな」
「権力家なら、少々妙なボディガード連れてても誰も騒がないでしょうし」
「せやな、嬢はんも大変でな。ウチらも協力しますさかい、くれぐれも“裏迷宮”のことについては内密に頼みまっせ。ほな、ホテルまで案内しますわ」
 それ以上の会話は、美女と従業員がすぃとニアナに背を向けてしまったので、聞き取れなくなった。ニアナ以外の人たちには、会話のかけらさえ聞こえていなかっただろう。皆、口々に「どこのお嬢さまかしら?」とか「お金持ちになると、やることが違うわねぇ」「見た? あのお嬢さまのお召し物。すごく光ってたわね、きっとヴェンガル産の上質の絹よ」などのおしゃべりに夢中で彼らの会話などには全く興味が無いようだった。
 従業員が大男を従えた美女とともに広場の外へ歩き出すと、客の列が自然に割れた。美女と従業員がホテル街への長い石段を登ってゆくのを、広場の反対側でニアナはずっと見ていた。
 美女が石段の先に消えたのを見計らったように、広場で佇んでいたペガサスが突然ゆっくりと羽ばたき出した。
「あ・・・」
 客たちがもう一度ペガサスを良く見ようと視線を戻した時には、すでに遅かったのかもしれない。
 ペガサスは周囲の風を巻き込んだかと思うと、すばやく広場の地を蹴った。それから、瞬きの間をも与えずに、一気に上空まで駆け上がってしまった。
 ペガサスたちは馬車を引いたまま、来た時と同じように優雅に広場の上空を旋回し、やがて東の空へ消えていった。
「いやぁ〜・・・世の中にいるんだぁな。金持ちの中でもさらに金持ちっちゅーのが」
「今のお金持ちっていうのはすごいのね。ペガサスなんて、私、初めて見たわ・・・」
 周りの客も、ホトンドがそんな感想を持っているようだった。それぞれに感嘆を洩らしては、ペガサスが去った方向を見つめている。
「なぁにを言っでる! あんのくれぇ、金持ちとなりゃ珍しくねぇ。オレの駅にゃぁ、毎日毎日ドラゴンだの一角獣だの、とんでもねぇ怪物がうようよ線路に入っでぐんだぞ。あんの程度じゃ、驚がねぇざ」
「でも、ペガサスは見たことないんでしょ」
「う”・・・」
「本当にキレイだったわねぇ。毛並みなんかすごく柔らかそうで揃ってて、キラキラ光ってた。ニアナ、ペガサスのぬいぐるみ、買ってかえろっか。ママ、フンパツしたげる」
 母親の言葉にニアナはハッとした。母親は、さっき自分に向けたような怒ったような顔ではない。ぬいぐるみを買ってくれると言っている、それ以上にニアナは母親がとても優しい笑顔を自分に向けてくれたことが嬉しかった。
「うん、ありがとぉ。ママ」
 ニアナは、さっきハッキリと聞こえてきた美女と従業員の会話はサッパリ忘れて、母親を抱き返した。手に持っ手いることすら忘れていたアイスが、母親の上着にべっとりと付いてしまった。
「あら・・・」
「あ・・・」
「ははははは・・・」
 父親はひとりで笑っている。つられたように、母親も笑い出した。2人の笑う顔を見ていると、ニアナも笑いたくなった。ニアナも、笑い出した。
 ひとり、またひとりとペガサスを見終えた人たちが広場から去ってゆく。メイン広場から、一大イベントがあった名残が消えるのは、それからずいぶん後のことだった。ポールは取り払われ、すっかり夜もふけた頃には遊園地側の新たなイベントも始まる。いつもの夜のように遊園地全体がライトアップされ、連日のように行われるスターライトステージ前のパレードが始まろうとしていた。

    

■             ■             ■

   

 ホテル街の入り口で、さそりまんが操縦する小型の馬車に乗り換え、通りを進むことになった。ミノタウロスは体格と体重の関係で乗れないので、後ろを歩いてついてゆく。まぁ、自分は従者だからこの方が理にかなっているというものだ。
 ホテル街は西へ行くほど小高い丘になっていて、ファイヤーマウンテンの南側に沿うように伸びていた。初めこそ、洒落た商店街のようだったが、少し奥へ行くだけで両側にさまざまな宿舎やホテルが立ち並ぶ。奥へ行くほど豪華なホテルが並ぶようになっているらしい。馬車はかなり丘の上の方まで登っているらしく、ミノタウロスが振り返ると、夜の広場にお菓子の家の屋根が小さく並んで見えていた。
 丘の頂上にはこれまで見てきたどのホテルよりも豪華なホテルが建っていた。いや、「ホテルらしき建物の巨大な門」が目の前に現れた、と言った方が正確である。ミノタウロスが真上に顔を上げても夜空との切れ目がわからないくらい高い門が目の前に聳え、その門の脇から伸びる壁は、左右にどこまでも伸びていた。・・・どう考えても、丘の頂上の全てをこのホテルひとつが陣取っている。それはすでに「ホテル」ではなく、一級の「宮殿」ではないか、とミノタウロスは思った。
「ここですわ、ルルーはん。当園最高の一等地でんで」
「悪くないわね」
 門の前であんぐりと口を開けたまま突っ立っているミノタウロスをよそに、ルルーは驚いた様子もない。門が内側に滑るように開き、馬車はまた動いて中に入っていった。あわててミノタウロスもそれに続く。
 巨人が3体ほど通ってもさほど違和感が無いであろう巨大な門をくぐり、ゆるやかな勾配の舗道を登ると、聳えるような高い塔が見えてきた。中央に太くどっしした塔が一本、その両側にやや細い塔が二本、この3本の塔を繋ぐように白いレンガが積み上げられ、それが屋敷の美しい真っ白な概観を作り上げていた。人間社会に疎く、屋敷の良し悪しを見る目が全くないミノタウロスでさえ、その屋敷が園内どころか大陸内でも最高級レベルのものであることくらいは想像できた。
 なんで、こんな凄まじくレベルの高い宮殿―――もといホテル(もどき)がこんなド田舎の遊園地にあるんだ? この園のオーナーの存在は、「じい」殿の諜報能力をも以ってしても謎だったそうだが、その実態も謎である。
 真ん中の最も太く高い塔の根元に屋敷の入り口があった。タイミングよく、内側から扉を開いたのはお馴染みの「じい」だ。
「お待ちしておりましたぞ、ルルーお嬢さま」
「久しぶりね、じい」
 にっこりとルルーが笑うと、じいはいつものようにウンウンと頷いた。ヒゲに隠れた目は、見えなくても微笑んでいるのがわかる。突然、異世界のような世界を通り抜けてきたミノタウロスは、よく知る顔を見られて少しホッとした。
「久しぶりです、じい殿」
「うむ、ミノタウロス殿もご足労をわずらわせましたな。ささ、そのような怪しげな仮面はさっさとお取りなされ。ここまで来れば周りの目を気にする必要など、もはやありませんぞ」
 ミノタウロスは、そろそろ鼻息で湿り出した仮面を早く取りたいと思っていたので、じいの言葉が終わる前にさっさと取った。この遊園地自体が高山地帯にあるのだろう。夜風に混じる新鮮な空気に、緑茂る山の香りがした。
「さそりまん殿も、ご苦労でございました」
「ありがとう。これ、とっときなさい」
 ルルーは懐から金貨を数枚取り出した。
「こらどうも。けど、受け取れまへんわ。ワテ、なんもしてへんさかいに」
 さそりまんは、ルルーの手を短い手で押し戻した。
「客の案内はワテらの仕事のウチやで。ほな、ワテはこれで。楽しんでってなー」
 挨拶もそこそこ、愛想の良い笑いを残してさそりまんは夜の街へと引き返していった。
「気のいい魔物ですね」
「あら、あんたも見た目以外は・・・・・・変わらないわよ」 ルルーは心持ち楽しそうだ。
「ささ、どうぞお入りください。長旅でお疲れでございましょう」
「ありがとう」
 ルルーに続いて、ミノタウロスも屋敷に入った。
「ルルーお嬢様のご到着ですぞ」
 そこは、とても明るい空間が開けていた。
 ミノタウロスが(正確にはルルーが)入った瞬間、仕事をしていた広間のメイドが一斉にこちらを振り返り、それぞれ笑顔を見せた。
「お帰りなさいませ、お嬢さま」(注:どこぞの喫茶店ではない)
「長旅、お疲れさまでした」
 ホッとさせるような笑顔だ。メイドはこうでなくてはならない(別にどこぞの喫茶店と比較しているわけではない)。肩がこるような作った笑顔で棒読みの台詞を(以下略)
 広々とした玄関ホールの奥では、屋敷の執事たちが忙しそうに荷物の確認や整理をしていた。入り口で、ルルーたちに笑顔を見せたメイドたちもすぐに仕事に戻ってゆく。
 彼らの仕事の様子をひととおり確認してから、ルルーは聞いた。
「私の部屋はどこになるのかしら」
「最奥の塔、最上階“白鳳の間”ですぞ」 じいが嬉しそうに答えた。
「お嬢さまのお部屋は、最初にご用意いたしましたからな。屋敷の細部はやや整理が遅れておりますが、最奥の塔は大丈夫ですぞ」
「荷物は、自分が持ちます。ぶも」
「助かるわ」
 ミノタウロスは使用人たちと協力して、巨大な鉄アレイが何トンも入ったバッグを担いで階段をのぼった。これだけでもかなりの筋力訓練になる。

   

「建てた?」
 ミノタウロスは、素っ頓狂な声を上げた。
「この屋敷を、ルルーさまご自身が、わざわざ建てたんですかっ? もともと遊園地にあったホテルを貸りた、とかじゃなくて?」
「当然よ」 と、ルルーだ。
「貸切なんかじゃ、持ち主から色々と厄介な注文がつくもの。風呂と地下室は使用禁止だとか、シーツとカーテンは毎日代えろだとか、庭のトラの世話が条件だったり、ペットお断りだの・・・妙なものになると、毎日3回、決められた時間に必ず東のセントフォード教会に向かって礼拝しろだとか・・・」
 ルルーはすっかり自分の部屋のベッドでくつろいでいる(このベッドもキングサイズ級にでかかった)。ミノタウロスとは天蓋から垂れる金の刺繍の入ったカーテンを隔てて話していた。
「ま、そういうのに気を使わなきゃならないくらいなら、建ててしまった方が気が楽というモノよ。用が無くなれば園に譲ってしまえばいいのだから、わざわざ更地に戻す必要もないしね・・・」
 ミノタウロスは、改めて自分の主人の呆れるほどの財力に目が点になった。この園のオーナーが変人だったのではなかった(こんなド田舎に遊園地を作ってる時点で既に変人かもしれないが)。ミノタウロスの主人の方が変人だったのである。自分の主人も世界から見れば(いろんな意味で)ほぼ変人の域に達している人間だということを、ミノタウロスはすっかり忘れていた・・・。

 ルルーがどのような理由でこれほどの財力を持っているのか、ミノタウロスはよく知らない。どうやら「親」の財産らしいが、ミノタウロスはルルーの両親を見たことがなかった。と言うより、いるのかすらもよくわからない。ルルーは何も話さないし、ミノタウロスからも何も聞かない。さして興味もなかった。ミノタウロス自身、「親」というものの存在が極めて遠い存在であるがゆえに、ルルーにそれがないことに何ら疑問を持たなかった。
 そもそも、ミノタウロスは人間社会というものをきちんと理解しているわけではなかった。服を毎日変えることも、衣服を“洗う”という概念も、ナイフとフォークを使って食事をする習慣も、2年前にルルーに拾われてからはじめて覚えた。お金というものをルルーから渡され、(仮面をつけて)「おつかい」というものが出来るようになったのもつい最近のことである。
 ミノタウロスはつい半年前、初めてルルーから小遣いを渡され、嬉々として好物のりんごを街まで買いに出かけたことがある。巨大な体つきのお面男に怯えられながら、なんとか果物屋を見つけたまでは良かった。しかし値札は読めるが、数字の大きさがわからない。ので、ミノタウロスは暴挙に出た。握った小遣いをすべて店員に渡し、「これで買えるりんごを全部ください」と言った。ミノタウロスの予想では、5,6個のりんごが手に入れば自分は運がいいというくらいにしか思っていたのだが、店員が真っ青になるのを見てミノタウロスは何かがおかしいと思った。
 目の前に、りんごがぎっしり入った箱が20以上並んだとき、ミノタウロスは滅多に当たらないカンが大いに当たってしまったことに気づいた。焦ったミノタウロスにそのつもりはなかったが、ア○パ○パ○のお面で睨まれたと思った店員は「足りない分は、後日、必ずお届けしますから!!」と、必死でぺこぺこと頭を下げ続けていた(ミノタウロスは、このとき初めて「おつかい」に斧は絶対に不要だと思った)。
 口下手なミノタウロスは、「5,6個でいい」の一言がどうしても言えず、情けない声でルルーに応援を頼んで馬車を呼び、すべてのりんごを持って帰る羽目になった。帰ったら帰ったで、ルルーに散々叱責されたものである。このような苦い経験から、ルルーの持つお金に関しては気をつけるべきだということだけは、なんとなく(身にしみて)良くわかっていた。

 しかし・・・

「でも、ここまでする必要があったんですかね」
 思わず口に出てしまった。カーテンの向こうでルルーが首をかしげる気配がしたので、ミノタウロスはやむなく言葉を足した。
「だって、すごい広さでスよ。庭だけで八百屋が100軒くらい開けそうっス。・・・屋敷の中で修行をするならともかく、今回は遊園地で修行をするじゃないでスか。遊園地の広場に出るだけでも、かなり歩かないといけないようですし、返って面倒じゃないスか??」
「あら、心外ね。この屋敷の敷地が広いのは、あんたのためでもあるのに」
「ぶも?」
 妙な唸り声になってしまった。
「この屋敷はあんたもいるから、これだけ広いのよ。あんたのために建てたといってもいい」
「ど、どうしてでスか」
「どうして? 簡単よ。連中・・が鬱陶しいから」
 ルルーがベッド脇の窓を開けたらしい。ファイヤーマウンテンの赤い光がカーテン越しにゆれて見えた。ルルーは天蓋のカーテンを少し開けて、ミノタウロスに窓の外が見えるようにした。
「さっきも見たでしょ、広場に集まった物好きの連中よ。彼らにとっては、貴族が遊園地に来るだけで、魔物を連れるだけで、ペガサスが馬車を引くだけで「珍しいこと」。彼らにとってはね。別にそれが悪いとは言わないけど。ただ・・・」
 窓の向こうに、『ぷよぷよダンジョン』のシンボル“ぷよぷよ”の先だけが見える。きっと、窓際にいるルルーには、その元にある広場が見えているのだろう。ルルーはカーテンの陰で、小さな唇に少し冷たい微笑を浮かべた。貴族のような、(ミノタウロスに言わせれば)魔物のような美しさだ。
「人には2種類いるのよ。「非日常」を理解する人間としない人間。しない人間の領域テリトリーには、その領域なりのルールがある。従わないとね。遊園地ここでは、あんたは・・・私も含めてかもしれないけれど、異質な存在イレギュラーだから」
「んも・・・」
 ミノタウロスは唸った。
 『異質な存在イレギュラー』。その言葉が、なんとなく肩に重くのしかかった・・・気がした。
 「非日常」を理解しない社会では、「非日常」は『異質な存在イレギュラー』。そして、自分は『半獣人イレギュラー』。妙なもんだ。ミノタウロスは、今初めて自分が「半獣人」だったことを思い出したような気分になった。
「気になさることはないですぞ」
 ミノタウロスが妙な顔つきになったことを察したのか、じいが静かに言った。
「この遊園施設は街や都市と同様、少々“俗人”が多い・・・ゆえに、郷に入れば郷に従ねばなりません。それだけでございます。ミノタウロス殿には、園内では少し仮面をつけていただいたりと、不自由をさせることになるでしょうが、何、それもこの屋敷外でだけのこと。この屋敷内や“裏迷宮”では自由にしてもらって結構なのですぞ。
 なに、私がしたことと言えば、お嬢さまやミノタウロス殿の『自由空間』を少し広げて差し上げただけのこと・・・」
 淹れたての茶を盆に載せ、さりげなくベッドの脇のテーブルに置いた。その茶の葉の名は『ブルー・ローズ』。・・・図らずも『青薔薇』は「存在しないもの」「異質なもの」の象徴だ。
「この世界の“人の領域”では、まだまだミノタウロス殿のような魔に属する者の存在は稀有なものなのでございますぞ」
「・・・・・・・・・」
「もちろん、お嬢さまの有意義な肉体・精神鍛錬のため、という意味も大きいですぞ」
 じいは、まるで当然のように言った。
「本来ならば、この遊園施設そのものを借り切ってしまえれば都合がよかったのですが、なにせオーナーに関する手がかりが極端に少なく、断念せざるを得なかったのでございますぞ。持ち主がわからなければ借りることは不可能。そこで、このホテル街の一角の管理を委託されているらしい“もももの一族”と交渉し、少々不本意でしたがこの土地を買い取ることで妥協したのでございます」
「ま、多少不自由だろうけど、今回の修行の間だけよ。我慢なさい」
「とんでもありません! やりすぎってくらいですよ」
「はぁ?」
「あ、いや・・・」
 口下手であることを良く知っているミノタウロスは、あわてて黙った。
 同時にミノタウロスは、改めて自分は世界でもかなり特異な世界に身を置いていることを思い知るのだった。

   

 いくら主従関係を結んでいるとはいえ、あまり遅い時間帯に永くレディの部屋に居座るもんではない。いくら世間知らずのミノタウロスでも、その程度の常識は拾われてから3日で叩き込まれていた。
 ルルーの部屋で明日の朝一番で『ぷよぷよダンジョン』に挑戦することを確認し、部屋を出た。廊下で、なんとなくじいと並んだミノタウロスは、ふと呟いた。
「ヘンなもんス」
「ほっほ・・・何がです?」
 ミノタウロスは少し黙った。自分でも、この妙な気分を上手く説明する自信がなかったからだ。生来か、はたまたただの勉強不足なのか、ミノタウロスはあまり口が上手い方ではない。
「んーそうっすね・・・どう言えば・・・。――――なんだか・・・今まで自分はルルー様の後について、いろんな種族に会ってきたんすよ。ドラゴンや魔獣なんかを相手に修行したり・・・魔導師にも魔族にも亜人にも・・・。考えてみれば、いろんな種族に会っているのに、なんでなんですかね。自分が人間に「半獣人」と呼ばれる種族だってことを、今まで忘れてた・・・気がするんス」
 それ以上の説明は、ミノタウロスは出来なかった。
「ふむ・・・」
 じいの表情は読み取れない。しばらくして、じいも独り言を呟くように言った。
「それは、きっと・・・ミノタウロス殿が今まで「非日常」を理解する場所にいた、ということでしょうな」

「・・・?」
「まぁ、しかしそのような意識は、もう2,3日もすれば再び薄れますでしょうぞ」
「え?」 と言ったつもりだったが、妙な鼻息にしかならなかった。
「ミノタウロス殿。この園に来た目的をお忘れかな?」
 じいが、風を切るように振り返った。長い眉に隠れて見えない細い目が一瞬光ったように見えた。
「お手紙で申上げましたとおり、この遊園施設には、一般には非公開の“裏迷宮”というものが存在するのでございます。“一般に非公開”、すなわち、ルルーお嬢さまの言葉を再びお借りするならば、そこはまさに『非日常を理解する社会』。『裏迷宮』・・・まさに「裏の世界」「裏の社会」「我々の・・・見慣れた日常」。・・・ミノタウロス殿が「一般社会」を意識する暇は、間もなくなくなるでございましょう・・・ほっほっほ・・・」
 一息にそれだけのことを言って、じいは今度はゆっくりとミノタウロスに背を向ける。そして、今の言葉をミノタウロスが理解する前に、じいは廊下の奥へ消えてしまった。

 

back■■■■■■return■■■■■■next

 

こぼれ話(『創造主伝説』―――自分的世界の捏造者の思い込みを記した書、から)
【読みたい人だけ読みましょう】
 
注意書き:全然正規の魔導物語の設定に全く無いことを、さも真の設定のごとく書いています。
      これを、
真の設定だと思わないで下さい。それだけは、絶対にダメです。

■一般社会の魔物に対する認識について。
 各地のマニアな貴族、お金持ちの中には半獣人どころか、ヒドゥラや六角獣などの完全な魔獣をペットとして飼っては逃げられて、騒ぎを起こすバカモノもいるので、ミノタウロス(大男)と共にいるルルーは一般社会から見てもあえて珍しいことではないと言っておきます。ついでだから言いますと、各都市の傭兵や城の兵士たちは何も敵国の兵士や村を襲う魔物とばかり戦っているというワケではなく、これらバカモノが起こした事件を解決するためにも動員されます(笑)。
 つまり。別に、身なりのいい令嬢がミノタウロスなる魔物を連れて街中を歩いても、人々はそれほど驚かないかもしれません。ただ単に、どこかの悪趣味な令嬢が悪趣味なペットを見せびらかしに来たのだと解釈し、コソコソひそひそと影口を叩くだけでしょう。やれ、アレが逃げ出したら誰が責任を取るんだとか、作物を荒らされないように見張りを強化しなければだとか、色々なところでたくさんの人が噂をする程度かと(ルルーに言わせれば、それが鬱陶しいということなのかもしれない)。
 誤解のないように言っておくと、これらはルルーを(というか魔物を)理解しようとしない街の人々が悪いのではなく、手に負えないような魔物を自慢したいがためだけに飼っては逃げられている、無責任なバカモノが悪いのです。
 ルルーも頭がいいから、その辺がよくわかっていると思われます。無駄に陰口を叩く街の人を問答無用で叩きのめし返したりはしません。きっと。(バカモノの方ならわかりませんが;)

■ミノタウロスについて。
 ・・・なんか噂によれば、ルルーが2年前にさる洞窟(?)で拾ってきたのだとか。それ以上はあんまり良く知らない(ゲームやったことないのよ;)。

■「もももの一族」について。
 園内のいくつかの施設(ホテルやショップの経営など)は、ももも一族が経営する「もももの会社(通称ももも通販)」に委託されています。売り上げの一部は、契約に従いオーナーへ還元されているようです。ただし、ホテルやショップを利用している一般客は、それが魔物の経営する会社が手がけた事業だとは思ってないでしょう。だいたいこの遊園地、オーナーでさえ謎(ということになっている)のだから。ホテル街の元締めが「ももも一族」に委託されていると言う事実は、じいだからこそ・・・・・入手できた極秘情報で、普通の方法ではどんなに調べてもわかることはまずありません。そこを調べちゃえるからこそじいなのです(笑)。

2006.7.26

back■■■■■■return■■■■■■next