| 3 挑戦者 「・・・いつからそこにいたの?」 アルルは、シェゾに問うた。
「いつから? まぁ・・・お前が“ファイアストム”を唱えた辺りからだな。悪くない攻撃だったが、短剣使いの外側だった。腕を切られて当然だ」
「う”」
シェゾはなおも続ける。
「おまけに、多勢相手にライトを唱える馬鹿がいるか。暗がりを利用して一人ずつ潰せばいいものを。闇に撒いて無傷で逃げることも可能だったはずだぞ」
「・・・・・・;」
いつもは言葉足らずな怪しいことばかり言ってくるくせに、いらないところで一言多いんだ、この人は。いっそ黙れってのよね(実際、黙ってればそれなりにイイ男だと思うのだが)。
シェゾが一歩アルルに近づく。アルルとの距離はもう3歩もなかった。なんでここまで近くにいたのに気づかなかったんだろう?
「見せてみろ」
「大丈夫だよ」
シェゾの言葉に悔しかったアルルは、シェゾの珍しい提案を拒否した。
「・・・たぶん、あの男が使っていたナイフは毒塗りだぞ」 と、シェゾが付け加えた。
「え?」
言われて反射的に傷口を確認したアルルはギョッとした。かすり傷にしか見えないその傷口から、すでに指先にまで血が滴っている。未だにサラサラと流れ出る血の量が、確かに不気味にも感じられる。でも、痛みは感じなかった。
「全然、痛くないよ?」
シェゾはバッグから白い帯を取って、アルルの腕を強引に取った。
「いくらガキでも、ヤツらにとって相手は“魔導師”だ。そのくらいの警戒はする」
「“ガキ”は余計」 アルルは言ってやった。
手馴れた手つきで帯を二の腕に巻かれて、止血された。とたんに腕に激痛が走る。
「痛ぁッッ!!」
「“痛み”を感じにくくする薬と、血の凝血能力を鈍くする毒だな。たいした傷に見えないクセ、普通の方法では止血できない、厄介なものだ。そうさせて貧血を起こした時にヤツらはもう一度お前を襲うつもりだぞ」
「・・・・・・ひぇ」
――――――甘く見てた。
でも、なんでそこまでしてボクを襲う必要があるんだろう? それを聞こうと思ってたのに、逃がした上にこんな置き土産を置いてくなんて。そりゃ、ホンキで捕まえる気なんか無かったけど、完全に勝ったと思ったのに・・・。悔しくなって、誰かまわず悪態をついた。
「もう! 遊園地に来た早々、ヒドイ目に遭ったよ」
「・・・こんな時間にあんなところを、一人でうろつくお前が悪い」 ピシャリとした言葉が返ってきた。
「悪かったね」
「ほら」と言って、シェゾは腕を離した。手馴れたもんだ。毒の中和剤も塗ってくれたようで、相応の痛みがじわじわと腕に戻る。自分の腕が戻ってきた感じだった。
「ありがと、助かったよ」 とりあえずアルルは安堵した。ここは、シェゾに会えたことを感謝してもいいかもしれない。
「・・・で、結局キミはこんなところで何してるわけ」
全く予想してなかったわけではなかったが(むしろ現われた時は、また出たよ・・・ってカンジだったのだが)、改めて考えてみれば遊園地にシェゾが現われるのはひどく珍しい気がした。なんて言ってて、実はこの人が自分の前に現われる理由なんて、ほぼ決まっているが。
アルルは何の迷いもなく(心で)身構えた。だがこの時、めずらしくアルルの予想は外れた。
「・・・酒場で飲んでたら、お前が裏路地に入るのが見えたんだ。先にはゴロツキどもの溜まり場しかねぇし、おかしいと思って追っかけてきたんだよ」
「はぁ? 心配してくれたってこと?」
「誰がンなことするか」
「あー、ゴメンゴメン!ウソウソ!!」 慌てて取り繕った。
「ちっ、調子に乗りやがって。だいたいお前こそ、こんなところで何をしてるんだ。酒場から先はフールどものナワバリなんだぞ!? 何の用があったんだ。『ヴェネス』までの近道なら、南からの方が早いぞ」
「フール? ・・・ヴェネス???」
「・・・・・・・・・」 シェゾの綺麗な目が一瞬見開いた。
「お前、まだヴェネスも知らないのか。なるほど、そのカッコでうろつけるわけだ」
アルルは、完全に冒険用のスタイルで遊園地に来ていた。青い装甲魔導スーツ姿、要するにフルアーマー。およそ遊園地で遊ぶためのスタイルではない。しかしアルルにとって、それは“普段着”と化していた(アルルも変人である)。
「? そういやキミ、普段着だね。初めて見たけど・・・魔導師だとバレたら、なんかマズイわけ?」
しかしシェゾはそれには答えず、逆に問う。
「いつ、ここに来た?」
「・・・ついさっき」
「ハッ・・・なるほどな。いいだろう、来い」
――――実はアルルは、一連のシェゾの様子を実に注意深く観察していた。そして今の彼の言葉に対する結論を出す。
――――――何かをたくらんでるわけじゃない、らしい。
なんだかんだと言って、このシェゾとの付き合いは長くなっていた。仲間になったことは無い(と、シェゾは言い張るだろう)が、それなりにこの人の行動や何をどう感じた時の表情なんかは、よく見て取れるようになっていた(アルルに言わせれば「シェゾはわかりやすすぎる」らしい)。
シェゾは何かをたくらんでいる時、かならずニヤリと口が歪む。わかりやすい、いやな笑いだ。だがこの時、それがなかった。・・・信用できる。それがアルルの判断だった。
「・・・うん」
アルルはうなずいて、すでに歩き始めたシェゾの後ろを追った。
「・・・・・・無駄だ、他を狙うぞ」
銀色の髪を揺らして、赤い目の男が言った。
「・・・ですねぇ。まさかあの剣士と知り合いだったとは」
傍らで軽い口調で答えたのは、アルルの腕を切った男だ。酒場の屋根の上から、去ってゆく二つの影を見据えていた。
「アイツは、二日前にも炎山の前で獣人を半殺しにしている。俺たちが手に負える相手じゃない」
そう言って表通りに戻る銀髪に、他の剣士たちも続いていった。
草原が、再び真の静寂を取り戻す。
夜半は過ぎている。草原に、もう“通り”の光は届かない。明かりと言えば、遠くに見える街(と、シェゾは言った)から漏れる申し訳程度の灯だけだった。
「あそこに向かってるわけ?」
「そうだ」
「なんで遊園地の中に街があるの?」
「・・・黙って歩け」
すぐに、わかる――――って、ことらしい。いかにも、“今、言うことが面倒だ”と言うように、シェゾは顔をしかめた。アルルたちは、また無言で歩いた。カーバンクルもピコピコと足取り軽く、二人の後をついていく。
アルルは、遊園地に来てからこれまでのことを考えた。ずいぶん色んなことがあったような気がする。
遊園地に似つかわしくない客、奇妙な会話―――今だからもう間違いないと言えるが、彼らは冒険者でたぶん何かを狙ってる。アルルを先刻襲ったあの夜盗集団もおそらくその類だ。そして、シェゾ。一般の人たちに混じって、彼らが狙うものが遊園地にあるのだ。
・・・アルルはそこまで考えて、ため息をついた(それに気づいて振り返ったシェゾにアルルは気づいていなかった)。
シェゾが狙うものというのは毎回ろくなモンじゃない。絶対『めちゃくちゃ危険で強大な魔力に関係するもの』と、相場が決まっている。当然そういうものというのは手に入りにくいところにあるものだ。つまり、この遊園地もそれなりに非常識なのに違いない。
アルルは、遊園地のアトラクションが非常の域を超えた超非常級のものであるのに納得入った気がした。ヘンな納得の仕方だとも思ったけれど。
「・・・お前が考えていることを、当ててやろうか」
唐突にシェゾが言った(ように、アルルには思えた)。
「え?」
一瞬、「シェゾがろくでもないやつ」だと考えていたことを見抜かれたかと思った。が、それは杞憂だった。
「あの男たちが何者かを、考えていたんだろう」
シェゾは足を止めた。今気づいたが、自分とシェゾの距離がいくぶんか離れている。いつの間にか街の灯りが近い。手前に川があって、橋を渡れば街の入り口という距離まで近づいていた。
「あ、えーと・・・まぁ、気にはなるけど」 アルルは、あの夜盗たちが何者かよりも、むしろ何が目的で襲って来たかの方が気になった。
「・・・アイツらは愚か者だ」
「愚か者?」
シェゾは橋に差し掛かる前に、少しだけ足取りをゆるめて話し始めた。アルルはうずく傷がちらりと気になったが、シェゾの話を真剣に聞くことで忘れることにした。
「・・・最初のアトラクションさえクリアできなかったプレイヤーをオレたちは「敗者」と呼ぶ。その中でも最低野郎のことだ。・・・相手のアイテムを強奪することだけを目的に動いている」
アルルは一瞬、遊園地のアトラクションに「挑戦」も「クリア」もないだろう、と思った。しかし、ここはアルルである。
「・・・もしかして、遊園地にいる冒険者たちは、みんなアトラクションの「挑戦者」?」
「察しがいいな」 シェゾはニヤリと笑った。全くその通り、これが何かたくらむ表情だ。何をたくらんでるか? 確信に限りなく近い想像が付きすぎて、返ってアホらしい。
「つまり、キミもアイツらも遊園地にある、“すっごい危険な魔法のアイテム”(かなんか)を狙ってるわけだね」 アルルも呆れるように言ってやった。
「ほぅ、思ったよりも知ってるな。“危険な”というところが若干気になるが・・・そういうことだ」
「キミが狙うモンなんて、危険なものに決まってるじゃないか」
「・・・さっきまで、腕の痛みで険しいカオをしてたくせにな。ゲンキンなもんだ」 今度はシェゾが険しい顔をした。
「何か言った?」
「言ってねぇよ。ホラ、着いたぞ」
「え?」
橋を渡りきったその先に、闇に紛れるようにして寂れた街並みが広がっていた。
アルルはさっと辺りを見渡して、小さな立て札を見つけた。木で簡単に組み立てられただけの目立たない札だ。札の文字を、街の明かりで読んだ。
「ヴェネス・・・ここが?」
――――街の名前だったのか。てっきり別のアトラクションか何かだと思っていた・・・。
「おい、置いていくぞ」
「あ、ごめん」
「街は水路が多い。気のきいた柵なんぞ無いからな、落ちても知らんぞ」
船を降りる時に聞いた、カーバンクルガールのお姉さんの台詞とシェゾの台詞が図らずもダブる。小さく噴出すアルルをシェゾは怪訝そうに見たが、アルルは無視して街へ足を踏み入れた。
街の通りを歩いてみて、アルルはヴェネスを寂れた下町のようだと思った。くねくねと曲がる規則性の無い通り加え、アトラクションの方から流れきているらしい幾本にも別れた水路に沿うようにして石造りの建物が並んでいる。商店のようだが、ほどんどが廃屋のように静まり返っている。通りの奥にも明かりが漏れる建物は数個しかない。
ただ、・・・そういう寂れた街にありがちの、“誰もいない”雰囲気というものがなかった。街の中心らしい広場の松明は生き生きと燃えており、水路に止めてあるいくつもの船はきちんと並べて繋がれてある。少なくとも、何日も風にさらされたままのモノじゃない・・・。
それ以外にも、街のあちこちから割合しっかりとした生気を感じる生きた街だ。・・・むしろ、深夜でも数個の明かりが見える街も珍しいかもしれない。そういえば水路や通りを照らす灯りも明るくはないが、決して途切れてはいなかった。
「深夜だっていうのに、ずいぶん人がいるんだね・・・」 正確には人の気配がする、という意味だ。
通りに人影は無い。ただ、通りの向こう側や幾つかの建物の中からは確かな人の気配がする。
「プレイヤーにとって、夜はあってないようなものだからな。この通りは宿の入り口が並ぶだけの道だが、少し横にそれるだけで連中が屯する酒場や裏地にすぐ出る」
「宿って・・・プレイヤーがとる宿?」
「そうだ」 シェゾの答えは少々ぶっきらぼうだった。
アルルは、腕を怪我したことなどすっからかんに忘れていた。
そんなくだらないことなど頭からすっぽ抜けるくらい、アルルが興奮していたからかもしれない。アルルは、遊園地がまたかなり別の意味で面白そうだと思った。
へぇ・・・、おもしろそう。おもしろそうだ、たぶん・・・この遊園地、古代の賢者が気まぐれで作った迷宮ぐらいのレベルがある――――。(迷惑な賢者だ!と思うのは、一般人の頭である)
アルルはいつの間にか汗がにじんだ拳を、両手でぎゅっと握った。
遊園地に来る前から、遊園地らしからぬ気配を感じていたアルルは、その気配がどんどん皮を剥いで具現化してゆくのを感じていた。プレイヤー同士が集まる街に、かなりレベルの高そうなダンジョン、危険なアイテム、それに乗じた目的不明の夜盗集団・・・・・・すべてが冒険の匂いだ。
アルルは、そういう雰囲気は嫌いじゃなかった。むしろ、誰より好きかもしれない。
「ねぇ、シェゾ。どこまで行くつもり?」 アルルは唐突に聞いた。もう街の入り口は見えない。
「・・・街の一番奥の宿だ。街はそれほど大きくない。ここで、ほとんど端の方だ」
シェゾがそう答えた後は二人は無言だった。カーバンクルだけが時々「ぐーぐー」と鳴いている。アルルにはそれが「食べ物はないの?」と言っているのがわかった。そういえば通ってきた道中で、食べ物を売っていそうな店はなかったように思う。シェゾは、道からそれたところに人が集まる場所がある、と言っていたのでそちらの方にあるのだろうか・・・・・・。
「・・・ここだ」
短くそう言ってシェゾが足を止めたのは、華やかな街の通りから若干離れたところにある寂れた酒場の前だった。
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