| 2 気配 “サウンドステージ通り”。地図にはそう書かれていた。
入り口の広場からずいぶん歩いた。お菓子の家が立ち並ぶ街並みはもう見えない。それでもテーマパーク全体の雰囲気は全く変わっていなかった。相変わらず華やかで、夜闇に惜しむことなく鮮やかな光を放っていた。
地図は、広場の奥でインフォメーションを見つけて、そこで購入したものである。この通りのすぐ脇には、天まで届くかと思わんばかりの巨大な気球がメインアトラクションである『スターライトステージ』がある。さっきの幾多の気球はこのアトラクションから浮揚していたに違いない。付属のパンフレットによると、そこは“光と音の世界”をテーマにしたこの遊園地を代表するアトラクショなのだそうだ。その名にちなんだ通りなんだろう。その名に劣らず、この通りの賑わいは正面広場に勝るかの勢いだ。あちこちから音楽が鳴り響き、通りの中心では艶やかなパレードが列を連ねていた。
“サウンドステージ通り”に並ぶ飲食店のひとつ“マンドリンカフェ”の屋外チェアで、アルルはパレードを眺めていた。通りの向かい側にはアディアン飯店の看板が見える。そのテラスに座る客の中に、アルルはまた目を留めた。
「・・・あの人もだ」
―――たぶん、冒険者。少なくとも旅をし慣れてる人。
自分がその身であるためか、アルルはわりと人ごみの中で冒険者と一般の人を見分けることができる。まぁ、観察力がそれなりにあればすぐわかるのが普通なのだが。
冒険者と言うのは、一見普通に振舞うようでも常に周りに気を配っている。動きにあまり無駄がなく、なにより人ごみを器用に掻き分けてゆくのだ。彼らは人の波を知っている。何処を通れば難なく道が開けるかを、直感的に判断することができる人。あるいは、そういうことに慣れてる人。
実はアルルは入場門をくぐった時から、そんな人を少なくとももう5人は見つけている。その冒険者が複数で旅していること考えて、さらに船で出会った人を含めれば、この遊園地には最低でも20人以上の冒険者がこの遊園地を訪れていることになる。・・・・・・なんとなく奇妙な現象だ、とアルルは思った。
そりゃ、冒険者とて人間だ。息抜きに遊園地に足を運ぶこともあるだろう。それはアルルも理解できる。っていうか、自分がそうなのだからおかしいと思うわけもない。ただ、アルルが気になったのは“冒険者が遊園地に来ている”ことではない。アルルが見た限り、見つけた同胞は誰も“遊園地で普通に遊んでいる”ようには見えなかったことだ。・・・少なくとも、遊ぶためだけに来ているようには見えなかった。それは、船で出会った旅人たちにも言えることだった。
「うーん、・・・何しに来たんだろうなぁ」
何気なく、目を留めた向こう側の人を観察した。何かを読んでいるらしい。自分と同じく地図を見ている? いやいや遠くてよく見えないけれど、もっと小さな何か紙切れのようなものだ。満足げな笑みを浮かべてそれを見ている。・・・なんだか、達成感のようなものさえ感じられる気がした。
・・・あの手の顔、自分も良くしていると思う。ダンジョンや迷宮をクリアした時なんかに思わず漏れる笑みだ。・・・どこかのダンジョンの帰りにこの遊園地に寄った、とかなのだろうか・・・。
「・・・・・・・・・」
アルルは気にするのをやめた。相手がもし本当に冒険者なら、視線に気づく可能性がある。警戒されたら厄介だ。ふと、気を緩めて地図に目を戻そうとした時、アルルは奇妙な会話を聞いた。
「・・・ステージのモンスターだ」
「ああ、当分復帰はできない」
アルルは一瞬、「え?」と思った。
「復帰」できない? 何が? ・・・モンスターなら遊園地につきものだけど(看板とかで)。
アルルのすぐ背後だった。じわじわと、周りの華やかな雰囲気とは異なる奇妙な緊張が背に伝わってきた。――――低い、男の声だ。もうひとりは少し明るいカンジだが。
「次の挑戦日は?」
「3日後。入り口を見つける法則は調査済み・・・」
「シッ、策は宿だ。他にわかったことは・・・」
会話が聞き取れないくらいの小声になった。無理に聞こうとは思わない。
「・・・・・・」
「ぐぅ?」
「行こう、カー君。ちょっと確かめないと」
小声で言って、マントにカーバンクルを隠したアルルは、普通に店をあとにした。静かに“サウンドステージ通り”を歩いて、地図でいえばちょうどスターライトステージの裏手あたりにまで出た。大きくアトラクションを迂回する形になり、かなりの時間を要したが、そのことが返ってアルルにある確信を持たせることになった。
アルルは足取りはそのままで、先刻から何度か繰り返してきたことをもう一度行った。
精神を集中させて、周りの気配を探る魔法。アルルにとって、それほど得意といえる魔法ではなかったけれど、一応魔導師(の卵)だ。基本的なサーチぐらいできないわけじゃない。
(やっぱり、まだいるなぁ・・・)
今回のそれは、右手前奥の茂みから、・・・だと思う。技が未熟で詳しいことはよくわからない。ただ、
・・・何かにつけられてる。
アルルは、入場門をくぐる前とは別の緊張に胸がザワザワした。
だいたいこの遊園地、着く前から妙だった。別に遊園地自体がおかしいと思ってるわけじゃない。遊園地は、アルルが今まで感動してきたとおり、非常すぎるぐらい素晴らしいものだった。
おかしいと感じたのは、客の方。それもたぶん――――ごく、一部の。
船の上にいた妙に旅慣れたカンジの人たち、園内に見かける冒険者らしき人、奇妙な会話。どれも単に遊園地に遊びに来た人たちに似つかわしくない。アルルはなんとなく気づきかけていた断片情報を、ふと頭の中でまとめる。かすかに感じるこの緊張は、アルルが今まで幾度となく感じてきた、冒険上の緊張とよく似てる。それは何だろう?
この遊園地には、彼らを誘う何かがある?
アルルは、たしかにその“何か”の気配を感じていた。冒険者の、いや、アルル自身の才能とでも直感とでも言うのだろうか。魔的なあるいは魅力に溢れた秘宝や伝説の類の匂いを嗅ぎ取るアルル能力は、カーバンクルがカレーの匂いを嗅ぎ取る能力に匹敵する。
アルルは、今や直感に確信を持っていた。そして同時にそれが何なのか知りたいと思っていた。さらに、それを今すぐ知る方法が(アルルの思いつく限り)ひとつだけある。――――――普通、思いついてもやらない方法だったのだが、それは少なくともアルル以外の人に言えるものだった。
「カーくん、ちょっとここで見張っててくれる?」
「ぐぐぅ!」
カーバンクルは“まかせろ!”と言うふうに、ビシッとOKサインを出した。
“裏館瞬きのバー”と“黒妖精の酒場”の間にカーバンクルを置いて、アルルはその間にあった暗い路地を進んでいった(その時、黒い影が複数周りでうごめいて、そのうちいくつかが自分の前方へ駆け抜けたのをアルルは確認した)。
やがて、先の薄明るい光を頼りに路地を抜けると、そこは開けた草地だった。
「へぇ・・・、こんなところもあるんだ」
賑やかな通りの音に、耳が慣れてしまっていたことに気づく。そこは非常に静かだった。表の通りと違って、鮮やかで眩しい光はないけれど、後方から漏れる光のカケラと月明かりでうっすらと草が光って見えた。夜風がよく通り、サワサワと気持ちのよい音が聞こえる。広く見渡せる夜空には、星が瞬いていた。
昼間に来てもきっと心地よいに違いない。また来よう、アルルはそう思った。
遠くの方に、星とは違った光が地平線上に集まっていた。平原に平行に走っている。あれはなんだろう? 町か別の広場でもあるのだろうか?
アルルは今すぐそれが何なのか確かめてみたかったが、そうもいかない。ここに誘った意味がなくなる。アルルは注意深く、草地を何歩歩いたか数えながら歩いていった。
9・・・、10・・・、11・・・ まだ、この程度じゃダメだよね。
表通りでしゃべる人の声がまだ聞こえている。
24・・・25・・・ そろそろ、かな。
アルルは静かに足を止めた。
もう、耳には遠くでパレードの太鼓の音と風の音しか聞こえてこない。
すでに賑やかな通りは地平線に半分ほど沈みかけている。
少し、長い時が流れたかのようだった。
「・・・・・・・・・」
アルルは目を閉じて待ったが、気配はちらちらと心の動揺を見せるだけで仕掛けてくる様子がない。
(・・・なかなか用心深いね。相手の出方を待ってるだけじゃ、返ってチャンスを逃すかも)
そうと決まれば、すばやく草原に住む精霊に働きかけた。辺りに鋭い緊張が走る。
“ファイヤーストーム”より威力は劣るケド、呪文と発動までの時間は最速だ! まずはこれ――――
「ファイアストム!!」
――――――直前に「伏せろッ」という言葉を聞いた。
ボゥンッッ
炎が一瞬にして現われて闇に消えた。刹那の炎に照らされて、数個の影がよろめくのが見えた。
ようし、手ごたえあり! しかも相手は複数、そんでリーダーは人間(声からして男)だ!!
続く呪文は、やはり攻守幅広く使えるファイアーである。しかし、相手の反撃の方が早かった。
「撃て!!」
「?!」
―――――遠距離!? 弓か!
防炎加工を施したマントを夢中で剥ぎ取り、唱えておいたファイヤーで頭上へ飛ばした。マントを盾代わりに矢を防いで、飛び退りながら再び呪文の詠唱に入る。誰かが草原を駆けている音が聞こえた。
(・・・ヤバイな、炎の光で見えただけでも矢は3〜4本・・・! 叫んだ男がコマンダーだとすれば、相手は思ったよりかなり多い・・・・・・!?)
一体そこまでして何が狙いかを気にするより、今は目の前の戦闘だ。
――――アルルは余り深く考えずに、今、自分が相手をしければならない敵がどのくらいいるのかを知りたいと思った―――――ならば、唱える魔法はこれしかない。
「ライトォ!!」
「ぐっ・・・!?」
(痛・・・っ!)
腕に焼けるような痛みが走るとともに、まばゆい光が闇を裂いた。一瞬、草原に真昼のように色が蘇ったと思った瞬間、光が薄れて中空にもうひとつの小さな月が現れていた。―――ライトによる光球だった。
アルルはすばやく自分を囲む影を確認する。目の前に短剣を持った黒髪が一人。ライトが発動した瞬間、自分の腕を切りつけたのはコイツだ。反射的に蹴りを入れて(避けられたが計算のうちだ)距離をとる。前方10歩ほどのところに別の剣士が一人とさらにその後方に3対の影が見えた。(たぶん)弓使いだ。
自分の後ろにもおそらく複数誰かいる。――――まずい、敵が多い。ヘタしたら負ける。
そんな直感はひとまず無視して、アルルは苦手な剣士にサンダーを放った。
ピシャア!!
草原に閃光が轟いた。サンダーはホトンド呪文を要しない上に命中率が高い優れた魔法。欠点は威力が皆無に近いことだ。だが、魔導を良く知らない人間にはハッタリで充分通じる。夜闇に突然走った雷電は、実際の威力以上に強力に見えた。
「ちっ・・・」
アルルを警戒して、敵の動きが一瞬止まる。魔導師たる者この期を逃しては彼らに勝てない。アルルは高ぶる興奮をできるだけ落ち着かせて丁寧に魔力を練った。
炎の玉を3つ作って、自分を護衛するように飛ばす。ゆらゆらとうごめく得体の知れない炎に、敵はますます警戒を強めたらしい。アルルは思わず“イケる!!”と確信した。
この程度の炎の玉で警戒する=相手は、魔導師と戦い慣れてないただの外道者。たぶん、「魔導」そのものについても良く知らず、アルルを「魔導師」と知ってはいたが、子どもなら勝てるとでも判断しただけの話だろう。
振り返って、自分の後ろに2人の剣士を確認した。魔導師はいない、決定的!!
「ヘルファイヤー!!」
相手への脅しの意味もこめて、腹の底から思いっきり叫んだ。狙いは後ろの2人と前方の短剣使い。つまり、弓使いを除いた(見える限り)全員だ。・・・ってゆーか、弓使いまで正確に炎を飛ばせる自信がない(汗)。
ヘルファイヤーはただの脅しだ。だから、もし直撃しても大してダメージはないはず。だが、かろうじて避けた1人も火傷した2人とある一点へ駆けてゆく。いつの間にやら弓使いもその後ろに移動していた。
敵が集まった中心には、ひときわ大きな剣を構えた人間がいた。
・・・何かたくらんでるな、大体予想つくけど。アルルは今度は充分時間をかけて、今度は少し高度な魔法に挑戦する。
「待て、女魔導師!」
声でわかった、この大剣使いがさっきから「伏せろ」とか「狙え」とか指示してたんだ。最初に目を引いたのは異様に目立つ赤い目と・・・あれ?珍しい、銀髪だ。でも、ボクの良く知ってる誰かさんとは、実力が天と地ほども違うね・・・。
「こいつがどうなってもいいのか?」
突き出したその手の先には、カーバンクルが握られていた。路地に置いてきたのを捕まえて、切り札に使おうと連れてきたのだろう。
バカじゃない?
まだ何かヨケーなこと(「こいつを殺されたくなかったら」とか「アイテム」がどーとか)を口走ってくれているおかげで、充分に呪文が完成した。うん、中々良い出来!
「・・・?!」
「ヘヴンレイ!!」
スターライトステージの光に勝る・・・といえば言いすぎだ。だが、とにかく眩しすぎるほどの白い光が、カーバンクルを中心に四散した。
「ゴメンね、カーくん! 眩しかった?」
カーバンクルは、“何が起こったのかなんて興味ないよ”とでも言うように、つぶらな瞳をぱちくりさせた。アルルは屈んでカーバンクルを抱き上げる。剣士たちは光に仰け反った勢いそのままで、素早く“ライトステージ通り”の方へ駆けていった。もう闇にまぎれて見えなくなってる。
あきれた! 噂は本当だね。
ああいう魔法に慣れないで魔導師に仕掛ける者は、たいてい逃げ足が速い。そうでなくしてああいう事を繰り返していれば、いずれ死を見るだけだから。
草原に再び静寂が訪れる。この静かな夜の空間がより広く感じられた。
だからだろうか。
今まで微塵も気づかなかったかすかな気配が風に乗って、アルルの肌に伝わった。
「・・・・・・・・・」
アルルはまるで、そこにその人がいて当然であるかのように振り返った。
草原に、よく見知った人物が立っていた。視界に入りさえすれば、確実に気づくハズの存在感だった。
ただ、いつもと違っていたことがひとつあった。その人影は、白いTシャツに黒っぽいジーパンというラフな服装をしている。一言でいえば、彼は自分とは違って“普段着”だったことだった。
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