| 4 見習い魔導師 ロスメルタは王国顧問魔導士だった。数年前まで神聖セントレイス王国軍、魔導部隊の一員だったのである。今は軍を退役して王専属顧問魔導士となり、二人の弟子を抱えながら魔導の研究をしている。
サルーとアルル、そしてシエラの三人はその晩、ふくろうを探しに森へ行った。国王に手紙を送り、シエラが無傷でドラゴンを倒したことを知らせるためだ。シエラはまだ「3級(一般的な魔法が扱える)魔導士」であるが、ロスメルタの正式な書状をもって国王がそれを認めれば、シエラは正式に「魔導士資格実技試験」を受けることができる。これに合格すれば、シエラは正式に世間から「2級(高度な魔法が扱える)魔導士」として認められるのだ。ちなみに受験資格は、『ドラゴンを倒せる実力を持った魔導士または召喚士』または『恋の妙薬を調合できる魔導士または魔術士』または『それと同等と認められる実力を持ったその他魔術を扱う者』、である。
「・・・麻酔で弱らせておいた子どものドラゴンを倒しても、書きようによっては『ドラゴンを倒せる実力を持った魔導士』なんだって」
と、サルーはそっとアルルに耳打ちをした。
ふくろうを捕まえ、それに「操りの呪文」をかけているシエラは緊張していたが、ハタから見ているサルーとアルルは気楽なものだった。アルルもそうだが、サルーもまだ魔導師養成学校を卒業したてだ。「見習い魔導士」となってまだ日が浅いので、試験などまだまだ先の話であった。のんきに自分たちの養成学校時代の話をしながら暇つぶしをしていてもいいのである。
「魔導学校・・・って、あの?」と、サルーが言った。
「君、たどり着いたの?」
「うん。大変だったけどね」
魔導学校まではかなりの大冒険ではあったが、アルルはあまりそれ以上話そうとは思わなかった。もう10年以上前のことだし、「たいして覚えていない」という顔をしておいた。
「本当にあるんだ・・・?」
サルーはまだ信じられない、という顔をしていた。
アルルはこのような表情を、魔導学校を卒業してからもう何度見てきたかわからない。学校を卒業してから、魔導師としてさらなる修行を積むために、自分に合った師匠を探すため、いままで一人で旅してきた。その過程で、色んな人に出会ったし色んな魔導師に出会った。
アルルが(見習い)魔導師だと知ったら大抵の人はどこの養成学校を出たのかを聞いてきた。まるでそれが魔導師に対する全世界共通の礼儀だとでも言うように、だ。初めこそ正直に出身校を述べていたアルルだったが、それを聞いた人のほとんどが今のサルーのような顔をした。その後の反応は人によって様々だったが、それでわかったことは魔導学校というものがあまりにも世間で謎の学校として認識されているという事実だった。「そうなんだ」と一応納得する者、「まさか」と半信半疑の者、「うそだろう?」という表情でなんとかアルルの嘘を暴こうと根掘り葉掘り授業内容について聞いてくる者、「そんな、大嘘つきおって!」と大声で噛み付いてくる者・・・・・・ハッキリ言ってうんざりだ。
サルーはまだ何か聞きたそうにしていたが(アルルの表情を読み取ったのか)、聞き返してはこなかった。代わりに自分の学校のことを話し始めた(少なくともこの時のアルルはそう思った)。
「僕は6歳のときにセントレイスの王立魔法学院に入学して、魔導を勉強したんだ」
ふーん、とアルルは相槌を打った。あまり聞いてはいない。サルーはしばらく口篭もっていたが、思い切ったように話し始めた。
「本当はね、魔導学校の入学案内書も僕の家には届いてたんだよ」
「えっ?」
と、アルルは思わず振り返っていた。この反応は初めてだった。今まで卒業してから合った同じ「見習い魔導士」の中では(あくまでもアルルから見て)一番まともな反応だった。
「6歳の時。僕宛だった。・・・願書も出してないのに、おかしいなって思った。けど、せっかくだし行ってみたいって親に言ったら・・・反対されたよ」
「だって、聞いたことも無い地名だったんだもの。当たり前だよね。馬車も転送陣も使わないで・・・しかも一人で、聞いたことも無い土地に行かせられないって、泣いて説得された」
アルルは、魔導学校の最初の入学試験内容を思い出した。たしかそれは、『乗り物や転移を一切使わず、自分の力のみで魔導学校までたどり着くこと』――――――。たしかに、反対する親はいるだろう。
「でも・・・」
アルルの場合、親は何も言わなかった。まるで入学案内書が届くことを前もって知っていたように、母親はアルルを送り出していったのだ。しかし、そんなことを今のサルーに言っても仕方ない。アルルはかける言葉が見つからなかった。
「母さんは誰かのイタズラだって言ったし、父さんはそんな遠い学校にわざわざ入学しなくても自分のコネで王立学院に入学させてやるって言った。父さんはウェストエンドの大貴族だからね。けど・・・そんなこんなで揉めてる間にも、毎日案内書が届くんだ。僕の6歳の誕生日からずっと何十通と届いたけど、中身は全部一緒。校長からの意味のわからない挨拶と入学試験の概要、魔導学校までの地図・・・。母さんは気味悪がって郵便受けをとっぱらっちゃったし、父さんも案内書を全部燃やして捨てちゃった。けど・・・」
サルーは伏せていた目を上げて、少し楽しそうな表情をした。その目はアルルを見ている。
「実はね、親に内緒でちょっとだけ魔導学校目指してみたことがあるんだ」
「へぇ・・・」
「そしたら、ビックリしたことが起こったんだ」
「なんだかわかる?」と、サルーはアルルを少しイタズラっぽい目で見た。なんとなく、君ならわかるはずだと言われているみたいで、アルルはしばし真剣に考えた。
アルルは入学案内書が届いたその次の日に家を出た。そしたらその日のうちに、たしか手紙が届いたんだっけ。それは・・・・・・
「もしかして・・・、魔導学校から手紙が来なかった?」
「そうなんだよ!」
アルルはサルーの大声にビックリした。シエラが「あっ」と叫んで呆然とした。シエラはさっきから呪文に失敗ばかりして、今三羽目のふくろうを逃がしてしまったところだった。
「ビックリしたよ。初めて野宿してさ、朝起きたら案内書が枕元に届いてたんだ。しかも違った内容。家にいた時は全部同じ内容だったのに、その手紙は「君を待っているよ」っていう内容の校長からの手紙だったんだ!」
アルルは突然気づいた。このサルー、アルルの知っているサルーとは違う・・・・・・。いつも控えめでロスメルタやシエラの影で目立たない雑用をしているサルーとは思えないくらい、今のサルーはすごく生き生きとしていて、冒険者の目をしている―――。
「色々あって・・・そのあと、しばらくして僕は家に連れ戻されたけど―――その数日間の冒険が、僕にとっては人生最大の大冒険だったように思うんだ・・・・・・」
サルーはまだ18歳だったはずだ。それでもサルーは100年も昔のことを昨日のことのように覚えているかような、幸せそうな顔をしていた。きっとサルーはその数日間のことを、100年後も同じように思い出せるのだ。
「・・・それで・・・手紙はどうなったの?」
アルルは、魔導学校を目指したまま、それ以来家には帰っていない(一人前の魔導師になってから帰るという母親との約束のためだった)。途中で何度もめげそうになったけれど、アルルは冒険を続けた。もしも冒険の途中で家に帰ってしまっていたら、どうなっていたのだろう?(アルルの場合、そんなコトしたらまず最初に母親から失望されてしまっていただろうが)
サルーは力なく首を振った。
「僕が家に帰ってからパッタリ来なくなった。両親は喜んだけど・・・僕は悲しかったな」
森の中は暗くて涙こそ見えなかったが、サルーが少し目じりを拭ったのがわかった。しかし、それは涙を拭ったのか、目じりに偶然落ちた雫を払ったのかはわからなかった。
「・・・あれ?」
「雨・・・」
さっきまで星が見えていたはずなのに、と空を見上げると、月が見る見るうちに真っ黒な雲に覆われてゆくところだ。
「・・・まずいな、一雨来そうだ」
アルルはそれ以外にも、何か良くないものが空から降り立ったような奇妙な感覚に襲われた。気のせいか、周りの温度普通以上にぐんぐん下がっていくようだ。
「シエラは大丈夫だろうか」
サルーが森の奥に声をかけると、シエラの返事が返ってきた。
シエラは四匹目のふくろうに、やっと呪文をかけ終わったようだ。遠くで「手伝ってー」と、シエラが叫んでいる。
「行こうか」
と、サルーは言った。アルルは一瞬足が竦んだが、頷くしかなかった。
「僕、今でも時々思うんだ」
シエラの声が聞こえた方角へ茂みを掻き分けながら、サルーはアルルを見ないで言った。すでにあたりは真っ暗で、手探りで進むのも難しくなっていた。
「僕が家にいた時に毎日手紙が来ていたのは、僕が魔導学校に行きたかったからで・・・来なくなったのは、僕が学校に行くのをあきらめたからじゃないかって」
ぽっ、ぽっ、とついに雨が降り出した。ビックリするくらいつめたい雨だった。サルーは、「ライト」の呪文を数個前方に飛ばして、言葉を続ける。
「たぶん・・・、入学試験を兼ねてたあの冒険は、僕のそういう『意志の強さ』も試験範囲だったんだろうな」
雨に混じって明るく照らされた前方が、急に開けたように見えた。
「僕は試験に落ちたけど、君は――――――、・・・!?」
「あっ!?」
それは血だった―――。
開いたと思っていた視界は、初めから開いていたのではなかった。何者かによって(―――焼け焦げた跡から見て、恐らく魔法で―――)木が根元から倒されていたのである―――。その木々の下敷きになって死んでいる、サテュロスの血だった。黒い血がまだどくどくと滴り落ちている。
「・・・死んで間が無い・・・・・・。でも、音が聞こえなかった・・・」
「闇魔術?」と、サルーが呟いた声はアルルには聞こえなかった。土砂降りの雨と雷の中でもそれだとハッキリわかるほどの、シエラの叫び声が呟きをかき消した。
「シエラ!?」
「あっち!ホラ!シエラさんのピンライト!!」
闇の中に、シエラが持っていたランプのような光が雨の向こうで力なく燃えている。動かない。地面に落としたのか、それとも・・・・・・?
「早く!」
「うん!」
サルーとアルルはほぼ同時に駆け出していた。
カッ
と、雷鳴が轟いた時、アルルは一瞬だけその姿を見たような気がする。黒いシルエットの中の黒いマント、黒いローブ、冷たい空気―――。
その雰囲気に覚えがあったが、なんとなく違うと思いながらも、アルルは思わずその名を呟いていた。
「・・・・・・・・・シェゾ?」
「シエラッ!どうしたっ!?」
サルーは雨の中でへたり込んでいたシエラの元へ駆け寄った。恐怖に縛り付けられたような酷い顔をしている。アルルは、シエラが見ている方向(―――シエラは凍りついたように一点を見ていた―――)に何かが横たわっているのに気づいた。
「・・・これ・・・・・・?」
木の根元に大量の血が飛び散っている。傷付いた哀れな生き物―――サテュロスだった―――がここで苦しみ、のた打ち回ったのだろう。だらりとしなやかな足を伸ばして倒れている(まだ、腹の辺りが痙攣しているのを見ると、死んではいないようだ)。その子どもらしき小さなサテュロスが母親にすがるようにしてクンクン鳴いていた。樹齢何千年の樫の古木の枝が絡み合うその向こうに、アルルは人影を見た。―――気がした。
雷鳴に当てられて、影だけが動いた。もう一度、雷鳴が轟いた時、その人影は無かったが。
「魔導師・・・真っ黒なローブを来た魔導師が・・・・・・サテュロスを操って、私を襲・・・っ」
「・・・そうか」
サルーはそういうと、倒れているサテュロスを振り返った。
「人を襲った魔物は、どういう理由であれ殺さなくてはならないからな。人の血の匂いを覚える・・・」
「ちょ・・・っ」
アルルはとっさに子どものサテュロスを庇った。
ドンッ
と、破壊魔法を発動させ、サルーはサテュロスを葬った。
「アルル?」
「サルー、キミ今この子まで巻き添えにしようとしたでしょ!?なんで!この子は関係ないじゃないか!」
アルルの叫びに、サルーは「何を言ってるんだ」という顔をした。
「サテュロスは知能が高いんだ。その仔は、大人になってもきっとシエラの血のにおいを覚えてる。学校で習ってないの?」
「習ったけど、殺していいなんて教わってない!魔導師が「退治」するのは、「人間を傷つけた」魔物だけのはずだよ!!」
「だけど・・・そのサテュロスが大人になって、人を襲う可能性はきわめて高いだろ?!」
「それでも、その恐れがあるだけで殺しちゃダメ!ボクたち人間の勝手な考えだよ」
アルルはギュッとその子を抱きしめて、言った。
「サテュロスの知能が高いならなおさらだよ。頭がいいんだから、もしかしたらちゃんと教えればわかってくれるかもしれない。人を傷つけたら殺されるけど、人を傷つけさえしなければ絶対に死ぬことはないんだってルール、こっちも守らないとサテュロスはどうすればいいのかわからなくなる!人を襲ってなくても殺されるんなら、見境なく人を襲ってしまっても無理ないんだよ!?」
サルーはしばらく何も言わなかった。何時の間にか雨がやんだ頃、再び穏やかな言葉で言った。
「それは、魔導学校で習った論理か?」
「・・・・・・論理? 良くわからないけど、魔導学校の先生が言ってたことだよっ!」
魔導学校の先生の中には、魔物も多くいた。魔物の側の声を生で聞くことが出来た。
「危険だからという理由だけで魔物を襲わないで欲しい。人を襲いさえしなければ死ぬことはないことが真実だとわかれば、我々も決して人を襲わない」
アルルは、サルーの眼を見て逸らさなかった。しばらくそのままだった。先に逸らしたのはサルーだった。
「魔導学校、か・・・。僕も通ってみたかった」
静かに発動させかけていた魔力を放散させて、手を下ろした。
「シエラ、ふくろうは送れたの?」
「・・・え・・・? え、えぇ・・・・・・おくった、わ・・・・・・」
シエラの声は、まだかすれていた。
「そっか。じゃ、帰ろう。ロスメルタ先生も、心配してるだろうし」
と、サルーはまるで何事もなかったようにシエラを助け起こすと(シエラは腰を抜かしていた)、森の出口へと歩き始めた。
「ほら、アルル。早く帰ろう・・・」
アルルにはわかった。サルーは見なかったことにしようとしているのだ。彼の中で、もうすでにそこに子どものサテュロスなどいなかったことになったのだ。
「うん・・・」
アルルは、腕の中の子どものサテュロスを見た。
サルーの学校では、たぶん魔物の先生なんていなかったんだろう。きっとサルーはその王立学院を出たからには、この子を殺さなくてはならなかったんだろう。見逃せばそれは学院に背を向けることになる。アルルが魔導学校を裏切るようなものだ。
それでも、サルーは『見逃した』。それがどういうことを意味するのかはアルルにはわからなかったが―――。
「あ、ロスメルタ先生」
「大丈夫だったかい? 急に雨が降り出して・・・良くない気配も感じたんだが・・・。さぁ、早く屋敷に帰ろう・・・」
森の出口にはシエラとサルーの年老いた師匠が傘を片手に迎えに来ていた。
シエラの状態を見たら、誰もがそう言うしかないのだろうが、もしもそうでなかったらサルーはきっとこう言ったんじゃないだろうか。
「急ぐことはありませんよ、ロスメルタ先生。こんなに月が綺麗なんです。夜空を見上げながら、ゆっくり屋敷に帰りましょうよ」
アルルがそう思うくらい、サルーは何かを吹っ切ったような穏やかな表情をしていたし、雨がやんだあとの月明かりは澄んでとても綺麗だった。さっきまでの悪天候がウソのように。
(それにしても・・・・・・)
アルルは帰路につく途中で、ふと思い出す。突然の雨と黒い雲、轟音を鳴らす雷鳴と、闇に浮かんだシルエット――――――。
(やっぱり、シェゾ?)
影が見えた瞬間、最初に思い浮かんだのは彼だった。だが、あとから考えてみるとあれほど恐ろしい雰囲気を、彼は持っていただろうか?と、思うのだ。
いつもの彼はどちらかといえば『夜』―――穏やかで滑らかで孤独な夜風・・・何人も受け入れない頑なな孤独を思わせる雰囲気がいつもの『闇の魔導師』の姿だった。
さっきのあれはまるで『死』―――命を持たない悪魔のような冷たさと、光の届かない『冥界』を連想させた。まるで―――そう、まるで伝説に聞くファントム―――『闇の魔導師』のような。
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