| 2 格闘美女 ルルーは南の島にバカンスを兼ねた修行に来ていた。少なくとも、ルルーはそのつもりだった。しかし、ラヴェンダーにしてみれば、そうではなかったのである。
「ルルーお嬢様!少しは人の話を聞く耳を持つべきです!」
修行三週間目の朝(まだ薄暗い)、浜辺で早朝トレーニングに励んでいるルルーに、ラヴェンダーのイライラした声が飛んできた。ルルーはいかにもめんどくさそうにラヴェンダーを振り向いた。
ルルーはまだ早朝トレーニングメニューの半分も済んでいない。基礎鍛錬の腹筋背筋腕立て5000回ずつ(ミノタウロスは重りをつけなかった)、ランニング200km(ミノタウロスも重りをつけた)と遠泳100km(ミノタウロスは途中で溺れた)、さらに各格闘術の型慣らしと壁打ち・瓦割り鉄製シリーズ各10000ダースは、何とかラヴェンダーが駆けつけないうちにやっつけはした(ミノタウロスの鉄瓦はまだ半分以上ピンと伸びたままだった)が、これからミノタウロスと組み手の修行に入るのである(ミノタウロスにハンディあり)。ルルーは修行の邪魔をされるのが何よりも気に入らなかったし、ミノタウロスも残りの瓦を早く割ってしまわないとルルーに余計な鉄拳を喰らうことになるので、二人して不機嫌そうな顔でラヴェンダーを睨むのであった。
しかしラヴェンダーも二人に負けず劣らず苦い顔をしている。
「お嬢様、修行に励むこともこのラヴェンダー全く悪いことだとは申しません。ですが、ルルーお嬢様ももう18ですし、魔導学校もめでたく卒業されたのですから、それなりにの振る舞いをしていただきたいものです」
ラヴェンダーは朝っぱらから泥まみれになっている自分の主人とその付き人を睨んだ。ちょうどルルーがヤシの木のてっぺんからスタンと降りてきたところだった。
ラヴェンダーはルルーの屋敷のメイド頭で、かなりの古株だ。ルルーの屋敷で最も勤めが長いのは執事頭の『じい(本名不明)』であり、いつもの修行ならばミノタウロスと共に修行に付き添うのは『じい』だった。だが、今回その『じい』はルルーからの極秘任務で“あること”を調査中である。
南の島での修行の話が持ち上がったのは、『じい』が調査を始めてから少したった頃。ラヴェンダーの方から持ちかけてきた。
「お嬢様、今度南の島で三大格闘家対抗試合が開かれるそうです。出てみられますか?」
ルルーは確かにそう聞いたと思ったのだが・・・。
ラヴェンダーにしてみれば対抗試合は二の次で、本当の目的は別にあったらしいのだ。
「お嬢様、ウェストエンド皇国の大貴族ローズ・ウェルドン氏のご子息とのダンスパーティはもう三日後なんですよ?皇国資産家対抗試合の伝統でもありますし、国外の大貴族の殿方と多く知り合う機会でもあるんです。お嬢様の将来のことを考えて、早めにドレスを・・・・・・」
「わたくしはサタン様以外と結婚なんかしないと、
いつも言ってるでしょうっっ!!」
ルルーの絶叫にミノタウロスの鉄瓦のいつくか(1267ダース目〜1388ダース目の箱)が、すべて真っ二つになった。ミノタウロスは100ダースあまり手間が省けた。
「ウェルドン家とのダンスパーティは代々家の伝統です!」
ラヴェンダーはピシャリと言った。
その声にやはり鉄瓦が50ダースほど粉々に砕け散った。ラヴェンダーはかなり年配ではあるが、若い頃は世界に名を轟かせた格闘家であったと言う。一体何歳の頃の話なのかはわからないが(ラヴェンダーの外見は、どう見ても10代前半の少女である)。
「というわけで、ルルー様はパーティー用のドレスを着用されなくてはなりません」
「わたくし、まだパーティーに出るなんて一言も言ってないけど」
「いいえ、出るんです」
聞く耳持たず、言い訳無用といった言い方だった。
「お嬢様は将来領地を治める領主として、しなければならないことをするのです。かならずパーティーには出席するのです」
「わたくしは将来領主なんかにならないわ!」
「それはお嬢様が国王からの正式な書状を拒否すればよいだけです」
ラヴェンダーは応じない。
「ですが、国王からの書状が届くまではそれなりの態度をとってもらいます。馬鹿な貴族ほど敵に回すと、ヘタなドラゴンの大群よりも厄介です。いつも拳だけで解決できる敵なら、可愛いものですよ」
よくおわかりでしょう?と、ラヴェンダーはスッと目を細めた。
傍らでは、ミノタウロスがもうすぐ話が終わりそうだと察知して、猛スピードで残り400ダースにラストスパートをかけた。
「パーティは三日後の午後八時から。それまでにはドレスが届くようにしますからそのおつもりで」
格闘家たる者同士にだけわかるアイコンタクトで、ルルーとラヴェンダーは承知の合図を確かめ合った。ルルーがミノタウロスを振り返るまであと、0.3秒、残り2ダース!
「さて、ミノ!組み手の修行に入るわよ!」
遅かった―――ミノタウロスは、最後の瓦に斧を振り上げたところだった。
「まだ、割り終えていないってどういうことっ!?」
ルルーの背後に地獄の業火が燃え上がったのもつかの間、浜辺にミノタウロスの絶叫が響いたのは太陽が海の向こうの水平線から顔を出し始めた時だった。
パーティー当日、午後五時。ルルーはドレス姿ではなかった。東の果ての民族が武道修行の時に着用したと言う民族衣装『ジュウドウ』着で、トレーニング室で修行中であった。いつラヴェンダーが大勢のメイドを引き連れて、ルルーを拉致しに来るかわからない時間になるにつれてルルーの気は目に見えてたってきていた。
「全く―――何が皇国資産家対抗試合なのかと思ったら・・・・・・チェスですって!? チェスの対抗試合のためにわたくしはこんな島まで来たって言うの!? 冗談じゃないわよ!」
ルルーはそう叫びながら、揺れるサンドバックならぬアイアンバックを1ダース相手にしている。
ルルーが怒るのも無理は無い。ルルーは格闘の修行の為に来たのだ。チェスの修行ではない。この怒りがルルーにアイアンバックを粉々にさせた(ミノタウロスはパチンコ玉になった鉄塊を掃除していた。これだけでも相当の筋力鍛錬になるのだ)。
「ハッ!」
ドガァッ!!
目にも止まらない閃光が次々と繰り出されて、最後の蹴りは大きな別のアイアンバックごとトレーニング室の扉を破壊した。
「全く、見事な蹴りだわね」
完璧に気配を消していたらしい何かが突然現れた。小柄な身体を鞭のようにしならせて、アイアンバッグを難なく受け止めている。一方ミノタウロスは、打ち手を失ったアイアンバッグを一つは避けたが、後の数個は避けられなかった。
「・・・あたしでなければ骨の2本は折れてただわさ」(ルルーは、小さな細いそれこそ少女みたいなラヴェンダーの腕なら簡単に折れそうだと、幼い頃には思っていた。)
「ラヴェンダー・・・」
ラヴェンダーはアイアンバッグを片手でトレーニング室の中へ放った(同時にズドンと床が揺れた)。
重さが10tはありそうな鉄の塊である。普通の人間なら骨の2本ではすまない(当たりどころがどんなに良くても死ぬだろう)。ただ、ルルーの屋敷のメイドや執事ならその程度だということだ。
ルルーははじめ、ついにラヴェンダーがパーティーの準備をしに来たのかと思った。
しかし、トレーニング室に入ってきたラヴェンダーは、ドレスもメイクセットも持っていなかった。それどころか、いつもはシャワー係にマッサージ係、着付け係やアクセサリ係、ヘアメイク係等がぞろぞろと登場してくるはずなのに、今夜に限ってなぜかラヴェンダーだけであった。そして、ドレスの変わりになにやら巻紙を持っている(もう片方の手にも何かを持っているようだったが、それが何かはルルーにはわからなかった)。
「どうしたの?」
「クソジジイからの報告書です」
口をへの字に曲げて、ラヴェンダーは巻紙を投げてよこした。
「・・・・・・・・・」
ラヴェンダーが「クソジジイ」と呼ぶのは、ルルーが知る中で一人しかいない。ルルーの屋敷に最も古くから勤める執事頭『じい』のことである。この二人はなぜか昔から犬猿の仲なのだ。
ルルーは黙って報告書を受け取った。一度結び目が解かれていた。ラヴェンダーが中身を確認したのだろう。
「お嬢様、今夜パーティーに出る必要はありません。この報告書に従い、今夜中に『わくわくぷよぷよランド』へ発つのです」
「なんですって?」
ラヴェンダーの抑揚のない言い方に、ルルーは一瞬呆けた。
「ウェルドン氏のご子息サルー様が、急用でパーティに出られなくなったそうです」
ラヴェンダーは、すでに鏡の前で一張羅を無理矢理着込もうとしていたミノタウロスに(一瞬で)近づくと、背後から首筋に一撃を与えて失神させてしまった(ミノタウロスは、サルーの代わりにルルーのエスコートをしようと考えた)。
「しかし、これとそれとは話が別。いいですかお嬢様、何度も申し上げません。今、ラヴェンダーはお嬢様がすべきことのみを申し上げます」
ラヴェンダーは白目のミノタウロスをルルーに突き出した(もちろん、こんなことで仰け反るルルーではない―――いつもルルーがやってることだ)。
「付き人はこれで充分でしょう。すでに馬車は用意しました。荷物も置いてあります。メイド・執事合わせて50人をすでに送りました。あとはお嬢様が馬車に乗り込むのみなのです」
ルルーは、ラヴェンダーの態度の変わりようが疑問だった。ラヴェンダーの判断力は確かである。彼女がこのような頑なな態度を取るときは、素直に従っておいた方がいい。長年の経験で、そして同じ格闘家同士のカンでそれはよくわかっていた。しかし、なにやら嫌な予感はしたのも確かだった。
ルルーはてっきりパーティをすっぽかしたサルーとやらが絡んでいると考えていたので、まさかこうなるとは予想できなかったのである・・・。
夕闇に隠れるようにして、ルルーは20秒後には馬車に乗り込んでいた。ルルーが直感した通り、馬車は裏口(と言ってもかなり豪華・・・)に止めてあった。
ラヴェンダーは窓越しに厳格な目つきでルルーを見た。
「ルルーお嬢様、今度は貴方様がダンジョンで素晴らしいご活躍されている、という報告を聞きたいものです。さもないと処罰について考え直すかもしれませんよ?」
「処罰? 何のことかしら?」
ラヴェンダーの手には砕けた陶器の欠片のようなものを差し出した。
「それは・・・っ」
一瞬で、ルルーの顔から血の気が引いた。昨夜、修行の最中に拳と共に割ってしまったものだ。そう、『うっかり割ってしまったシリーズ』のお約束アイテムがラヴェンダーの手に乗っていたのである。
「はい、ラヴェンダーお気に入りのティーカップの馴れの果てでございます」
ラヴェンダーはすでに不気味な薄笑いを浮かべていた。
「お嬢様、やりましたわね?」
「ちょっと待ちなさい!これはミノが勝手に私のカップと間違えて、修行場に・・・っ!」
しかしラヴェンダーはそれがまるで、銀河系の果ての名も無い星からの無益な交信であったかのようににっこりした。
「テーマパークでは色々と危険が多そうです。ですがラヴェンダーは必ずやお嬢様がダンジョンをクリアし、『すっごい魔法のアイテム』を手に入れて魔法でティーカップを元に戻して下さると信じております」
言葉を切るか切らないかの内に、ラヴェンダーは馬車の馬の尻を思いっ切りひっぱたいた。馬の悲鳴はルルーの怒号にかき消された。
「ラヴェンダッッ!!(怒×3)」
「る、ルルー様っ!危ない、落ちます!」
怒り心頭、ミノタウロスの咄嗟の判断が無ければルルーは馬車の窓から確実に落ちていただろう。
すでに一級ペガサス達は地をこれでもかを蹴り上げて美しい空へ舞い上がった。そしてハイスピードでテーマパークに駆けてゆく。拳を振り上げながら遠ざかって行くルルーを見送って、見えなくなってからラヴェンダーはひとりごちた。
「全く―――勝手なジジィだわさ」
ふと本当の十代の娘なら決して出来ない落ち着いた微笑を浮かべて、ラヴェンダーは屋敷に戻る。これから、大仕事が待っているのだ。
地響きが近づいてくる。
ひさしぶりに別荘中のメイドと執事を総動員して、暴れさせてやるのが良いだろう。彼らもそろそろ基礎鍛錬ばかりで退屈している頃だ。たまには本業に従事させてやるのもメイド頭の務めというものである。
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