魔導時空遊園物語   第1章 それぞれの旅立ち

第1章 それぞれの旅立ち

   

1 闇魔導師

 幾つもの世界が存在する地上界。その中でも最も魔に満ちた世界の一つ“魔導世界”には、遥か古代から悪魔や堕天使と並んで最も恐れられる存在があった。闇の魔導師である。“神を汚す華やかなる者”、または“天から堕ちた闇の幻影”という名の下に、古代歴史上伝説として幾多の時代に現れては消えて行った者たちだった。
 彼らは神に属すわけではなく、また悪魔の類でもない。すべて人間であったと言われる。多くが元は民衆に多く崇められたはずの魔導師、あるいは魔術師であった。しかし彼らは誰よりも強大な魔力を持つことを何よりの喜びとし、そしてさらなる力を追い求めることにとり憑つかれた人間でもあった。闇魔術に手を染め、多くの人間や悪魔、天使の力を我が物にし、生きながらにして魂を失った者。ただ、力を追い求めるだけの存在、亡霊、ファントム―――それは、闇の魔導師たる者の馴れの果てであると言われた。
 闇の魔導師は、一般に人間とはいえ人間たる肉体がないと言われる。己のすべてを魔力と化し、亡霊のごとく闇に紛れて地上を彷徨い、力有る者にとり憑いてその魂ごと力を奪い取ってしまう怪物だ。
 ある伝説では闇魔導師は深く黒いフードをかぶり、顔は見えない。奥を見ようとしても、そこには闇が広がるばかりで何もなく、冷気をまとい、音もなく動き、言葉はなく死を導くと言われた。
 また、ある伝説ではドラゴンのように大きな黒い怪物で、動きは鈍く、眼には瞳が無い。首を動かすたびに腐敗した人肉の匂いがし、人語は理解するものの、言葉は人間のそれではなかったと言われる。
 歴史上、幾多の高名な魔導師や僧侶が闇魔導師の犠牲となった。闇の魔導師に魅入られた者はその闇魔術に引きずり込まれ、二度と還っては来なかった。彼らは時代を追うごとに姿形を変え、多くの平和を闇で飲み込んできたが、そのいずれにも共通することは彼らはすでに人間としての心は無く、力にとり憑かれた怪物であるということだった。

 ただひとつ、闇魔導師が怪物でないという点があるとすれば。

 ―――それは、彼らが人間であったということだけ―――

          

 星宮暦2006年―――の初夏、これを物語の始まりとする。
 闇魔導師シェゾ・ウィグィィは、或る迷宮の深部にいた。
「長かった・・・・・・」
「この迷宮は入る度に形を変えるという、珍しい代物・・・・・・恐らくはこの『時空水晶』の魔力だろうが、コイツのおかげで迷宮をはじき出される度に、また一から迷宮を探索せねばならん羽目になった・・・」
 闇魔導師の目の前には、あらん限りの魔力を漲らせながら浮き沈みを繰り返す、黒い水晶があった。この水晶の名は『時空水晶』。意志を持たず、ただ迷宮に迷い込んだ魔物や精霊の魔力を糧にただ存在し続けているだけの石。
 このように、主を失った魔導器や魔道具の類は魔導世界には珍しくない。
 この石の場合、半永久的に魔力を貯めるだけを目的に石を置き、置いた本人―――恐らく魔導師か魔術師―――が何らかの事故でこの石を回収できなくなった。石は主を失った後も忠実にその役目を行使し続け、今に至る・・・そんなところだろう。
 闇魔導師は、時空水晶の周りで明暗を繰り返す魔導文字を観察しながらほくそえんだ。
 水晶にかけられている魔導文字は、古代ルーン文字とまで行かなくとも、かなり古い―――数字を表す文字だ。この数文字をセキュリティーに使用していたのは、今から少なく見積もっても100年は下らない。つまり、本当にその頃からずっと魔力を貯め続けていたのならば、この水晶に宿る魔力は計り知れない量になっているはずだからである。
「しかし、この迷宮の造りといい、ずいぶんと手の込んだことを好む魔導師だったようだな・・・。石一つにこれほど大層な防御魔法を施すとは」
 数文字を見る限り、かなり複雑な呪い系の魔法がかけられていると判断した闇魔導師だったが、しかし彼にとってこの程度の呪いは魔法のうちではなかった。
「ふん・・・わざわざ解除呪文を調べる必要もない・・・・・・右手のオーラで充分だ」
 鍵が無ければぶち壊せばよい。片手を魔法で強化して、小さな魔法陣の中へ突っ込んだ。
 パキィン
と、音がして当時の防御魔導の最高峰であった数文字が破壊された。
「ふん、あっけな―――・・・っ!?」

 ズオッ

「何・・・っ」
 闇魔導師は、とっさに身の危険を察知して手を引き戻そうとしたが、水晶には呪縛の魔導も施されていた。動かぬ腕の先で、膨大な量の魔力が爆発し、力が逆流した。強大なエネルギーに身体が引き裂かれるのではないかと思われるほどである。しかし、闇魔導師はエネルギーの奔流の中に別に危険を察知した。

(――――――吸引魔法っ!?)

 そう判断すると同時に、闇魔導師は一方の手ですばやく別の呪文を紡いだ。操作系に属する吸引魔法を打ち消す反対呪文よりも、こちらの方が早い。系統の異なる魔力が強大な力で摩擦を繰り返し、空気がミシミシと恐ろしい音を立てる。骨と骨がきしみ合うむ音に、少し似ていた―――

「空間転移っ!」

 バキィッ

 まるで大樹が引き裂かれるような轟音とともに、その空間から闇魔導師の姿は消え失せた。
 直後にドンッと迷宮全体を揺るがすような震動が落ち、空間に滞るエネルギーはしばらくして、すべて今は淡い黒い光を放つだけの水晶に吸収された。カラン、と石床に落ちた黒い石は砕けることも無く、床に小さなこだまを残して静止した。
 後には力を失い黒ずんだ魔方陣と破壊された嘱台が残るのみとなった。

       

 そうして幾時か経った時。
 その空間に新たな振動が起こった。

 ドクン・・・

 音ではなかった。振動である。

 ドクン・・・ドクン・・・・・・

 もし、ここに何らかの生き物がいれば、静かに波打つこの鼓動に気付いたはずである。そして、空気の温度が急激に下がってゆくことにも。
 そして―――喉元が凍るような恐ろしい「音」が聞こえたはずだった。
『逃げたか・・・・・・賢明な判断だ・・・』
『人間にしてはたいした邪気だ・・・・・・。まあ・・・これだけの力を奪ってしまえば、あとはただの抜け殻だがな・・・』

 人間ではない、悪魔の類でもない。感情も抑揚も無い「音」が石室に響ていた。それを「声」と言うならそうなのだろう。しかしそれは「声」というには、あまりにも無機質であった。

           

          

『死屍喰い人の墓場』
と、辛うじて読める腐った木の看板の元を木枯らしが吹き荒ぶ。落ち葉が乾いた音を立てた。その傍らをシェゾは静かに通り過ぎた。廃墟と化した建物の裏、昼間でも光はほとんど届かないだろう裏道に入る。
 時は深夜。
 闇の影からギョロリと二つの眼が動いた。
「兄ちゃん、こっから先は物騒だよ。大した用じゃないなら引っ帰しな・・・」
 鼠の魔物の姿をしたみすぼらしい老婆だった。大きな眼でシェゾを見上げて逸らさない。
 そこは行き場の無い浮浪者たちが屯する浮浪地帯宜しく、よく見れば裏道の奥で黒い塊がわずかに蠢いている。
 シェゾはフッと喉の奥だけで笑うと、
「月の無い夜は苦手でね」
と、言った。
 老婆は、全く表情を変えずに「通りなよ」、とボロ布を手繰って脇に避けた。
 シェゾは老婆の背後にある廃屋の裂け目に、音もなく吸い込まれるようにして消えた。
 老婆は何事も無かったように、再び目を閉じ、闇と同化するのだった。

 シェゾは廃屋の裂け目を抜け、その先の裏通りに進んだ。
 老婆がいた廃墟よりも、一層重い空気の中で、闇商人たちが屯していた。客待ちの者、情報待ちの者、数人でボソボソと取引をする者、皆顔を隠し、誰とも目を合わせない。
 彼らは目的のもの以外には何も奪わないし何も求めない。興味さえ示さない。
 余計な介入と不用意な情報提供は、確実に寿命を縮めることになることを知っているからだ。

(チッ、このオレとした事が何てザマだ・・・っ!)

 胸の内で舌打ちをしながら、シェゾは迷宮での件を頭の中で一蹴した。
 あの時、水晶が発した力はシェゾのよく知る魔法だった。操作系に属する吸引魔法、他人の魔力や体力を奪い取ることを目的に確立された、一般に外道と解される術の一種である。魔物ではラミア系が得意とし、恐ろしい闇魔導師が好んで使用した悪魔の魔術だ。シェゾが知らないわけがなかった。
 シェゾは自分のオーラを無意識のうちに確認して、もう一度舌を鳴らした。この手の舌打ちは迷宮での一件以来、何度したかわからない。思い出すたびに押し付けようの無い怒りに身を震わさざるを得なかった。
 あの瞬間、防御壁を弾いた一瞬に、その魔法は発動したのである。おそらく魔法が破られると自動的に発動するようになっていたのだ。迂闊にも、水晶の魔力の進入を許してしまった時には、すでに遅かったのである。
 シェゾはあの一件で本来の魔力のほとんどを失い、魔法もろくに使えない身体となってしまった。どんな初歩魔法を発動させるのにもいちいち呪文を紡がねばならず、強力な複合魔法ともなれば呪文を紡ぎ上げることすらおぼつかない。これでは魔法学校を卒業したての新米魔導師と変わらない―――。これは、シェゾの闇の魔導師たるプライドを痛く傷つける状態だった。
「クソッ!」
と、廃墟の壁を力任せに殴った。
 ドンッ
 廃墟の壁がバラバラと崩れた。剥れた土壁が足元で崩れたが、かまわずシェゾはそれを踏みつけて前へ進む。通りの誰もシェゾを振り向かなかった。
 気付くのが遅れたこともある。防御壁を破った瞬間の微々たる油断。自分のオーラのみで防御壁が破れる自分の力に酔っていた。そこを突かれた。
 シェゾにはそれが何より気に入らない。
 たかが物質ごときに闇の魔導師たる自分が出し抜かれたことに、シェゾは憤怒していた。
 以来、シェゾはとにかく力を取り戻すべく、あらゆる情報を探った。
 手っ取り早く魔力を取り戻すには、何か強大な魔力を持つ悪魔や天使をブチ殺して魔力を奪うことが最も効率的だった。しかし、この闇魔導師らしい方法は、今時点のシェゾの戦闘能力では無理に等しい。
 それならと、シェゾが選んだ方法が、悪魔や天使と同等ほどの力を封じ込めた『秘宝』を探し当てることだ。そのような『宝』に行き当たるには、実は悪魔や天使とお目見えするよりも遥かに確率的に低い。しかし、一旦探し当ててしまえば、確実に力を取り戻せる方法だった(ちなみに地道に修行という選択肢はシェゾの中には無い)。
「ふん、要は情報だ・・・・・・」
 シェゾは血が滴り落ちる右手を、怒りを静めるように静かに下ろした。
 ――――――そう、情報だ。
 ―――その手の『秘宝』を手に入れるには確かな情報をどれだけ多く正確に収集できるかだ・・・。
 シェゾは裏通りを今度は静かに歩いた。
 ある魚類の魔物の前を通り過ぎる時、魔物が誰とも無く呟いた。
「ふふふ、行くのね」
「確かだろうな・・・」
 口を動かさずに言った。シェゾが情報収集を依頼した闇商人だった。
「収集代500000Gね。提供は一口100000G」
「情報提供だけにしては、高額だ」
「それだけ、確かな情報ね」
「いいだろう、聞こう」
 シェゾは商人に800000G渡した。もちろん異空間を通して、だが。
「表向き、ただのテーマパーク。裏で高価な品物が競売されてるね。オーナーは謎」
「ほう」
 シェゾは、さらに300000G上乗せした。
「どれだけ調べても品物は『すっごい魔法のアイテム』としかわからなかったね。オーナーも噂さえない」
「『魔法のアイテム』・・・」
「品物の出所、調べてたら死にかけた。100000Gじゃ教えられない」
 シェゾは黙って500000G上乗せた。余計な交渉はなるべく避けたかった。どうせ当分闇ルートは使わない。
「出所は『時空の迷宮』だという噂」
「!」
 シェゾは動揺しなかった。少なくとも表向きは。
「これはテーマパーク内と周辺の地図。200000G」
「勝手だな。まあいい」
 金を受け取ると、商人はすぅと空を泳いで闇と闇人の間に溶け込んでいった。
「『すっごい魔法のアイテム』・・・」
 シェゾは地図を覗き込んで、すばやく場所を確認した。ここからかなり遠い。しかし転移を使わなくても着けない距離ではない。
「フッ・・・吉と出るか、凶と出るか・・・」
 シェゾは、かすかな野望が大きく近づいてくることに胸の高鳴りを感じていた。このテーマパークには何かある。シェゾでなくても、それはわかる。しかし、シェゾはそれ以外にも天性の直感で、この『すっごい魔法のアイテム』とやらが、自分に深く関係しているだろう事を察知していた。そして、それが自分の運命を揺さぶるほどの大きな存在であることを―――――――。

 

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こぼれ話(『創造主伝説』―――自分的世界の捏造者の思い込みを記した書、から)
【読みたい人だけ読みましょう】

注意書き:全然正規の魔導物語の設定に全く無いことを、さも真の設定のごとく書いています。
      これを、
真の設定だと思わないで下さい。それだけは、絶対にダメです。

■「月の無い夜」について。
 この章でシェゾは、鼠の老婆に向かって「月の無い夜は苦手でね」って言います。
 そしたら、老婆がシェゾを闇市へ通すわけですが、実はこの「月の無い夜」っていうのが、闇市への入るためのキーワードです。キーワードは『新月』です。つまり、声をかけてきた闇市への番人(この場合は鼠の老婆です。つまり、老婆はただの浮浪者じゃなくて、『死屍喰い人の墓場』への侵入者を防ぐ番人だったんです・・・)に、『新月』の意味を含んだ言葉を返さなくてはならないって事を盛り込みたかったんですけど・・・結局盛り込めなかった
(T_T;)。だから、ここで書かせて頂いちゃいました。まさに『こぼれ話』です、ハイ。
 別に「月の無い夜」って言わなくても、「月に一度の闇の宴」だとか、「夜の珍しい忘れ物」だとか言っても通れます。これで、貴方も『死屍喰い人の墓場』へ行けますね!(いえ、よい子は行ってはいけません。汗)

■「星宮暦」について。
 星宮暦は私が勝手に魔導世界につけた暦です。そして「天から堕ちた闇幻影」だの「複合魔法」だ「防御呪文」だの聞きなれない言葉のすべてが、自分世界の捏造でしかありません。気にしないでください。気にしなくても物語は理解できます。てか、できるはず。
 冒頭の「幾つもの地上世界」だとか「死屍喰い人の墓場」だとかも、全部私の
捏造です。気にしないで下さいね。・・・ていうか、冒頭のほとんどが捏造です・・・・・・。

2004.12.16

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