始まりの合図
午前中のほとんどを、セリアは薄暗い天井をぼんやりと見上げて過ごしていた。
2日前の大熱は引いたが微熱は出たり引いたりだったので、心配したマリアが部屋から出してくれなかったからだ。
調子の良い時まで部屋から出るなと言われるのは億劫だが、悪い時は部屋の周りを人払いしてくれるから良い。静かで、何も聞こえない場所が、セリアにとって最も心地よい空間になりつつあった。
―――――なんだか、本当に“氷の女王”になったみたいだ。
広い屋敷に自分一人しかいない、部屋に近づく人もいない。贈り物が閉まってあった部屋も燃えたし、遠くから聞こえてくる「声」も、ほとんどが燃えた部屋の修復工事や嵐で汚れた庭の掃除―――時々、シェゾやレイドの噂話―――に関するもので、自分を心配したり気遣う「声」は以前よりずいぶん減った。
時々この部屋に顔を出す人も、マリアとその他数名と限られていて、いつ近づいて来られるかわからない「声」におびえるよりは、ここ2日ほどは大分落ち着いている。
それでホッとしていたり、寂しいと思いながらもどこかで心地よく感じている自分は、もう――――絵本の世界で言う――――魔女や子鬼のような“人じゃない人”に近いのかな・・・なんて考えては、落ち込むを繰り返す。――――もう、何度も何度も繰り返してきた、断ち切れない――――連鎖だ。
とりとめのないことを考えていた時、静かに部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「調子はどうですか、セリアさま」
薬の調合が終わったらしいマリアが、扉から顔を出した。表情だけでもあったかく見えるように努力してくれたんだろうか。
マリアの優しい笑顔は相変わらず暖かい。けれど、その「声」は相変わらず・・・
「悪くないよ」
セリアはベッドの上からマリアを虚ろに振り返り、正直に答えた。
「そうですか」
言葉少なだが、マリアは心配そうだった。発作に繋がりかねない衝動こそないけれど、やはりこの人の「声」はどこかひんやりとしていた。――――やっぱり、こんな「声」は嫌いだな・・・。遠くから聞こえてくる「声」の方が――――怖いけど――――冷たさはないんだ。
「本当に、今日はおとなしくしてくださいね。なにか、・・・最近、いやな感じがして・・・」
「わかってる」
聞き飽きたよ、というように、セリアは再び体を壁の方に向けた。
マリアが、小さくため息をついたのがわかる。
仕方がないと考えたのか、マリアはベッドのわきに薬を置き、テーブルの上に残った空のビンを片づけ始めた。
「リボンの願い事、・・・なかなか叶いませんね」
マリアは、セリアの腕に巻いた赤いリボンのことを言っていた。
セリアは話をすることも億劫だったが、――――無理やり答えた。つい、口調が荒くなる。
「僕の願いを、知ってるの? マリア」
「いいえ、・・・でも、今のセリアさまなら、願い事は一つでしょう?」
「そうだけど、お願い事は別。・・・マリアたちに簡単に知られちゃうようなお願い事じゃ、秘密になんないでしょ」
リボンの願いは、秘密にしなければならない―――――人に知られてしまうと、願いはかなわなくなってしまう――――
セリアは、誰に聞いたかすら思い出せないが、その約束事はよく覚えていた。
「だから、別のお願いをしてるんだ」
マリアに背を向けたまま、セリアはそれだけ答えた。
「そうなんですか。どんな願いを?・・・って、秘密なんでしたね」
「そう。だから、二度と聞かないで」
「・・・・・・」
言い過ぎていることは自覚していたが、イライラする気持ちは止められそうになかった。
気分が落ち込んでいる時は、とことん悪いことしか頭に浮かんでこない
「ねぇ。最近、サザンって子がマリアにレイドの悪口言ってるでしょ」
――――セリアは、不機嫌ついでにマリアの方を見ないで言った。
「え?」
「マリアの部屋から、時々聞こえてくる」
マリアにとっては、予想外なことだったのだろう。
この部屋からマリアの部屋まで、階1つ分以上離れている。普通の感覚では、さすがにマリアの部屋での会話がセリアの耳に入るはずがなかった。
「どうして、それを・・・」
「ごめん、マリア。・・・聞こえるんだよ。マリアは「声」を隠すのが上手いけど、他の人たちの「声」は・・・部屋の外からでも聞こえるんだ」
セリアの声は、これ以上ないくらい暗かった。マリアが顔を上げると、いつの間にかセリアは、顔だけをこちらに向けてマリアを見ていた。沈んだ表情がまるで亡霊のようで、一瞬、マリアはギクリとした。
「サザンだけじゃない。父さんの声も、エルダもセイジも・・・セイジは、マリアほどじゃないけど上手いけど。でも、聞こえてくる。色んな「うるさい」声が、たくさん」
「で、ですが、・・・以前は、お部屋の外の声は聞こえないから大丈夫だと・・・?」
「・・・強くなってるみたいなんだ」
セリアがの表情が、一層沈んだ。
「え?」
「「声」が大きくなってるんじゃない。・・・僕が、聞こえるようになってる。わかるんだ、僕の中の“精霊サン”が・・・だんだん大きくなってる」
「セリアさま・・・」
発作に繋がりかねない衝動こそないけれど、寂しさや哀しさは堰を切ったようにあふれ出てきて、涙ですら止めようがない。だのに、目の前のマリアから聞こえてくる「声」は、暗くて冷たい「氷」のようで――――――やっぱり、僕はこんな「声」は嫌いだ―――――遠くから聞こえてくる「声」の方が――――嫌いだけど、大っ嫌いだけど、大好きなんだ――――――!
「どうして・・・」
マリアは信じられない、といった様子で項垂れた。
「どうして言ってくれなかったのです?」
「言って、どうにかなったのかな・・・」
ぽつりとつぶやくセリアの言葉は、どこかに感情を置き忘れてきてしまったようだった。
泣き疲れて、涙を置き去りにしてきたような無表情。願い疲れて、願い事を忘れてしまった虚ろな瞳を向けられて、マリアが何か言ってくれるはずがない。わかってた。
「お願いして・・・助けてくれるなら、僕はその人にちゃんと言うよ」
セリアはもう一度、マリアを見た。
「・・・なんで? ねぇ、マリア、なんで? 病気は、良くなってるんじゃないの? 春が来れば雪だるまが溶けるみたいに、夏になったら氷の精霊も自然に僕から離れていくって、マリア、言ってたよね!」
「セリア様・・・」
「助けて・・・」
「・・・・・・・」
セリアはすぐに、何も言えないでいるマリアに悪く思った。衝動が収まった後は、いつもそうだ――――父さんにも、セイジにも、エルだにも――――きっと、あのサザンにだって、僕はきっとたくさん謝らなくちゃならないんだ。
(こんなのただの――――八つ当たりなんだから――――――)
セリアは、いつの間にか掴んんでいだマリアの服の裾を離した。
「・・・・・・わかってる、本当は。マリアだって・・・こんな病気、聞いたことなかったんでしょ。僕を治す方法なんか、本当はマリアだって知らないんでしょ・・・?」
「セリアさま、ごめんなさ・・・」
「謝らないで。きっと僕は―――また、同じようなことをするし。悪いけど、・・・出てって」
「――――わかりました。気分が悪くなったら、ベルでまた呼んでください」
セリアは今度こそ、何も答えなかった。
薬を片づけて部屋を出るまで、セリアは結局こちらを振り向く気配すら見せなかった。
部屋の外で扉を閉めて、マリアは静かにため息をついた。術は・・・解かない方がいいかもしれない。彼は、「部屋の外でも聞こえる」と言っていた。本当なら、―――――もう屋敷にいる間は、もう術は解かないでいるしかない。簡単な術ではないが、彼に「声」を悟られないようにするには、致し方のないことだ――――。
重い気持ちで、もう一度だけため息をついたところで、マリアは薬箱の鍵を、部屋に置いてきてしまったことに気づいた。
「あ」
と、呟いて3歩と離れていなかった部屋の前へ引き返す。
すばやく術が問題なくかかっているかを確認――――セリア付きの主治医になって身につけた癖だ――――して、扉を開け―――
「ごめんなさい、鍵を忘れてしまっ――――?」
驚いた表情でこちらを見ているのが、なぜかセリアだけではなかった。
誰もいるはずのない――――なかった空間に、もう一人いた。
「・・・・・・・・・?」
レイドが、同じように振り返るようにして、こちらを見ていたのだ。
―――――何? この男、いつの間に入ったの?
―――――廊下は一本道。部屋はここだけ―――――隠れるところなんてない。
―――――扉に背を向けていたとはいえ、扉が開けばわかるはず――――――「レイド、貴方・・・どこから入ったの?」
「どこって・・・ドアからに決まってますよ」
レイドの表情は、普段よく分かる方ではないが、この時ばかりは――――彼が、自分を煩わしく思っているのではないか、という気配がうかがえた。
「そうだよ、マリア。何、言ってるの」
「でも・・・ですが」
拭いきれない、レイドへの不信感がにわかにマリアの中で高まっていく。『早く去れよ』と言っているような、空々しいレイドの泳いだ目も気になる。
―――――何? 本当に、何なの? この男―――――?マリアが言い知れぬ不安に襲われたのは、この時が初めてではない。
この男に、初めて会った時にもそれは感じた。魔導師ならば誰もが持っている直感的第六感が――――全神経に訴えていた。この男、ただ者じゃない―――――と。「・・・出て行きなさい」
マリアは、レイドを彼女の持てる限りの力で威圧した。
「え? 私が、ですか?」
「当然でしょう、セリアさまは・・・ご病気なのですよ!?」
この男は、――――ここに居させてはダメだ。何者なのかわからないけれど、とにかく彼をここから出さなければ――――!
「マリア、待って。レイドは・・・」
「セリアさまは、黙ってて」
「う・・・っ」
声に感情を入れ過ぎてしまったらしい、セリアが耳を塞いだ。
だが、ここはセリアを黙らせてでもレイドを外へ出さなければ、とマリアはそれしか考えていなかった。
「・・・・・・今、来たばかりなんですけどね」
視線を一切合わせずにのたまうレイドは、落ち着いているようで明らかに苛立っていた。
「セリアさんは、お休みの時間です!!」
「初耳ですね、・・・そんなの決まってるんですか?」
レイドの苛立ちは、また荒くなったようだった。■ ■ ■
またいつものが始まった。レイドが相手だと、マリアは「声」を小さくするのが下手になる。頭にわんわん響くような、いつもの――――外でやれ――――うるさい、ウルサイ――――――
二人とも出て行け―――――そう叫ぼうとした途端、廊下から二人とは別の「声」が聞こえてきた。
―――――でも、この「声」は・・・大丈夫。心地いい、キレイなガラスのカケラをサラサラを落とすような――――優しい、「声」―――――
「何やってんだ、てめーは」
シェゾが部屋に入った瞬間、その姿を確認したレイドは、シェゾですら一瞬ゾクリとするような眼でキッと睨んできた。
「な、なんだよ」
よく見ると、セリアやマリアまで、各々の表情でシェゾを凝視している。
―――――もしかして、修羅場?
一瞬でそう判断して、シェゾは後ろ手に扉を閉めるのをやめた。―――・・・一応、逃げ道確保(よくわからないが、八つ当たりされる気がした)。
「・・・つまんないタイミングで、帰ってこないで下さいよ」
レイドが、ぶつぶつと口をとがらせている。
「へぇ、珍しく機嫌が悪いな」
「シェゾさん、申し訳ないんですけど、セリアさんはこれからお休みするところなんです。お引き取り下さいますか」
「あ? ああ・・・」
シェゾは、面喰って生返事をした。・・・セリアは、少し不満そうな顔をしたが、すぐに声を出さず口だけで「ごめんね、バイバイ」と言った。
「ふーん・・・」
部屋の主にそう言われてはいたしかたない。
レイドを害虫か何かのように睨みつけるマリア、苛立ったようにそっぽ向くレイド、――――そんな二人から五月蠅そうに目をそらすセリアがなんだかとても痛々しい。
――――なんとなくだったが、大体の状況は理解できた(気がする)。大方、またレイドのヤツがマリアの癇に障るようなことをやったんだろ。・・・だとすれば、なかなか直感は悪くないんだな、この女魔導師。
「とにかく出て行きなさい、これは主治医としての命令ですよ! シェゾさん、貴方もです!!」
レイドを身体で押すようにして部屋から出したマリアに、シェゾは一瞬だけ一瞥をくれて、セリアの方を向いた。
「邪魔したな」
「いいよ」
そう言っただけで、セリアは布団に潜り込んでしまった。
しゃあない、オレも出るか。
仕方なく、シェゾは今入ってきたばかりの部屋を出るしかなかった。
廊下の端の方では、レイドがいつになく不機嫌極まりない顔で階段の上の方を睨みつけていた。・・・セリアの部屋がある階だ。「この先、貴方は立ち入り禁止!!」とかなんとか、女魔導師にキレられたに違いない。
以前、シェゾもレイドと一緒に同じような叱責を喰らったのを覚えている。セリアを無断で部屋から連れ去ったという濡れ衣で、だったが。
「何をそんなにイライラしてるんだ? らしくねぇぞ」
あくまでも軽く言ったつもりだったのが、すでにブッ千切れている相手には冷静さなんか通用しないんだな、とシェゾは改めて思う。
レイドは明らかにブッ千切れていた。ずれたメガネがさらにずれてる、・・・おっかない。
「マリアさんが、私を部屋に入れてくれないんですよ!」
うわ、唾を飛ばすな! どっかの気狂い魔王か、オマエはっっ
「だ、だから、落ち着けって! そりゃそんな感情むき出しじゃあ、セリアの気に障るんだろ。追い出されて当ぜ・・・お前って、感情的になるとヒトが変わるんだな」
「別にセリアさんに対して感情的になってんじゃありませんッ マリアさんにイラついてんのよ!」
「なんで、お姉ェ言葉になってんだ!!」
「ほっといて下さいッ」
「あの白魔導師・・・私の何が気に入らなくて・・・! こうもガードが固くては、出来ることもできな――――」
「アイツも魔導師名乗ってる以上、カンは良さそうだからな。オマエのピリピリした気が伝わっちまってんだよ。少し、落ち着いたらどうだ」
「フンッ」
レイドはまるでシェゾの言葉なんか耳に入りませんよ、とでも言うようにきびすを返して去ってしまった。おいおい、余計なことしてくれんなよ。なんだかすげぇ珍しいモンを見た気がする。
レイドが取り乱した姿なら、前にも一度だけ見たことはあったが、今のは明らかにその上をいってたよな。
あの、セリア付きの女魔導師もいつも以上にピリピリしてやがったし、セリアの機嫌もどうやら最悪だったみたいだ。―――――こりゃ、もしかして今夜、結界を発動させた後については、こっちもいろいろと想像してるが、想像とはまるで別の方向に厄介なことになりそうな気がしてきたぞ;
何の気なしに心でぼやいたシェゾだったが、実は奇しくもこの時点ですでに、シェゾの想像以上にコトはややこしい方向に進み出していたのである。
■ ■ ■
つまりシェゾは、その日朝から街へ出ていたため知る由もなかったワケだが、彼が屋敷に戻ったとき、すでに“事件”は始まっていたと言っていい。
祭りが始まる合図のように、ドーンと花火の一発でも上がっていればわかりやすかったのだが、残念ながらそんなわかりやすい合図などなく、その事件は、屋敷のほとんどの連中が知らないまま始まり、そして終わった。後でわかることだが、この事件は傍から見た感じほど単純な一枚岩なものではなく、いくつかのリンクしない意思が要らぬ絡まりを起こして、結果的に誰も得することのない結末に陥ることになる。
そして、その事件こそが『私』がシェゾに押しつけた「仕事」の“さわり”に当たる部分だったのだろう。ここを聞き逃しては、演奏会に来た意味がないくらい、音楽で言う一番の聴きどころ。芸能で言う最も中心的な見どころ、ここがわかっていなければ物語のすべてが理解できなくなるという、物語のカギとなる節のことだ。
偶然にも(―――本当に偶然にも運の悪い男であるが――――)その節の主人公に当たってしまったシェゾは、運良く(悪く?)その“さわり”を目にすることができた。
もちろん、本章はそれを記録したものであるのだが―――――――だが、その前に――――
本来なら その役を担うはずだった“彼”が、いかにしてそれを回避したかを、まず語らねばばなるまい―――――――
■ ■ ■
セリアが行き着いた先は、西棟2階の真っ暗な廊下だった。ワンフロアの全てが本に埋もれている、図書室の入り口に当たる場所。
屋敷の各所と違って、このフロアにはいつも明かりが灯っていない。管理者たるレイドが魔導師で、ライトの呪文で事足りるかららしいが―――――明かりひとつないのに、セリアはまるで闇の奥から延びる見えない糸に引かれるように、迷いなくその廊下を進んでいた。レイドと話がしたかったわけではない。
図書室の絵本に、特に用があったわけでもなかった。ただ、レイドに伝えておかなければならないことがあった。
それが何だったのかは、今は思い出せないけれど―――――彼に会えば、容易に思い出せる―――――そんな、不安定な確信だけをもって、セリアは闇の中を進んでいた。不意に、廊下の闇の中で――――赤い光が二つ光った。その光は、まるでセリアを待っていたように、もう一度キラリと光り、セリアを凝視した。
セリアは、その光がどうやらレイドの元まで通してくれないつもりなのだとわかると、一度立ち止まって様子を見た。
光は微動だにしない。
しかたなく、セリアは光に向かって言った。「・・・どいて。僕、レイドに用があるんだ」
セリアの言葉に、赤い光がふるりと揺れた。何かを訴えかけるようなその光は、言葉こそ聞こえてこなかったが意思はとてもハッキリと聞くことができる。
光は、その紅い色だけでセリアの心に話しかけた―――――(どんな用? “彼”に、何かを伝えに来たの・・・? それとも、どこかに来てほしいのかな)
セリアは、聞かれた瞬間すぅと蘇ってきた記憶をそのまま、答えた。
「うん、僕が知ってる・・・秘密の場所を、教えてあげなきゃならないんだ」光は、またふわりと答えた。今度はよく聞かないと聞き取れないくらい小さな響きだったので、セリアは思わずよく聞こうと耳を澄ました。
(そう、それは早く伝えてあげないといけないね。でも、おかしいね・・・“彼”のお部屋はここじゃないよ)
「え? そう・・・だった?」
(うん、銀色のきれいな“彼”のお部屋はここじゃないよ。秘密の場所まで案内するなら、ちゃんと“彼”の部屋まで行かないと。ねぇ、思いしてみて? 銀色の髪の“彼”のお部屋はどこだった? ほら、キミも一度、行ったでしょう?)
「声」は、さらに小さくなる。だが、よく聞こうとすればするほど、その声は心にハッキリと聞こえてくる。
いまや、セリアのぼんやりとした全神経のほとんどが、「声」を聞こうとする努力に費やされていた。
“彼”について考えるより先に、部屋の場所を思い出すよりも先に、「声」を聞き逃してはいけない。そう思った。(思い出した? 西の棟の3階の・・・一番端っこのお部屋だよ? もう、忘れないでね。“彼”の名前も忘れちゃダメだよ、覚えてる?)
「うん、僕・・・早く、シェゾを呼びに行かなきゃ」
セリアが去ったとき、闇の中から二つの光とともに姿を現せたのはレイドだった。廊下の角から少しだけ身体を出して、レイドはセリアが階段の上の方へ去ったことを確認する。
『上手くいきましたか?』
彼は、肩に飛び乗って来た真ッ黒な毛並みの猫に尋ねた。
紅い目の黒猫は、もう一度キラリと瞳を光らせて、一度だけニャーと鳴いた。
『それは、上々。では、貴方は引き続き彼の行動を追ってください。もちろん本来の仕事も忘れてもらっては困りますよ? “彼”に危険が及ぶようなら、同時に私に警告するのも忘れないように』
黒猫は、少しレイドを気遣うような瞳を向けた。貴方はどうするの?
『私ですか? 私はもうひとつ、気になる方を確かめに行きます。魔導師として名高いのは確かに彼ですが、この屋敷には・・・そう言えばもうひとり魔導師がいたのを思い出したんです。小さな芽でも、毒なら摘むに越したことはない』
・・・あまり、関係のない人を巻き込まないようにしなよ。
『わかってますよ。だからこそ、こうして水面下で動いているんですからね。だた、この先もずっとそうだという保証はないですけど。そう言うワケで、貴方も“彼”の監視には一層力を入れて下さいよ? “彼”に危険が及ぶようなら、少々手荒にしてもいいですから』
紅瞳の黒猫は、諦めたように再度レイドに応じるように鳴くと、セリアが上って行った階段の方へ素早く去った。
■ ■ ■
結局のところ、封魔の魔法陣を完成させるのに丸一日かかってしまった。
午前中は物資の収集、午後からは慣れない屋敷を駆けずり回って、屋敷を囲むように東西南北、北東・北西・南東・南西、加えてさらにそれを細かく二分した16方位全てに石塔を設置するために奔走。夕方、アイギスが到着してからはその中心部に力の源となる魔法陣を描いていくわけだが、その場所をどこにするかが問題だった。
当然、最も良いのは屋敷のド真ん中に当たる庭園の中央にデカデカと描くのが良いわけだが、そんなんナ○カの地上絵じゃあるまいし。結界は、わかりやすい仕掛けであることに越したことはないが、わかりやす過ぎて屋敷中で騒ぎを起こすつもりはないのだ。
結局、アイギスに上空を飛んでいただいて、例の白い巨塔の屋上にそれを描くことになった。屋敷の中心からは多少ずれてはいるが、西の端っこのシェゾの自室に描くよりはなんぼかマシだ。
屋敷にはすでに夜が訪れ、辺りは真っ暗になっていた(むしろ、そうでなければ巨塔の屋上なんかに忍び込めない)。『けっこう面倒くさいモンですねぇ』
屋上の床にへばりついたままアイギスはぼやいた。アイギスはシェゾの用意した古書を参考に、円陣の中に最後の譜文を描いている。シェゾは魔法陣がその力を漲らせた時、16方位全てに上手く魔力を注ぎ込めるよう陣の最終調整をしていた。
「よし。・・・これで今夜、月が中天へ達するのを待つだけだ。月がこの屋敷の真上に来た時、結界は発動する」
シェゾは、自信たっぷりに言い切った。
『あいにくの曇り空ですが、大丈夫でしょうか』
アイギスが見上げる夜空は、いつかの星空ではなくてくぐもった霧がかかったような闇色だった。月属性の魔法陣を発動させるコンディションとしては、あんまり良いとは言えない。
「まぁ、大丈夫だろ。・・・別に完璧に闇を封じる必要はないんだ。一時的に停止させるか、多少不自然なくらい弱らせることさえできればいい。ただのガラクタならともかく、人の意思が暗黒器の力を引き出しているなら、そいつは必ず再度力を引き出させようと、間違いなく何らかのアクションを起こす。それが今夜か、翌朝か――――さらに翌日になってからかはわからんがな」
『そこを逃さず、捜索の糸口にするわけですね』
「ああ。いよいよ、本格的に暗黒器の捜索態勢に入るってことだ」
『始めるの遅すぎ、ってカンジですけどね』
アイギスの尤もらしい突っ込みを、シェゾは無視した。そもそもここに来て何日が経過していて、そのうち何日捜索をしたのかなど、シェゾは数えてない。
アイギスはなおも不吉な予言を繰り返した。
『これで術を発動させて何ーんにも起こらなかったら、笑えますよね』
「そんなはずはないと思うんだがな。・・・前々から気になってはいたが、オマエってけっこうネガティブだよな」
『慎重なだけですよ。暗殺者は、依頼の成功を確実なモノにするため、あらゆる可能性を考えておく必要があるんです』
「そら、ご苦労なこった」
シェゾは言葉は、文字通り口先だけだった。
『そう言えば、召喚器の在り処には見当つきましたか? 昼間、一応調べてはみる、みたいなこと言ってましたよね』
「まぁな。ここへ戻った時に、一応探りくらいは入れとこうと思ったんだが・・・ちょっとばかしモメていてな。警戒されてもアレなんで、巻き込まれる前に引っ返した」
アイギスが描き終わった譜文を最終確認しながら、シェゾは答えた。
『意味がわかりませんよ』
「言った通りじゃねぇか」
シェゾとしては、至ってマトモな状況報告をしたつもりであった。
――――もう少し正確に言うと、こういうことだ。
つまり、セリアの部屋へ探りを入れに行こうと思ったら、部屋の中で例によってレイドとマリアがモメていた。感情むき出し(珍しくレイドもなかなかのキレ具合だった)の言葉の応酬に、感情に敏感なセリアが爆発を起こさないはずがない。危機を察したのか、マリアがかなりの剣幕でレイドを押し出し、シェゾもまたレイドとともにすごすごと戻らざるを得なかった――――と、こういう一幕である。
アイギスは能面を呆れさせたようなカオで、シェゾを見た。
『・・・時々思うんですが、シェゾさんって絶対的に言葉の端々が欠けてませんか』
「何?」
『“探り”ってなんです? 具体的に何をやろうとしたのか、ちっとも伝わってこない。ちっとばかしモメてた――――誰と誰がどうモメていて何が不都合だったのか、さっぱりわからない。警戒されても“アレ”――――・・・情報を正確に伝える気、あります? 聞いていたら、いろんな語が欠如していて、誤解を招きそうなことばっかり』
むかっ
なんだか身に覚えがあるようなないような。あっても、ないことにしてやるが。
シェゾはわめいた。
「ほっとけ! 魔王がオレを利用しているつもりでいる以上、オマエに正確な情報なんか伝える気などないんだよ!」
『はぁ、なるほど。伝えようと思って言ってるわけではない、と。・・・それじゃ、伝わらなくて当然です』
いや、単に思ってることを言葉にするのが面倒で、そのためにいちいち思考を張り巡らす根性がないだけである。
既に知られていることだが、シェゾは最も基本的な部分で面倒くさがりで、根性無しであった。
弁解を怠っては、いらぬ罪までかぶることになる――――という、誰かの忠告はとおに忘れている。
代わりに、口から出まかせのテキトーな言い訳が飛び出した。
「鑑定の仕事を棚上げしてやってんだ、魔王からねぎらいの言葉一つねぇんじゃな」
『何を、またいい加減なことを・・・サタン様が貴方の行動に興味を持っておられるのは間違いないことですけど、果たしてそれがどこまで本気なモノかは、正直微妙ですけどね。この間の黒電話では、今週は雪山で石焼ビビンバ大会の準備で忙しいのダー!とか言ってましたし』
「野郎・・・」
毎度毎度、どーでもいいことにばっかり精を出しやがって。今頃、あの塔から程近いところにはでっけぇ雪山がそびえたっていて、周りの気象台?に猛吹雪警報が発令されているんではなかろうか。自分が拠点としている住処は、残念ながら大雪対策は施されていない。ちょっとでも吹雪かれちゃったりなんかしたら、一瞬で入口が雪に埋まること必須。
「・・・帰ったら、まず雪かきかもしれんな」
『もう、帰る算段ですか? まだ、暗黒器の在り処もハッキリしてないのに』
「いや、・・・そう意外なところには無いだろ。おそらく、気づいてないだけで近くにあるんだ。もしかしたら、もうどこかで触れているかも・・・」
『詳しい情報はノーコメントですか』
「ノーコメントだ」
『・・・さっき“探り”を入れた、と言ってましたね。場所に見当がついてるとみて――――もしかして、暗黒器の正体にも見当がついてたりします?』
「さぁな。どうした? 今夜に限って、ずいぶん喰いついてくるじゃねぇか」
『・・・・・・いけませんか』
「別に。だが、何を聞いたところで答える気など――――・・・?」
『!』くだらん言葉の応酬を、鋭く引き裂くようにそれは走った。
瞬間、シェゾは背後の簡易階段に、強い闇の力の波動をにわかに感じ取る。
――――――? これは・・・“支配する糸 ”?『何か、来ます』
「わかってる」アイギスもほぼ同時に、やはり簡易階段を注視した。
そこから感じられる闇の力は、連日、自分の“闇”に干渉してきた掠めるような歌声ではなく、強制力のある闇本来の力だ。
・・・また、別の形で力を使っていやがるのか? 本当に器用というか・・・気まぐれな術者だな、自称“指揮者”ってヤツは。「シェゾ、いる?」
簡易階段の陰にふらりと姿を現したのは、セリアだった。口元に微笑を浮かべて、―――夜のせいか? 光が一切灯らない淀んだ瞳をシェゾに向けてから、表情だけでにこりと笑った。――――心は? たぶん、無表情――――
アイギスは変身しなかった。
「オマエ、変身しなくていいのか?」
『・・・問題ないと思いますね。彼、今 彼としての意識ないでしょう。何者かの暗示にかかっている』
「ああ・・・」
闇の濃い屋敷の内部ならともかく、夜空を背後に浮き立たせたようなセリアの姿は、明らかに普通じゃなかった。光のない瞳は、相変わらずシェゾだけを見ているし、――――靴も履かずに、むき出しの石床を踏み歩く。・・・普通、何か履いてこようと思うよな。
ゆっくりとした足取りで、セリアはシェゾに歩み寄った。小さな口がふわりと開き、そこから夜風のように静かな声がまた漏れた。
「こんなところに居たんだね。・・・部屋に行ってもいなかったから、ずいぶん探したよ」地下室での“暴走魔術”、闇の気配を見事に隠す“霞の幻術”、嵐の“召喚”、オレの力への“静寂干渉”――――力の使い方が、ずいぶんバラエティー豊かだが、それに加えて今度は“
人形使い ”かよ?
もう、楽器で弾けるなら、バラードでもポルカでも何でも来いってことなのか?
それとも、弾ける曲なら何でもやってみようじゃねぇかっていう、子どもみたいな欲張り精神?―――――いや、この際、問題は“向こう”が使ってきた魔術の種類などではなく、この潮時の方だよな。
まさか、「もう」動いてくるとは。まだ、結界を発動させてもいないのに。『このタイミングで――――また、妙な力を使ってきましたね。斬りますか』
「なんで。せっかくの客だろ・・・話を聞いてみようじゃねぇか」
こっちからなんとか接触しようと魔法陣を敷いた矢先に、人形 とはいえ“向こう”からの来訪者。それを問答無用で斬ってどうする。
「何か用か?」
シェゾが問いかけると、セリアはまた無邪気に笑った。どうやらセリアには、本当にシェゾの姿しか見えていないらしい。アイギスの存在は完全に無視されている。
「シェゾにね、僕が知ってる『秘密の場所』を、教えてあげようと思って」
なんだかどっかで聞いたようなセリフだ。そうだ、いつかの夜、コイツは同じようなことを言って、オレに『氷の女王』の挿絵を見せた。――――ずいぶん、遠い―――過去だった気がする。
「どう思う」
シェゾは、アイギスに問いかけた。
『明らかに、罠でしょう』
「ああ。だが、思わず承知してしまいたいほど、願ってもない誘いだ」
アイギスも、たぶん同じことを考えている。
向こうが、自らこちらに接触を求めてきた。これまで何のアプローチもなかったどころか、手がかりすらマトモ見せず、予測不能な突飛な行動や活動でどちらかというと振り回されていた感が強かったが、これは大きな変化だ。
アイギスは言った。
『・・・誘いに乗ってあげればいいんじゃないですか。貴方の見立てでは、彼が例の“奏者”なのでしょう? 今はただ、暗示に命令を与えられて動いているだけのようですが、このあと貴方を自分の“力”が使いやすい場所へ連れてゆき、何らかの“力”を行使する可能性は十分にあると考えます。・・・そうなれば、結界の力を使わずとも、暗黒器の在り処や正体にも、ぐっと近づけるはず――――』
「やっぱ“罠”というより、“チャンス”ととらえるべきなんだろうな」問題は、誰の罠でどういう目的があるのかということだが――――もちろん、あのノートの“指揮者”気取りの企みと考えるのが普通だが。シェゾは、もうひとつの可能性を考えて、一応周りに目を走らせた。――――屋上の端、いつの間に現れた? ・・・
存 る。
『シェゾさん、あれ』
アイギスが視線を向けた先――――屋上の端、備わった手すりと中空との限りなく細い隙間に、紅瞳の黒猫がジッとこちらの様子を見据えていた。
「・・・オマエも気になるのか?」
なるほど、・・・つーことは、アイツはアレ を見つけたのかもしれない。・・・昨夜シェゾが(わざと)そのままにしておいた、へしゃげた鉄の塊。不本意ではあったが、2回もやっちまっている。
――――もしかしたら、これはアイツの仕掛けた罠なのかもしれないな。確かに「オレ」という存在は、暗黒器の「闇の力」を見るには良い相手だ。アイツがもしオレの正体を知っていたなら、自分で試すよりも暗黒器の力を面白い形で知ることができる・・・?「こっち」
ふいにセリアが、再び簡易階段を指して歩き出した。―――――なんにせよ、ついていかない手はないよな。
ニヤリと表情を歪めて、愉快そうに喉元だけで軽く笑った。
―――――いいだろう、見せてやるよ。
―――――オマエが見たがっている、『闇の魔導師の力』ってヤツをな。『ついていきましょうか?』
アイギスは是非そうしたかったらしいが、シェゾは素早く制止した。
「オレが受けた誘いだ、オレだけでいい。それに、2人して出てっちまったら、この魔法陣が発動する時、誰がそれを制御するんだ」
月は、中天に達しかけている。あと1時間もしないうちに、月の力は魔法陣に降り注ぎ、闇の力を封じる結界が生じるだろう。
『・・・・・・。ちぇ、面白いものが見れると思ったのに』
「とりあえず、結界はまだ発動させずにおいといてくれ。・・・今度はちゃんと報告してやるから、ごねずに見てろ」
『絶対ですよ』
振り返ると、すでにセリアの姿がない。
やばっ、――――もう屋上を下りる非常階段に差し掛かってる。誘うつもりのクセに、置いてくなよな!慌てて階段を下りるシェゾに遅れることほんの少し、紅瞳の黒猫も素早く鉄の階段を降り始めた。
■ ■ ■
同時刻、簡易階段とは別の場所で、また別の小さな異変も起こっていた。
屋敷の東棟3階の廊下を、少し落ち着かない様子でレイドが青い扉の部屋を探していた。
そこに、偶然通りかかったのがサザンである。
ちょうど良いとばかりに、レイドが彼女を呼び止めたのが、その異変の始まりだった。
「何か・・・御用ですか?」
「え」
呼び止めたとたん、サザンが警戒するような目で自分を見たので、レイドは一瞬、面喰った。
だが、動揺を悟られる前に、するりと元の態度に戻してしまうのがレイドである。そういう時はこうするんだとまるで決まっているかのように律儀に眼鏡を直す仕草をし、普段通りの微笑をつくって穏やかに尋ねた。
「マリアさんのお部屋を探してるんですが・・・どこか、ご存じありませんか」
「マリアさんに・・・何の御用で?」
サザンは、なおも不審者を見る目つきでレイドを見上げている。
レイドもさすがに、これはちょっと呼び止める相手を間違えたんではないかという気がした。
そう言えば、この娘――――以前に、火事の犯人が私ではないかと――――騒ぎ立てた、あの・・・!
「マリアさんに、・・・お話があるんですよ」
レイドは何とかそれだけ言ったが、サザンには、ふぃとそっぽを向かれてしまった。
参ったなぁ・・・機嫌を損ねさせる気はなかったんですが。
「ダメです。マリアさんは、今、セリアさまのお世話で忙しいんです。・・・言っときますけど、ここから上の階は執事長さんたちとマリアさんしか入れないんですよ」
「・・・セリアさんは、今 部屋にいないはずですけどね」
「何を言ってるんですか?」
サザンは、一瞬、訝しむような目でレイドを一瞥したあと、レイドの大方の予想に反して凄まじい目くじらを立ててしまった。
「どうして、あなたがそんなことを言うんですか!」
おお、どうやらこの娘も私に対して好意を持ってくれていないのか。なぜ? 他のメイドなら、自分にけっこう好意的に接してくれるというのに。なんでこんな時に限って、他の娘でなくてこの娘なのか(自分が呼び止めたから)。
「セリアさまは、今、マリアさんと一緒に部屋で眠ってます! 今夜は、マリアさんがずっと部屋にいるんだから! セリアさまが部屋を出ていかれたなら、貴方じゃなくてマリアさんが先に気づくはずだわ!」
サザンの表情がさらに険しくなったので、レイドは早々に逃げることにした。
これはダメだ、騒ぎを大きくされる。あの火事の時のようになったら、たまらない―――――!
「・・・わかりました。明日にします」
さっさと背を向けて立ち去ろうとした。
「ちょっと待って」
そんな時に限って呼び止められることが、悲しいやらウザったいやら。
レイドは、ようやく自分が少しずつこの娘に対してイラ立ち始めていることを自覚した。
知らず、口調が荒くなる。――――不本意なことだけど。
「なんです?」
サザンは、少し迷いを含んだような間を置いて、言った。
「セリアさまは・・・旦那さまのご子息さまですよ。・・・セリアさん、なんて失礼じゃないんですか?」
迷ったままを口にしたような言葉だ。
レイドは、意味がわからないことにまた苛立ちながら、こちらもまた思ったまんまなことを言う。
「・・・? そんなこと言ったら、シェゾさんなんて呼び捨てですよ」
「! シェゾさんは・・・いいんですよっ セリアさまと・・・友だち、だから・・・」
「私だって、セリアさんの友だちですよ」
「ッッ!」
マリアの表情が激しくゆがむのを見て、レイドはまたも自分がいらぬ墓穴を掘ったことを悟る。
同時に、ついにイラ立ちが一線を越えたことを自覚した。
この娘・・・いったい私をいつまでここに留めて意味のわからないことを言い続ける気なのか。
私には、やることがある。それも、今夜でなければこんな好機、何時また訪れるかわからない。
悪いけれど、貴女にかまっている暇などないんですよ―――――
サザンはなおも喚こうとした。
「あ、貴方なんか、セリアさまの友だちなんかじゃ・・・」
『・・・うるさいわねぇ・・・』
「え?」・・・あまり、関係のない人を巻き込まないようにしなよ。
「・・・・・・わかっていますよ」
小さく呟いた時には、レイドはいつもの凛とした声に戻っていた。
サザンをいつもの表情のない瞳で見据え、言い放った。
「貴女もセリアさんの友だちなら、名前で呼べばいい。彼も喜びますよ、・・・病気が治ってからの話でしょうがね」
それだけ言うと、レイドはさっと体の向きを変え、廊下の角を曲がって姿を消した。
「待っ・・・きゃ!?」
レイドを追い、廊下の角に出たとたん、何か白いモノがサザンの顔を掠めた。
息を飲んで反射的に手でソレを振り払ってから、ようやく気づいた。
――――羽根だった。
青白く光るような白銀の鳥の羽。開いた窓のそばに数枚ほど、落ちていた。
「何・・・?」
ハッとして廊下の先を見るが、誰もいない。たしかに、ついさっきまで彼がいた気配は残っているのに。まるで、不自然なまでにキレイな白銀の羽に吸い込まれたように、彼の姿は廊下から消え失せていた。