灰色の記憶


 レイドは、嵐の夜以来閑散としたままの西の中庭の片隅に、長い間突っ立っていた。足元に、不自然に折れ曲がった鉄の塊が、置き忘れられたように在る。レイドは、その塊をいつもの彼より幾分険しい表情で見つめていた。
「レイドさん」
 ハッとして振り返ってから、やっとレイドは声の主を認識した。
「ああ、ウィリアムさんでしたか。・・・今日も、嵐の後片付けで?」
 ウィリアムがふらふらと引きずっている梯子に今気づいたように、レイドは乾いた声で言った。
「済まないね、レイドさん。その通りなんだよ。・・・まぁ、おまえさんらなら、わたしたちがいなくても仕事は進められると思うけど」
「気にすることはないですよ。今日はシェゾさん、・・・街の方に何か用事があるようで、仕事らしい仕事はしないつもりのようですから。ウィリアムさんは、本来の仕事に専念してください。ここ最近こっちのお仕事ばかりで、思うようにできてないんでしょう?」
 滑らかな言葉を続けるうちに、レイドはいつもの調子に戻っていた。
「そう言ってもらえると、嬉しいねぇ。じゃあ、今日はお言葉に甘えさせてもらうよ」
「・・・・・・」
 そのままフラフラと中庭を抜けようとしたウィリアムを、レイドは思い切ったように呼び止めた。
「ウィリアムさん」
「なんだい?」
 ウィリアムが、やや大げさに振り向いたので、レイドはまた少し戸惑った。
「いえ、大したことではないのですが・・・昨日から今日にかけて、この辺りに何か手をつけました?」
「ん、掃除のこと? いやぁ・・・とてもじゃないけど今のところ、こっちには手がまわってないよ。・・・なんか、不都合でもあった?」
「いえ、ちょっと・・・気になることがあったものですから・・・」
 足元で泥に埋もれた鉄の塊に、気を取られないよう注意しながら、レイドはもう一度メガネを直す仕草をした。
 それは、胸のうちの動揺を悟られまいとする彼の一種の癖のようなものだったが、ウィリアムの言葉でその仕草をすることすら忘れた。
「気になることがあるんなら・・・昨日の夜、ここでシェゾさんを見かけたから、そのせいかもね」
・・・・・・なんですって?
 その瞬間、レイドは誰も気づかないくらい微妙に声色を変えた。
 老人は、言いながらいろいろと思い出しているようだった。
「遠くからチラッと見えただけだけどね。ちょうど、この辺りで誰かと話してたカンジだった。シェゾさんは髪色が目立つから、何とかわかったんだけど・・・もう一人は、誰だかわかんなかった。あれって、もしかしてお前さんだった?」
 さっと表情を変えて、レイドは言いなれた口調で繕った。彼にとって、口から出まかせは十八番である。
「ああ、ええ。彼に、天使の彫刻について説明を」
「屋敷の案内? 真夜中にとは、ずいぶん粋な趣向じゃないか」
「私も彼も、変り者ですから」
「はは。それ、たぶん思ってる以上に当たってると思うよ。やっぱり、お前さんも・・・シェゾさんと一緒なんだねぇ」
 ウィリアムは、いつも見せるのほほんとした目とは少し違う、幾分寂しそうな目をしていた。
 ウィリアムとの会話とは関係のない、別のことを考えていたレイドはわずかに奇妙な顔をする。
「・・・? どういうことですか」
「シェゾさんと同じで、わたしはお前さんに、ここにいて欲しいと思ってるってことさぁ」
と、ウィリアムは表情を全く変えずに言った。
「寂しくなるよ」
 レイドは心なしか、近いうち自分が目的を果たしてここを去ろうとしていることを、老人が知っているのではないかと訝んだ。
 どうにも、あの黒真珠は得体が知れない。・・・もっともそれを言うなら、あの銀色の髪の魔導師だって、変わらず油断ならない相手ではあるけれど――――――
 レイドはちらりと昨日のシェゾの様子を思い出して、瞳を細めた。少年のことを「気になるのか?」と聞いてきた彼の真意は、どこまで見透かしたものだったのか。あの時の自分は、それに深く考えず答えたが、今になって、レイドはあの言葉には言葉以上の“探り”が含まれていたことを疑う。
 彼は、どこまで掴んでいるのだろう? 何をするつもりだろう。もし、―――彼が彼の肩書通りの男なら――――私の“大切なモノ”を奪いかねない―――――?
 レイドは無意識に身体で隠していたへしゃげた鉄の塊を見て思った。―――――少し、

「・・・少し、焦った方がいいのかもしれませんね」

 実際、彼が大切にしてきている“力”の対象は、日増しにその力を強くしている。
 それに合わせて、自分とリンクする別の“人格”も徐々に苛立ちを強めていた。

 ―――――何か、手を打っておくべきだろうか。

 短い呟きの後、レイドはしばらく対峙したままだった天使像に、ようやく背を向けた。
 中庭を横切り、ある場所へ向かう。
 幸い、あの“闇”を纏う魔導師は外出中だ。今のうちに、できることをやっておこう―――――

 

■      ■      ■

 

 10日前に見た奇妙で怪しげな(綴りの間違った)看板は、今日は逆さまにかかっていた。・・・なるほど、店員も読めてないんだな、この文字――――などとシェゾが思ったのはつい数時間前。怪しげな美術品なら街の市場にもよく揃っているが、こと魔導器(それも高度なモノ)となると、たぶんここが最も入手確率の高い店だった。
 シェゾの今日一日は、朝から何の予告もなしに店に来て、まだマトモに店番をするつもりのなかったらしいアイギスを叩き起こすことから始まった。
 当然、アイギスは微妙に不満そうである・・・

『・・・いったい何の用ですか』
「久々に店に来た客に向かって、なんだその態度」

 ただの出張店員なんか、客のうちに入らないヨ―――――とでも言いたげな胡乱な表情をシェゾに向けて、アイギスはやれやれという風にシェゾを店に通した。・・・最近、マスク越しでもコイツの表情がわかるようになってきた気がする、不思議なもんだ―――――シェゾは、いつの間にか薄っぺらだが一応の親近感を持つようになっていた魔族に、チラリと一瞥をくれて中へ入る。
 店の中は、相変わらずの魔窟状態であった。

『普通、8つで充分でしょう。本当に16個もいるんですか?』

 アイギスが相変わらずの抑揚のない声でぼやくのも、聞き飽きてきた。竜の牙は、さっきよりは若干増えて、真新しいカウンターに積み上げられている。カウンターは、以前のモノより少し広くなっていた。
「普通より広い方陣を組みたい、8方向じゃ甘いんだよ。屋敷全体を完全に包囲するなら、16以上はいる」
 シェゾは積み上がった竜の牙を確認しながら、アイギスにあと4つ、傷のない牙を要求した。
 積み上げられた竜の牙は、どれも玉虫色に光る立派なモノばかりだ。少なくとも1000年は生きた竜から取らなければ、ここまでの光沢はない。指先で軽く弾いてみると、コツンとイイ音が鳴った。

 ふーん、さすがはあの魔王お抱えの店だな。いいモノを揃えてやがる。あと、このズボラ店員がもう少し行き届いた品の管理ができていれば、時々利用してやってもいいのに。・・・ウィッチの店は品も管理もいいが、なにぶん値がぼったくりだからな・・・

 いらんことをぼやいているうちに、アイギスがどこからか残りの牙を運んできて、シェゾが要求した一応の準備物が揃ったようだった。
 シェゾが数の最終確認をする脇で、アイギスはやはり不思議そうに牙を覗きこんでいる。
『何の魔法陣を敷くつもりなんですか?』
 アイギスが訊いた。
「“闇封じ”だ」
 シェゾは即答した。「屋敷に一種の結界を張って、暗黒器の活動を強制的に止めてみてはどうかと思ってな」
 昨夜、結局よく眠れなかった頭で、てっとり早く暗黒器に近づくやり方は何かと考えて、出てきた結論がそれだった。
 ・・・なんとなく、何かしなきゃならんだろうな、と思っての突発的な行動だ。・・・深く考えてはいない。・・・・・・そりゃ、何も考えずにやろうってわけではないが。
『暗黒器の活動を止める?』
 アイギスはさっぱりワケがわからない、というような面をした。
 当たり前っちゃあ、当然かもしれない。
『闇の気配を、こっちから断ち切るつもりですか? ・・・余計に探しにくくなるだけな気がしますけど』
「だから、それは暗黒器が単に屋敷のガラクタに埋もれていた場合の話だろ」
 シェゾは数と品質を確認して、・・・ふと不吉なことを考えていた。
 ・・・これの代金、本当に暗黒器の調査経費として魔王の口座から落ちるんだろうな。
 ・・・自腹なら、とてもじゃないが払える額じゃねぇぞ。――――深い理由などなくても尤もらしい理由をつけて、アイギスのヤツに魔王に請求するように話をつけておかねぇと、せっかくアルベルから貰えるはずの給金まで飛びかねない。
 一瞬にして焦ったシェゾは、ワザとらしく咳払いをして、説明をし始めた。
「こ、今回の暗黒器ってのは、ただのガラクタじゃねぇって、結論が出てるんだ。オマエも見たろ、あのノートには“暗黒器”には自称“指揮者”っていう持ち主がいて、熱心に“楽器”の研究をしてたんだ。・・・あの地下室の戦闘跡も、3日前の嵐も“暗黒器”の力で引き起こされたモノなら、ソイツが裏で糸を引いていた可能性が高い」
 シェゾは気をそらそうと、そばの箱を適当に寄せて、アイギスにカウンター上の道具をそれに詰めるよう促した。アイギスは一応は箱を取ってシェゾに倣ったが、なおもようわからん表情で訊いてくる。
『それはわかってますが。でもだからって、ここで暗黒器の活動を妨げる意味があるようには思いませんが。また、この間の嵐みたいな騒ぎが起きて、鑑定の仕事が進まなくなっても困る、とか?』
「・・・まぁ、それもあるってことにしてもいい。だが、本当の目的は当然、暗黒器の自称・・持ち主をあぶり出すことだ」
『持ち主を、ですか?』
 アイギスがきょとんとしているので、シェゾはどう説明したものか、と少しだけ思案した。
 ・・・金の問題が絡んでいる。何としてでも、納得させんと後が痛い。――――ま、いいだろ。事態を無理にでも打開しなければならないのは、コイツもよくわかってるはず―――――
 シェゾは、ゆっくりと答えた。
「オマエは、いつも問題なく動いていた大事な玩具が、ある日突然動かなくなったらどうする」
『? そりゃ、もちろん・・・何が原因なのかを調べて・・・』
「それで、その原因がにわかに発生した屋敷を囲む結界のせいだとわかったら?」
『・・・あ、そうか』
 アイギスは納得したようだった。良かった。
『何とかして、結界を破ろうとしますよね。・・・少なくとも、イキナリ発生した結界を、かなり不審に思うハズ・・・』
「そういうことだ」
 シェゾは、頷いた。
「つまり、自称“持ち主”に揺さぶりをかける仕掛けだよ。結界も、ワザとわかりやすい仕掛けにして、テメェの“演奏会コンサート”が気に入らねェで邪魔しようとしているヤツが近くにいることを、堂々宣言してやるんだ」
 アイギスはようやく腑に落ちた表情をした。わずかにだが、無表情だった口元が柔らかくなっている。
 本当に、何となくだがわかるようになったらしい――――アイギスの表情とやらが。喜ぶべきなのか、これは。
『ふーん、考えましたね。なるほど、いわゆる宣戦布告チョーハツというヤツですね』
 言い方は気に入らないが、アイギスの言葉は的を射ていた。
 たしかに、膠着状態を打開するために相手の気に入らぬ罠をワザと仕掛け、相手の出方を見るやり方は「挑発」そのものだ。
「そういう訳で、そのための魔法陣だ。この準備物は、この件の経費で落としておいてくれよ」
 できるだけ、自然に聞こえるように言ったつもりだが、アイギスには少し不審な顔をされた。
 だが、結論は思いのほか早く出たようだ。
『・・・ま、いいでしょう。――――暗黒器に振り回されるばかりで、事態が一歩も進まないこの状況では、・・・有効な仕掛けかもしれないし』
 アイギスは意外にもすんなりと納得して、帳簿に何かをぱぱっとつけた。
 よし、とりあえず最大の難関は突破だな。――――用意させた魔法陣の素材に、実は2,3余分な物資が紛れていることは、とりあえず秘密だ(コラ)。いや、やましい意味はない(当然だ)、いわゆる予備という名の土産(違うだろ)。

 物資を箱に詰めながら、アイギスはシェゾも少し懸念したことを指摘してきた。
 すなわち、この仕掛けが上手く相手に揺さぶりをかけて、相手がこちらに探りを入れる行動に出てくればいいのだが―――――
 アイギスはズバリ言った。

『逆に暗黒器を、もっとわかりにくい所に隠されちゃったりなんかしたら、イヤですね』

 シェゾは箱に物資を詰める手を止めずに、「うーん」と唸って考えた。
「・・・それはない」
 ――――と、断言してしまいたい。・・・というのが、シェゾの本音である。
『根拠は?』
と、アイギスに聞かれて、シェゾは再度唸る。
 一応、その根拠はあった。相手は、暗黒器の活動を少し妨げられたくらいで、本体をどこかに隠して様子を見る――――なんて慎重でも臆病なヤツでもない、とシェゾが考える根拠。
 それは―――― 
「あの、嵐だ」
 シェゾは、ぽつりと答えた。
『・・・3日前の?』
「そうだ」
 静かにそれだけを言って、シェゾは少しだけ手を止めた。
「あの嵐の召喚は、正直言って見事だったと思う――――からだ」

『? あの、力を暴走させたような嵐が?』
 アイギスが意外だという風に言った。・・・たしかに、シェゾも初めはそう考えた。
「嵐そのものは、な。凄まじい力だったし、叩きつけるような豪雨には一種の怒りさえも読み取れた」
 だからこそシェゾは初め、あの嵐を制御が効かなくなった暴走魔術の類だと考えたのだ。
 だが、たぶん――――それは違う。

「だが、後から考えてみると、あの嵐はずいぶん精錬された魔術だったように思う」

『なぜ?』
 シェゾは、――――自分でも、矛盾していると思いながらも――――思った通りのことを言った。

「狙いは終始“街”の中心から全くズレがなかったし、祭りの中止が決まると一瞬で収まった。あれだけの大嵐ストームをこれほど見事に操ろうと思ったら、よほど術者が闇の力を熟知していないと、難しいと思う。しかも、ノートの記述を信じるなら、術者は暗黒器を“媒介”という別の力を利用して、闇の召喚を行ってるということになるだろ。直接ならともかく、間接的に巨大な力を操るのは、魔導の中でも“マネージング”といって難しい部類に入るんだ」

『操作系の魔術のことですか? ・・・さほど難しい魔術じゃないと思いますけど』
オマエのことなんか聞いとらんわ。いや、・・・とにかく、“マネージング”は、直接魔術を行使するより妨害ジャムされる可能性も高くなるし、一般に難しいんだよ。アレが本当に、“媒介”の力を利用して間接的に行われた召喚なら、・・・術者は相当な手練だぞ」
『あ、はい。・・・たしかにマグレでできる、というには無理がある魔術ですよね』
 アイギスも、一応は納得したそぶりを見せた。
・・・・・・
 ふん、まぁいい。

「―――とにかく、あれだけ堂々と闇の力を安定して使ってくるヤツなら、今更“暗黒器”を隠すなんて行動に出るとは、思いたくないな」

 シェゾは、言い切ってみたが、やはり胸の内にはもやもやが残った。手が止まったままだったことに気づいて、再び動かしてみるが、頭では別のことを考えざるを得ない。

 ――――納得しきれない。
 ――――暗黒器の利用者は、あの嵐を思い起こす限りにおいて、安定して闇を制御できるだけの―――自信を持っている。あの程度の闇ならば、問題なく操ってみせるというくらい、自信を持っていて不思議じゃない。それは間違いないのに―――――
 ――――だが、一方で――――
 アイギスが、シェゾのもやもやを見事に集約するように言った。

『でも、今までずっと暗黒器の気配を隠し通してきた相手なら、慎重に暗黒器を隠すことを選ぶ気もしますけどね』
「・・・・・・」
 シェゾは思った。―――――それなんだよな、と。

 まず、おかしいと思ったのは、あれだけ派手な闇の召喚を行っておきながら、相手はその後においても、なかなか闇の気配を容易に見せなかったことだ。
 昨夜、地下室を出たとき、これだけの大事をやらかしたのだから、闇の気配も読みやすくなっているかもしれないと思って、もう一度闇の気配を読んでみたが、――――おかしなことに、これだけ屋敷を覆う闇は確実に濃くなっていても、暗黒器本体の気配は相変わらず上手く消されたままだった。
 ・・・一週間前の屋敷ならともかく、ここまで闇が濃くなれば普通の人間でも敏感なヤツなら何かおかしいことくらいは気づき出す。魔導師なら、絶対に気づくくらいの闇の気配だ。それくらいあからさまな力なのに、なおもその本体やその力を隠すことに、何の意味があるのだろう? それだけ慎重に暗黒器を隠したいなら――――――そもそも、あんな嵐を喚んだりするのか・・・?
 ――――おかしい、何か・・・矛盾している―――――

 シェゾはゆっくりと、ようやくその矛盾を口にした。

「前々から、少し気になってはいたんだが、・・・どうも一連の暗黒器の活動を見るに、妙な二面性があるように思える(気がする)」

『・・・? どういうことです?』
 アイギスが、ちらりとシェゾの顔を見上げていた。
 箱に牙を入れる手が、また止まっている。シェゾのそれもまた同様だったが、気づいていなかった。

「・・・あの嵐の召喚や、あの巨大な力をずいぶん上手く隠している所なんかがそうだが、相手はかなり大胆に闇を力を使いこなすことができることは間違いない、と思う。だが、一方でオレの力に干渉する時のあの唄の脆弱さや隠す必要のないものまで隠そうとする所などを考えるに、力の扱いに慎重な一面もあるんだ。どうも・・・、力の使い方に一貫性がないというか、・・・利用しているヤツの人格のようなモノが、一致しないというか・・・」
『はぁ(?)』
 アイギスは、わかったのかわからないのかがよくわからない変な返事だった。
 シェゾと同じく、アイギスもしばらく宙を眺めて何か考えたようだが、結論は意外と(シェゾよりは)早く出してきた。
『人間には、人格に二面性がある者もいるでしょう? 普段はおとなしくても、キレると手がつけられなくなる者とか。・・・まぁ、魔族も似たようなモノですが』
 シェゾは、それに簡単には納得できないでいた。
 胸のもやもやが、――――さっきより妙に大きくなっている――――なんだ? この感覚――――どこかで―――――?
 シェゾは、ザワザワと鳴る胸の内とは裏腹に、頭では冷静に考えていた。アイギスの意見に、的確に反論する――――
「・・・術者の人格だけなら、それで説明できるかもしれんが、闇に対する器用さはどう説明する? あの嵐を召喚したヤツは、間違いなく相当な闇魔術の手練だぞ。だが、地下室でヤツが魔導師らしき人間に使った闇の力は、明らかに力を制御できてない――――闇の力を使えるなら、人ひとり殺めるのに、あそこまで力を暴走させる必要はないからな―――――」

 ―――――そうか?

 意識の奥底で、誰かが首をかしげた。―――――闇の力を使える者なら、知ってるはずだ――――彼は、そう言っているようだ。

 ―――――お前なら知ってるんじゃないか?
 ―――――闇の力が自分の意思とは無関係に流れ込んでくる、あの・・不気味な感覚――――

 ―――――何者かに命じられるがままに剣を振るうことが許せなくて、持てる力以上の力で悪魔をなぎ払った“彼”には、持てる力の全て使ってでも、残らず消さねばならなかったことが、あったんじゃないか?

「・・・・・・・・・」

 

 ――――なんのために?

 言うまでもない、断ち切るために、だ。―――――彼は、即答した。

 知ってるだろう? 自分がそこにいた、どんな小さな痕跡すら残さないために、だ。
 不必要なほどの力を、いや必要だと思ったからこそ―――――持てる力の全てを使って――――――

 白い白い真ッ白な世界は、自分の手の中で炎に捲かれて灰になった――――“さよなら”さえ言えなかった(―――言う必要すらなかったのかもしれない―――――)あの日の記憶は、帰るべき場所を失った彷徨い人として、この世界の扉をくぐる時に、灰色の思い出と共に、置いてくるべきだったモノで――――――

 それこそ、あの“白い鳥”を自らの手で焼き汚した、彼のように?

 

 一瞬、ものすごい勢いで遠い記憶が蘇りかけたが、シェゾはそれを意識の中に抑え込んだ。――――違う、関係ない。それは・・・もう遠い記憶。
 今、この事件とは全く別の場所、別の世界で起こった―――こと―――――

「・・・闇の本質を知るなら、痕跡を一切残さずに対象を冥界に転送することも可能なんだ。下手に戦闘跡を隠すより、そっちの方が利口だろ。あんな稚拙な力しか使えんヤツが、あの嵐を召喚できるとは思えん」
 シェゾは一気に言い切った。
 アイギスは、相変わらずぼんやりと宙を眺めている。
『あの地下室の事件って、10日ほど前の事件でしょう。今日までに・・・何か、コツでもつかんだとか』
 その即答も、いかにも根拠に薄い。
「コツとか、そんなレベルか・・・?」
 シェゾは、再度頭を切り替えて、もうひとつの可能性を考えるよう努めた。
「そもそも、あの嵐をあそこまで正確に操れるなら、――――オレの力に干渉する時も、もっと強引に侵入できるはずだ。誘うようにしか働きかけてこないのは、何の情けだ・・・?」
『舐められてるとか』
絞めるぞ、オマエ」
 アイギスは、どうやら考えるのに飽きたようで、再び物資を箱に入れる作業に戻ってしまった。
『・・・まぁ、考えだしたらキリがありませんよ。私たちはまだ、この事件の“黒幕”について、わかってないことが多いってことです。要は、それを知るための仕掛けでしょ』
「オマエにしては、マトモな意見だ」
 シェゾは納得した。 「とにかく、今問題なのは、初めの状況から事態を何も打開できてないってことだからな」
『そうですね。何にせよ、結界が完成してからですよ。・・・本体を隠されちゃったら、その時はその時ってことで』
 妙なモノで、そう考えると本当に気が楽になった。

 たしかに、この女魔族の言う通り、事を始める前からなんだかんだと考えるより、実行あるのみ――――後から付いてきた結果をどう見るか、それで何か糸口が見えてくるかもしれないのだから。

 話にひと息ついたところで、必要な物資はほぼ詰め終わっていた。

 

『屋敷での仕事は、大丈夫なんですか』
 帰り際になって、アイギスは布袋をシェゾに渡しながら言った。袋の中には、魔術で箱ごと小さくした竜の牙や爪が入っている。
 シェゾは袋を受け取りながら、なんとなくテキトーに答えた。
「さぁな、大丈夫なんじゃないのか。嵐でだいぶあちこち傷んだらしいから、連中も忙しそうだし。オレが仕事をしてなくても、誰も気づきゃしねぇだろうし、気にもせんだろ」
『いい加減ですねぇ』
「こんないーかげんな店を経営しているつもりでいるオマエに言われたくねぇな」
『・・・。それを言われてしまうと、腹が痛いです』
「・・・・・・。“耳が痛い”の間違いだよな」
 自分のいーかげんさを、腹抱えて痛くなるまで笑ってりゃ世話はない。
「それに、いざとなりゃ責任なんかレイドのヤツに全部押しつければいいんだよ」
 シェゾは自分でもある程度自覚していることだったが、レイドに対してはかなり扱いが酷くなってきていた。
『・・・レイド? 誰です、それは』
「? まだ、話してなかったか? 屋敷の図書室の管理をしている男で、鑑定の助手に都合よく使ってる。魔導師らしいぞ。・・・お前、屋敷の調査してたんだろ、―――たしか以前、お前から預かった“リスト”に、名があったと思うが――――」
『彼は―――旅に出たまま、行方不明って聞きましたが』
「ああ、・・・数日前に帰ってきたらしい。―――行方不明、だった?」
『私が調査した段階では、そうだったと思いますが』

 ――――――?

 一瞬、何か違和感がよぎらなかったか?

「ああ、だから旅に出てたって話で、数日前に―――帰ってきて、オレの仕事の手伝いをさせてる・・・」
 シェゾは、繰り返した。
 旅に出ていて、アイギスが屋敷の調査中は行方不明で――――数日前に帰ってきた。
 別に、おかしなところはないよな。
『そうなんですか』
 アイギスもあっさりと納得して、『では、お気をつけて』と、言ったので、
 シェゾも「ああ」と答えて、ようやく客のいない店を後にした。

 

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