今週中
『・・・で、なんでここなんです?』
いつも以上に真っ暗な中庭へ出たシェゾとアイギスが向かった先は、いつかの夜に見つけた地下室への入り口だった。しかし、なぜシェゾがこんな場所を召喚器探しに選んだのか、アイギスには皆目見当がつかない。・・・実のところ、シェゾとてそれは同様だった。まぁ、強いて言えば・・・
「うるせぇ、カンだ。真夜中に屋敷の中をウロつくわけにも行かんだろ。深夜とはいえ一昨日の嵐で、奥には徹夜で仕事してる連中もいると聞くし・・・」
『それだけ?』
アイギスの単純な質問に、シェゾは口をつぐむしかない。
それだけか、と聞かれれば――――そりゃ、「それだけ」じゃない。だが、「それだけ」じゃない理由の方も「それだけ?」とまた聞き返されるほどの理由(と言えるほどのものか?)でしかないのだ。
―――――まぁ、いいか。
シェゾは開き直って言った。聞き返されれば、それこそ「それだけだ」と言えばいい。
「・・・オマエ、いつかの夜、オレがここをどうして見つけたかを覚えているか」
あまりマトモな答えを期待していたわけではないが、そういう時に限ってアイギスはマトモだ。
『覚えていますよ』 魔族はアッサリと言った。
『雨が降った次の日の夜のことでしょう。東の棟の巨塔に出向いた後に闇の気配を探ってみると、なぜか気配はこの西の棟に移動していた。そこへ戻る途中、貴方が急にここへ走り出したんじゃないですか。・・・なにか、鈴の音が聞こえたとか何かで・・・』
「そうだ。それと、ここを見つけた時、黒猫が閉じ込められてたろ」
『あぁ、そんな気もしますね・・・黒猫がどうかしましたか』
「・・・・・・あの嵐の夜にも、街で見たんだ。あの夜と同じ、赤い目の黒猫だ」
『へぇ?』
「鈴の音も聞こえたんだ。まぁ、あの音のおかげでセリアを見つけられたようなモンなんだが・・・」
そう言って、シェゾは地下室を見つけたあの夜はまだ、レイドに地下室のことを聞けばいいと考えていたことを思い出した。今は、そんなことをする気にもならないけれど。
『で、それが暗黒器と何の関係があるんです』
「・・・・・・」
やはり、そう来たか。そうなるよな。
予定通り、そう言われてしまえば、シェゾとしてもそれまでだ。猫と暗黒器の関係を明確に言えと言われたら、不可能なのである。答えは、“わからない”。
「さぁ、な。あとはカンだ」
と、シェゾはもう一度言った。だが、無関係と言い切るには、どうしたって不可解な違和感が残ることは確かなんだから、仕方ないだろう。
だが次の瞬間、シェゾはその不可解な違和感を強く感じることになる。
嵐で泥水にぐっしょりと濡れた地下への入口に手をかけた時、シェゾは思わず首をかしげた。
「鉄格子・・・新しくなってないか」
あの日の夜、簡素な鉄格子はアイギスの怪力がへし折ったはずだった。
鉄格子は、依然見たものより頑丈になっているようだった。泥に塗れているものの、すらりと伸びた鉄の棒がしっかりと地面に食い込んでいる。
アイギスは言った。
『今朝、お屋敷で庭の大掃除があったんでしょ。付け替えたんじゃないですか』
「・・・この辺りはまだ手をつけてない、とウィリアムが言ってたと思うんだが・・・」
シェゾは周りを見た。庭に倒れた様々な装飾物は、そのまんまでほったらかしにされている・・・・・
その瞬間、少し――――シェゾは、背筋に冷やりとした感覚が走り抜けた気がした。
“何か”に出くわす予感―――――その気配が、シェゾの研ぎ澄まされた第6感を掠めていった。
「開けられるか?」
逸る気持ちを抑えつつ、シェゾはあの夜と同じように、アイギスに聞いた。
『問題ないです』
言うが早いか、新しい鉄格子はまたガコンとへし折られていた。
「・・・また、ハデにぶっ壊したもんだな」
『一昨日の大嵐で壊れたことにすればいいじゃないですか』
「言ってることがムチャクチャだな・・・」
シェゾは呟きながら、中を覗いた。
―――――闇。
あの日の夜のように、奥には何も見えない。中からは泥とカビの臭気がツンとした。
『・・・入りますか?』
「入らんでどうする」
シェゾは中の闇や陰気な臭気を気にすることなく、中へ足を踏み入れた。
何十年も呪われた遺跡や迷宮を探索してきたシェゾにとって、この程度の臭気など気にするまでもない。というより、シェゾが長年活動拠点にしている洞窟(住処)自体が、そもそもこんなカンジだった。
中はかなり急な階段になっていて、これを何十段降りたのかがわからなくなった頃、ようやくシェゾは低地に着いた。
ヒヤリとした狭い空間だった。地上の光は、もうほぼ届いていない。
「―――“ライト”」
シェゾは、地上からの僅かな光を利用して、小さな光球を作った。強い光ではない、朧な灯篭のような光だ。石壁に沿う縦に長い溝は何か―――それを調べるためだけに、無駄に眩い光である必要はない―――光はふわりと石壁を沿い、朧な暗闇の中に石の扉を浮かび上がらせた。
『ずいぶん深いところに、墓場を作るんですね』
背後でアイギスが、相変わらず意味のわからないことを言った。
「地下室だろ。・・・古い屋敷なら、無い方が珍しいくらいだ」
そう言って、シェゾは石の扉を開いて、中へ入った。
奥は、簡素な石造りの小部屋だった。真っ暗闇の中、床にはついさっきゴミ箱から引っ張り出してきたような古い絨毯が敷き詰められている。光球を注意深く飛ばすと、部屋の奥に薄汚れた木のベッド、小さなテーブルとともに、入口の両壁に水吐き怪物 の石像が闇の中に浮かび上がった。
「結構な趣味だ」
シェゾは、角の欠けた石像をカツンとやりながら言った。地下水路を利用して、この彫像に地下水が溜まるようになっているのだろう。地下室でも水が使えるとは、簡素な作りながら生活空間としてはしっかりとしているようだった。戦争の時などの逃げ場として使われていたのかもしれない。
テーブルには、干からびた黒いビーンズがいくつか乗っかっていた。他に見えるモノといえば、足の折れたイスや落ちて砕けたワイングラスなど。石壁には、壁紙や日付が全く無頓着なカレンダーなどが無造作に張られている。
雑然とした家具の中で、部屋の隅にある3つのタルだけが整然と並べられていた。
『何者かが、住んでいたのでしょうか』
アイギスは、テーブルの上のビーンズを手にとって、しげしげと眺めていた。
「どちらかと言えば、住まわされていたという感じだな・・・」
シェゾは、一見岩壁でしかない部屋の出入り口を調べて言った。魔導で、外側からロックがかかっていた跡がある。・・・これでは、相当手錬れた魔導師でも内側からの解除は無理だ。
「・・・・・・・・・」
誰かがここに、閉じ込められていた・・・?
・・・何のために?
シェゾは、結論を出すための情報をさらに探した。
部屋の隅に、不揃いに積み上げられたタルが目に付いた。近づいてみると、タルの中から強い酒の匂いに混じって、わずかな異臭がする。・・・・・・・・・。
「・・・何かあったな」
シェゾは低くそう言って、タルのひとつに手をかけた。
完全に乾ききっているはずなのに、タルにはねっとりとした湿気が絡み付いているようだ。
ザラリとした感覚が気持ち悪い。
タルを回すと、タルの側面に真っ黒なシミがベットリと染み付いていた。どうやら異臭の原因はこれらしい・・・
シェゾは、しばらく考え、そしてゆっくりとシミをアイギスにの方に向けた。自分の憶測混じりの判断より、この魔族に確かめさせた方が、おそらく早くて確実だと考えた。
「・・・・・・・・・何かわかるか」
怪しげなマスクをこちらに向け、アイギスはシェゾと同じようにしばらくタルを見つめていた。
そして、まるでそれ が酒か水であったかのように言った。
『血ですね。・・・それも』
アイギスは、わずかにマユを歪めたように見えた。
『人間の?』
さすがは元暗殺者と言ったところだろうか。
「やはり、オマエもそう思うか。オレの勘でもそうだ」
『でも、なぜこんなところに人間の血が? ・・・この量では、この血の持ち主もタダ事じゃあ』
シェゾは、憶測を確信に変えてタルのそばを離れた。
逸る気を抑えつつ、冷静に床のゴミのような絨毯をめくりあげ、取ってつけたような壁紙をはがし、どこかから無造作に集められただけのような家具の全てを蹴飛ばした。絨毯の下から、壁紙の後ろから、倒れた全ての家具の向こうに、大小の血痕を見つけることができた。壁紙をはがされた石壁は、大きな力で砕かれたように崩れていたし、床に何本も走る大きな傷も、単に絨毯や布きれで隠されていただけらしい。
「隠し方が、ずいぶん杜撰だ」
立てかけられたイスを倒し、その後ろにも一際大きな傷と、そこに滴るまま乾いた黒い筋を確認した。
『・・・シェゾさん、天井にもありますよ』
アイギスが指先で光線作り出した。それを上空へ向けると、光の輪の中におびだたしい数の切り裂き傷を見ることができた。不気味な血痕もわずかに飛沫している。一部は、ガーゴイル像の半身にまで飛び散っていた。
「戦闘の跡だな」
シェゾは、確信に変わったそれを、ただ呟いた。
「何者かがここで血を流し、―――別の誰かがその惨劇を下手に隠そうとしたらしい」
『・・・戦闘? こんなところで?』
「血の主も、少しは抵抗したようだがな。この様子では、数分もってないんじゃないか」
シェゾは、部屋の真中で改めて部屋を見渡した。
絨毯も壁紙も壊れた家具も、一切のカムフラージュを解かれた部屋は、見事に血と破壊の跡傷を残す戦場跡だった。
まさか―――地上では、あれだけ血の匂いと無縁な屋敷の地下で―――このようなモノに出くわすとは。
シェゾは、地下室の入口で感じた“何か”に出くわす予感――――「それ」に、今、意外な形で出会ったような気がした。
『でも、誰が誰と戦ったというんです』
アイギスが、首をひねって考えている。
「・・・・・・・・・想像しがたいな」
誰と戦ったか?
これはもう『誰と』、などという域ではない。誰が『何と』戦ってたかだ。
シェゾはもう一度、鋭い爪跡のような跡が残る床を見つめた。
今や絶滅し、化石としてしか発見されない魔獣キマイラですら、ここまでの爪痕を残すだろうか?
(何か、――――他に何かないのか)
シェゾは、今度こそ注意深く部屋の隅々まで見渡した。
床に、何かを引きずった跡がある。それを注意深く辿ると、それは壁際までズルズルと続いていた。
壁と床の境ギリギリにまで光球を飛ばし、やっとそこに隠し扉が仕込んであるのを発見した。
シェゾは、夢中でその扉をこじ開けた。扉は、この地下室で出た不用品を捨てるためのゴミ箱になっていたらしい。よく見れば、扉の周りには割れたガラスを何かで強引に掃きいれたような跡があった。耳を澄ますと、遠くでザーザーと水の流れる低い音。・・・・・・地下水路?
「ヤバイものは、全部、ここに捨てたってことか」
――――多分、血の持ち主もこのゴミ捨て場に捨てられたに違いない。ずいぶん、血も涙もないことをする・・・・・・
『この惨劇は、屋敷の暗黒器と何か関係があるんでしょうか?』
「さぁ? 関係があった証拠でも見つかれば面白いだろうが」
シェゾは、期待半分、冗談半分で呟いた。
とは言え、この惨劇がいつ行なわれたモノかはよくわからない。血生臭い匂いなら、数年ほど忘れ去られた遺跡や迷宮でも感じ取ることができるし、この程度では屋敷に忍び込もうとした何処ぞのコソ泥が地下水路に巣食う魔物に喰われた、でも話は通りそうだった。
・・・・・・もう少し、「そうじゃない」と言い切れる何かが欲しい。
「ん?」
シェゾは、闇の中にキラリと光るモノを見つけた。
隠し扉のそばに引っかかっている。手を伸ばせば容易にを拾い上げることができた。
『なんですか、それは』
「時間」を理解しないアイギスには理解できなかったらしいが、人間ならたぶん子どもでも知っている。
光っていたのは、腕に巻くベルトの金属部分で、それは冒険者などがよく使う日時計だった。チャチな魔導器のひとつで、わずかな光でも時を刻むので地下迷宮探索の時も重宝する。
拾い上げた日時計は、大きな衝撃に盤がへしゃげ、中の文字針がむき出しになっていた。シェゾは、止まってしまった文字盤を読み、少なからず衝撃を受けた―――――
「・・・オレが屋敷 へ来た日の前日で止まっている」
その途端、シェゾは図らずもゾッとした。
・・・自分が屋敷へ来る前日? それは、暗黒器が自らの活動に変化をつけた時期でもあり―――自分が魔王に塔へ呼び出されたその日でもある。『物語』の始まりの日―――――単なる偶然? 馬鹿な。第六感に頼らずとも、「わかる」こと。
秘密に溶けた暗黒の色―――――音もなく、闇に紛れて何かが、この光が溢れていた屋敷へ忍び寄ろうとしている気配を、シェゾはハッキリと感じ取った。やはりこの地下室――惨劇――――何らかの形で、暗黒器と絡んでいる。―――――誰が、どんな風に、何の目的で―――――それを突き止めなければ。
シェゾは、さらに部屋を見渡した。
もっと、他に何か無いのか。何か、この惨劇に、この地下室に、暗黒器が絡んでいたという明確な証拠を、何か―――――
『あれ』
なにやら石壁をいじっていたアイギスが、調子の外れた声を上げた。
「なんだ?」
『この壁紙を剥がしたら、向こう側が空洞でした』
「・・・空洞」
シェゾが見ると、タルが並んでいた石壁にぽっかりと小さな穴が開いていた。
位置からして、おそらく作り付けのランプ棚だった。中の芯棒に火をつけて、地下室の中を照らせるらしい。
――――中に、何かあるのか?
シェゾは、穴の中に手を突っ込んでみた。
「・・・ここに何かを放り込んで、燃やしたらしい」
シェゾは、真っ黒になって出てきた手に後悔しながら言った。
細かい炭は、手に持つとパラパラと崩れてゆく。その中に、焼ききれた紙の破片がいくつかあった。
『燃やされてからそれほど時が経っていないのであれば、ある程度の復元は可能ですよ』
炭をつまんで、アイギスは簡単に言ってのけた。
・・・まったく、魔族というのは反則だ。
時や空間を操る魔法は、魔導の中でも最も高度な技術と知識を必要とする。シェゾでさえ、習得にはかなりの時間を有した上、今でも相当の準備をしても安定して扱うことが難しい『時の魔法』―――――簡単に扱えるモノではないはずなのに、アイギスが穴から取り出した炭に手を振ると、ぐにゃりと時が歪んで炭はアッサリと青いノートになった。
『時を歪めていられるのは、1,2シグナルです。たぶん、数分くらい』
「・・・わかった」
シェゾはアイギスからノートを受け取ると、素早くノートを開いた。「・・・る、ハーぷ・・・ヘル、ハープ? 『
地獄の楽器 』、か?」『は??』
「完全に復元できていない、読みにくいんだよ。・・・どうも、なんらかの魔導器 の・・・研究日記のようだが」
アイギスもノートを覗き込んでいたが、彼女はシェゾ以上にノートの内容を理解していないようだった。
『何が書いてあるんです?』
「・・・まさか、全く読めないのかよ」
シェゾのモノ言いに、アイギスはムッとしたようだった。
『文字の勉強くらいはしてますよ。でも、こんな魔導士たちが扱う魔導の専門的な言語まで理解できません。古代文字で書いててくれれば、まだ・・・』
「そんな古典的な魔導師、今じゃホトンド絶滅しとるわ。・・・まぁ、かいつまんで言うと、どうやら何者かがこの部屋で、魔導器の研究をしていたらしい」
『魔導器の・・・研究? こんな地下で??』
「このノートを見る限り、強力な闇の力を召喚するかなりヤバイ機器だったらしいぞ。もっとも、この持ち主はソイツを“地獄の楽器 ”と呼んでいたようだが、・・・これがおそらく魔王の言う」
『・・・暗黒召喚器、ですか』
アイギスが、にわかにポカーンとした表情をした。
「・・・オレたちは、初めからとんでもないカン違いをしていたってことだ」
『・・・・・・・・・。アルベル氏の持ちモノ ではなかったんですね』
「少なくとも、黙ってネコババできるモノじゃないってことは確からしいな。何者かが暗黒器の力を知り、それを利用している。オマケに、ソイツを邪魔されようものなら容赦はせん、ということだろう」
シェゾはノートを閉じて、改めて部屋の惨劇を見た。
ノートは日時計の2日前後で突然終わっていた。ノートには書かれていないが、その後、ここで何らかの惨劇が起きたことは明らかだ。
誰かに研究を知られ、ここで研究の痕跡を消すと共に、口封じを実行した―――――辻褄は合う。
『しかし、一体誰がこんな馬鹿げた研究を?』
「・・・さぁな」
シェゾの頭に、いくつかの疑問が浮かんだ。
―――――ここで研究をしていたのは、何者だ?
―――――そして、ここで血を流したのは誰だろう?
―――――さらに、血の主は何と戦ったのか。
―――――あと、気になることがもうひとつ・・・
『奏者』
唐突に、アイギスが言った。
「・・・読めるのか?」
どっちなんだ、とシェゾは訝しんだが、アイギスはまたもあっけらかんと答えた。
『読める部分も少しなら。この辺は研究書というより、本当に単なる日記という感じですし・・・ここにある、“奏者”って何でしょうね。暗黒召喚器を発動させるために、なにか別の道具が必要だったみたいですが・・・』
シェゾが最後に気になったのも、正にその部分だった。『
地獄の楽器 』・・・その名の通り、楽器 を奏でるために、また別のアイテムを利用していたということか・・・?日記は、奏者の文字を残して、途切れている。
この最後の日付と日時計を信じれば、何者かがこれを書いた2日後に、ここで惨劇が起きたことになる。・・・この惨劇の跡を見る限り、始末された側は生きてはいまい―――――このノートもこの時に、一緒に始末したつもりなのだろう。一方でシェゾは、今一度部屋のあちこちに残る魔法の跡を見渡した。石壁に残る大きな爪痕から想像するに、随分な強敵相手に、よくこれだけ抵抗したものだと改めて感心していた。使い古されたような冒険用の日時計を見る限り、それなりに旅を重ねてきた魔導師らしく、もしかしたら暗黒器がどれほど恐ろしい古代機器かも、このノートの持ち主よりは理解していたかもしれない―――――。
シェゾはノートをパタリと閉じた。
「結局わかったのは、この屋敷の何処かに、“指揮者 ”気取りで暗黒器 ”の力を操ろうとしている輩が居るってことだけか」
『ノートからは、その指揮者 は特定できないんですか』
「・・・・・・さぁな」
少なくとも、このノートから持ち主を割り出すことは不可能だった。当然、名前など書かれていないし、文面を見ても読めない部分が多く、性別さえハッキリしない。ただ、ノート以外で見当をつけることは可能かもしれなかった。実際、すでにシェゾはノートを手に取る前から、その指揮者 気取りに見当を付け始めていた。
ただ、それでもわからないことというのはあるものだ。『さっきまで、シェゾさんを呼んでいた「喚び声」も、このノートの持ち主の仕業でしょうか』
「それなんだよな・・・」
シェゾはもう一度しばらく考えたが、結論はやはり同じだった。「――――正直、わからん。そりゃ、研究を隠すために人一人殺めるくらいだ。暗黒器の力を利用して、このオレを召喚してやろうと、馬鹿なら考えるかもしれんが・・・・・・いかんせん、強制力がなさ過ぎる。こんな「力」で闇の魔導師が呼べると思うほど、向こうも馬鹿じゃないと思うんだが・・・」
というか、そこまで馬鹿にしないで欲しい、というのがシェゾの本音であった。強制力のない召喚術など、ノブのないドアと同じ―――――要するに、何の役にも立たないモノのひとつである。
アイギスも同じ意見だったらしい。
『うーん。本気で暗黒器の研究をした上での力なら、ますます妙な「呼び声」ですねぇ。あの嵐は物凄い力だったのに、なんで貴方への「呼び声」はこんな脆弱なんだか。本気で召喚しているとは、とても思えませんが・・・それでもシッカリ対象へ届いてるところがすごいですよね。・・・一体、何を考えてるんでしょう』地下室に降りて、思いもよらぬ新たな事実を知ることが出来たが、結局のところ「呼び声」の主がなぜ自分をこんな弱い力で呼び続けるのかについては、皆目見当がつかないままだった。
「チッ、ようやく何かわかってきたような気がしたんだがな。まぁ、「呼び声」の主が何者であろうと、大した輩じゃないだろうよ。対象が拒否できる召喚術なんて、使うだけ無駄だってことがわかってねぇとは・・・」
「奏者、か・・・」
シェゾはその言葉を反芻して、もう一度様々な記憶を脳裏に広げた。
「呼び声」については、さっぱりワケがわからないが、ノートの持ち主については、見当がつかないわけではない。しかし、それが当たっていた場合、その者が利用しそうな“奏者”=“媒介”――――「力の源」に関しては――――『暗黒器』以外にも、その力に共鳴し得るだけのアイテムが、もうひとつどこかに転がっていることになる・・・?
屋敷の中で、ここ数日、自分の知らないところで何かが動いている。その発端はもう、2ヵ月かそれ以前から。自分は今、その“秘密”の一端を知ったに過ぎない―――――まさにこれは、“秘密に溶けた暗黒の色”――――この色は確か、鈴の音にまぎれてアイギスは何を染めると言っていた?
あの嵐の夜、オレは一瞬、何を考えた? あの夜、闇の剣は淀んだ暗黒の淵で警告した―――――
―――――主よ この・・・しょうねんは・・・力を・・・に利用される 恐れが・・・――――シェゾは、自分が今やっと重い腰を上げたような気がした。「・・・一応、妙な心当たりはある。・・・あまり当たっていてほしいとも思わんが・・・もし、それが当たっていれば、今週中にはケリをつけられるかもしれん」
シェゾは静かに言った。
“指揮者 ”の指示で、暗黒器 を奏でる奏者。暗黒器が持つ強大な闇を解放するための道具、媒介・・・
一度考えてしまうと、それは次の瞬間、静かに確信に変わってゆく。
だが、確信に変えるには―――――未だわからないことが多いことも事実で―――――だが―――『? 私は当たっている方に期待しますよ。仕事は速く済むに越したことはないですからね』
アイギスがそう言った瞬間、青いノートはバラバラに崩れ、元の炭になった。
時の魔法 が切れたのだった。
止まった時は、動き出した。
この惨劇を境に止まっていた何かも、きっとこの時、同時に動き出したのだ―――――