「お大事に」
夕食後、シェゾは行く気はあまりなかったものの、確かめておきたいこともあって、一度来たことのある青い扉を開いた。
シェゾの私室以上に何も無い、簡素な部屋。ふと、花瓶がひとつでもあれば、と思わせるセリアの部屋だった。
「シェゾ、どしたの?」
「お前が呼んだんじゃないのか」
「僕? 呼んでないけど」
ベッドの上で、今日は大人しくしていたらしい。
「エルダって言う、メイド長みたいなのが呼びに来たんだよ。お前が呼んでいると、な」
と、シェゾは言った。
「・・・さすがだな、エルダは」
「つまり、ハメられた?」
「僕が、寂しそうだとでも思ったんだろうな。退屈だったし、話し相手が欲しかったのは事実だけど」
エルダのカンは確かなようだ。
会う時間は少なくても、よくセリアの表情を見ているのだろう。
まぁ、エルダに言われなくてもシェゾも少し、セリアに用があった。
「お前、昼間・・・あの部屋の前にいただろ?」
その言葉に、少年の表情は少し変わる。
そしてシェゾが、火事の話題を持ち出すと、セリアは急に早口になった。
「ああ、聞いてる。僕のものになるはずだったプレゼント、全部灰になっちゃったんだってね。レイドは怪しいけど、イマイチハッキリしないって聞いたよ。犯人がわかんないままじゃ、すっきりしないよね。シェゾは何か知ってるの?」
よくしゃべる。犯人についての情報を知りたがる。これだけでもずいぶんだが、確信もあった。
シェゾは基本的に短気で、根気がなく、面倒な無駄話も好きではない。
愛想笑いのひとつももちろんしない。シェゾは、さっさとセリアの無駄話を遮った。
「お前だろ」
「は? 何が?」
「・・・火ィつけたの」
「・・・・・・・・・」
固い表情のまま絶句したセリアの顔色は、だんだんと白くなっていった。
目を逸らさないシェゾの威圧に、セリアは耐えられなくなったらしい。視線を落として、うな垂れたまま小さく言った。
「・・・なんで、わかったの」
「さぁ? なんとなく、ではいかんか」
「何それ」
シェゾは、セリアを睨むのをやめて、手近なイスに腰掛けた。
別に、彼を責めているわけではないのだ。まぁ、そうカン違いされやすい態度になってしまっていることも知っているが。だが、これ以外にどういう態度をとればいいかがわからないんだから、仕方がないだろう。
シェゾは、セリアにもわかるようにようにゆっくりと言った。
「長く魔導師やってるとな、気配でわかるんだよ。自然に点いたワケじゃないことくらいすぐにわかるし、・・・特に魔導の力で発せられた力 には、たいてい術者の気配が残る。誰がやったのかを完全に隠蔽したければ、特殊な別の呪文を上乗せするか、ランプの火なんかの自然の炎を使うべきだったな」
「・・・・・・」
しばらく黙った後、セリアはぽつりと言った。
「・・・そんなこと、考えてらんなかったよ」
シェゾの言葉をどこまで理解したかは分からない。その後は、顔を上げることなく、ただ震える声を絞り出すだけだった。
「・・・・・・あの部屋に入った途端、マズイって思ったんだ。その後のことは・・・よく覚えてない。胸の中で、何かが競り上がって来て膨れ上がってきて・・・喉を締め付けるんだ。息が・・・しにくくなって、いつもの発作が起きるって思った。・・・そしたら」
「・・・・・・」
「そしたら、なんだかもう・・・あと、夢中でさ。知ってる呪文、次々に唱えて・・・ファイアが一番ハデに破壊できるとわかったら、あと、そればっかりで・・・」
「・・・・・・・最低だよ」
最後にそう言って、セリアはやっと頭を上げた。
「――? ファイアを使ったのか」
「・・・・・・うん。簡単な魔法なら使えるんだ。・・・ホットとかアイスとか」
「・・・・・・へぇ?」
「学校で・・・行けてた時は、習ってた。結構、優秀だったんだよ。今でも時々マリアに教えてもらってる」
「そうか」
シェゾは言葉を切って、セリアの次の言葉を待った。
何か、まだ言い切れていないことがあるんじゃないかと思ったのだ。考える時間が、足りてないだけで―――――案の定、セリアはゆっくりと話し始めた。
「部屋の前を通るたびに・・・ヘンな空気だな、とは思ってた。息苦しくて、足が竦んで・・・怖い気持ち。お化け屋敷の入口みたいな・・・」
「お前は、あの部屋に何があるかを知っていたのか?」
「ん、サザンから、少し聞いてた。あの部屋の奥には父さんたちが集めた、僕へのお土産があるって。元気になったら、全部もらえるって知ってたけど」
「僕、どうしても見たくてさ」
「あの、バカ・・・」
シェゾは思わず呟いていた。
あの娘は、どうも理解していないように思う。・・・まぁ、こんな奇病、オレでさえホトンド聞いたことない病気だから、しかたねぇと言えば仕方がないが。
こりゃ、真実を知ったら叱り飛ばされるのはコイツだけじゃなさそうだ。放火の罪は、レイドに着せといた方が何ぼかマシなんじゃないのか。レイドには悪いかもしれないが、アイツはあまり応えてるわけではないようだし(酷)。
「目障りだったんだよ・・・」
「ん? あの部屋がか?」
セリアは首を横に振った。
「部屋にあるもの全部」
頑丈な氷の鉄槌のような、冷徹な言い方だった。決して誰も寄せ付けないとでも言うような、力強い意思さえも感じられた。シェゾは、そんなセリアにあるまじき様子に危機感に似た恐怖を感じて、セリアと同時に自分も落ち着かせようとした。
「・・・・・・氷の精霊 の嫉妬だろ」
「こんなのいらない! 迷惑だよ!!」
セリアは力いっぱい吐き捨てた。
「お前なんか嫌いだよ!! さっさと僕から・・・離れてしまえば、いいのに・・・」
「・・・・・・」
「こんな力・・・要らない。イヤなんだ」
イヤなのはこっちだ。図らずも、シェゾはため息をついていた。
コイツを見ていると、どうもいつかの記憶を思い出すようでイヤだ。自分にも、自分の中の“力”がなかなか制御できず、必死で足掻いた時が・・・無いわけではなかった。
“永遠の闇”と“一時的な氷の嫉妬”、“自ら選び取った力”と“偶然憑いた病魔”などという、セリアとは状況がまるで違うが、自分の中の得体の知れない“力”に振り回されている点に関しては、昔の自分に似てなくはない。未熟な時の自分を見ているようで、シェゾの心境は複雑だった。
解決の方法は自分の場合、手に入れた「力」の意思をも自分の意思と割り切り、新たな意思を持つしかなかった。
だが、セリアの場合は違うのだろう。彼はまだ、自分の心を忘れなければならないほど、愚かな選択をしていない。望まぬ「力」以上の意思をもちさえすれば、「力」は彼の心に従順な手足でしかないのだ。だから、彼は何も恐れることはないのに。
シェゾはもう一度、長めに息を吐いて、
「部屋を見た時の気持ちは、それだけか?」
と、言った。
「・・・え?」
「それだけじゃない。部屋の存在と場所を知って、それを見たいと思ったのはなぜだ」
「・・・・・・・・・」
「部屋へ近づいたら、気分が悪くなるってわかってたんだろ。それでも行ったのは何でだと聞いている」
セリアは答えなかった。
答えることこそ発作が怖くて出来なかったのだろうが、その表情にはハッキリと答えが記されている。言うまでもない、闇魔導師たる自分にさえそれがわかる。屋敷の連中が、彼の答えに気づいていない筈がない。当然、本人にもそれがわかっているハズだった。
「・・・それがお前自身の気持ちだろ。しっかりしろ、病魔の嫉妬に惑わされるな。お前の心はまだ強いし、消えていない」
「・・・・・・。うん・・・」
忘れかけていた大切な心を、宝箱にでもしまうように、セリアはそっと胸に手を当ててしばらく目を閉じていた。
一方で、シェゾはの方は大きなため息をまたひとつ。
全く、どこの闇の魔導師などという世界最悪の悪魔が、良家のお坊ちゃまに説教を垂れてやるんだろう。いらぬ親切、巨大なお世話以外の何モノでもない。・・・世話好きの連中なら、シェゾはここ最近よく顔を合わせては渋い顔を作ってきたが、自分も変わらん存在だったとは、正直 情けなくなってくる。
あーもうヤメだ、ヤメ。説教や訓示はもう二度と垂れん。大体、性に合ってない。自分は大概にして面倒臭がりで、何に関しても興味の無い無気力冷徹最低男でいいんだ―――――
「あの、さ」
急にふてくされたシェゾに気付いてか、セリアは遠慮がちに言った。
「?」
「父さんには・・・」
「言わねぇよ」
「あ・・・」
言った瞬間、シェゾはまた何かいらないモノを踏んづけた気がして、咄嗟に吐き捨てていた。
「違う、勘違いするなよ。お前のためじゃねぇ、面倒だからだ」
「・・・・・・」
「それにレイドのヤツには、たとえ濡れ衣でも反省させにゃならんとこも多いしな・・・。ったく、アイツは・・・」
“あの街”の連中を思い出しついでに最近わかってきたことでもあるが、レイドはどうも“ヤツ”属性だ。人の話を聞かない、言ってることもやってることも支離滅裂・・・一度、痛い目を見た方がいい。それがシェゾの結論だった。
「・・・・・・シェゾ、優しいね」
「はぁ?」
セリアは、随分穏やかな表情でもう一度呟いた。
「ていうか、知ってるのかな。僕にとってはそれが一番ありがたいってコト」
「お前は、お前で、“あいつ”属性か」
シェゾのどこをどう間違ってとらえたのか知らないが、シェゾの周りにはシェゾの人格を『優しい』と称する人間が少なからず存在する。顔は思い出したくなかったので、思い出す前に頭の中からセリアの台詞ごと追い出した。
「『お大事に』」
シェゾは完全に棒読みの台詞を履き捨てて、セリアの不思議そうな表情を確認する前に、半ば勢いで部屋を出てしまっていた。
■ ■ ■
扉のすぐ傍に、レイドがやる気なくもたれていた。
「やっぱり、セリアさんだったんですね」
「うお?!」
気が落ち着いていなかったこともあり、シェゾは少々ハデに驚いてしまった。―――――いかん、動揺している。落ち着け、落ち着け―――――
シェゾは、他に人の気配が無いことを確認して言った。
「あ、ああ。アルベルには黙ってた方が良いだろうな」
「それなんですがね」
「ん?」
「話せないんですよ」
「は?」
レイドが、いつに無く真剣な表情で話し始めた。
「私も一応「魔導師」の端くれですからね。炎の気配で彼がやったんじゃないかってことくらいは察してました。だからさっき、アルベルさんと部屋で2人になったとき、そのことを言おうとも思ったんですが」
「・・・・・・だから、それを止めろというに」
「できなかったんですよ」
表情は真剣でも、相変わらずレイドの言葉は意味不明だ。これは天然故、修正不可能なのだろうか。
「オマエ、何が言いたいんだ?」
「シェゾさん。闇属性の魔術、使えます?」
「は?」
やっぱりワケがわからない。
「使えるも何も・・・得意だよ」
一応、闇の魔導師であることは伏せておいた。というか、コイツにそれを言ったところで、本当に何の意味もない気がした。
「じゃ、貴方の仕業かな? さっき、アルベル氏に彼を告発しようとした時、強力な封印魔術のような力で、言葉を封じられたんです」
・・・・・・何だと?
「それだけではありません。昼間、皆さんに無断でアルベルさんの部屋へ入った理由を聞かれた時、私が屋敷に帰ってきたときに、4階の窓の向こうにセリアさんを見かけたからだ、と言おうと思ったんですよ。ところが、こちらも言葉を封じられて・・・」
「それでか?」
理解できないところが多いレイドの発言だったが、今回は何とかシェゾも、昼間のレイドの妙な態度を思い出すことができた。アルベルに無断で部屋に入った理由を、レイドは一瞬、顔を歪めて、次の瞬間あっさりと『忘れた』と抜かした・・・。
「・・・確かに、不自然な言い方だとは思った。封印のような“力”で、『忘れた』としか言えなかった・・・?」
「まぁ、本当のことを言っていいものか迷ったっていうのもあったんですけどね。破ろうと思えば破れない封呪ではなかったんで。そういう意味なら、未熟な力でもあったんですが」
「・・・・・・・・・その力が、“闇”だったと?」
「ハッキリとはしないんですがね。・・・たぶん、闇の力 ですよ」
「お得意の“気配探り”で、力の源はわからなかったのか」
「完全に隠されてましたね。部屋に魔法で 火を放った彼のように、拙い愚考者の仕業じゃありません。・・・もっと狡猾で強力な力を持った何者かの仕業でしょうね。貴方くらいの魔導師なら、その程度の魔術は使えるんじゃないかと思ったのですが?」
「オレじゃねぇよ」
答えながら、ある程度の魔王からの情報を得ているシェゾは、瞬時にまず最もわかりやすい答えを弾き出していた。もちろん、それを鵜呑みにするわけではないが、ひとつの可能性であることは否定できない。
要らぬところで鋭いレイドは、シェゾの微妙な表情の変化を読み取ったらしい。
「何か、・・・心当たりでもあるんですか?」
「それはそうと」
レイドの言葉に油断ならない気配を感じたシェゾは、心中を悟られる前に別の方へ思考を逸らした。まぁ、もとより確信を持つまでそう簡単に口を割るシェゾではなかったが。
「・・・変なんだよな」
「? 何がです?」
「アイツに憑いてる病魔って『氷の精霊 』だろ?」
「何を今更」
「・・・なんで炎の魔法が使えるんだ?」
言ってから、これは思ったよりかなり妙な矛盾点じゃないのか、と改めて思った。・・・まぁ、珍しいことではないのだが。シェゾとて、下等な光属性の呪文“ライト”くらいは唱えられるし。
レイドもあまり気にはしなかったらしい。
「・・・知りませんよ。気まぐれな女王サマなんじゃないんですか」
いつもながら、レイドの無表情な言葉からはそれ以上何も読み取れなかった。
せめて、困ったような顔で「呪文が不完全だったんじゃないか」などと言ってくれた方が、よほど人間味があるのに。