疑惑
祭りの会合に出席していたらしいアルベルは、知らせを聞いてすぐに屋敷へ戻ってきた。現場へ来た時、彼は思ったよりホッとした様子だった。どうやら情報がきちんと伝わりきっていなかったらしい。初めは、セリアの身に何か大事が起こったものと思っていたようだった。セリアの無事な姿を見て、先に安心したのだろう。
「よく、この程度の被害で済んだものだ」
と、アルベルは言った。
「魔法での対処が早かったんだ」 シェゾだ。
「そうです。特に氷には護る力が・・・ぎゃ」
反射的に、レイドに蹴りを入れていた。これ以上話をややこしくするな、馬鹿野郎が。
氷の厄介な護る力に関しては、アルベルは説明されなくてもわかっているはずだった。シェゾは、レイドより強い口調で言った。
「気にするな。コイツが思ったより早く火事に気づいて、早めに対処したんだよ」
「私は氷の魔法は得意で・・・うぐ」
「オレも一応、修復できそうなものは魔法で何とかしといた。無事なものはそっちにまとめてある」
シェゾは早口にまくし立てた。ちょっとは黙れ、このクソ魔導師。
「そうでございますか。・・・そうですか、少しでも無事なものがあれば・・・いえ、そんなものはどうでもいいのです。こんなものが失くなっても・・・あの子さえ無事なら」
「・・・すまなかったな」
「いいえ、お怪我はなかったですか」
「無い。コイツも無い」
「はい、ありません」
火事については、意外なほど簡単な報告と事後処理で済んでしまった。屋敷の修築に関する一切の執務は、セイジと幾人かの使用人が手馴れた様子で処理してしまっていた。
何人かの使用人と軽く打ち合わせた後、セイジはいともアッサリと言った。
「明日にでも、職人の方に都合がつきそうです。査定が終われば来週にでも修築を始められるでしょう」
「そうか、算出費用は去年の倉庫修築時の資料を参考に、適当に計算しておいてくれ」
「はい」
「・・・・・・」
金持ちというのは、よくわからん。普通、自分の家に事故が起こればその修繕費用に(少なくともシェゾは)頭を抱える。シェゾの場合、なぜか他人の住処を破壊しても強引に「ゴメン」で済ませる輩が多いため、より不幸であった。時に、少しでも費用を節約するため、自分の身体で労力を払うことすら厭わないのに、それは庶民の考え方だと言うことなのか・・・。しかし、予想外なところで別の問題が持ち上がってしまった。火事の原因に、なぜかレイドが疑われた始めたのである。
元々部屋には火の気が無かったので、疑問に思うのは仕方がないとして、そこでなぜレイドが疑われるのか。
キッカケは、サザンの叫びにも似た訴えだった。
「あの男ですよ、レイドっていう魔導師! 私見たんです、あの時間、あの人がこっそり旦那さまのお部屋に入っていくの!! マリアさんも見たでしょう!?」
シェゾは、思わず耳を塞ぎたくなった。今ここに集まる連中の中では、シェゾはこの娘が一番苦手だった。
一応、火事の現場に居合わせたレイド、シェゾを初め、東棟4階の責任者であるセイジやエルダ、アルベルや火事を目撃した使用人の何人かが、別室に集まっていた。一応、混乱を招くだろうという判断から、今のところまだセリアが現場近くに居たことは伏せている。
サザンとマリアは、どちらも火事の目撃者のひとりだった。マリアは火事の直前まで、4階の廊下が見える自室で、仕事をしていたのだと言う。サザンはその手伝いをしていたらしい―――――
サザンが騒ぐので、マリアは仕方がないとばかりに口を開いた。
「・・・たしかに、彼が旦那さまの部屋へ入るのは見ましたが・・・」
努めて曖昧に答えようとしたらしいが、それはレイドへの疑いを助長させたに過ぎなかった。
サザンの話によると、朝、マリアの部屋で仕事の手伝いをしていると、アルベルの部屋の前にレイドが歩いてくるのがちょうど窓から見えたと言う。あの部屋は、エルダやセイジなどの一部の使用人しか入れない筈なので、おかしいと思って見ていると、レイドは少し周りを見ただけで、ためらいなく部屋へ入ってしまったと言う。
火はその直後に出たらしい。煙や炎の気配などは一切見えなかったとマリアも証言した。
「私はてっきり、旦那さまに呼ばれでもしたのかと・・・」
マリアはおずおずとレイドの顔色を窺ったようだが、当のレイドは飄々とした表情のままだ。一方、エルダとアルベルは信じられない、という顔をしていた。
「レイド、本当なのか」
アルベルが、やっとレイドに聞いた。
レイドは少し考えて(本当に考えたのかは定かではないが)、間の抜けたような言い方をした。
「ええ・・・。まぁ、たしかに、火が出る前にアルベルさんの部屋へ入りました」
「何のために?」
「それは・・・」
レイドは、シェゾが見ても明らかに妙な表情をした挙句、また間の抜けたことを言った。
「なんでしたっけね。忘れてしまいました」
これに呆れたのはシェゾだけだった。
アルベルを含め、部屋の使用人たちも明らかにレイドに不審の目を向けていた。
「・・・・・・」
レイドもさすがに、居心地が悪そうだ。
シェゾは思った。ウソをつくにしても、もうちょっと何か別のことを言えなかったのかね。
アルベルは、少し表情を変えて言った。
「レイドよ。お前は、少し変わったな」
「・・・そうですか?」
「旅に出る前は、私に無断で部屋へ出入りするような男ではなかった」
「・・・・・・。そう言われましてもね・・・」
「今回は、その旅先での話もなかなか聞かせてはくれぬな」
アルベルの責める口調に、レイドは今度こそ困ったような顔になった。全く、この男は口下手なのか達者なのかよくわからん。
アルベルは、重いため息をひとつつき、シェゾに言った。
「シェゾさん。私は、少しレイドと話があります。・・・よろしいですかな」
「・・・存分に」
シェゾは小さく肩をすくめてそう言うしかなかった。わかってはいたが、その日の午後はてんで仕事にならなかった。午後からは、遅れているキマイラの化石の鑑定作業と決めていただけあって、レイドをアルベルに持っていかれたことは、正直痛手だったかもしれない。
レイドがいないことに加えて、チャーもリーも昼間の事件の噂話ばかりで、ウィリアムまでもが手を全く動かさない。しかも、シェゾが事件のことでアルベルの部屋へ呼ばれたことをどこから聞きつけてきやがったのか、シェゾにも根掘り葉掘りいらぬことまで聞いてきた。
「聞いたヨ、シェゾさん! 屋敷が火事だったんだってネ! ワタシたち、裏庭で仕事スてたから、気づかなかったヨ!」
「シェゾさん、何か知ってんスか?!」
「レイドさんがヤったって言うのは本当なんでスかネ!」
「ウソに決まってらぁ! レイドさんは、ンなことする人じゃねぇよ!!」
いつものように、チャーリーとリーマスはケンカを始めてしまった。これは、とりあえずほっとくとして、だ。
「ていうかさぁ、レイドさんがいなくなったら、この仕事困るよねぇ」
この3人の中で唯一ある程度の仕事が出来るウィリアムは、相変わらず自分に興味が無いことにかけては無関心だ。だからと言って、いつものように仕事に精を出すでもなく、逆にレイドがいないことでやる気削がれ、いつも以上にのんびりと彫刻刀を磨いていた。
いじるのは彫刻刀じゃねぇだろう。シェゾはイライラとしながら幾度となくそう指示したが、その時は必要な書類を取っても、ウィリアムはいつの間にかまた彫刻刀をいじっているのだった。そして、時々思い出したように言う。
「ねぇ、シェゾさん。レイドさんいつ戻ってくんのかなぁ。この仕事、わたしたちだけじゃてんではかどらないよ?」
わかってるんなら、少しでも仕事を減らす努力をしてくれないか。事件のことなんかどうでもいいから、とりあえず手を動かしてくれ。ガラクタが整理し終わっても、肝心の化石の鑑定が停滞してばかりじゃ身動きが取れん。
シェゾは何を言っても時間の無駄な3人を放って、その日の午後は少しでも明日の仕事を減らそうと、1人で黙々と仕事に励んでいた。