火事


 7日目


 翌朝、相変わらず朝食の席にレイドの姿は無かった。アルベルもいなかったが。
 アルベルはここのところ、近々街で行なわれるらしい祭りの主催者のひとりとして、忙しそうだった。セイジの話では、街の資産家の1人として、多くの料理と資金と提供することになっているという。ルビウスが朝からやたらと張り切っているのも、そのせいだと言えそうだ。
 ただ、レイドの外出とその祭りが関係あるのかは不明だった。
 セイジの話では、レイドはまた朝早く出かけたらしい。
「一体、連日どこへ行っているんだ?」
「さぁ・・・レイドは旅に出る以外にもよく外出をしますが、大抵は街の図書館や古具屋など巡りでしょうな。ただ、昨日は少し遠出をしたようなことを言っていましたな。スーザンシティの港で買い物をしたとか」
「スーザンシティ? えらく遠いんじゃないか」
「まぁ、船を使っても片道で2,3時間は・・・」
 セイジは、指を折りつつ答えた。
「それでも、昼過ぎには戻ってたな」
「そうですね。私も妙だとは思いましたが・・・まぁ、彼は魔導師ですからね。私たちの知らない移動手段を、いくつか持っているのやも知れませんな」
「・・・・・・」
 セイジは、何か宙を見たまま黙ってしまった。レイドが絨毯にでも乗って空を飛ぶ姿でも想像しているのだろうか?
 いや、なにも魔女や魔導師の全てが空を飛べたり、空間移動が出来るわけではないのだが・・・出来るヤツもいるにはいるが、そう頻繁に使うものでもない。単純に難しいのだ、空間や時空を操る魔導は特に。大掛かりな知識と準備とともに、多大な労力を伴う。ハッキリ言って、普通に歩いたり馬車を利用した方が、より効率的だったりするのだ。
 が、まぁ 魔女と魔導師の区別のつかない人間相手に、そんな説明は無意味だった。
 レイドがどこへ出かけてようとも、居ないのでは仕方がない。
(聞きたいことも多少あったが、まぁ、急ぎでもないしな・・・)
 シェゾは、今日もレイド抜きで仕事を始めることにした。彼はが戻る頃までには、作業にメドをつけておこう。そう思った。

 シェゾはこの2日で、アルベルが市場で大量に仕入れたガラクタをほぼ全て整理し終わっていた。
 馬車一台分の荷台いっぱいのガラクタは、思ったほど出所不明のモノは多くなかった。アルベルが気の赴くままに買い漁ったらしいガラクタの数々は、意外にもきちんとした鑑定書だの、作られた年代や時代背景を説明したメモ用紙が付けられている場合が少なくなかった。それをアルベルが(多分、正確にはチャーとかリーとかが)持ち帰る際にバラバラにしてしまっただけで、品を見てどんなものか見当さえつけば、あとはそれに見合った鑑定書だのメモ用紙などを探すだけで事が足りた。
 どうしてもそのようなものが見つからない場合は、もちろん調べるなり、魔王に調査を押し付けるなり(?)しなければならないが、そのようなモノも数えるほどしかない。未整理のガラクタは、すでにあと木箱3箱分くらいに減っていた。
 朝の内に、残りの木箱を運び込みに来たウィリアムに、シェゾは午後からの予定を伝えた。
「午後からは、キマイラの化石鑑定に戻る」
「おや、久々にアトリエに戻るのかい?」
「そうだ」
「それは好都合だね。シェゾさんがアトリエに残してきた化石は、今日中に全て磨き終わるよ。化石もわかる範囲で、分けておくよ。肋骨か頭蓋骨かくらいは、さすがにあの2人でもわかるからさぁ」
「助かるな」
「久々に、アトリエが楽しくなるね」
 そう言って、ウィリアムは部屋を揚々と出て行った。
 なんで自分やレイドがアトリエに戻るだけで楽しくなるかは知らないが、仕事が順調なのは確かだった。
 これで午後からレイドとともに化石を詳しく鑑定し、ウィリアムに書類を指示通りに書かせ、弟子2人には掃除でもさせておけば、鑑定作業はかなりスムーズに進むはずだと、シェゾは思っていた。

 ただ、なぜ運命というものは、どうしてこうもシェゾに味方することを拒むのだろうか。

 

 

 ことは、昼過ぎに起きた。

 遠くで、小さな爆発音が何度か聞こえ、しばらくしてキナ臭い匂いが気になるようになってきた。
「・・・?」
 火の匂いなど、ある意味慣れきっているシェゾにとって驚くようなことではなかったが、考えてみれば火の気の無い普通の屋敷の中で、これだけ強い煙の匂いが充満するのは、妙だ。
 シェゾは仕事の手を止めて、部屋を出た。―――――匂いは、どこから・・・?

 匂いは上階から漏れてくるようだった。上階は、一部の使用人しか立ち入りを認められていないアルベルのいわゆるプライベートゾーンであるが、シェゾはためらうことなく階を上った。緊急事態なら、後で何とでも言い訳は立つ。
 階を上がると、予想通り廊下に白い煙がうっすらと充満していた。

(・・・火事か? 物騒だな)

 時によってはファイヤードラゴンとの戦闘や遺跡等で火系トラップの数々を潜り抜けてきたシェゾにとって、煙が充満する程度の炎など脅威のうちではない。それでも気だけは焦るもので、シェゾはいつの間にか煙の中へ駆け出していた。

 現場はアルベルの自室らしかった。扉を開けた途端、刺すような熱風が身体を襲った。湿った灰の混じった黒い煙が視界を遮ぎり、シェゾは一瞬たじろいた。
「ちっ・・・」
 冒険用の防護服ならともかく、シャツ一枚では具合が悪い。シェゾは、魔法で簡単な氷幕を身体の周りに張って、煙の中へ飛び込んだ。部屋の奥に、何者かの気配を感じた。
「誰かいるのか?」
 問いかけると、黒煙の向こうから場違いなくらい落ち着いた声がシェゾに答えた。
「シェゾさん、いいところへ」
 部屋の奥から、レイドが真っ黒な顔を覗かせていた。
「あと一息なんですよ、力を貸していただけますか」
「・・・レイド。お前帰ってたのか」
 いないと思ったら唐突に現れる、まさに神出鬼没の男だ。まぁ、今はそんなことを気にしている場合ではない。
 奥の部屋は、レイドによってほぼ火は消し止められていた。レイドは氷の魔法か何かを使ったのだろう。炎は大量の蒸気を含みながら、悶え苦しむようにぢりぢりと燃えていた。
 シェゾは、すでに意識で呪文を紡ぎながら言った。
「・・・炎の痕跡は残してんだろうな。魔法で点けられた炎なら、痕跡から術者が割り出せる」
「抜かりは無いですよ。尤も、痕跡を残すような愚かなマネを、犯人がしていればの話ですが?」
同感だ、行くぞ」
「氷の魔法で?」
「当然だろ・・・氷雪槍降ブリザード!!
南極大陸ゼロ=グランド
 シェゾと同時に、レイドも強力な魔術を放った。
「変わった魔法だな」
「私の出身地独特の魔術ですよ。この大陸の気候では、制御しづらいのが難点ですが」
「どこ出身なんだ?」
「南の島」
 レイドは同じ調子で、その一言しか言わなかった。
 相変わらず、真意をなかなか表情に見せないヤツだ。もっともそれに関しては、シェゾも他人のことを言えたものではなかったけれど。

 ほぼ炎を鎮圧して、シェゾはほぼ炭と化した部屋を見渡した。
 炎の出所は運悪く、例のセリアへ土産が積まれた部屋だった。アルベルや使用人たちが用意したというセリアへの贈り物は、ほとんどが燃えやすい紙や木で出来た玩具で、その多くが真っ黒な炭と化していた。
 部屋の最も奥にあった白い羽が印象的な鳥の置物も、例外ではなかったらしい。シェゾは、アルベルが昨日、大切そうにその白い羽を撫でていたのを覚えていた。
 細く柔らかな純白の羽が、穢れの無いセリアの「力」そのままに思えて、ずっとその色のままでいればいいとシェゾは思っていた。
 昨日までは、陽の光に輝いていた白い鳥。
 その羽は、今や半分くらいが炎に喰い荒らされて、ボロボロに焼け爛れていた。焼けずに残る一部の羽毛も、煤に覆われて穢れた灰の色だった。
 光に満ちていた白い鳥は、こうも一瞬に羽を黒く染めてしまうのか―――――
「その置物が、どうかしましたか」
 レイドは、灰の中で少しでも無事な玩具を横へ分けようとしていた。何もしないで突っ立ったままのシェゾを不思議に思ったらしい。
「別に。この鳥は・・・もう飛べんな、と思って」
と、シェゾは答えた。
「・・・? 剥製でしょう、元々飛べませんよ。そりゃ生きてた時は、飛んでいたんでしょうけど・・・」
 シェゾは、レイドを無視して部屋を出た。燃えたのは、玩具が置かれた一室だけで、アルベルの自室には被害はなかった。それでもこのことは、早くアルベルに伝えなければならないだろう。
 思わず、ため息が漏れる。これを知ったら、あの主人またいつかのように落ち込むのだろうか―――――
 らしくないことを考える前に、シェゾは足早にアルベルの部屋も出た。
「ん?」
 部屋の外に、小さな人影があった。
 シェゾは驚いたが、続いて出てきたレイドは意外な人物に驚いた様子はなかった。
「セリアさんじゃないですか」
「・・・・・・」
 真っ青な顔をしたアルベルの息子がそこに蹲っていた。
 灰になった贈り物を受け取るはずだった、セリア本人が。

 

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