地下室
シェゾが中庭に出たとき、アイギスはもう人の姿に戻っていた。金色の怪しげなマスクは、相変わらずであったが。
『遅かったですね、どこに寄り道してたんですか』
「そんなに待たせた覚えは無いんだがな」
『女性を待たせて自覚がないようでは、貴方も人間としてまだまだですね』
「・・・・・・・・・。もういい、疲れた。とにかく仕事を始めるぞ」
魔族の言葉は聞き流して、シェゾは早速、東の巨塔へ足を運んだ。
ほぼ歩き慣れた道である。数分かからず塔の入口前に着いた。細い気配を辿りながらでなければ、実際はこの程度の距離なのだ。
塔は夜の闇の中でも、あいかわらず月の光を浴びて白く浮き上がっている。今夜こそは、このガラクタの詰まった塔の中で、不毛な作業を始めなければならないかもしれない。
もう、ホトンド忘れかけていた仕事だが―――――シェゾが、この屋敷に赴いた本当の目的は、この塔の中に納められている(らしい)暗黒召喚器の回収だった―――――。
シェゾは、巨塔の前でもう一度だけ夜闇の中で“闇の力”の気配を探った。ほとんど夜と同化してしまっている、闇の気配。か細くも、確実に「力」を溜め続けるその黒い糸先は、つい先日まで間違いなくこの目の前の巨塔の中へ流れていたハズなのだが――――――
「・・・? 変だな。前と場所がズレている気が・・・」
シェゾは、鳥になって巨塔の小窓からの侵入を試みようとしていたアイギスを呼び戻した。
『召喚器の、場所がズレてる?』
マスクの向こうで、アイギスはさすがに訝しげだ。
「あくまで“闇の気配”の位置が、だがな」
『でも、3日前はたしかにこの中から気配がしてたんでしょ』
確かめるような口調のアイギスに、シェゾはうっかり即答はできなかった。
「・・・悪いが、それもよくわからん。正直、ちゃんと気配を読んでいたわけじゃ・・・」
『貴方、ホンットにやる気なかったですもんね』
「うるせぇ、オマエも人のことを言えんだろうが。ただ、方向としては、この塔からで間違いなかったはずなんだ」
シェゾはわめいたが、アイギスはシェゾの逆切れをあまり気にした様子ではなかった。
『で、今はどこから気配がするんですか』 相変わらずの淡白な言葉だ。
「今は・・・」
一応、今度は真剣に気配を読む。わずか数日の間に、気配の源の位置を変えた“召喚器”とやらに、少し興味もあった。
「向こう、か?」
『・・・・・・向こう?』
シェゾが指した方向は、巨塔とはまるで正反対の方向だった。・・・つまり、指の先に西の棟が見えている。
『私たち、今 あの棟から出てきたんですよね』
「ああ。手間を取らせて悪いが、あの棟の3階の端が今のオレの部屋だ」
ついでに言うなら、2階がレイド管轄の図書室、1階が中庭に続くテラス―――――つまり、ことごとくつい先刻、自分(たち)が通過してきた経路である。
『・・・からかってません?』
「オマエなんかからかって、なにを面白がれって言うんだ」
語気を荒げるシェゾが、実は一番イラついていた。自分は一体何のために、真夜中にここまで出向いてきたんだか。部屋で一度、気配を読んでみるべきだったのだ。そうすれば、無駄足を踏まずに済んだのに。
悲しいかな、シェゾの運命なんてそんなモンだ。
『やれやれ、ではあの棟まで戻りますか』
仕事を続けるにしても止めるにしても、西の棟に戻るしかやることは無かった。シェゾは、何か物凄くくだらないことで惨めな気分になっている気がして、足取りは来る時よりもだいぶ重くなった。
「一体、何だってんだ・・・」
『昼間のうちに、移動させられたんですかねぇ』
西の棟へ戻る道のりで、アイギスは至極妥当な意見を述べた。
―――――だとすると、前に考えていたよりもこの仕事はラクになるのだろうか。なにしろ昨日から今日にかけて、巨塔から何かを運び出さなかったかをアルベルに確かめさえすれば、対象はかなり絞れてくるのだから。
何となく、そんな上手くいくはずがないような気がしたが、今のところそれは気のせいだということにしておこう。
『今日こそあの巨塔の中へ入れると思ったんですけどね』
「入りたかったのかよ」
不機嫌なシェゾは、普段よりもつっけんどんだったが、淡白なアイギスにとっては関係の無いことだ。
『別に、召喚器に興味があるわけじゃないですけどね・・・。“人間の領域”で古美術店なんて稼業をやっている身としては、コレクターが収集する品について、色々と勉強しておきたいわけです』
「結構なことだな。だがどうせ、ガラクタばっかりだろうよ」
何だかんだと話をするうちに、シェゾとアイギスは数刻前に落ち合った西の中庭まで戻っていた。
■ ■ ■
わずかだが、闇の気配が濃くなってきた西の棟に面した中庭で、シェゾは意外な音を聞いた。
「?」
澄んだ鈴のような音。
不思議に思って、シェゾは、無言でその音の方へ足を向けた。
驚いたのはアイギスだ。
『ちょっと、何やってるんですか?』
「何か、音がする」
『それはわかってますけど』
アイギスは、放っておけと言ってるらしい。
しかし、シェゾはこの音に聞き覚えがあった。屋敷に来て、何度かこの音を聞いている――――何の音だろう?
「うるさい、気になるだろ」
『・・・ヘンなところで、律儀なんですね』
アイギスは諦めたように、シェゾの後を追った。
西の棟と、目と鼻の先にある白い天使像の前で、シェゾは足を止めた。ほぼ、西の棟から中庭への入口だ。テラスに沿うように何対かの天使像が並んでいる。屋敷へ来た当日の夜、シェゾはこのすぐ近くで、つまずいてこけたままの姿勢で西の棟を見上げ――――どうでもいいことだった。とにかく、あれからずいぶん日が経っているように思うが、実はまだあの日から4日しか経っていない―――――
『ずいぶん近いですね』
「ああ、たぶんこの辺りに・・・」
アイギスと話すうちに、鈴の音はもう聞こえなくなっていたが、別の音が聞こえていた。
猫の鳴き声だ。天使像の周りの草むらの中から聞こえてくるようだった。すぐ、近くにいる――――
『違いますよ』 アイギスの、少し冷徹な声だった。
「は?」
『私は、“闇の気配”がすごく近いと言ったんです』
「ああ・・・そう言えばな」
それも実は確かだったが、シェゾは相手にしなかった。草むらの中に、不自然な鉄格子を見つけたのだ。猫はその中に閉じ込められているらしい。
―――――なんだこれは?
地面に掘り込みが作られ、そこに頑丈な鉄格子がハメ込まれている。紅い色の小さな光が二つ、その格子の向こうで光っていた。・・・と、必死で格子をガリガリと引っかき、外に出ようともがいている、小さな動物の姿。
「・・・何だ、オマエ?」
黒猫だ。小さな鈴をつけている。
『あーあ、可哀想に』
アイギスが、後ろから鉄格子を覗き込んで言った。
「開けられるか」
『もちろん』
言うが早いか、アイギスは見かけ通りでない腕力で、バキンと派手な音をさせてあっけなく格子を開けてしまった。さすがは魔族というところか、格子は無残に折れ曲がっている。
オリが開いたと同時に黒猫はパッと外へ飛び出して、あっという間に中庭の夜闇へ消えてしまった。
「・・・・・・?」
『あの黒猫が、どうかしたんですか』
「いや、まぁ・・・猫はいいんだが」
シェゾは、かがんでついさっきまで黒猫がいた掘り込みを覗き込んだ。
深い。
それに、草に隠れてよく見えなかったが、その穴の入口もずいぶん広かった。
たぶん、細身の人間ひとりなら、充分に通せるほどの広さ。シェゾも、ゴツイ魔導装甲スーツならともかく、Tシャツ一枚ならラクに通れるくらいはある。それに・・・
「これは」
“ライト”の魔法を飛ばせば、もっとそれがハッキリとわかっただろう。
だが、シェゾは手探りだけで、その穴の床に段差を作るように積まれた敷石に気付いた。
1段目、少し下がって2段目と、奥へ進むごとに段差が深くなっていく。これは―――――通路。
『地下室ですか』
アイギスは、まるで当たり前のモノを見るような口調で言った。
・・・いや、まぁたしかに大きな屋敷に“隠し部屋”のひとつや二つ、珍しくもないのだが・・・。シェゾが注目したのは、地下室そのものではなく、さっきまでその入口にハメこまれていた妙に新しい鉄格子の方だった。
シェゾは、アイギスが折るなり捨てた鉄の塊を拾い上げて、まじまじと見つめた。
鍵はアイギスによって見事にへし折られているものの、鍵や格子そのものは随分と真新しい。鍵も何度も使われている形跡がある。
「頻繁に開けられているな」
こんな、人気の無い西の棟の中庭などに、地下室などがあったことにも驚くが、そこに鍵を開け閉めしながら出入りする人間がいることにも驚きだ。シェゾはアイギスには解らぬよう、ひそかに舌打ちをしていた。―――――これはもしかしたら、・・・例の“巨塔”より厄介なんじゃないのか。
闇の気配の先に、妙な「地下室」を見つけてしまった。それだけなら、単に「巨塔」と「地下室」、探すべき場所が変わっただけで、仕事の内容は「
ガラクタ 」の中から「召喚器 」を見つける不毛な宝探しに変わりは無い、とアイギスなら言うのだろうが、シェゾはそこまで今回の仕事を単純に考えてはいなかった。―――――違う。
シェゾのカンが鋭くそう訴えた。
そんな単純な問題じゃない。考えてみろ、数日前に気配を探った時は、『暗黒器(らしきもの)』は確かに「巨塔」の方向にあり、数日後には誰かの手によって「別の場所」に移されていた。
別の場所―――――それが、東の棟のアルベルの部屋とか、離れのアトリエだとか―――――そんな、ガラクタが置かれて当たり前のところだと言うのなら、シェゾは別に疑問に思わなかっただろう。
しかし、気配の先に「地下室」を見つけたのでは、話は多少違ってくる気がした。暗黒器が、あるいはそれに関係する物が、この「地下室」にあるとすれば。まだ確信ではないものの―――――この仕事はもはや、だたの宝探しではなくなってくる可能性があった。
例えば、本当にまだ例えばの話だが――――――暗黒器がもしその存在を知る “誰か”の手によって、移動させられたのだとすれば?「・・・・・・あのヤロゥ・・・」
厄介な仕事をすぐに他人任せにするフザけた野郎に、シェゾはもう一度舌打ちをした。
そもそもシェゾは、今回の仕事があの魔王からの依頼であることがずっと引っかかっている。初めから、単なる“宝探し”で終わるはずが無くて、“それ”以外に“何か”あるからこそ、あの魔王は自分にこの仕事を振ったのではなかったか? 「闇の気配」「召喚器」「気配の移動」―――――「地下室」。闇を知る者が、自分以外に在る可能性・・・
――――――『悪い予感は当たるモンです』ああ、そうだなアイギス。その通りなのかもしれん。
なぜなら、オレがそう勘繰るもうひとつの要素が、ちょうどこの場所へ近づいてくるところなんだよな。それも、かなりのスピードで。アイギスは素早く鳥へ変化し、他の人間に存在を悟られぬよう努めたらしい。
その直後、シェゾの想像通りの男が、血相を変えて中庭に飛び込んできた。
「セリアさんを見ませんでした?!」
またか。
全く、コイツは夜になると必ず出てくるな。昼間も仕事で何かと顔を合わせる男だが、夜に鉢合わせることも、なぜか多い。
「・・・なんだ? えらく慌ててじゃねぇか」
ただ、今夜は明らかにいつもの冷静なレイドじゃなかった。
「セリアさんが、いなくなったんです!」
「いつものことだろ」
シェゾは極めて冷静に振舞った。
「そうですけど! 今日はどこにいるかわからないんです!!」
いや、それもいつものことだろ、って聞いてないな。
「もう屋敷中、大騒ぎですよ。ああもう、一体どこに・・・」
シェゾはいつも冷静なレイドを見てきただけに、この男の慌て具合が返って不気味だった。
「落ち着け、らしくねぇぞ。・・・セリアなら、さっき見かけた」
「!? どこでです?」
「この棟の2階だ。たしか、図書室へ向かうと・・・」
シェゾがそう言った瞬間、すでにレイドは、脱兎のごとく棟の中へ駆け出してしまっていた。
「・・・・・・。さて、じゃあオレも行くか」
当然、召喚器探しを放棄して、である。地下室も気にはなったが、セリア探しに屋敷中をうろついているだろう屋敷の連中に見つかる可能性があった。屋敷に来たばかりの鑑定士が、真夜中に怪しい行動を取っていたなどと、下手に噂されたくはない。シェゾの場合、運悪くそんな運命に転落する可能性は大いに在り得ることだった。
「・・・?」
アッサリと裏仕事を放棄しようとするシェゾに対して、目付け役のアイギスは無言だった。
鳥のまま、冷めたような様子でレイドが去った方向を見つめている。
「アイツがどうかしたのか?」
『別に? まぁ、あの男に関してはあまり気にしないことですね』
読み取れない表情でアイギスはそれだけ言うと、スイと夜闇へ姿を消してしまった。
彼女が消えると、風と共に俄かにざわついた屋敷の気配が急に大きく感じられるのだから、不思議なものだ。
結局、セリアはやはり図書室で見つかったらしく、アイギスはそれきり戻ってこなかった。
夜の騒動はそれまでで終わった。