「悪い予感は当たるモンです」


 部屋の外で、レイドとマリアが激しく言い争うのが聞こえてくる。どうやら見舞いに来たレイドを、マリアがいつもの理由で追い返そうとしているらしい。例のサザンの騒動以来、マリアやエルダによる部屋の管理は一層厳しくなったようだった。・・・抜け出すのにも、苦労する・・・
「・・・レイドは大丈夫なのに」
 ボソリと部屋の中で呟いてみても、自分の声はマリアに遠く届かない。
 そんなに調子が悪いわけでもない時まで、見舞い客を片っ端から追い払うマリアなんか、セリアは嫌いだった。
 でもマリアは白魔導士で、「病気」に関しては屋敷で一番詳しい。薬もマリアじゃないと調合できない。マリアは氷の魔法を少し使えるから、少しの間なら自分と話が出来るんだって、いつかエルダが言っていた・・・。
 マリアとは話は出来るけど、嫌い。レイドやシェゾは話も出来て、好きだけど・・・多分、あの人たちは僕のことはあんまり好きじゃないんだろう。だから、話せるんだと思う・・・。なんとなく、そんな気がする。
 ・・・嫌いな人となら、僕は話せるんだろうか。
 嫌な病気。本当に嫌な病気。嫌いな人となら話せるのに、好きな人とは話せないなんて。会えないなんて。僕が好きで、相手も僕が好きな人と話をすると、身を裂かれる思いをするなんて・・・

『かわいそうだね、こおりの女王』

 僕はあの時、女王の気持ちをどれだけわかってたって言うんだろう?
 大好きな人に会えないことが、会いたいのに会えないことが・・・
 会ったら胸が引きちぎられてしまいそうなる不安と恐怖と。それでも会いたい気持ちがこんなに苦しいなんて
 僕は、どこまでわかってたっていうんだろう・・・・・・
「父さん・・・」
 女王も、こんな風に、どうしても寂しい夜に、旅人の名前を呼んで寂しさを紛らわそうとしたんだろうか。
 夜に輝く月の光や、星の光に、自分の願いを託したこともあったかもしれない。
 静かに通り過ぎる夜風にも、自分の不安を聞いてもらおうとしたのかもしれない。
 会いたいよ・・・会いたいのに・・・・・・!
 人の心に触れられないことが、こんなに不安で怖いことだなんて・・・
「もう、イヤだ・・・!! ・・・・・・苦しいよ・・・」
 僕は氷の女王みたいに強くない。
 旅人がキレイな花を摘んできたら、花なんか氷の魔法でズタズタに切り裂いてる。
 楽しい話をしようとしたら、その声が聞こえないくらい大きな音で城の中を埋め尽くす。
 高価な宝物なんか、全部砕いて旅人に投げつけるに決まってる・・・!
「父さん・・・エルダ・・・セイ、ジ・・・」
 セリアはリボンを見つめて願った。
「・・・早く、助けて・・・・・・助けてよ・・・」
 目の前には、姿身があった。自分が物を投げても割れないように、特殊な加工を施した鏡。
 デイビス古美術店で加工してもらったという鏡の効果は絶大で、どんなにモノを投げてもこれだけは決して砕けたことは無かった。
 肩で息をしている自分が、暗い鏡の向こうにいる。
 醜く、歪んだ、髑髏のような表情。・・・氷の女王、・・・なんかじゃない。醜い、魔女のような、最悪の。
 自分のキライな方の『氷の女王』。勇者と女の人の放った炎に巻かれて、消滅の瞬間、彼らに呪いの言葉を吐く怪物モンスター
 人の優しさそのものが理解できない、悪魔のような。いや、悪魔そのもの。
「もう・・・イヤだ。イヤだよ・・・僕は・・・」
 錯覚だったのだろうけれど、鏡の闇の奥深くから、銀色の髪の人が浮かび上がったように見えた。彼は、自分に向かってもう一度言う。

『お前がそうなんじゃない。お前は今でも変わらず屋敷の連中が好きなはずだ、違うか?』

「そうなの・・・? 僕にはわからない・・・会いたくないんだ、もう・・・あいつら、なんかに」
 そんなのイヤだ・・・イヤなのも本当。会いたくないのも本当。
 本当にこれは、“氷の女王”の心なの? 本当に僕は、父さんたちが好きなの・・・?
 ・・・もう、どれが僕の気持ちなのか、わからない・・・わからなくなって・・・・・・
「助けて・・・」
 細いリボンを握り締めて願う。ここ最近だけで、何度目になるかわからない、早く治って欲しいから、と――――――

「!!?」

 突然、扉の向こうからの、押さえ込まれるような圧力に気づいた。煮えたぎるような熱い足音と、静かな「声」。
 小さな「声」だったが、間違いなかった。真っ直ぐ、自分の方へ向いている。
 いつの間にか、レイドとマリアの言い争いは終わっていた。彼らじゃない、近づいてくるこの「声」は・・・!
 立っていられない。足がすくむ、恐怖そのものが近づいてくるような。
 かわす方法も、抵抗する方法も、僕は知らない。どうすればいい? どう抵抗する? どうすれば逃れられる?
 再び、鏡の向こうの彼が言った。

『オレだったら? オレだったら、逃げるだろうな。旅人から徹底的に』

「―――――ッッ!!」

 セリアは、扉が開く前に、後をも見ず窓から部屋の外へ飛び出していた。

 

 

「―――――セリア?」
 扉を細く開けた後、アルベルは息子の名を呼んだ。
「あの子は・・・また、いないのか」
 カーテンが風に揺れていた。窓の向こうには白い巨塔。あの複雑な装飾を伝って、いつものように少年は夜の庭へ飛び出した―――――――見ていなくても、手に取るようにその様子がよくわかる。
 アルベルは、ため息をついて言った。
「最近は、扉をそっと開けて様子を見ることも出来なくなったようだ」
「旦那さま・・・」
 傍らで、セイジが気遣うように声を落とした。
「いつものように、ゆっくり探してやってくれ。くれぐれも、心配したと口にしないように」
「はい・・・」
 アルベルは、また静かに扉を閉める。
 暗い空間に配置された小さな家具は、主の不在に気づいていないかのように静かにそこに佇んだままだった。

 

■      ■      ■

 

「?」

 ―――――何だ?

 何か・・・変な感じがする。

 ――――――――

 ・・・? 誰だ? 何か、言ってる・・・

 ――――――――――。

 オレを、呼んでいるのか・・・?

『どうしました?』
 「声」とは全く別の異質な声に、シェゾはハッと顔を上げた。
 途端に、見慣れたような(そうでないような)金色のマスクが目に飛び込んできた。
「いや、・・・お前、今 呼んだか?」
『何度も呼びましたよ。裏仕事は進んでいるのか、聞こうと思って・・・』
 アイギスは、妙な様子もなく即答した。
「・・・いや、もういい。たぶん、お前じゃない・・・」
『は?』
 それはシェゾにも解っていた。「声」は、明らかにアイギスの声ではなかったからだ。どちらかというと―――――
「さっき、お前じゃない誰かに呼ばれたような気がしたんだが・・・」
『? 誰が?』
 アイギスもシェゾに習って、シェゾ以外の人間がいないはずの廊下を見渡した。―――――もちろん、誰の気配も感じない。当たり前だ、人の気配が無いことを確認してから、アイギスとともに部屋を出たのだ。何かの気配があれば、アイギスはシェゾより先に気付いて怪しまれぬよう鳥の姿に変化しているに違いない―――――
 本日、2日飛んでの裏仕事。夕食を部屋で摂っていたシェゾの元に、黒い鳥が窓から舞い込んだことによって俄かに始まった召喚器探しだ。相変わらず、女魔族とのかみ合わない会話に付き合いながら、やる気なく中庭へ出ようとしている。
「だから、それが分からんから悩んでるんだろ。それに、少し気になることが・・・」
 シェゾは、今しがた聞こえてきた『声』のようなものを、何とか真剣に思い出そうとした。

 さっきの「声」、―――――昼間のあの『呼び声』と似てはなかったか?

 一瞬、「剣」の意志と紛いかけた、あの闇からの「声」。まるで、『少年の、力を奪え』と自分を召喚さそっているかのような・・・
 とは言え、遠くから流れてくるような『呼び声』はもう聞こえない。悩もうにも、その悩みのタネがあまりにも曖昧すぎた。シェゾは早々に頭を切り替え、目の前の「現実」に目を向けた。
「で、お前は何用なんだ」
『だから、仕事の進み具合を聞いてたんですってば』
「・・・昼間の仕事は、まぁ順調だ」
 シェゾは、昼間の執事に伝える仕事状況とほぼ同じようなことを言った。
 もちろん、それで済むはずはないのだが。
『それはなにより。で、裏の仕事は?』
「聞くのか」
『ダメみたいですね』
「オマエにしては、イイ勘じゃねぇか」
『悪い予感は当たるモンです』
 あかん、話が進まん。
 相変わらず、先に魔族との半漫才調子についてゆけなくなったのはシェゾの方だった。軽く頭を抱えて、少し悩んだ。それでも、判断は早い。
「・・・・・・。お前、少し外で待ってろ。すぐに追いつく」
『聞こえた“声”とやらが、気になりますか』
「別に。単に、別のルートで外に出てみてもいいと思っただけだ。まぁ、特に何も無いと思うが・・・」
『構いませんよ。では、後ほど』
 アイギスは素早く鳥の姿へと変化し、手近な窓まで飛ぶと器用に鍵を開けてふわりと外に飛び立っていった。

 

 誘われるように、シェゾは迷うことなく中央棟に近い広い階段を降りていた。西の棟と違って、中央棟は東の棟と同じくらい人通りが多い棟なので、シェゾはあまり使おうと思わない。ただ、この階段を使わなければ行けない部屋もあった。2階の図書室などがそうだった。

 中2階まで降りた時、2階の通路を小走りで通り抜けようとする影に気付いた。意識的に足を止めて、こちらに気付いていないはずの影を確認する。―――――――セリアだった。
(あの、ランプを点けることを怠った暗い通路は・・・)
 セリアが駆け抜けようとしている通路は、図書室へと続く通路だ。西棟の2階はレイドの管轄階で、普段はほぼレイドくらいしか通らない。レイドは魔導師なので、いちいちランプを点けるより、光魔法“ライト”を唱えた方がラクなのだろう。それもあって、あの通路は屋敷の中でも一段と暗いことをシェゾは知っていた。
 まだ、夜中というには早い時間帯だが、それでも夜には違いない。闇に紛れて、セリアはまた抜け出してきたのだろうか・・・
 シェゾにセリアを無視してやり過ごすつもりだったが、それより先に向こうに気づかれてしまった。
 セリアはハッとしてシェゾを凝視し、小さく声を上げた。
「・・・うわッ」
 ――――― 一応、「無意識に」だったとはいえ、気配は消していたつもりだったんだがな。
 さすがにこうもアッサリとバレると、彼の持つ「力」に文句のひとつも言いたくなる。
「え、あ・・・ちょっと、図書室へ行こうと思って」
 黙って行けばいいものを、セリアは通路の向こうでぎこちない言い訳を始めた。
「本なら、自分の部屋にもあるだろ。それともレイドに、何か用かなのか」
「ううん! ホラ、あの時の、絵本。『氷の女王』。あそこに、忘れてきちゃったみたいでさ・・・」
「アイツに探させればいいだろ」
「いいんだよ! 僕が忘れて帰ったんだから、自分で取りに行くんだ」
「・・・・・・」
 “隠す”ことや“幻惑”が得意な、夜闇の影響もあったのだろう。一瞬だけ、セリアの表情が意志の強い誰かの表情とダブったような気がした。
 暗闇の中で、少年の表情は判らない。だが、彼の声も昼間よりはハッキリと聞こえてよく透る――――キライじゃない、こういう声は。穢れのない、柔らかで真っ直ぐな音だ。
 どんな力にも屈しない力強さ。それは、とても病を患っている子どものものと思えないほど。
「な、何だよ」
「いい力だ」
 一言だけ、そう言った。言葉足らずは承知の上だ。伝えようと思って言ってるわけではないから、当然だ。
「・・・え?」
「何でもねぇよ。用が済んだら、大人しく部屋へ戻るんだな」
「・・・わ、わかってるよ」
 そう言って、セリアは少し訝しんだが、また元の通路を小走りで駆け抜けていった。
「ったく・・・」
 まぁ、どうせこの屋敷で自分は客人の身だ。無理に引っ張って、彼を部屋へ連れ戻す義務は無い。
 何より、アイツにあの部屋は似合わない。アイツはもっと自由にすればいいと思う。病を患っていようが、一部の氷霊に愛されようが、アイツは小さくとも自由な羽を持つ白い鳥。誰にも縛られることなく、また如何様にも形や色を変えることの出来る純白の「力」を持つ者だ。
 定められた運命の中、ただひたすらに決まった「力」を振い続けることを「約束」された者とは、根本的に違うのだから。

 

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