贈り物
なぜ言いつけを守らなかったのかを問い詰められたセリアは、シェゾとレイドに出してもらったと言ったらしい。
セリアとしては、その場しのぎの言い訳だったのだろうが、これをマリアは信じたようだ。結局シェゾは、レイドとともに散々マリアに厳重注意を受けた後、疲れた足でアルベルの部屋へ赴くことになった。
「マリアに、絞られたらしいですな」
デスクの向こうで、3日くらい前にシェゾがルビウスに叱責を食らったときのように、アルベルはイタズラっぽく笑っていた。が、やはりその笑いに張りはなく、疲れがにじんでいた。無理も無い、自分の息子のことで散々心配をかけさせられているのだから。
心苦しいことでもあるが、同時にアイツが勝手に抜け出しただけで、なんでオレが叱られなければならないんだ、という気持ちが無くもない。
しかし、それを説明する気力も無かった。ヌレギヌや身に覚えのないことでブチのめされるのは既にいつものことだし、それを何処かで諦めている自分もいた。この場合なら、いっそセリアを誘拐した悪党として解雇された方が自分に似合っている気もする。・・・なんの手柄もなく解雇されてやったら、魔王に対する当て付けにもなるし。
シェゾは、半分諦めにも似た感覚で、手っ取り早く話を終わらせることにした。
「セリアを連れ出して、・・・悪かった」
先刻マリアにもやったように、一応頭を下げておく。しかし、アルベルは途端に「はぁ?」という顔をした。
「貴方が連れ出したのですか?」
「あ? いや、もーそうなってるらしいんで、・・・弁解も面倒になって」
いい加減なことを言うと、アルベルは呆れたような表情になってしまった。
「なんとまぁ・・・顔のとおり、損な性格な人ですねぇ。シェゾさんて」
「なんだと?」
「貴方がセリアを連れ出したわけでないことくらい、わかりますよ。セリアの抜け出しグセは、何も今始まったことではないのです。おおかた、貴方が自分の部屋の近くで仕事をしていることを誰かに聞いて、興味を持ったというところでしょうな。マリアは少々早とちりなところがありますからな・・・私からも、後でよく言っておきます」
「・・・・・・」
「シェゾさん。抵抗や弁解を面倒がっていては、いらぬ罪まで被ることになるんですよ。真実など本当に脆いものです、少しでも油断すれば一瞬で歴史の砂に埋もれてしまう。埋もれてしまった真実が、どれほど大切なものだったかがわかるのは、ずっと後になってからのこと」
アルベルは、いつもの好奇心に満ちたキラキラした瞳とは打って変わった、もどかしさと悔しさを秘めたような瞳をしていた。
「一度埋もれてしまった真実を再び掘り起こすのは、・・・後になればなるほど難しい。二度と取り戻せないものもあるのです。歴史を研究してきた私には良くわかる。掻き消された歴史のカケラを再び組み合わせるのは、本当に容易でない」
「そりゃ・・・すまんかったな」
居心地の悪さを感じて、シェゾは目を逸らした。これ以上、見ていられない。セリアにもよく似た真っ直ぐな目が、シェゾは一番苦手だった。
「あ、いえいえ。謝るのはむしろ私の方・・・なにやら出しゃばったことを申し上げてしまいましたな。気になさらないで下さい。さて・・・」
アルベルは、デスクの引き出しから金色の鍵を取り出した。
「見せたいものというのは、実はこの部屋のことなのです。レイド、お前も入るのは初めてだったね」
「ええ」 レイドはシェゾの背後で短く答えた。
不思議なことに、レイドはずっとそこにいたはずなのに、シェゾはレイドが今突然そこに現れたように感じた。・・・シェゾもそうだが、この男もまた存在感というか、気配を周りにあまり感じさせない術を持っているようだ。旅慣れた魔導師だそうだが、その肩書きは確かに伊達ではなさそうだ・・・
アルベルは部屋の端にある小さな扉の前に立った。いつも閉まっているワリには、頻繁に開けられているような扉だった。
「どうぞ、お入りください」
「邪魔をする・・・」
部屋に入ったシェゾは、中に置かれたモノの多さとその意外さに驚いた。
オモチャ箱のようだ。
木馬やシーソー、小さなメリーゴーランド・・・色々な子ども用の玩具が所狭しと並べられている。
「すごい数の玩具ですね。花の数も多いようですが・・・」
花の全ては長く保存させるためか、乾燥させるか、押し花のようにひとつの絵として壁という壁に飾られていた。
「・・・アイツ・・・、セリアの部屋か・・・?」
玩具の多さに、シェゾはそう言ったが、アルベルは少し悩むように言った。
「いいえ、未来の・・・とでもいいますか」
言いながら、アルベルは奥のカーテンを開けた。広い部屋いっぱいに、たくさんの玩具や絵本が輝いた。
「これらは、今まで私や使用人たちが用意した、あの子への見舞いの品ですよ。レイド、君が旅に出て、しばらくして作った部屋でね・・・ちょうど、あの子の病気が酷くなってきた頃だ・・・」
「これ、全部か?」 シェゾは、天井の隅々にまで張り並べられた絵や彫刻の数々を眺めながら聞いた。
「もちろんです」
アルベルは即答した。「病気が治ったら、まとめて贈ってやるんですよ」
「そりゃ、本当は今すぐにでも病に苦しむあの子に与えてやりたいですよ。何も出来ない私たちへのせめてもの心づくしで、あの子の苦痛が少しでも和らぐのならね」
「・・・・・・」
「しかし、悔しいことに・・・これらの品は、今の息子にとって病の苦痛を助長させるものでしかないのです・・・」
「・・・そうですね」
レイドは、どう感情をこめてよいかわからぬような言い方をした。まぁ、この男はいつでもそんな感じだが。
アルベルはレイドの言葉に頷いて、ため息と共に嘆いた。
「・・・『氷霊の嫉妬』とは、なんと無慈悲で理不尽な病なのか! 私は、今までこのような理不尽極まりない病を聞いたことが無い。病の特性を知ったとき、私は愕然としましたよ・・・そして憤りました。たった一人の息子が奇病で苦しんでいるときに、親の私が何もできず・・・見舞いひとつしてやれないなんて!」
アルベルは、今、部屋の奥から全ての品を見ているのが何故自分なのだろう、と思っているに違いなかった。うな垂れて、悔しそうに、最後には絞り出すようにして言葉を繋いでいた。
「・・・不安で・・・怖くて仕方ないだろうに・・・どれほど自分の先の見えぬ未来に、ひとりで怯えているのかと思うと・・・息子に会ってもやれない自分が腹立たしくて仕方がない!」
彼にしてみれば、息子の発病以来、何度も経験してきた嘆きなのだろう。アルベルは、そのまま慣れ過ぎて疲れてしまったように肩を落とした。
「・・・しかし・・・どれほど怒りに身を任せたところで、どうしようもないことです・・・。私が心配すればするほど、傷つき、苦しむのは他でもない・・・あの子なのですから・・・」
アルベルは、部屋の最奥で一際大きく輝く白い鳥の置物を撫でた。
たぶん、アルベル自身の「息子」への贈り物だ。尋ねなくとも、それが判るような気がした。
蒼の溶けそうな純白な羽だった。どんな色にも容易に染まりそうな儚い色なのに、それでもなお力強く輝く白い色と、今にも羽ばたきそうな純白の羽は、彼の持つ自由な「力」を象徴しているかのようだ―――――
アルベルは言った。
「私に出来ることは、ただ・・・こうして受け取り手のない見舞いの品を、毎日のように集めては眺めて過ごし、1日も早くこれらが息子の元へ届く日が来ることを願うばかりなのです」
「・・・・・・・・・」
白い羽とアルベルと言葉に、昨夜の『うるさい』と人を拒むセリアが再び思い出された。しかし、今度の記憶はもう、「セリア」と「自分」を“似ている”ように見せなかった。シェゾは、今やっと「彼」と「自分」とが全く別の世界に生きる存在だということを、確かめたのだった。セリアに、本来なら届くはずの人の心が、この部屋に数え切れぬほどあるではないか。
人を拒みながらも、人からこれだけ愛されるセリア。人の心の数だけ、染まるべき色がある彼の「力」。
やはり、アイツとオレは違った。
解りきったことが、また頭に響く。何度でも。『氷の女王』に、届かない想いを募らせる「旅人」がいたように。
彼にもまた、世界中から光り輝く宝石を集める「家族」が在った。嫉ましいわけでも、羨ましいわけでもない。もっと静かで、ある意味、安堵に近い感情だった。
違うと思いながら、何度かそう思ってきた。
アイツと自分が同じなのではないかと。
他人を拒んだ末、自分の心を忘れ去り、自分に宿る「力」の意思こそが、自身の心そのものにとって変わられる可能性。それが、自ら望んで受け入れた定められた運命ならまだしも、セリアはそうでないのだから―――――どんな色にも染まる白い羽を、自ら闇に染めてしまうようなことに、なってはならない―――――シェゾはそう思っていた。―――白い鳥、小さな羽根は光に満つ。闇の気配、未だ歩まず。しかるに秘密に溶けた暗黒の色、鈴の音に紛れて羽根を染める・・・・・・
(―――――杞憂ってヤツだったな)
シェゾはそれを確かめて、小さく笑った。
アイツの羽は染まらない。何色にも。この部屋に、たしかな様々な心が在る限り―――――「なぜそんな話をオレに?」
ふと、疑問に思ってシェゾはアルベルに聞いた。
アルベルは、ハハと笑ってそれに答えた。彼にとっては、ひどく単純な質問だったらしい。
「レイドもそうだが、貴方はこの屋敷でセリアと話をしていただける数少ない方ですからね。・・・それにセリアに好かれている」
レイドも、少し困惑したようだ。言葉に窮した表情ではあったが、まんざらでもないようにも見える。ズレた眼鏡と相まって、ヘンな顔だった。
アルベルは、レイドと同じく多少面食らったシェゾに言った。
「シェゾさん、どうだろう。よければ、この屋敷で」
「悪いが」
シェゾは、アルベルの言葉を半ば反射的に遮った。
アルベルは、レイドと同じようにシェゾにも屋敷に居て欲しいと願い出るつもりだったのだろう。
言うまでもなく、セリアのために。――――しかし、だ。
それは逆効果というヤツだ。自分のような人間こそ、セリアに近づくべきじゃない。それが、シェゾには良くわかっていた。ただ、アルベルにそれが伝わるはずもない。
アルベルは、単にシェゾがこの屋敷を仕事場だと割り切っているのだ、と解釈したようだった。
「・・・わかっております。ですが、せめて鑑定の仕事が終わるまでは・・・ね」
セリアの父親はそう言って、少し残念そうに笑った。