当然と不当


 6日目


 朝、見事にレイドの姿はなかった。
 朝食には相変わらずシェゾは遅れて行き、テーブルの隅にややそっぽを向いて着く。アルベルやルビウスの他愛ない話を聞き流しつつ、エルダやセイジに短く仕事の進み具合を報告する―――――ここ数日で定着しつつある、シェゾの屋敷での朝の光景だった。
 昨夜の会食では、ややうな垂れ気味だったアルベルは、もういつもの調子に戻っていた。
 アルベルの古美術に関するどこで聞いたのやらわからない無駄話を聞き流しつつ、シェゾはアルベルの左隣の空席を見る。ここ数日、ずっと形だけのレイドの席だ。セリアや、それを看るマリアの席が空席なのは仕方がないとして、なぜコイツの席までいつもいつも空いたままなのか・・・
「レイドですか。まぁ、元々がすでに素っ気のない男ですからな。私も、何度か部屋に招いているのですがね・・・」
と、聞いてもないのにアルベルは言った。
「今日は何か街の方に用事があるようで、早くに出てしまいましたよ」 エルダだ。
「何、ちょっと夢中になることがあると、すぐにこれなのです。私とて、レイドをこの屋敷に住まわせるようになってからも、何度無断で旅に出られたことか・・・。まぁ、大概ふらりと帰ってきては、たくさんの土産話を聞かせてくれるので、私もうるさくは言わないのですがね。あの男に関しては、もう勝手にさせておくほかないでしょうな」
「旦那さまも、あまり人のことを言えませんからな! ハッハッハ」
「そうだな、ルビウス。私もあまり他人にうるさく言われるのは嫌いだ、はっはっは・・・」
 何気に失敬かつ無責任なことを言い出す中年男2人を、冷静に眺めるのはシェゾやエルダだけではない。
「どちらかと言うと、シェゾさんもあまりに他人に干渉されるのを嫌う方ではございませんか」
 静かに、しかし核心を正確に突いてきたのはセイジだった。
「そうだな」
と、シェゾは短く言ったが、内心この老人は周りをよく見ている、と感心していた。
「セリアさまは、今朝は落ち着いているようでしたよ」
 鋭いセイジは、シェゾがレイドの席と同時にセリアの空席も気にしたことに気づいていたらしい。
「・・・なるほど」
 シェゾは、納得した。アルベルが昨夜より元気なのは、たぶんそのせいもあるのだろう。
「ですが、今日は大事をとって外出を控えさせることになりました」
「そうか。・・・まぁ、昨日の今日だからな」
「はい。昨日はずいぶんと内輪事で騒いでしまい、迷惑をかけましたな。お仕事に支障はなかったですか」
「ああ、心配するようなことはない。順調だ」
 優秀な老執事は、それでも客人に対する気遣いも忘れない。そのくらいの器量が、この老人にあるわけだ。
 息子が奇妙な病気にかかっても、アルベルがある程度気丈でいられるのも、エルダやセイジを初め、あらゆる人間の支えが屋敷中に溢れているからなんだろう。
 たった一人で全てに立ち向かう必要のない彼らは、シェゾにとってあらゆる意味で遠い存在だった。
 シェゾは、ふとそんなことを感じて、ぼんやりと考える。

 自分は、他人に干渉されるのを嫌うのではない、のかもしれない―――――と。

 いや、確かにそれが好きだとは言わないが―――――
 今、自分がこうなのは、他人に干渉されるほど近いところに他人がいないだけではないのか、と思ったのだ。
 干渉されることを恐れ、干渉される範囲に他人を置かないよう『うるさい』『近づくな』と他人を拒んでいるだけだとすれば? ―――――

(セリアと、あまり変わらんな・・・)

 妙なモノで、今それに気づいたわけではないハズなのに、シェゾは今初めてそう思った。しかし、もちろんすぐに否定したが。

 ―――――違う、な。

 シェゾの冷めた頭は、さっさとそう判断した。
 自分とセリアは違う。昨日、そう納得したばかりだったことを思い出した。 

 ・・・セリアは、「力」在る者だが、決して魔女や魔導師の類ではない。彼は、間違いなく『人間』だった。彼に、人を拒む『自由』はあっても、人を拒まなければならない理由は、何一つない・・・・・・
 対して自分は、おとぎ話の孤独な女やセリアのように、同情されるほどの価値を持つ存在でなかった。それは、呪われた力を自ら望んで掴み取った過去が、それをよく物語っている。
 過去の彼方に置き去りにしてきたはずの、灰色の記憶。「彼」は自ら、闇の匂いが染み付く禁忌の扉に手をかけた。
 それは、望まぬ力を不意に手に入れ、それでも今なお純粋な「力」を持ち続けるセリアと同じにしてしまうには、あまりにもお粗末な過去だった。
 自分と、彼らと同じにしてしまっては、あまりにも単純と言うものだろう――――

「そうだ、セイジ」
 ふと思い出してそう言った瞬間、シェゾは、さっきまで考えていたことをすっかり忘れた。
「なんでしょう」
「今日も、あの部屋を借りていいか」
「東の棟の?」
「ああ、昨日の続きをあそこでしたい」
「わかりました。ウィリアムにも、そう伝えましょう」
 朝は、そんな執事への義務的な報告だけで済んでしまった。

 今朝は、昨日の雨が不思議なくらい晴れ上がっていて、本日もまた夏の暑い日差しがキツイ1日になりそうだった。

 

■      ■      ■

 

 執事がどれほど優秀だったところで、今日のシェゾの仕事が楽になるわけではなかった。
「のヤロゥ・・・」
 面倒な仕事を押し付けた魔王を罵倒する前に、今日の矛先はレイドに向いた。
 あの男、昨日は真夜中まで屋敷をうろついてやがったクセに、よく朝っぱらから街まで出ていられるものだ・・・。
 相変わらず寝不足で頭の良く回らないシェゾは、そんなことしか考えない。
「やっぱり慣れないよねぇ、屋敷の廊下って」
 部屋に入って開口一番、ウィリアムがぼやいた。昨日、離れに残した書類を持って来させただけだ。昨日と同じで、屋敷の中で仕事を手伝う気はないらしい。離れから部屋まで大した距離ではないのに、ウィリアム老人は大げさにため息をついていた。
「そんなに屋敷の中が苦手なのか」と、シェゾはウィリアムを見ずに言った。
「だって昼間だって言うのに、なんだか薄暗いしさぁ・・・。どっかひんやりするし」
「屋敷なんてそんなもんだ。それに夏なんだから、その方が快適だろ」
「そうだけどさ、ちょっと気味が悪い感じがするよ。ムシ暑いけど、離れの方が性に合ってる。やっぱり、貧乏性なんかねぇ」
「・・・・・・知らん」
「ここに来るまで、2回も迷っちゃったよ。やっぱりセイジさんに任せちまうんだった」
 休憩と言いながらしばし仕事をサボり、パイプを吸っていたウィリアムは、何気なくシェゾの仕事道具(未鑑定ガラクタ)を漁りだした。珍しいものが多かったのだろう。ほーとかへーとか言いながら、次々とガラクタを取り出しては、シェゾに「コレは何か?」と聞いてきた。
 初めこそ、中央大陸の辺境の遺跡で見つかった壷だろうとか、東の大陸の祭りで使われた銅器なんじゃないかとかテキトーに答えていたシェゾだったが、皮ひもで吊るされた半月形の鏡を取り出された時は少し目を見張った。こんなガラクタの中から、まさか“魔導器”に近しいモノが出てくるとは、正直思っていなかったからだ。
 シェゾは、しばらくその鏡を眺めた後、答えた。
「多分、『魔除けの鏡』か何かだ」
「魔よけの鏡?」
 シェゾは、仕事を続けながら言った。
「つり革の部分に、ゴーゴンの革が使われている。西果ての騎馬民族が使っていた生活用具のひとつだ・・・西果ては、昔からアンデットモンスターの根城が多い。・・・魔物との戦争が絶えなかった地域だ」
「へぇ」
「ゴーゴンの革はドラゴンの鱗ほどではないが、魔術への防御能力が高い。鏡もあらゆる魔物の特殊な攻撃を跳ね返すことが出来る・・・魔導器の発達が遅れていた頃の戦争には、戦士が必需したアイテムなんだ。似たようなものを、ウェストエンドの古具屋で見たことがある・・・」
「こんなので、本当に魔物から逃げられるのかねぇ」
 ウィリアムは目を細めて、磨かれた鏡をまじまじ覗き込んでいる。
「気休め程度だっただろうがな。それでも、ゴーゴンの革に魔力が充分にあれば、魔物の毒くらいは防げただろうよ。あとは、使い手の器量次第だろ」
 答える間に、シェゾは3つのガラクタを仕分けし終わっていた。この仕事も今日で6日目、手馴れたものである。
「西果てといえばさ・・・」
 ウィリアムがパイプをふかしながら、ふと遠くを見る表情をした。
「ん?」
「あそこ、魔女の噂でも有名だよねぇ」
「―――――まぁな」
 シェゾは、短く答えた。
「ひと昔まえまで“魔女狩り”とかでずいぶん騒がれたの、覚えてる」
 血なまぐさいことさえ、のほほんと言ってしまえるのが老人の怖いところだ。
「・・・あぁ、まぁただの噂だ」
 シェゾは短く言った後、言葉を選んだ。
「魔導師もそうだが・・・魔女や魔物への迫害は、いつの時代でもあるもんだ・・・。戦争も、あまり知られていないだけで、各地で何度も起こってる。ただ、ルーンロードが滅びた時代以降のそれが一番有名で最近だってだけの話で、格別“魔女狩りそれ”が珍しいってわけじゃない・・・」
「そう、それ。その時代。ずいぶん抵抗されたんだってね。大陸を追われたって、聞いたよ」
「よく知ってるな」
 シェゾは素っ気なく言った。虚偽か真実かはこの際問題ではなかった。ウィリアム老人にとってもそうだったらしい。
「魔女が西の大陸に住むことくらい、子ども用の絵本にも出てくる話さ。色んな噂を聞くよ。事実かどうか知らないけどね・・・」
と、ウィリアムはやはりのほほんと言った。
「普通の人間は、その“ただの噂”を鵜呑みにするんだがな」
 シェゾがあえて遠回り言い方をすると、ウィリアムもまた曖昧な笑い方をした。
「噂は、真実の全てを語らないもんさ。――――旦那の受け売りだけどね」
「・・・・・・?」
 俗人らしからぬ、ウィリアム老人の悟ったような笑みだった。黒真珠のような瞳が、やや鈍く光っている。
 そういえば―――ウィリアムの言う『旦那』――――あのアルベルも、時々こんな笑みを浮かべる――――
「あ、煙草が切れちゃった」
 パイプを覗いて、ウィリアム老人は残念そうに言った。
「仕事に戻んないとね。面白い話だったよ、ありがとう」
 そう言って鏡をシェゾに返し、ゆっくりと部屋を出て行った。
 微妙なタイミングで会話を離れたウィリアムだが、それは単にチャーリーとリーマスが、そろそろ荷物のぶつけ合いを始める頃だったからかもしれない。
「・・・・・・」
 部屋を出てゆくウィリアムの背を眺めながら、シェゾは(別に忘れていたわけではないが)自分もまた魔女に近しい『闇の魔導師』であることを思い出す。

 魔女・魔術師・魔物・魔族―――――人はなぜか、昔から“魔”に属する者たちを恐れ続ける。戦争だって耐えない。
 彼らは「悪魔」の力を借りる者たちだから?
 「人間」が持つはずのない、得体の知れない「力」を持つ者だから?

 魔族の王に言わせれば『それは違う』らしいが―――――大半の人間が「そう」考えていることは事実だった。
 古代から続く、魔族と人間との戦争は、神に運命付けられたものだと言う人間すらいる。

 そして―――――禁忌の扉を開き、その「力」を得てしまった「人間」は、魔導師として崇められ、そして時に魔物と同じように恐れられた。歴史の中には、魔導師たちと人間の戦争も少なからず存在する。

 有名なものは、闇の魔導師ルーンロードの侵略と戦争。彼が破壊したといわれる廃都ラーナの勇者伝説を始め、彼は多くの物語を歴史に残した。そしてその歴史は、やはり人々にとって魔導師もまた“魔”に属する者だったことを、切々と語り続ける―――――魔導師かれらは人に崇められ、恐れられこそすれ、決して人から愛される存在ではなかったことを―――――

 

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