コレクター魂


 5日目


 朝。

 本日の仕事は、東の棟の一室で行なうことになった。丸2日かけて、アトリエの内外に積み上げられた品を、なんとかリストで把握しつつあったシェゾは、書類の整理くらいは涼しいところでやりたいとアルベルに申し出たのである。アルベルは二つ返事でシェゾの申し出を承諾し、東の棟の3階の空き室を提供してくれた。
 一応言っておくと、シェゾは別に一昨日の夜に確認した巨塔の入口を探るためなどに、屋敷の中へ仕事場を移してもらおうと画策したわけではなかった。シェゾが仕事場の変更を願い出たのは、ただ単に「離れのアトリエ」が(色んな意味で)ムサ苦しいためだった。そしたらたまたまアルベルが巨塔に近い一室を用意しただけであり、シェゾがその一室と怪しげな白い巨塔が目と鼻の先にあることに気づいたのは、その部屋へ案内されてからだった。

 部屋を無事陣取ったシェゾは、窓を開けて外を見る。
 連夜、何度となくウロウロした中庭がよく見渡せた。そして、同じ窓から目と鼻の先に例の巨塔が天高く聳え、その付け根が見事に東の棟と隣り合っている。一昨日の夜、怪しい女魔族と共にすげぇやる気なくあの辺りに佇んだ記憶が蘇った。

 ・・・結局あの女魔族、昨夜も部屋に来てたんだろうか? 昨夜、深夜を随分まわってから部屋に戻っても、魔族の気配は微塵にも感じなかった。たぶん、来てなかったんだろう(根拠はない)。
 シェゾが屋敷に乗り込んで、早5日目である。鑑定の仕事は曲がりなりにも一応順調だというのに、裏の仕事は全くと言っていいほど進んでいない。・・・・・・こんなことでいいのか。

 ウィリアム老人は結局最後までのらりくらりと屋敷の中での仕事を手伝うことを拒んだ。
「わたしのナワバリは、中庭から離れのアトリエまでだからねぇ。屋敷の上の方は、敷居が高くて入る気にならないよ」
 そんなことを言って、さっさと食堂のビエラとの世間話に戻ってしまった。この調子では、彼は本来の彫刻の仕事をも今日はサボるつもりかもしれない。昨日はシェゾの方がサボっていたことを暗に話題に出されて、結局シェゾは「勝手にしてくれ」としか言えなかった。
 不満顔なのはレイドだ。
「・・・私も、明日サボろうかな」
「お前がサボるなら、オレもサボる」
 シェゾは珍しく即答した。イライラしていたのである。レイドは反論した。
「ずるいですよ。大体、私はアルベルさんに頼まれて、ちょっとこっちに手伝いをしに来てるだけなんですよ。それが手伝いどころか、完全に主戦力にされてるじゃないですか」
「お前しか出来るヤツがいないんだから、仕方ないだろうが。それとも、お前あのバカどもにキマイラの牙と肋骨の区別を叩き込んでくれるのか」
 リーマスとチャーリーは、今日もアトリエでガラクタの整理だ。今頃、掃除などとうに飽きてチャンバラの稽古でもしているに違いない。
「・・・・・・遠慮させていただきます」
 2人の様子でも思い出したのか、レイドは大人しく引き下がった。
 口下手のシェゾが、誰かを口で負かすことは珍しい。明日はきっと大雨だ。
 しばらくぶつくさ言っているレイドだったが、それで仕事の能率を下げるような男ではなかったらしい。むしろ、口を動かしながらでも同じだけ手が動くところは感心する。
 そして無言で仕事を続けることに、さっさと飽きたのはレイドだった。
「そういえばさっき、セリアさんに会ってきました。相変わらず元気そうでしたよ」
 レイドは、朝の短い時間にセリアの病気のことについて、誰かに聞いてきたらしい。なかなかの行動力である。面倒臭がり屋を自称するシェゾとしては、単に感心するだけで見習おうとは思わないけれど。
「―――――『氷霊の嫉妬アイス・ジェラシス』?」
「かなり珍しい病気らしいですよ。あまり詳しく聞けませんでしたが、なんだかセリアさん、氷の精霊と相性がいいらしくて・・・そのせいで、ちょっと厄介なことになってるとかなんとか」
と、レイドは曖昧に言った。レイドはよく理解しているわけではないらしかったが、何となくその病の特徴に聞き覚えがあったシェゾは、すぐさま知識をまさぐった。
「聞いたことがあるような・・・。たしか、暖かいモノに触れられなくなる奇病」
「よく知ってますね」 レイドが驚いたような声で言った。
「まぁ、伊達に長く生きてない」
「・・・なに、ジジ臭いことを言ってるんですか。そういう台詞は1000年生きて、ようやく口にできるものですよ」
「さすがに、そこまでは長くない」
 シェゾは苦笑した。せめて100年前後なら、もう少し別の反論をしてやるのだが。
「で、どういう病気なんです?」 レイドは、仕事を続けながら聞いた。シェゾもまたしかりだ。
「オレも、そんなに詳しく知ってるわけじゃない。ただ、この類の病には魔導の理屈が少し絡んでるんでな。それで名を知っていただけだ。・・・たしか、何かの偶然で身体に氷霊か何かが憑いてしまうんだ。で、その氷の精霊というのが、色々と厄介で・・・」
 同時に、シェゾはセリアがそういう奇病にかかる可能性を考えていた。
 セリアは、“力”ある者だ。普通の人間が滅多にかからない病にも、彼なら要らぬ“力”も無意識に喚び寄せてもおかしくない・・・・
 一方で、レイドは首をかしげている。
「・・・? 氷霊は、魔導の中でも扱いやすいもののひとつですよ。術者にとても忠実で、頭がいい。人にむやみに危害を加えるようなマネをしますかね・・・」
 『忠実』『利口』―――――氷精霊を正確に知る魔導師なら、一般的にそう評価する。
 実際、高度な魔導でも暴発の危険が最も少ないのが氷魔法だった。魔導初心者の中でも、やんちゃ坊主のような炎霊を制御し切れず“ファイヤー”は暴発させてしまうが、大人しい氷霊を扱う魔法“アイス”なら上手く操れるという者も多い。しかし、だからと言って氷精霊が万能でないのもまた事実だった。
 シェゾは言った。
「まぁな。確かにアホで気まぐれな風霊や荒っぽい炎よりは、よっぽど利口なヤツが多い。だが、欠点もあるだろう」
「・・・・・・。・・・『慎重』、悪く言うと『疑り深い』?」
 やはり、レイドはシェゾの予想並みの評価をした。実力は定かではないが、少なくともレイドの精霊に関する知識は“魔導士”以上だ。シェゾは頷いた。
「ああ、オマケに頑固で臆病だ。一度決めたことはテコでも動かんし、些細なことでもすぐに自分の殻に閉じこもる。まぁ、それが良く言えば防御能力に優れているとも言えるんだが、扱いを間違うと厄介なことこの上ない」
 レイドも納得したようだった。シェゾの言葉に頷きながら同調する。
「たしかに・・・氷魔法で間違ってロックしてしまったモノを、再びこじ開けるのは容易ではないですからね。臆病で疑り深い氷精霊の心を、少しずつ溶かしてゆくしかない・・・?」
「そうだ。それでこれも氷霊の欠点だが、一度でも氷に護られた対象は、多少は温みに脆くなる。不用意に炎に近づけでもすれば、中身まで壊されちまうってことだ。かと言って、時間をかけてもいられない。時が経つほど、対象は脆くなってしまうからな」
「そう考えると、氷霊も厄介ですねぇ。で、セリアさんは・・・その厄介な氷霊に憑かれていると?」
「・・・だとすれば、確かに厄介な病気なのかもな。温みに触れることを恐れるヤツに、この屋敷の持つ属性は少々キツイのかもしれん。・・・アイツが屋敷の連中から逃げ回るのも、あるいはその辺に・・・?」
 シェゾは一瞬、自分がこの屋敷の訪れた時、夏の陽光が溢れる屋敷全体から拒まれるような感覚を覚えたことを思い出していた。緑溢れる広々とした庭園、輝くように白い洋館、シェゾは一瞬だけあの幻視画ジオラマに強い光と暖かさを感じた。深い闇や冷たい心を打ち崩すような、強い光。“氷の精霊”を宿す者も、あの光は拒むとしたらどのように拒むのだろう―――――・・・
 しかし、シェゾの傍でレイドは全く別のことを考えていたらしい。
「そうですねぇ。・・・アルベルさんに限りませんが、この街にはやたらとコレクター魂に燃えた人が多いですからね。街の競売場なんて、連日熱気に溢れかえっていますよ。あんなところに氷の塊でも置いていたら、2,3時間で溶けてしまうでしょうね」
「・・・・・・それはちょっと違うんじゃねぇか?」
 突っ込むべきかを一瞬だけ迷ったシェゾだったが、結局中途半端なタイミングで茶々を入れたに過ぎなかった。
 部屋へ容赦なく夏の日差しが照りつける中、仕事は相変わらず順調に進んでいる・・・・・・

 

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