夜の巨塔
夕食時、アルベルは元気が無いようだった。
やかましいルビウスの止まらない喋くりが、今日は妙に遠くから聞こえてくるようだ。ルビウスの話に笑って答えるのは、いつものアルベルではなく執事のセイジだった。アルベルはといえばいつもの快活さはどこへやら、グリルの魚料理に手をつけようとしてはふと手を止めるの繰り返しだ。
「・・・シェゾさん。昼間に、セリアと話をしていましたな」
ボソリと呟くように言われ、シェゾは一瞬、アルベルは誰に言ったんだろう?と思った。
「え? ああ、・・・気を悪くしたなら、もうしない」
シェゾは、生来のマイナス思考で瞬間的にアルベルが、病気の息子が得体の知れぬ自分とあまり接して欲しくないのだろうと思ったのだ。しかし、アルベルは即座に否定した。
「いえ、そういう意味ではないのです。何と言うか、その――――息子は、元気でしたかな?」
「? ああ、元気だったが」
というより、アイツは本当に病気なのかと疑いたいほどだ。接した限りで言えば、病魔の気配そのものが無かったが。
「それは良かった」
アルベルはそう言ったが、顔が全然良い表情になっていない。一応、喜んではいるようだが寂しそうな表情でもある。
気配は読めても、人の心を読むことが苦手なシェゾには、アルベルが何を考えているのかがサッパリわからなかった。アルベルはさらに意外なことを言った。
「あの子は・・・少しばかり、他人と話をしたりすることが苦手なのです」
「そうか? そうは見えなかったが」
シェゾが、かなり変な顔になったからだろう。アルベルは慌てて笑った。
「ああ、そういう意味ではないのです・・・。そう、そういう意味では・・・。なに、気になさらないでください」
「・・・・・・? アイツは、かなりおしゃべりだったと―――思うぞ」
アルベルは、シェゾの声が聞こえていないようだった。なおもシェゾには意味不明の独り言を呟き続けている。
「・・・そうか・・・。シェゾさんは、大丈夫なのですなぁ」
シェゾのグリルはほぼ全て平らげられていたが、アルベルのグリルは全く減っていなかった。
気になることは他にも多々あったが、気にしたところで自分が何かの役に立つわけではないので、シェゾは黙って食事を終えた。何となく、重い食事だった。シェゾは早々と食事を終えて、部屋を出た。部屋を出る時、いつもは全く気にならない3つの空席が、やけに目立つような気がした。
部屋へ戻る途中、廊下があまりにも静かだったからか。ふとした拍子に出てしまう言葉もある。
「・・・妙だったな」
――――――何がだ?
シェゾの独り言を受けたのは闇の剣だった。答えるつもりではなかったが、何となくシェゾは声に出していた。
「アルベルの様子だ。普通、昨日今日会ったばかりの他人に息子の様子を尋ねたりするか? ・・・「元気だったか」だなんて、長いこと会ってないわけじゃなるまいし」
闇の剣は、それには答えなかった。
「アイツの方もアルベルが心配するほどの病気にも見えないし――――・・・?」
自室の前まで来ていた。ノブに触れる直前、シェゾの第六感が扉の向こうの気配を読み取っていた。
――――――主よ、在 る。
闇の剣もいち早く感づいた。
「・・・・・・ああ、今夜は随分早いな」
シェゾは、もうすでに諦めていて、ためらいなく扉を開けていた。部屋にいたのはアイギスだった。テーブルに座って、片手にワイングラスを持っている。随分優雅なことだ。
『こんばんは』 アイギスは言った。
昨日と全く態度が同じだった。シェゾも、もう昨日ほど真面目に取り合わない。
「オマエ、・・・毎晩毎晩・・・ヒマだよな」
『そうでもないんですけどね。でも、ジッとしてるのも好きじゃないですし。面倒臭いのもキライですが、他人の家に忍び込むことはそれほどキライじゃないです」
「それは、暗殺者としての本性か・・・?」
『どちらかといえば、この屋敷に対する好奇心ですね。さすが変人奇人が揃うレイエのコレクター。シェゾさんも、見て周られるとわかると思いますが、この屋敷は本当に珍しいモノでいっぱいですよ』
そりゃ確かに面白そうだ、とシェゾが一瞬でも考えたのは、秘密である。
アイギスはワインセラーから酒をくすねて来ていたらしい。勝手に開けて飲んでいる・・・。
『鑑定のお仕事は順調ですか』 アイギスは聞いた。
「・・・まぁまぁな」
『それは何より』
「オマエは、魔王 からの命令で来てるのか?」
今度はシェゾが聞いた。
『いえ、単純に自分が興味あるからですよ。それに、サタン様も言ってました。屋敷には知り合いがいなくて、寂しがっているだろうから、手伝いついでに話し相手に行ってやれ―――――』
「誰が寂しがっとるか」
『貴方が』
「帰るか? オマエ」
『シェゾさん』 アイギスが、急にマスク越しにシェゾを見た。
「――――何だ」 改めて見たアイギスのマスクは不気味だった。
『自分に損が無ければ、素直な方が得なこともありますよ』
「・・・・・・・・・」
何度か、不可解な言葉を反芻した後、シェゾは言った。
「何が言いたいんだ、オマエ」
『別に、テキトーに言った言葉ですよ。街の子どもに言わせると――――“予言”と言うんでしたっけ?』
「・・・・・・」
シェゾはすっかり萎えてしまった。いかん、魔族のペースに巻き込まれている。シェゾは何とか自分のペースを取り戻そうとした。
「おい。店に来ていたガキがこの屋敷の息子だと言うことは知っていたのか?」
『は? 店?』
アイギスが、やっと首をかしげた。魔族もこうして見ると、人間とあまり変わらない。
「オマエのやってる店だよ。あそこに来てたガキが、この屋敷にいる。知ってたのか」
『ん? あー、ああ。セリア君』
「やっと思い出したか」
『そういえば、そうだったですね。忘れてました、確かに彼はこの家の息子サンです』
「覚えておけよ・・・」
『機転が利きませんでした。申し訳ない。・・・何か困ったことでも?』
「いや、別に特別困ったことは・・・そうだ」
シェゾは、先ほどのアルベルの奇妙な態度を思い出した。
「アルベルとセリアの関係はどうなっている」
『ん?』
「最近まで、この屋敷に出入りしてたんだろ。って、今もそうだが」
『・・・妙なことを聞きますね。別に普通じゃないですか』
「魔族的な感覚でモノを言うな。と言っても無理か・・・」
シェゾは諦めたが、アイギスは一応もう一度考える努力はしたらしい。
『うーん、そうですね。・・・頻繁に会っているカンジでは無いようです。どうも、セリア君の方があんまり会いたがっているカンジではないようで?』
「なんじゃそら?」
『知りませんよ』
アッサリ考える努力を放棄するあたり、やはり彼女も魔族らしい。
シェゾは今夜も屋敷の闇にまぎれて中庭に出た。アイギスも一緒だ。
白いオブジェが立ち並ぶ静まり返った中庭で、シェゾは昨夜と同じように闇の気配を探ろうとした。相変わらず、気配が薄い。しかし、確実に屋敷のどこかで闇の力が活動していた。そして、その方向も昨夜とほぼ変わらない。昨日よりは速い足取りで気配を辿ったシェゾは、やはり巨塔の前で足を止めた。
「・・・やる気が全く起きないんだが」
『私も、正直ありませんね』
巨塔の屋上が、夜の星空の中に吸い込まれるようにして消えている。ように見えるほど、その塔は巨大だった。ウィリアムによると、今朝アルベルが衝動買いしてきたようなガラクタのホトンドが、この巨塔に収められているという。その数、アルベルに言わせると約十数万点。言われるまでも無く、この巨塔の中から感じられる「力」の数は膨大かつ無頓着。――――古い物にはそれだけで何らかの「力」が宿るもの。そんな数ある「力」の中から、シェゾは魔王の手先となって、形も知らぬ“暗黒召喚器”の「力」の源とやらを見つけ出す――――――面倒なことこの上ない。
魔王の手のひらで遊ばれるようなことにだけはなりたくないシェゾのこと、昨夜の時点では魔王のためなどに下手にやる気を出したくない、という意地もあったが、今夜改めて塔の巨大さを目の当たりにして、シェゾはただ単に面倒なのでこの仕事を放棄してやろうかとさえ思い始めていた。
・・・というか、本当にこの塔の中に問題の魔導器はあるんだろうな。そう言えば、この屋敷のどこにあるのは『召喚器』だと断定しているのは考えてみればあの魔王だけで、実はアルベルがかき集めたガラクタの中に壊れた魔導器が紛れてて、召喚器と似た力を放出してただけなどというオチも有りうるんじゃ・・・・・・
―――――主よ。気配の詳細が曖昧なうちから、安易に結論を出さぬ方が・・・
「わかっとるわ」
闇の剣の唐突な野次をタイミングよく制し、一応無いわけではないやる気を起こして見せた。シェゾとて仕事をする気が全くないわけではない。真夜中に中庭まで出て、気配を真面目に探っているのも、やはり召喚器に興味があるからである。
シェゾはもう一度塔の大きさを眺めて、アイギスに問う。
「・・・とりあえず、中に入れないことには始まらんな。入口はどこにある?」
『ちょうど裏側ですね。屋敷の東の棟とほぼ接しているはずです』
シェゾはアイギスと共に塔の反対側に周り、巨塔の立地を確認した。なるほど、シェゾの自室のある西の棟から中庭を挟んでちょうど反対側に東の棟がある。シェゾが迷い込んだ食堂がある棟だ。その東の棟の端から中庭に向かって小さな細い通路があり、ここから巨塔の入口に近づくことができるらしい。
「屋敷の・・・東の棟に隣接しているのか」
塔の入口から東の棟を見上げると、それが良くわかった。東の棟の3階や4階の窓からならば、手を伸ばせば巨塔の壁に彫刻された装飾に触れられそうだ。
『東の棟の窓さえ開ければ、塔の通風口からの進入も可能かもしれません』
「あの辺りは、何の部屋だ?」
シェゾは棟の3,4階の窓を指して尋ねた。
『屋敷の、いわゆるプライベートゾーンという感じです。フライン氏の書斎や寝室、貴重なコレクションを集めた部屋などが配置されていたかと思いますね。フライン氏の許可がないと執事などの一部の使用人しか出入りできないようで』
「なるほど、そう上手くはいかんか」
そうですか? とでも言いたげなアイギスを無視して、シェゾは巨塔の入口に向き直った。こちらも複雑な彫刻が施された扉の取っ手に手をかける。かなりの力で揺すってみたが、扉はびくともしなかった。
「こっちも厳重警戒、と」
『壊すのは容易ですが・・・』
「・・・もう少しマシな方法を考えろ」
とはいえ、ハッキリ言ってシェゾ自身もあまり真面目に考える気はなかった。
そんな時に限って、アイギスの方は一応真面目に考えたらしい。
『では、こういうのはどうでしょう。この巨塔のどこかには窓や通風口などという小さな出入り口が、どこかにあると思います。私が鳥に変身してそこから塔へ侵入し、内側から塔の入口を開けるというのは』
「オマエにしては、マトモな意見だな。・・・通風口の位置は分かるのか」
『全然分かりません』
まぁ、魔族の“真面目さ”なんてこの程度だ。シェゾは、アイギスや他の魔族と付き合ううちに、何となく魔族というものを理解しつつあった。
「・・・まぁ、そうだろうな。だが、これだけ大きな巨塔だ。どこかに必ずそういう窓はあるだろう。だが、・・・」
シェゾは、もう一度巨塔を見た。改めて思う、デカイ。加えて、今日はもう仕事をやる気がない。
『明日にしません?』
アイギスが、珍しくシェゾと気の合うことを言った。昨日はあんなに仕事をやれとうるさかったクセに。やはり魔族は気まぐれだ。
「気が合うな、オレもそう思っていたところだ」
アッサリ、アイギスの提案を受け入れて、何事も無ければシェゾはこのまま自室へ直行していただろう。「ん?」
そうならなかったのは、聞き覚えのある音が、唐突に耳に入って来たからだ。「・・・?」
聞き逃しそうなほど、小さな音だ。夜風の間で隠れるように響きを残す、澄んだ音。
『? シェゾさん?』
「待て、静かに・・・!」
遠くでない、確かにすぐ近くで・・・
「こっちだ」
『ちょっと、何処に・・・』
夢中で、音が消えた方向へ駆けた。巨塔を離れ、建物の中に入る。音はすでに消えうせていたが、中庭の闇の向こうで何か別の気配がそこにあるような気がした。人? 人のようだが詳しくは分からない。それは、すっと屋敷の角のあたりを曲がって、その気配は中庭の中ほどで忽然と消えうせていた。「ちっ、撒かれたか」
少し遅れて角を曲がったシェゾは、気配が完全に消えていることを確認した。感じられるのは、静まり返った夜の澄んだ風の音だけだった。
いつの間に追いついてきたのやら、背後からアイギスが呟く。
『どうしたんです、急に』
「・・・音が聞こえたんだよ」
『音?』
「遠くで鈴が鳴るような音だ。屋敷へ来た夜にも、一度聞いた」
『へぇ』
「それに、人の気配のようなモノも感じた。誰かに呼ばれたような感じもしたんだが・・・」
『それにしては、けっこう簡単に撒かれちゃいましたね。実はけっこうマヌケ?』
「誰がだ! ・・・たしかに、珍しいことではあるがな。そう簡単に気配を消せる人間が、この屋敷にいるか・・・?」
『いないと思いますけど』
・・・魔族にとっては、人間なんてみな同じなんだろう。
「そういうお前はどうなんだ。元アサシンなんだろ、何かの気配は感じなかったのか」
『感じまくってますよ。虫の羽音、木の葉の擦れる匂い、塗り壁の息吹、どれのことを言ってるのやら』
「・・・・・・」
『本気でやれば、月光で震える空気の細かな振動を数えることも出来ます・・・が、役には立ちそうにないですね』
「立つかっ」
苛立ち半分でシェゾは吐き捨てた。これだから魔族は嫌いだ―――――こういう、超人的なコトをアッサリとできてしまうところがすこぶる憎い―――――だけならまだしも、それを使いこなす能力も無いくせに、と言うところがますますいけ好かない。怪しい気配ひとつ区別できずに、月の光の振動を数える? そんなことが出来て一体何の役に立つと言うのだ――――――
シェゾの場合、調子を狂わされる相手は数多いが、魔族もそのうちのひとつだった。アイギスとの調子のズレた会話は少し頭の隅の方へ追いやると、代わりにあの時に会った男の顔を思い出した。
そういえば前にあの音を聞いた時だった。あのズレた眼鏡をかけた妙な男がこの中庭に現れたのは。
この屋敷には、場所こそハッキリしないが確実に夜活動している闇の召喚器がある。闇の魔導師であるシェゾの周りに、夜ごと微妙に奇妙なことが起こるのは、その暗黒器のせいだろうか?