白い巨塔


 夜になると、俄然調子が良くなった。やはりシェゾは闇の魔導師だ。

 夕食が済み、誰とも顔を合わせずに済む時間帯になるやいなや、シェゾはさっさと自室に引きこもった。相変わらず夕食の席は落ち着かないが、この部屋だけは何か屋敷と隔離されたような雰囲気があって、それがシェゾを安心させていた。
 夕方以降、部屋に面した中庭の、どこか遠くの方から誰かが騒ぐ音がずっとしている。シェゾには、チャーリーとリーマスが騒いでいる音のようにしか聞こえなかった。
 深夜近くになり、やがてそのような音も聞こえなくなった。それを見計らったように、夜の闇の中から一羽の黒い鳥がシェゾの部屋の窓へ舞い降りてきた。
 アイギスだった。
『ちゃんと、愛想よく振舞ってます?』
 シェゾはなんとなく、アイギスが現れたことにホッとした。何か、今の自分が“向こうの世界”との繋がりをまだ失くしていないことに安心したのかもしれなかった。しかし、シェゾは心境の変化を億尾にも出さずに言った。
「愛想? そんなモン、生まれた時に親の腹に置き忘れたよ」
『?? つまり、生まれた時に親の腹が』
 相変わらず、アイギスにとって完全に人間に染まりきることは容易ではないらしい。シェゾは、怒る気にもなれず呆れて言った。
「なんでもない。愛想なんかオレには元々無いと言っているんだ」
『じゃ、何処からでもいいから拾って大いに利用してください。先方の反感かって解雇とかされる前に。そんなことになったら、店の評判に響きます』
「・・・・・・気をつける」
 どこまで本気で言ってるんだか・・・。どうもこの魔族、皮肉や比喩に極端に弱い傾向にある気がする。サタンなら、ある程度通じるんだが(本当に通じているかはわからないが)。
『さて、じゃ、やりましょう」 
「何をだ?」
『裏仕事』
「・・・マジで?」
『マジ? そう、「ほんき」と書いて、「まじ」です。昨日やってないじゃないですか』
 昨夜、とんでもない態度で追い返している身だ。「実は一応昨日もやったのだが」などと言っても無駄なことは明白だった。実際、昨夜やったことといえば・・・中庭へ出るときにスッ転び、欠けたメガネの妙な使用人にバカにされた(?)ことくらいである。言う気にもなれない。
「・・・・・・疲れてるんだが」
と、シェゾはそれだけ言った。
『そんなの理由になりませんよ。今日は晴れです、仕事はしましょう』
「それこそ理由になるか」
『天気は気まぐれです。雨が降ったらお休み、晴れなら仕事。これなら適度にお休みがとれて適度に働けます』
「ンな馬鹿な」
『とりあえず、昨日もやらないで今日もやらなかったら、たぶん明日もやりません。従って、仕事が進まない。それはダメです。今日はやりましょう』
 シェゾの頭の中に、様々な言い訳が思い浮かんだが、そのどれもイッパツでアイギスを追い返せるようなものではなかったので、諦めた。昨日のようにブチ切れてしまえばいいような気もするが、どうもそういう気分でもない。それに、昨日通用した手が今日も通じるとも思えなかった。魔族は気まぐれなので、同じ手を使ったところで、今日は回し蹴りを食らわされるかもしれない。そのくらいは考えていなければならなかった。
「まぁ、魔導器があるなら、見つけるに越したことは無いしな・・・」
 10万を越える品の中から血眼になって、小さな品を探し出す努力に身を裂くのはゴメンだが、機器の捜索がてら屋敷を散歩するのも悪くない。疲れてはいるが、屋敷の美術品を見て回るのは、それはそれで興味深いとも思った。何より、昼間より気分がすこぶるいい。動かなくては返って損かもしれない。やはりシェゾは腐っても闇の魔導師だった。
「・・・やるか」
 シェゾはやっと重い腰を上げた。

 シェゾとアイギスは、とりあえず適当に中庭に出た。アイギスは、シェゾが中庭への近道を知っていたことに驚いていた。
『こんな猫しか通りそうにない細い道、よく見つけましたね』
「偶然だ」
 シェゾは、ぶっきらぼうに答えた。
 中庭は、昨夜と同じく月が出ていて屋敷の中ほど暗くは無かった。これほど自然な夜の庭に、古代の厄介な暗黒器があると言われても、シェゾにはいまいちピンと来ない。
「で、どうやって探せばいいんだ?」
 シェゾはアイギスに聞いた。
『サタン様の伝令によると、まずは屋敷中の調度品を全て調べて、出所の怪しいものをリストアップすればいいんじゃないか、ということです。まぁ、屋敷の中はほぼ私が調べているので、庭のオブジェなんかを最初に調べればいいのではと』
「・・・面倒なことをするんだな。ンなコトせんでも、暗黒器なんて怪しげな闇の魔導器が力を集めてるんだろ。闇の気配を辿れば、場所くらい割り出せるんじゃないのか」
『・・・難しいと思いますよ』
「難しい・・・?」
 アイギスの断言に違和感を感じながらも、シェゾは勝手に気配を探ってみた。闇の気配を追うことは、シェゾの十八番のひとつである。簡単に力が吸収されている場所を読めると踏んだのだが・・・。
『どうです?』
「本当にうまく隠されているな。異質な闇の気配が、微弱にしか感じられん」
 これだけ“力”が集まっているのに、その集まる先が巧妙に隠されていた。確かに、これは厄介かもしれない。
『でしょう。ほとんど夜と同化してしまっているんです。墨汁の中から黒インクの気配を辿るなんて、そんな面倒なこと、サタン様だってやりたがりませんよ』
「アイツは、面倒な仕事はホトンド他人任せにしやがるからな。・・・オレだってやりたくない」
『でも、仕事でしょ』
 アイギスは短く言った。何となく、カチンと来たシェゾは無駄だとわかっていても屁理屈をこねた。
「オレが引き受けた仕事は鑑定の仕事であって、暗黒器探しじゃない」
『言い訳ですよ。今回の出張と裏仕事はセットで考えるべきです』
「・・・別に、裏の仕事の全てをサボるとは言ってねぇだろ。やれることはやっておくが、最後までやるかはオレのやる気次第だってことだ」
『結構です。じゃ、さっさとやる気を出してください』
 アイギスは、シェゾの皮肉をまるで理解していなかった。シェゾは諦めた。
『シェゾさんは、周りの闇の気配を“微弱には”感じられるんですよね』
「ああ、まぁな」
『辿れますか?』
「まぁ、辿ろうと思えばな」
『では、まずはその闇の気配を辿ることからはじめましょう』
 アイギスの当たり前のような言い方に、シェゾはちょっと引いた。
「・・・・・・この、墨汁の中に流し込んだ黒インキのような気配をか? 冗談じゃないぞ
『当然、冗談ではないですよ。今のところ、それしか手がかり無いんです。それとも私がやったように、屋敷の美術品を全てしらみつぶしに探してみますか』
「・・・・・・」
 もちろん、それはできるだけご勘弁願いたい。
 しかし、夜にこれだけ目立たない闇の気配を追うのも、同じくらい神経を使いそうである。
「・・・昼間なら、少しはマシだろうか?」 シェゾは何となく言った。
『どうでしょう。昼間は召喚器自体が活動を鈍らせるらしく、返って難しいかもしれません。やっぱり、夏の日差しはいかに古代の暗黒器といえど、バテるんですかね』
「一体、どうしろと言うんだ」 シェゾは頭を抱えた。
『どーやっても楽ができそーにないから、サタン様もやる気をなくしたんでしょ』
「なんで、オレがアイツの代わりに、そんな面倒な仕事を負わにゃならん?!」
『引き受けたのはそっちでしょう。どうせ、(サタン様並みに)ヒマなくせに』
「〜〜〜〜〜〜クソッ」
 兎に角、このどこまで行っても口調が単調なアイギスにかまっていては、時間の無駄だ。シェゾは、一気に疲れてしまった身体を引きずって、黒インキの気配を頼りに中庭を進んだ。ずいぶん、時間をかけて進んだためだろう。数十メートルも進んでいないのに、シェゾのあまり強くない根性は、早くも根を上げる準備を整えつつあった。
 中庭を出て、屋敷の裏手に広がる庭園に出た。その一角に、やたらと巨大な塔が見えた。アルベルが古今東西に駆け巡って収集したという珍品コレクションが十万点以上納められているという、あの・・巨大倉庫である。
まさか、あの中に?』
と、アイギスは言った。
「方角としては、間違ってはなさそうなんだがな」
 シェゾとしても、あまり信じたくなかった。天まで聳えるかと思われる、巨大なビルディングである。・・・下手をすると、高さだけなら屋敷よりもでかいんじゃないか? 昼間、何の気なしに立ち寄った灯台を思い出す。なぜか、目の前の闇の中に聳える白い巨塔が、その灯台とダブった・・・。
 シェゾは、倉庫以外の方角に闇が濃い方角はないかと探したが、無駄だった。
 異質な黒インキのような細い闇は、間違いなく巨塔の方角へチロチロと流れていた。
『てことは、最悪のパターンが当てはまりそうですね。あの中は、私の調査でもノータッチです』
 アイギスの無駄な説明が入ったが、シェゾは聞いていなかった。
冗談じゃないぞ・・・
 シェゾはもう一度言った。
『まぁ、怪しいのがあそこらへんだということがわかっただけでも良かったじゃないですか。これで、明日からやることは決まりました』
「・・・・・・・・・」
 ちょっと待て。この魔族は本気で言っているのか。
 これから毎夜あの倉庫に忍び込んで、どんな形なのかもわからない暗黒器を探せというのか。
 ふざけんじゃねぇぞ、何でオレがそこまでやらなきゃならないんだ。誰が、ヤツの言うことを事細かに聞いて、そんな面倒なことを? もっと効率的で早いやり方くらい、いくらでもありそうなもんじゃねぇか。
「・・・・・・・・・」
『シェゾさん? 聞いてます? 明日から、あの塔の中で仕事するんですよ』
 シェゾはアイギスの言葉を聞いてなかった。
 シェゾの思考はすでに、巨塔に『アレイアードSP』を数発打ち込んで、灰にならずに残った物体がそれだという荒業が一番楽かなぁ? とか、危険な考えの方へ傾きつつあった・・・。

 

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