デイビス古美術店

 路地裏に奇妙に静まり返った空間。茶色の壁の間に見つけた店は、奇妙な看板に見た雰囲気宜しくキテレツな様相だった。くすんだ赤いレンガの壁に、ぽかっと穴を開けただけの入り口もだが、そばにぶら下がっている看板も、どー考えてもフツーじゃない。看板には、クジャクの羽のような怪しい紫色の下地に金の装飾、そして鮮やかな紅色の古代文字。

『Welcame to Dvils's Antipue Shop』

 道は間違っていなかった。しかし、綴りは間違っている。奇妙な書体で書かれているため、まずバレないだろうが、一歩間違ったら『悪魔の古美術店』である。まぁ、ある意味間違ってはないが。

 店の中に入ったシェゾは、一瞬あぜんとなった。
 店の中には、床上から天井まで、おびただしい数のガラクタが、これでもかというくらい詰め込まれていた。
 目の前にに大小さまざまな天体鏡がいくつも重ねられていると思えば、その陰には魔獣のぬいぐるみだか毛皮だかが無造作に積み上げられ、周りには砕けたガラスの破片のようなものが、袋に分けられて放っておかれている。
 足の踏み場がない。
 ――――と、脇に足を向けようとしても、その先にも得体の知れない書籍のピラミッドがいたるところに築造されていて、やはり行く手を阻まれた。カラフルな背表紙の一見普通の書籍もあれば、全身毛むくじゃらのファイルや牙が向き出ているノートだの、曰く丸出しのモノも多かった。それらを分けてなんとか奥へ進むも、あらゆるものを蹴飛ばしてしまった。
 周りには、怪しげな絵画がへばり付く窓のない壁、宝石やら貴金属やら白骨やらが無秩序に詰め込まれた商品棚、棚の端から頼りなくぶら下がる人魚のミイラ、天井に貼り付く魔獣の化石、竜の骨格模型、ゾウ大魔王の腰布・・・。奥にある、ついさっき叩き壊されたようなカウンターも含めて、およそ店というよりは廃墟と化したホラーハウスといった感じの内装だ。さすがは魔王の趣味で経営する店だ、とシェゾは奇妙に納得した。
『ようこそ』
「!!」
 あるまじきことに、背後からの声だった。声がした方へ、反射的に身構える。シェゾの長年のクセと言っていいほどの習慣だった。
『身構えなくてもいいですよ。ようこそデイビス古美術店へ。店員のアイギスです』
「・・・・・・魔族、か」
 人間で、シェゾの背後を簡単にとれる者はそういない。先刻はシェゾが油断していたのもあるが、目の前に姿を現してなお、その気配を微弱にしか感じさせないアイギスの存在は、シェゾを大いに警戒させた。
『ええ、まぁ。先に言っておきますが・・・私の気配を読み取れなかったことに関しては、気にしなくてもいいですよ。私は元は“俊鳥”・・・この世界でいう暗殺者アサッシンですから』
「それはまた、・・・物騒な店員だな」
 シェゾはゆっくりと構えを解いた。警戒は継続したが。
 アイギスは、シェゾの足元から頭の先まですぅと眺めた。
『・・・話に聞いていた通り』 と、アイギスは言った。
『月の色、銀に反射して闇に染まらず。白が溶けるような蒼、暗黒をも包み満たす。しかし、その身に流るは魔に魅入られた悪魔の血』
 シェゾのことを言っているらしい。
「なんだ?」
『失礼しました。最近店に来るお客さまは、大抵私の占いを聞きたがるので』
「占い?」
 今のが、か? とシェゾは問いたかったが、アイギスはそれには答えなかった。シェゾの方を見もせずにシェゾの脇をすり抜け、真っ二つに割れたカウンターの割れ目を踏みつけてその奥へ入り、それでようやくシェゾの方を向いた。
『ここを見つけるのに苦労されましたか? サタン様が仰られた砂の量より、2,3シグナルほどズレているようですが』
 シグナル? ニュアンスからして、時間のことか。
 シェゾはあたりを見渡したが、時計らしきものは見当たらなかった。いや、美術品としての時計はあるが時間が全く合っていない。代わりに、アイギスが覗き込んでいる壁際の不思議なオブジェを見た。青い惑星と赤い惑星がクルクルと光の玉の周りを回っている。それに合わせるようにして、真下のガラス瓶の中に星クズのようなものがサラサラと溜まっていく。砂時計のようなものか。
 シェゾには良くわからなかったが、アイギスには多分これで時間がわかるらしい。
「・・・この地図でわかれ、と言うほうがおかしいだろ」
 シェゾはぶっきらぼうに、サタンから渡された地図をアイギスに放った。
 地図は空中で不自然に翻り、アイギスの手元に収まった(魔力の気配は感じなかったが、アイギスは何らかの魔術を使ったに違いない)。
『バカ魔王』
 誓って言うが、自分が言ったんじゃないぞ、とシェゾは誰に呟くでもなくそう弁解した。
 アイギスが、地図を見るなりそう言った――――ようにシェゾは思った。確信できないのは、彼女の声が前後の声とあまりにも違っていたからかと思われる。
『失礼、確かにこの地図でここに着くのは無理ですね。これは太陽の位置と枠外の蝋燭を対応させることによって・・・要するに魔族でなくては読み方がわかりません。前言を撤回します。よく、たどり着きましたね』
「・・・あのバカが、油を売るなと案内付きで催促してきやがったんでな」
『なるほど。まぁ、砂が落ちきる前に来てもらわなくては、フライン氏をお待たせすることになりますからね。サタン様も焦ったんでしょう』
 アイギスは、上司をシェゾがバカ呼ばわりしたことに全く気づいていない様子であった。それくらい、彼女にとってサタン=バカだという方程式は普通なのだろうか? と、シェゾは思ったが、魔族の思考回路を自分の判断で憶測してはいけないことをすぐに思い出し、考えるのを止めた。
『一応、言っておきますが・・・私はこの店に限らずこの世界では人間として振舞っています。私が魔族であることを他の人間に悟られるような言動は、極力避けてください』
「ああ、理解っている」
 契約は成立した。魔族との約束は、それはつまり契約だ。一応そう思っていた方がいい、とシェゾは考えている。人間同士の「約束」と魔族社会での「約束けいやく」では、その意味が全く違う―――――少なくとも、シェゾはそう思っていた。
『そうですか。では準備は整っていますので、早速 屋敷へ向かいましょう』
「・・・店はいいのか」
『ほっといたって誰も来ませんよ』
「おい・・・」
 アイギスが言った矢先だった。
 カラン
と、乾いた音がして店の呼び鈴が来客を知らせた。
 シェゾが振り返ると、扉の向こうに少年が立っていた。
「えーと、こんにちは」
 色白で少し髪にクセのついた男の子。年齢にして10歳前後といったところか。少年はちらりと興味深げにシェゾを見上げて、その奥にアイギスを見つけて、にこっと笑った。
「客、来てるじゃねぇか」
 マスクのせいで、アイギスがどう表情を変えたかはわからないが、シェゾはアイギスが全く表情を変えなかったのではないか、と思った。それくらいアイギスは声の調子を変えずに、突然の客に対応したのだった。
『君、また来たの』
「うん。だって、今日は月初めだよ・・・って、うわ。どうしたの、そのカウンター」
 アイギスの目の前で真っ二つになっている板切れ。シェゾは、今の今までそのカウンターの無残な運命を忘れていた。人間なら、もっと気にするべきだった。この少年のように。
『これは、売り物でないモノですから、売れません』 と、アイギス。
「いや、いらないけどさ。・・・早めに直した方がいいよ、それ」
『そうですね。紛らわしいですし、捨てましょう』
 それも違う、とシェゾ(と少年)が思う前に、アイギスはゆうに3メートルはある木板を拾い上げ、手でバキバキと丸め潰した。そして、テニスボールぐらいの大きさになった板切れは、そのままポイとゴミ箱に投げ捨てられてしまった。
「・・・・・・」
 人間では、あの格闘女ぐらいしかしかねないその非常識な行動は、(その必要はなかったとしても)シェゾの思考を自動的に停止させた。――――本当に、人間としてこの店をやってるつもりなのか、この魔族――――
「アイギスってさ、変わってるよね」 見れば、少年はクスクスと笑っている。
「・・・・・・・・・」
 契約を頑なに守り、シェゾは黙っていた(黙っているしかなかった)。相手が天然な少年で良かったな、とシェゾは密かにそう思う。
『・・・そうですか?』
「変わってるよ。さっきのもそうだし、すごく時間感覚が無いところとかさ」
『それは・・・時計の、特に数式の意味を覚え切れていないだけです』
「あはは、僕でも時計が読めるのに? そんなだから、なかなかお客さんが来ないんだよ」
『一応、大きな取引はいくつかあるんですけどね・・・』
 シェゾはアイギスとホラーハウス(店)、そして少年などという意外な組み合わせに対して、全く興味を示さなかった。人懐こい、それでいて少し澄んだ空気を感じさせる声を、何処かで聞いたことがあるなと考えたくらいだった。
「今日は珍しくお客さんがいるんだね」
 少年は今度はシェゾの方へ目をやった。控えめな光と好奇心に富んだ青い瞳。シェゾはそこで思い出した。
「オマエ・・・」
「あ、やっぱり。そうかなーって思ってたんだけど」
 先刻、シェゾが菓子屋の前で道を聞いた少年だった。店の場所を聞いた時にも見せた、この飴玉のような瞳をシェゾは良く覚えていた。
『知り合いですか、シェゾさん』
「まさか。さっき、街で道を聞いただけだ」
 店で買った甘ったるいドロップの味が、なんとなく舌に蘇った気がした。
「ゴメン、あの時は無いと思って無いって言ったんだけど、さっき通りの角を見たら、看板が出てたから」
『私だって雨が降った日の後でも、用があれば店くらい出します』
 アイギスが少しツンとして言った。
「ふふ。ふつう店っていうのは毎日用があるから出すもんだと思うけど?」
『最近は忙しかったんです。雨の日くらい、サボりたくもなります』
「・・・雨のたびに、サボってンのかよ」 シェゾは思わず口を挟んだ。
「梅雨の季節なんか、ホトンド看板も出てないんだから」
 少年は特に気にしたふうではないようだ。彼はひとしきりクスクス笑って、そうだ、と思い出したように言った。
「ねえ、アイギス。今月も占ってみてよ」
「占い・・・?」
『いいですよ』
 シェゾをヨソに、アイギスは少年の足元から頭まで素早く視線を走らせた。
 さっき、シェゾにそうしたように、だ―――――
『白い鳥、小さな羽根は光に満つ。闇の気配、未だ歩まず。しかるに秘密に溶けた暗黒の色、鈴の音に紛れて羽根を染める』
 アイギスはゆっくりと言い終えた。
「・・・なんだか、今日のはちょっと怖いみたい?」
『占いなんて、そういうものですよ』 不安げな少年の目を、アイギスはアッサリと切り捨てた。
「そう?」
 首をかしげながら目のやり場に困ったのか、少年はちらりとシェゾを見る。
 オレにフォローしろ、と言っているのか。シェゾは、そんなコトを期待されても困る、と眉をひそめた。そして、思う。なぜ、自分はそんな下らないことを瞬時に悟ってしまうのか。
 寸刻無視したが少年の期待は折れなかったらしいので、仕方なくシェゾは口を開いた。
「・・・占術は、元々闇の力を借りるものだ。闇の接近を暗示することの方が多い。知り得た闇の断片を避けることで、結果的に安全な道を知るに過ぎん」
 アイギスの言葉を受けて言うなら、そういうことだろう。
「そういうものかな」
『そういうモノですよ』 アイギスは繰り返した。
 少年はやっとシェゾから目を離した。
「じゃあ、今日の占いもやってみてよ」
『・・・今日? 今日とは、さっき昇った日が海に沈むまでですから、日が落ちればあまり意味は無いですね』
 それは正確には違う。日が落ち、月が中天に達するまでだ――――が、言うのも馬鹿馬鹿しい。
「いいよ、別に」 少年も、気にしていないようだった。
 そうですか、とだけ言ってアイギスは再度少年を正面に見た。
『凍てつく寒さに気づかぬ鳥も、憧れの星に迷いを与える。振り返る時見える道は、夜明けの道か黄昏の道か』
「僕、今日道に迷うの?」 と、少年。
『いえ、“迷いを与える”という表現を信じるなら、君は迷わせる方ですね』
「オレは、オマエに既に迷子にさせられたがな」 ニヤリと口をゆがめて、シェゾは皮肉った。
「う”。・・・じゃあ今のは、その予言だったってこと?」
『その可能性はありますね』
 アイギスは、相変わらず淡々としている。
「でも僕、別に、この人に憧れたりしてないけどな」
 少年は、シェゾの顔を見上げた。そして、今初めてシェゾの顔をマトモに見た、とでも言うように、しげしげとシェゾの表情を見てくるのだった。
『顔がいいようですから、こんな人になりたいという希望をどこかに持ってるんじゃないですか』
「えええ?」
 少年は慌ててシェゾから視線を離した。シェゾも、心の中でほっとする。人に顔をじろじろと見られるのがシェゾはあまり好きではない。
『まぁ、中身はあまり憧れない方がいいと思いますけどね』
「・・・同感だ」
 アイギスがどこまでわかってそう言っているのかは知らないが、シェゾは心底そう思うのだった。
「そう? ま、いいや。ありがとう、アイギス。また来るね」
 再び扉の鈴が鳴って、少年は店を出て行った。
「・・・なんだったんだ、あの少年は」
『毎月、初めになると、ここを知った子どもたちが2,3人あんなカンジで来るんですよ。どうやら、私が適当にいった言葉が“当たる”とか何とかで』
「・・・テキトーなのか?」
『そういう言葉が適切かどうかは別にして、あまり深く考えていませんよ。ただ、私にも魔力があるように人間にも私たちとは違った力がありますからね。彼はそういう“力”が人間にしては少し強い方だと私も感じます。・・・そういう力が私の力と反応して、何らかの運命が作り出されている可能性はありますね』
「・・・あまり、人間の子どもの運命を変えるような発言はよせよ」
『肝に銘じます』
 窓の向こうに、少年が路地へ消える姿が見えた。
 彼が通った路地裏は、その後一匹の黒猫が通ったのみだった。

『シェゾさん、お電話です』
「はぁ?」
 店の外に気を取られていたせいか、アイギスの呼びかけが酷く意外に感じられた。
『サタン様に、これからフライン氏の屋敷へ向かう旨を伝えたところ、貴方に代われ、と』
 シェゾは、思いっ切り渋い顔を作って、少々乱暴に受話器をとった。そして、あまり長い間話したくない、と心のうちで散々罵りながら、
「オイ、看板の綴りくらいきちんと調べたらどうだ」 と、言った・・・。
『は?』
 イキナリ相手に突っかかられて、サタンは戸惑ったらしい。シェゾはそのまま勢いを止めない。
「Welcome、“歓迎”の綴りは、『W,e,l,c,o,m,e』。『Welcame』じゃない。オマケにこの言語は600年前にはすでに絶滅してる。今じゃほとんど使われてない。あれでよく客が来るな」
『な・・・み、店の看板のことか? 何を言う、だってあの看板はつい500年前に作ったばっか・・・って、あ”、いや! こ、こっちの話だ』
 サタンは、500年前をまるで5日前くらいの感覚でモノを言っていた。シェゾは空回ることがわかっていても、イライラした。自分が時を長く生きてきているという自負があるシェゾにとって、このように魔王がそれ以上の時を隔てて存在していることを思い知らされるのは、当然気分のいい話ではない。シェゾの機嫌は急降下だった。
『そ、そうだ。昔の言葉なんだから、古美術マニアにはウケがいいはずじゃないか』
 ――――オマエにとっては、“昔の言葉”どころか“最近の言葉”なんだろうよ。
 シェゾは一瞬だけ心の中でそう罵ってやった。もちろん言わない。
綴りが間違っていると言っている。古美術品の専門店がそんなことでどうする」
『しょうがないだろ、私は人間の言語文化にはあまり詳しくないのだ。だいたい、オマエみたいな人間離れしたヤツがンな時限の狭い話でとやかく言うな』
 急降下していた機嫌が、地に落ちてカチンと鳴った。

ガン

『話は終わったんですか』
 アイギスは何事も無かったように言う。相手が魔族でよかった(?)。
・・・・・・ああ
 壁に激突した受話器は変形もせずに、びよよんびよよんと壁掛け電話の下で踊っている。直後に、ガラクタのいくつかがザザザと落ちたが、アイギスはそれさえも気にならないようである。
『では。準備も整いましたし、行きますか』
「・・・ああ」
 アイギスの淡々とした口調と変えない表情に、シェゾは幾分気分を落ち着かせ、受話器を無視した。シェゾとてこんなところでサタン相手に暇をつぶすつもりはない。アイギスに続いて、シェゾも何事も無かったかのごとく店を後にするのだった。

 

『オイ、シェゾ。シェゾ? コラ、どうした?! 話は終わってない、っていうか何も話してないぞ、オイッ』

 再びガランとした店内に、宙ぶらりんの受話器から誰かの虚しい声が響いていた。

 びよよん がつん びよよよん

氷の女王 もくじ

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