レイエは、夏の盛りだった。
サタンの指示に(一応)従って、その翌日のうちにレイエに着いてからも、シェゾはサタンに振り回されている。
シェゾは本日、日が昇りきるまでににデイビス古美術店に着かなければならない。なので、
シェゾはイラつきながら、もう一度地図を開いた。
「・・・この地図じゃなぁ」
もう昨夜から何度目かわからない溜息をつく。
サタンから『行けばわかる』と渡された地図は、太陽と河らしき線が数本描かれているだけで、他に情報になりそうなものは何も描かれていなかった。代わりに(?)枠外に、ロウソクらしき絵がやたらと不規則に並んでいるだけだ。これで迷わず目的地に着けという方が無理である。
シェゾは当然のように道に迷い、しばらく街の中をぶらつくことにした。
シェゾは特に目的もなく、なんとなく街の中心部に足を向けた。
夏は貿易風がよく吹く季節なので、港湾都市であるレイエは活気づいていて当たり前だ。しかも今は、何かしらの祭りが近いようで、街のいたるところに色とりどりの花が飾られ、通りに並ぶ建物にも華やかな装飾が目立つ。
シェゾは賑やかな雰囲気が正直好きではなかったが、だからと言って気取った貴族たちの屋敷が立ち並ぶ高級住宅街へ出向く気にもならない。まさか用もなく共同墓地をうろつくわけにも行かず(不審人物)、シェゾの足は自然に商店街に向かうのだった。
一通り商店街を歩いて港まで出ると、いくぶん涼しげに海を見渡せる静かな高見台を見つけた。高見台はちょうど真後ろにある白い灯台の影になっており、キツイ日差しは避けられ海からの風も心地よい。ひんやりとした白い柵にもたれて、旅の疲れをしばし癒す。
シェゾは懐からドロップが入った小ビンを取り出し、甘みがマシだろうとオレンジ味を選んで口に含んだ。先刻、人懐こい物売りの少年に捕まって、ムリヤリ菓子店に引っ張られて買ったものだった。
――――――「迷ったの? 道を教えてあげるから、買って行ってよ」
一応デイビス店の場所は聞くと、少年の子どもらしい瞳が一瞬きらりと光った。そして「今の時間はきっとないよ」と、謎めいたことを言う。
――――――「ボクらの間では有名だよ。店の場所は決まってるけど、時々しかお店は無いんだ。大人は信じないけどね」
子どもの間で噂になっている、という意味だろうか。確かに大人は信じないだろうが、その
ドロップはわずかに柑橘味を感じるものの、やはり甘い。ゆがめた顔を、心地よい海風が掠めていった。
ドロップの味と風を感じること以外、特にすることもなくヒマなので、昨夜サタンの塔を出てから一言たりとも意識に語りかけてこない闇の剣に、シェゾは声をかけた。
「・・・敵意剥き出しだったな」
剣はシェゾの問いかけを待っていたかのように、すぐさま異空間で鈍い反応を示した。
――――――何の話だ、主よ。
わかっているクセに、オレに言わすわけか。相変わらず、性格の悪い物質だ。
「昨日のことだ。ヤツに、自分が古代の機器として指摘されたのがそれほど気に入らなかったのか?」
――――――・・・そうではない。ただ、魔王は信用ならぬ者だ。気を許すわけにはいかぬ。それだけだ。
「ふぅん」
シェゾは剣の不機嫌な言い草に、一応納得したフリをした。
闇の剣とサタンとの関係はシェゾもよく知らない。深い間柄なのかもしれないし、単にサタンが面白がってそうであるようなフリを見せているだけなのかもしれない。わかっていることは、闇の剣はサタンにあまり好意を抱いていないことだけだった。・・・その点だけなら、シェゾも同様ではあるのだが。
シェゾはそれ以上剣に何を言う気も無かったのだが、剣の方は堰を切ったように意識に訴えてきた。
――――――特に今回の件は・・・・・・我は、ヤツがわざわざ主に暗黒召喚器を回収させることに、ヤツの腹黒さを感じてならぬ。主よ、くれぐれも魔王を信用するな。
シェゾは、ほんの一瞬唖然とした。魔王の件でなくとも、闇の剣が自発的にシェゾに警戒を促すことは、非常に珍しかったからである。たいていはわかっていても寡黙に徹し、シェゾが問わない限り決して警告を口にすることは無い。
「・・・言われなくても、あんなウソ臭い魔王ヤロウ、信用したくてもできねぇよ」
シェゾは気のない風を装うって、ドロップをもう一粒口に運んだ。今度は味は気にならない。それより気分の悪くなることを思い出していたからだ。
シェゾとて、サタンが“召喚器”以外にも何かを企んでいることぐらい承知の上だ。ただ、それが何なのかを探ることは無駄骨であることも今までの経験から言って明らかなのである。
シェゾは、サタンの一言足りとも信用してはならない言葉を反芻した。
―――――なぁに、大して心配はしていない。シェゾは闇の力に関しては、そこらの魔族よりもエキスパートだからな。部下に回収を命じてヘタに力を暴走させられるより、よっぽど信頼できるさ―――――
信頼できるさ、信頼できるさ、信頼できる、信頼でき
サタンが自分を信用しているわけがない(断言)。
これは確かだ。実際、この一言を聞いた時、シェゾの背筋には冗談ヌキで殺気に似た悪寒が走ったものだ。
魔族の言葉はそのまま信用してしまうとバカを見る。必ず訳さなければならない。これは裏を返して、こう言っている可能性が高い。
キサマ、絶対に召喚器をネコババしようとしてるだろ。巨大な闇の力を召喚することができる古代機器だ、キサマが狙わないハズがないもんな。しかし、私にはわかっている。キサマは絶対に召喚器をネコババすることはできない、必ず私に返す羽目になるだろう。なぜなら私がそうなるよう計算しているのだから。
私はお前を信頼しているのではなく、私の素晴らしい計算こそを信頼しているのだよ。
(全く―――――胡散臭いことこの上ねぇよな)
シェゾの溜息に、多少嘲りと諦めが混じった。重い気分が少しでも軽くなればとでも思ったのか、シェゾはバッグの中から皮袋を取り出し、ドロップを重いビンからそこへ移した。
こうなると、シェゾに魔王の手の内を読むのは事実上不可能だ。なんせ相手は魔導世界が誇りたくも無い超絶チャランポラン
こんなことがあった。
この魔王はある日、突然、街道のド真ん中に巨大な塔を立て、王都への道を塞いでしまった。仕方なく、塔へ迷い込む人々に見たこともない魔物が次々と襲ってくるのだが、散々逃げ回った末ふっかけられるのはなぜかぷよぷよ勝負。ワケがわからない。この迷惑な塔は、一体誰が何のために建てたのだ? 人々は大いにに頭をひねった。
その理由を犯人の魔王に聞いてみれば、それは自分の花嫁と一緒にハネムーンに行くために建てたという。さらにワケがわからない。人々はやはり理解に苦しんだ。
また、こんなこともあった。
この魔王はある日、突然、魔導世界の太陽に魔法をかけ、世界を灼熱地獄に変えた。これに直面した人々は、魔族の行いが炎帝の怒りに触れたのだとか、ついに魔族が世界征服に乗り出したのだとか、尤もらしいさまざまな噂を飛び交わせ、恐怖に戦いた。
しかし、その理由を犯人の魔王に聞いてみれば、単に肌を小麦色に焼いて、ギャルにモテたかっただけと判明。シェゾじゃなくても、魔族(特にこの魔王)の思考回路を読もうとすることほど無駄なコトはないと悟ってしまうに難くない。もう誰も、魔王の考えをマトモに読もうとする者などいなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・。
そんなわけでシェゾは、サタンが自分に召喚器を渡すつもりは無いことまでは直感したものの、どういう計算の上でそうなるのかは皆目見当がつかなかった(見当をつけようとさえ思わなかった)。―――――しかし、読めないなら読めないなりの手の打ちようはあるものである。
「アイツにこっちから探りを入れるのは、それこそ無駄骨だろう。・・・とにかく今は、屋敷にさえ向かえば最低バイト料は手に入るわけだし、こっちに損はない・・・。今は、ヘタに動かず成り行きに任せるのが最良だ」
そう。つまり。
こういう時、魔族(特に魔王)をあまりマトモに相手にしてはダメなのだ。テキトーに相手に合わせ、相手が思惑をチラつかせるまでジッと待つ。それまで自分からは極力動かないことだ。裏があるなら必ず向こうに動きがある。これだけは、人間にも魔族にも共通して言える鉄則だった。ただ、魔族の“動き”というのは、人間に比べて非常に読み取りにくいだけで。
それは闇の剣もわかっているはずである。
――――――もちろん、我とて主がそう簡単に魔王を信用するとは考えていない。ただ今回は、魔王自らが暗黒召喚器の存在を断定している。そこも納得がいかぬが、・・・それより主は我が認める闇の力の支配者だ。主がその召喚器と接触すれば、召喚器が主と認め得る可能性を、あの姑息な魔王が考えぬ筈がない。そこがどうしても腑に落ちぬのだ。
「お前らしくないな、闇の剣。ヤツの意図が見えないのは、いつものことだろう。・・・ヤツはすっとぼけているように見えて、肝心なところは絶対に何も漏らさん。考え過ぎると、こっちがドツボに嵌るだけなんだ。ヤツのことは一旦忘れろ、とりあえずしばらくは鑑定の仕事に専念する」
――――――・・・・・・・・・。
「何か裏があるなら、そのうち向こうから何かしら行動を起こしてくるはずだ。――――それまでは待つ」
――――――御意・・・。・・・・・・・・・。
堂々巡りになるとわかっていても、闇の剣はまだ何か思案しているようだった。しかし、シェゾはこれ以上理由を聞く気などさらさら無かった。
とりあえず明日からは寝食の心配をしなくてもいい。その安心からか、シェゾは剣に比べて気が楽だった。
シェゾは、空になったビンを重い気分ごと勢いよく海の彼方へ放り投げた。ビンはキレイな弧を描き、気持ちよく青い海の中へ消えるのだった。
「ん?」
ドロップを入れた袋に違和感を感じて振ると、2,3粒のドロップとともに4つ折にされた紙切れが掌に落ちた。
最初はサタンから受け取った(読めない)地図かと思ったが、それは自分のポケットに入っているはずである。疑問に思いながら紙を広げた。
『いつまで油売ってる気だ。
一体いつの間に滑り込ましたのやら。“向こうからの迎え”は、かなり意外な形で来たようである。
「・・・ホラな。何もせず待っていれば、必ず向こうから“動き”を見せてくるんだ」
シェゾの静かな自信ある演説にも、闇の剣は固く沈黙したままだった。