ハロウィンの聖夜
「Trick or treat!」
「もっとお菓子をちょうだい!さもないと、いたずらしちゃうぞー!」
仮装した子どもたちが口々に叫んでいる。闇に染まった小さな村のちょっとした広場。まわりの家々には明かりが灯り、人々は微笑みながら子どもたちにホームメイドのクッキーやキャンディーなどを配ってまわっていた。
今宵はハロウィン。妖精たちが夜風に誘われ、人々の前に姿を現す。ほとんどその姿は見られなくなった今でも、この村の人々はその存在を信じて毎年この催しを行っていた。
今宵だけ妖精たちは人間たちに囁く――――『Trick or treat!』と。
■ ■ ■
エメリアは、3つめのスポンジケーキを焼いていた。今夜、最後に訪ねてくるはずの子どもたちに配るためだ。
最近、少し豊かになったとはいえ、この村はまだまだ小さな村だった。子どもたちの数は知っている。ホールケーキを3つくらい焼いて、小さく切れば充分足りた。2層になったスポンジを丁寧にスライスして、小さな可愛い3センチ角の一口ケーキを16個作った。これなら、余るくらいはあるだろう。
子どもたちは周った家の数だけ菓子をもらう。あまり大きすぎても、食べきれずに捨てられてしまうだろうから、これで充分だ。代わりにトッピングに気を配り、可愛い砂糖菓子を豪華に盛り付けた。これならきっと、他の家の菓子にも見劣りはしない。
一つひとつの菓子を包むのには、今しがた仕事から帰ってきた夫のハワードにも手伝ってもらった。
「今年は何人くらい来たんだい?」
夫が聞いた。
「今年は10人くらいの子どもが3グループに分かれて来てるの。村も大きくなって、危ない場所も増えたから。だから今までに、20人くらいは来てるはずよ」
「へぇ。俺たちの子どもの頃は、好きな家に勝手に行って、菓子をもらいまくってたけどな」
「去年の騒動覚えてる? お向かいの家のマルサーくん、行方不明になっちゃったでしょ。知らない子と遊んでた、って言ってたけど、村の子どもの誰に聞いてもマルサーくんと遊んでないって。祭りの噂を聞いて、他の村からも人が来てるってことよ。子どもたちだけに、夜の村を歩かせるわけにいかないわ」
「そんなことあったんだ」
「ホントに、村の時勢には無関心ね。とにかく、次のグループで最後なの。少し急いで、もうすぐ来ちゃう・・・」
エメリアは時計を見た。もう、9時近くをさしている。最後のグループは9時頃に来る。焼き立てを出せそうだ。ハロウィンは、年に一度の村を上げてのお祭りだ。魔物や魔女に仮装した子どもたちが、各家を周ってお菓子を集めて周る、内容だけは有名な祭りだ。ただ、それを実施している村は少ない。子どもの数が多い村では、各家に負担がかかりすぎるので、ハロウィンも中止せざるを得ないところもあるのだろう。この村は、まだ比較的小さいので子どもたちをもてなすだけの大人はいた。
ただ、この村にも数年前から人が増えた。お菓子作りは大変だが、子どもたちが喜んでくれるのである。エメリアにとっても腕の見せ所で、お菓子作りの好きなエメリアはこのイベントが好きだった。時計の針が9時をさすと同時に、がやがやと騒がしい音が扉の向こうから聞こえてきた。話し声はエメリアの家の前で止まると、少々ふざけたようなノックが聞こえてきた。
「扉を開けて、人間さん」
これが最後のグループだ。やっと最後の包みを作り終え、急いで袋に入れて扉に向かった。エメリアが扉を開けると同時に、子どもたちが叫んだ。
『Trick or treat!』
途端に、ワッと歓声が上がる。扉の前の小悪魔たちは、扉が開いたと同時にきちんと台詞が言えるかどうかで、何か賭けをしていたらしい。成功したと、ジャック・オ・ランタンや魔女の仮面が口々に嬉しそうな笑い声を上げていた。
「Trick or treat!」
「Trick or treat!」
我先にと、黒いローブの中から小さな手を差し出す子どもたち。
「まぁ、怖い。これを差し上げますから、イタズラは勘弁してちょうだな」
エメリアは、袋の中から包みを取って、小さな手にひとつずつ乗せていった。
親に1人ひとつしかねだってはいけないと、よくしつけられているらしく、どの子もひとつ受け取ったらサッと手を引きお礼を言った。
「へへへ〜、ありがとね!」
「T forgive and forget!(これで勘弁してあげるよ!)」
思い思いに覚えたての台詞を口にして、彼らは夜の街への引き返していく。
最後の子どもは、姉弟らしい魔女の衣装の女の子と妖精のような格好をした男の子だった。
「Trick or treat!」 小妖精の男の子は、さっと両手を差し出した。
「一番、良いものを下さいな。さもなければ、酷い目にあわせますわよ」 にっこりと魔女の女の子はおしゃまに笑った。
「ええ、ええ。最後の子には、いつも最高の幸運があるのよ。はい、とっておきの砂糖菓子」
エメリアは、どうせ最後の子だからと、余った砂糖菓子を全て与えてやった。
「ありがと!」
「まぁまぁですわね」
魔女の女の子も、口ではそう言いながらも、とても嬉しそうだった。
最後の子どもたちが去って、エメリアは袋の中の残った包みを確認した。数を間違えていなければ、6つの包みが余っているはずだった。
「あら?」
もう一度、包みを入れた袋の中をのぞいてみる。余りがやはり2個しかない。トッピングに使った砂糖菓子はたしかに、最後の子に全て与えた。しかし、ケーキはもうすぐ帰ってくる子どもたちにも、と少し多めに作っておいたはずだった。
数が合わない。そんなはずはないんだけれど。
「ねぇ、貴方。ケーキ、もしかしてつまみ食いした?」
エメリアは、奥の窓から去ってゆく子どもたちを眺めていた夫のハワードを振り返った。
「はぁ?」
ハワードは、変装した子どもたちの仮面よりも変な顔をした。
「ケーキの数が合わないのよ。ちゃんと、数えたはずなのに」
エメリアは、一連の不思議な現象を説明した。
ハワードは「ふーん」と一瞬唸った後、少し面白そうな顔をした。
「こりゃひょっとして、“ホンモノ”がまぎれてたのかもな」
「え?」
「ハロウィンだろ? もしかしたら、ってこともあるんじゃないかな」
「貴方ッたら・・・」
「今年は、きっと豊作だぞ」
夫は、嬉しそうにそう言った。エメリアは夫ののん気な態度を見て、村の子どもを一瞬でも疑った自分を恥じた。
■ ■ ■
教会に帰ってきているはずの子どもたちを迎えに、エメリアは村の広場まで来た。
教会の前の広場には、自分のと同じように子どもたちを迎えに来た主婦たちが集まっていた。しかし、なぜか村長までいた。
「どうしたの?」
エメリアは、友だちの主婦に声をかけて事態を知った。
エメリアの家と同じように、どうやらあちこちの家で菓子が予想した数よりも減っていたというのである。
子どもの数はきちんと数えたのか、誰かが多く菓子をせしめてたんじゃないかと皆真剣になって論争している。
「いいじゃないの、ケーキの一つやふたつ」
エメリアは真っ先に反論したが、他の大多数の主婦も、当初エメリアが抱いた疑問と同じ意見だった。
「良くないわ。こういうことはきちんとしておかないと、子どもはすぐ調子に乗るんだから」
「ハロウィンは、子どもにとっては変装のお祭りだもの。仮面を取り替えてしまえば、簡単に他人になり済ませる」
「・・・何も、この村の子どもとは限らない。噂を聞きつけた他の村の子が、まぎれてたんじゃないかい? ほら、去年みたいに」
「だとすれば、引率役は何をやっとったんだ。頭数をきちんと数えていれば、こんなことにはならない。そのために今回はグループに分けたんじゃないか」
「ちょっと、祭りの夜に、こんな話やめようよ」
「いたずらの過ぎる子どもが悪いんじゃないか。しつけがなってないよ。砂糖やチョコレートはタダじゃないんだぞ」
「礼儀知らずよね、最近の子どもって。お菓子を作るのに、どれだけ大人が苦労しているか知らないんだから」
皆は口々に、勝手なことをのたまっている。エメリアは少し悲しくなったが、少し前まで自分も同じようなことを考えていたのだから強くも反論できなかった。
事態を見かねた村長が、少し残念そうに言った。
「来年からは、菓子とカードの交換制にしよう。あらかじめ、菓子を受け取る予定の子どもには、カードを一枚ずつ配っておく。菓子を配るときに、カードを回収するんだ。こうすれば、間違えて同じ子どもに菓子を2つ配ってしまうことも、他の村の子どもに菓子を与えてしまうこともない」
「いい考えね」
「さすがだよ、村長」
暗かった広場の雰囲気が、ぱっと蛍光灯のように明るくなった。
教会から、次々と人間に戻った子どもたちが、親に手を引かれて帰ってゆく。
その様子を見ながら、村長にひとりのおばあさんが声をかけた。
「冷たくなったねぇ。ワシらの子どもの頃は、菓子の一つやふたつでやいやい言わなかったよ」
村長も、少し悲しそうに答えた。
「昔は、粗末な菓子が多かったからね。笹の葉にくるんだ草もちとか、夕食の残りで作った団子とか。それが今はどうだろう。各家で、どの家がどれだけ高価な菓子を子どもに出せたかで競い合ってる」
「・・・この村も、豊かになったからね」
「ハロウィンは、元々は収穫祭。ハロウィンの夜、子どもたちに紛れて舞い降りる精霊や魔女の子どもにお菓子を与え、代わりに彼らの不思議な力で畑を護ってもらう。いわば、彼らとの親交を深める「約束」の日」
「もう、そんな伝説を信じる大人も少なくなったね」
「もし、彼らのおかげでこの村が豊かになったというのなら、・・・皮肉なものだね」
■ ■ ■
屋根の上から、村長とおばあさんの会話を聞いていたパノッティが、キャンディを舐めながら言った。
「来年からは、ここにも来れなくなっちゃうかもしれないね」
「仕方ないですわよ、人間社会も大変なんですわ。凶作とか、ケイキ停滞とかで。特にチョコレートなんて、向こうの世界でも貴重品らしいですもの」
隣で、チョコレートケーキを頬張りながら、ウィッチも答えた。
「サタンのおじちゃんの家には、たくさんあったよ?」
「あの塔は、世界の中でも一番異常な領域ですわ」
ウィッチは、サタンの塔にハロウィンのためだけに並べられたチョコレートの彫刻を思い浮かべて言った。今頃、あの塔ではその彫刻を囲んで、盛大なパーティが行われているはずである。ウィッチはそれに早い段階で参加して、目ぼしい薬酒や菓子をタダでせしめてとっとと帰ってきた。ウィッチはただ食いただ飲みは好きだったが、あまり賑やかな場所は好きではない。あの塔は一体なぜあそこまでそうなのだろう。ウチの店も、今、決して景気のいい方ではない。だのに、あの塔はまるで世の中の時勢などとは関係なく、別の時間軸上でことが進んでいるようだ。
「あ、この砂糖菓子、おいしい」
パノッティは、最後の家のおばさんからもらった砂糖菓子を頬張っていた。はむはむと、砂糖でできた白い天使を溶かそうと頑張っている。ウィッチは、その様子に「ガキですわね」と少し馬鹿にしたが、こういう時でも素直に菓子を頬張れるパノッティが、少し羨ましい気もした。
「それを食べたら、行きますわよ」
と、ウィッチはパノッティをせかした。パノッティは、目をぱちくりさせている。
「? どこへ?」
「人間との『古の約束』を果たしに、ですわ。私たち魔女や精霊は、人間から施しを受けたら、きちんとお礼をしなくてはなりませんのよ」
「何、それ」
ウィッチは、本気でため息をついた。
「呆れましたわね。これだから、行儀の知らない下級精霊は・・・。お菓子をいただいた人間の家は覚えていますこと?」
「うん、覚えてるよ」
「魔法の笛は、一応使えますのね」
「うん」
「なら、問題ありませんわ。いいですこと? お菓子をいただけた人間の家には必ず畑がありますから――――」
「あ、そうか」
パノッティは、やっと思い出したらしい。パノッティも、端くれとはいえ一応は精霊である。森の精霊から、一通りのことは教わっているらしい。
■ ■ ■
皆が寝静まった、真夜中に近い時間帯。何となく、重い気分でエメリアは窓の外を見ていた。
子どもたちは、すでに2階の部屋で寝付かした。ハロウィンではしゃぎすぎたのだろう。今年も各家からどっさりとお菓子を集めてきていた。母親が作った砂糖のケーキがたったのふたつでも、気にはしなかったらしい。エメリアはほっとしたが、気分は晴れやかではなかった。
何を自分は沈んでいるのか。
奇妙な気分ではあったが、エメリアはそれをあまり真剣には考えていなかった。
なんでもない、何となく気分が落ち込んでいるだけだ。明日になれば、気が沈んでいたことすら忘れるだろう―――。ふと、エメリアは夜の風の中に、不思議な音を聞いた。何の音? エメリアは耳を澄ました。
畑の方から、不思議な笛の音が聞こえてくる。聞いたことのない音楽だ。木で作った笛の音に似ている。
誰だろう? こんな時間に。
不思議に思って、エメリアはマントを羽織って裏手の畑の方へ出た。畑の端にいたのは、黄色い髪の男の子だった。妖精のような格好をしている。どこかでみたかしら、と思いながら、エメリアは近づいた。
よく見れば、手作りらしい笛を吹いている。聞いたことのない曲だから、上手いのかはわからない。ただ、不思議と気分の落ちつく音楽だった。
「ぼっちゃん、上手ねぇ」
エメリアが声をかけると、男の子はピタリと笛を吹くのをやめて、胸を張った。
「あったりまえだぃ! ボクの笛の音を聞くと、誰でも踊りたくなるんだ」
「本当、私も踊りたくなっちゃったわ」
お世辞だったが、本当かもしれなかった。実際、さっきまでの重たい気分が晴れやかになっている。男の子の吹く音楽に、何か不思議な力があったのだろうか。
男の子は言った。
「おばさん。お菓子、ありがとね!」
エメリアは一瞬、何のことだろうと思ったが、すぐに思い当たった。
「ハロウィンのことね。いいのよ、おいしかった?」
「とってもね! また、欲しいな」
「ええ、来年もまたおいで」
エメリアがそう言うと、男の子はちょっと驚いたような顔をした。
「本当? また、来ていいの?」
「もちろんよ」
「うん、必ず来るよ!」
にっこりと笑った顔は、どこか人間離れしていなくもなかった。
「そう言えば、貴方・・・早く帰ったほうがいいわ。ママが心配しているわよ」
「うん、もう帰る」
「送っていこうか」
「ひとりで大丈夫」
そう言うと、男の子はぱっと立ち上がって、街の方へ駆けていった。
ハロウィンの聖夜。どこからともなく現れるのは、人間の子どもか精霊の子か。