私の
SMは1970年から1975年の間に12,920台が生産され、日本へは
当時の西武自動車販売によりわずかに134台が輸入されました。
この車はその内の1台です。生産は1972年後半と思われますが、
シトロエン本社の記録によるとインボイスは1973年1月31日と
なっており、初登録は東京で1973年6月3日でした。
日本に正規輸入されたのは全て対米輸出仕様がベースになって
おり、本国仕様の可動式角型6灯ヘッドライトが固定の丸型4灯
シールドビームに変えられているのが外観上の最も顕著な変更点
でしたが、それ以外にもリア・ライセンスナンバーライトの形状、
前後フェンダー部に追設されたウィンカーランプ、反射板、更には
フロントのウィンカー・車幅灯の色など、細部が本国仕様とは
異なります。車体番号00SB9323は2.7l キャブレター、5速MT仕様
ですが、73年モデルからは3l キャブレター、BW製3速AT搭載の
00SDシリーズが日本にも輸入されました。
ところで、この私のSMは東京で最初のオーナーによって、極めて丁寧に維持されて居たようです。塗装も
オリジナルのグリーン・メタリック(Vert Argenté、カラーコードAC527)に全塗装してありました。1997年頃
まで最初のオーナーの許にあったようですが、その後、関西の愛好家の手を経て、1999年2月に私の処へ
やって来ました。その時点での走行距離は僅かに51,200KMでした。
流石に前オーナーも部品の入手には苦心されていた様ですが、私の許へ来てからはインターネットで
英、米、仏から部品をかき集め、約一年でかなり満足の行く状態に改善できました。
インターネットがあと10年早く普及していたなら、数多くのSMが朽果てる運命から免れたかも知れないと
思うと、残念でなりません。
2000年の春のフランス旅行の際、南仏の中古車屋で6灯の部品を入手し換装、さらにカーボン樹脂
ホイール(Roues Résines)を装着したので、外観面も随分改善出来ました。
メカニック泣かせのエンジン・コンパートメント。
発電機、エアコン・コンプレッサーは国産化してある。
楕円がモチーフのダッシュボード。
オリジナルの丸型4灯
同じくオリジナルのスティールホイール
2台目の
L'
AUTRE

S
ECOND
             

SMを初めて路上で見かけたのは、未だ二男が生まれる前でしたから1975年の秋だったでしょうか、GSで大阪中央環状線を走っていた時、信号待ちでふと前を見るとSMではありませんか!茶色メタリックで薄茶色の皮ジャンを来た中年の紳士が運転していました。信号が青に変わって、必死で追いかけましたがいとも簡単に置いていかれてしまいました。
それから4半世紀の時が過ぎ去り、念願叶ってグリーンのSMオーナーになった私のところにFさんという方から電話がありました。2001年4月のことです。高齢で目が不自由なので永年愛用して来たSMを、大事にしてくれる人に譲りたいとのこと。聞くとお住まいはご近所で、そのSMは27年間保有されている由。さらに訊ねると、確かに昔は皮ジャンを着て乗ってたことがありますとのこと。何とあの時のSMと中年の紳士ではありませんか!実に運命的なものを感じて後先考えずに譲って頂くことにしました。2台のSM,車台番号は14番しか違わず、略同時期に生産され日本にやって来た車だということが分ります。片方は東京で、もう片方は大阪でいずれも一人のオーナーにより大事に扱われて来たのが、30年近くを経て私の所で一緒になったという訳です。
このSM、13万km以上走ってまだまだ好調ですが、多少歳相応にくたびれている所もあるので、徐々に改善していく予定です。実はFさんからはもう1台、部品取り用のSMを譲り受けました。こちらはATで、当然3Lだと思っていたところ、エンジン形式114/C1から2.7Lであることが判明しました。然し未だ5万kmも走っていなくてエンジンは十分使えるとの主治医の見立てですので、エンジンの積み換えを計画しています。目下主治医が多忙なので、内外装他から手を加え始めました。

Chassis No.00SB9309, Colour:Brun Scarabée, 2.7litres, 5speed manual transmission
           その模様はこちらです
2号車は2003年10月、新しいオーナーの許へ嫁いで行きました。ついつい衝動買いしてしまったメラクのレストアが終わ
り、中々構って貰えず、不遇をかこっていた2号車の前に現れた白馬の騎士は大阪市内にお住まいのIさん。8台のクルマ
達が棲む素敵な新居で第4の人生のスタートを切ることになりました。
1号車(SB9323)は2004年5月に新しいオーナーさんの許へ嫁いで行きました。