東京都内の新オーナーNさんの自宅前にて。2004年7月。
本文にも書きましたが、このSMは1972年に製造、1973年1月にJavelのシトロエン工場から出荷され、1973年6月に東京で登録されました。その後1997年頃兵庫県西宮市の貴金属商Yさんの手に渡り、1998年には大阪市内のJ自動車に販売委託されていたのが偶々私の目にとまり、1999年2月に私の許に来ることになった訳です。
2003年の8月に、SMCJ会員になられた台東区のHさんからの情報で、このSMの最初のオーナーが上野にお住まいのFさん(故人)という資産家であったことが判明しました。HさんとFさんは旧知の仲で、HさんはこのSMが上野のパーキングの特製のリフトに乗っていたのを良く記憶されているとの事でした。Hさんに依ると、Fさんは多趣味な方で猟銃の他、パテックなどの腕時計の収集家でもあったそうです。Fさんが亡くなられた後、何故このSMが関西にやって来ることになったのか不思議だったのですが、恐らくFさんはパテックなどを通じて、貴金属商のYさんとお知り合いだったのだと思われます。
その様なことが分かって、2003年の秋に、フランスのシトロエン収集家のF氏からSM3号車を購入することになった私は、1号車を東京在住のNさんにお譲りすることになりました。
1号車にとっては、約7年ぶりの里帰りということになるでしょうか。
1号車を保有した5年間は、私にとって発見と驚きの連続でした。SMを知れば知るほど、その魅力の虜になる一方でした。5年間で約3万kmを走って、1号車からは本当に沢山のことを学び取ることが出来ました。5年前は全く五里霧中だった私が、今やSMに付いて一端のことを語れるようになったのも1号車のお蔭だと思っています。これからも、NさんにSMを所有し走らせることの歓びを与え続けてくれることを願って止みません。
我が家に来て間もない頃。軽井沢にて。ウォーター
ポンプシール不良のため、冷却水を継ぎ足しながら
約1千kmを走りきった。(お奨めは出来ません)
軽井沢には結局2度往復した。(1999年5月)
一番の遠出は九州へ(写真は阿蘇山にて)
2泊3日で約2千kmをノートラブルで駆け回った。
宗像市のマニア、Nさん宅を訪問したのもこの時。
(2000年2月)
2000年夏に6灯化が実現。
2001年3月瀬戸大橋与島SAでの瀬戸内ミーティング
にて。今治市のSさんのSMと共に。
カーボンホイールを手に入れて仕上がった状態。
2002年のシュアラスターミーティングに招かれて、
神戸市のフルーツフラワーパークにて。
ご存知、毎年福井県金津町で開催されている
フレンチトーストピクニック(FTP)にてタイムラリーを
走行中のショット。(2003年5月)
SB9323の想い出