前半にもどる

 「うるさぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!」

 今、3LDKのマンションの中は地獄だった。
 上機嫌の坂上が見覚えのないスーツで”出勤”していった時には、純はまだ眠っていた。俺も1日目ぐらいはおとなしく休んでやるか、と腹をくくっていた。
 それがどうだ、起きるなり純が泣き通しなのだ。親父の顔を忘れるのかお前は!!!
 ほ乳瓶を倒しながらも、ミルクを作った(これは2回ほどしたことがあるぞ)。泣くばかりでくわえない。頭ごと押さえてつっこんだら、ますます泣きやがった。抱いてみた。そっくりかえって暴れやがる。もう涙とよだれと鼻水で、俺の寝間着は胸から肩からべとべとだ。
 おまけに、臭い。無視したかったが怪しい臭気が立ちのぼっているのだ。最低だ。オムツとやらを替えなくては。
 そういえば、産院から退院する日だ、替えてみないかと誘われた。あんまり細くて小さいので触りたくなくて、『したことがない』と断ったのがまずかった。みるみるつり上がる目で『私だって昨日が初めてだった』といったきり背を向けられて、そういえばそれ以来シモの世話はしてないじゃないか。

 机の上に置かれた書き付けをみながら、お尻ふきだ紙おむつだ着替えだと、細々としたものを取りそろえる。その間も純は力弱くなりながらも泣き続けている。
 「黙れぇ!」つい、張り上げた声でまた泣き声が上がる。 ・・・何をやってるんだ、俺は。

 「あー、虐待してるんだぁ。」
 突然、降ってわいた脳天気な存在にしばらくは声も出なかった。純の泣き声だけが続いている。
 「何度鳴らしてもでないから、純君ほったらかしで出てるのかと思った。開いてましたよ。」
 「も・・・文部省。」
 馬鹿野郎、俺は性犯罪よりも更に、児童虐待が大嫌いだ。今はちょっとだけ気分が分かるが。
 「文科省ですってば」 
 すたすたと横を通り過ぎていったスーツ姿の風見は、こんにちわー純くぅんと声をかけるなり、しゃくり上げる赤ん坊を抱き上げて自分の膝の上で前を向かせるようにソファに座り、TVをつけた。
 なんで、なんでなんだ。泣かないじゃないか!!画面はCMだが、早いタイミングで動くキャラクターに目を奪われたのか、純は静かにTVに見入っている。更に腹の立つことに、振り向いた風見がこちらと目が合うとニィっと笑った。
 「オイ!・・コラ・・・」
 張った声にまた純が泣きかけたので、押さえると歯ぎしりが混じる。風見はといえば膝をゆすって話しかけ、またTVの画面に注意を向けさせた様だった。
  むかつく野郎だ。俺の息子なのに。
 「なにしてやがる、他人の家で!」俺の家だ。
 「非道いな〜、綴さんに頼まれたんですよ。様子を見てきてくれって。坂上さん、ついに戻るんですね。ちなみに、こっちに来たのは研修です。」
 「研修?」
 「最近は中学生にボランティアで子供の世話をさせるコースがあるんですよ。育児体験っていって。本来保育園は厚生労働省の管轄なんですけど、そういうことをするには幼稚園より保育園の方が都合がいい面もあって交流が進んでいます。」
 解説をしながら、純の涙その他でぐしょぬれの顔を器用にぬぐっていく。手慣れたもんだ。
 「純君も措置待機をしている園なんじゃないのかな。」
 ・・・何語だそれは。初耳だ。
 俺は、赤ん坊を抱くのは綴以来だぞ、と言うと 今は一人っ子が多いですからね、子供の扱いも教えないと機会がないんです。と答えが返ってきた。じゃお前の手つきの良さは何だ。
 女は家庭科・男は技術科だけ学んでいた時代と今とでは、人種も変わってきているんだろうか。
 「オムツ重たそうですよぉ」
 そういうと、風見はするすると横にした純のオムツをあけ始めた。
 「良かった、おシッコだけだぁ」
 ああ、息子で良かった。さすがに、新品をつけるのは交代して俺がした。

 落ち着いたのか、笑顔の出てきた純は風見の膝につかまって立ったまま、ヤツの持参した調理パンを欲しがり始めた。ちぎって分けている風見に、今更だが麦茶をすすめる。
 コップはカレーパンでなく食パンマンにしてくれと言われた。どれだ?
 「悪かったな。助かった。」そんな言葉も自然に言えた。
 昼休み・・・もうそんな時間だったのか。低く差し込む初冬の光に、舞うほこりがきらきら見えるリビング。今日初めて、ほっと一息ついた気がする。

 「こんなふうにしていると」
 沈黙を破って、嬉しそうに風見が言い出した。
 「僕たち夫婦みたいですよね」



 その後は、えらい騒ぎだった。
 我に返るとマンションの外廊下で投げ倒した風見の首を絞めているところで、あいつが連れたまま逃げていた純が俺のもう片方の腕の中で、また火が付いたように泣いていた。隣近所のドアが細めに開いて閉まった。だれか通報もしたらしくサイレンの音もする。
 心底参ったのは、この部屋の主人は”エラの張った細めの若い子”だと近所が思っていたことだ。
 引越の手伝いをさせた時にでも、愛想のいいこいつが綴に調子を合わせて挨拶らしき事を言ったんだろう。(俺は途中から事件で出かけていた)
 強盗か、俺は?俺の家なのに??
 乳児の親としても、エラの年頃が相応なことも否めない。疑いの眼差しが厳しい。俺は汚れた寝間着のまま警察手帳と一緒にリビングの家族写真まで所轄のぺーぺーに披露する羽目になった。
 「俺の子だ!そっくりだろうが!」
 「生え際あたりが特に」
 絞めた喉が治ったのか、横から余計な口をだす莫迦エラに一発かませるとまた制服の警官に睨まれた。2人組で来ていたもう1人が、寄ってきてうなづく。
 「そういうことでしたら・・・美人の奥さんにも確認取れましたので今日は帰りますが。騒ぎは困りますよ」
 「分かったらとっとと帰れ!お前もだエラ!」

 ツルツル捨てぜりふを吐いている風見から純をひったくって玄関を閉め切ると、やっとまた静寂が戻ってきた。なんて一日だ。ん・・・奥さんに・・・確認??

 電話のベルが鳴る。サンダル履きのまま固まっていると、留守番電話が動き始めた。
 ピー「丹波君。所轄から貴方の人相の問い合わせがあったわよ。お隣の奥さんからも、家の前で純をさらってご主人の首を絞めている人がいるって。・・・いったいどういうことなの??それから、”処分”の話も聞きました」

   メッセージはまだ続いている。
 どうする。腕の中で寝始めた子供もそうだが。休暇どころか、こんな日が2ヶ月も続いたら胃潰瘍の上にツルッぱげだ!
 誰か・・・一課に・・・いや、いっそ少年事件課でもいい、今すぐ現場に俺を帰してくれ・・・!!

 二の腕によだれの輪が広がり始めていた。
<END> 
 byじゃすみん 2001.10.8


あ〜楽しかった。
子供を抱いておろおろする丹波さんが観たくて、こんなものを
書いてしまいました。sp3ではいいパパになっていて一安心。
(「大きな家」は買ってませんでしたけど。綴はどこに住んでるの?)

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