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「・・・来なくて・・・。」 「何がっ?」 3月も終わろうとしているが朝はまだ寒い。 出勤の途中で坂上に止められて、いつもの自動販売機横でそんな話をされている丹波は、目に見えていらついていた。 これでも、ゆっくりと2人で過ごす夜にはもう少し優しい恋人であるのかもしれないが、お互いに多忙な身でそんな時間は滅多にとれない。だからこその自販機横なわけだが。 気まずい空気の2人の少し手前を、同僚の一団が足早に通り過ぎていく。 ため息をついた坂上は、前を開いたコートの内側で腹部に手をあてて、念を押すように首をかしげてささやいた。大きな瞳で彼を見据えながら。 「いる・・・みたいなの。」 言わなければ良かった。 何事も間の悪いことはあるもので、「妊娠」もその一つかも知れない。 ここ何日か、雑務に自分を追い込みながらも坂上の想いはやはりそこに戻っていくのだった。 1・大丈夫な筈だったのになんで。 2・よりによって何故人生の今この時? 3・先週のデートの前に分かってたら、ゆっくり話せたのに。なんでその後で?? いろんな意味で間が悪すぎる。 捜査で走り回っている恋人は、次にいつ会えるのか定かではないのだ。毎日連絡しないのが普通なだけに、こうなるとかえって呼びだしづらい。 思いあまってかけた電話も切られてしまったし。コールバックではこちらが電車の中。そんなところで「できちゃったかも」と言える神経を持ち合わせていない坂上は、「言いたいことがあるならサッサと言え!」とまた怒られてしまったのだし。 ついでに、彼の妹が同じ少年事件課だというのもよろしくない。昨日今日、明らかに様子の違うだろう自分を、怪訝そうに見守る視線を坂上は感じていた。 「あの・・・課長。」 大柄な体をデスク前でわざとらしく半回転させて向き合った綴が、声をかけてくる。 「お昼、どうします?」 「んー、今日はいいわ、食欲がないから。」 「そんなー!昨日もお昼抜きでしたよ、ダイエットですかぁ?」 曖昧な笑みを返して書類に戻る坂上の前で、綴はまだもじもじと去らずに言葉を続けた。 「それともぉ・・・悩み事とか? あ!お兄ちゃんとケンカしちゃったとか!!」 「綴ちゃん気にしないで外で食べてきて。」 さすがの駄目押しに綴が出ていって、どうせはかどらない書類を押しやった坂上は椅子の上で天井を仰いだ。 ”いい子なんだけど。そういう話を職場で大声でしない分別にちょっと欠けるんだわ。” 大体、図星だったときにどう答えろというのか。 朝、人生の大告白に恋人は、大きくタバコの煙を吐いて「わかった。」とだけ言い置いて行ってしまったのだ。 喜ぶとか、うろたえるとか、いっそ「駄目だ」「堕ろせ」と言ってくれたら悩みの半分が減るのかも知れない(別の悩みが増えるにしても)のに。 焦ってあんなところで言わなければ良かったのかも知れない。・・・それをリストの4番に加えて、悩みはまたぐるぐると回っていった。 一方の綴の足は、ダメ元で捜査一課に向かっていた。同居している兄だのに、このところは朝も夜もすれ違ってばかりだ。 ”だってねえ、なぁんか変よ、坂上課長。先週末デートだっていってた、その後からずっとじゃない?原因がお兄ちゃんじゃなくたって、知ってたっていいよねえ恋人(うふふ)の体調ぐらい!” そのお節介が硬派な兄の態度をますます頑なにさせていると知ってか知らずか、遅咲きの恋を実らせたくてうずうずしている妹なのだ。 そして。 午後一時。妙にニヤニヤと綴が戻り、デスクから怪しい指令を各所に回していることなど、悩みと胃のむかつき(つわり?)に襲われている坂上の知ったことではなかった。 |