U ふたりの仲麻呂
  孤竹と父忠臣が対座している。

忠臣「裴遉殿が、そなた達の舞をたいそう誉めておられたぞ。とりわけおまえのことをな」
孤竹「裴遉さまもお気の毒です。父上のために苦労なされて、さぞかし誉める言葉も見つ
 からなかったでしょうに」
忠臣「何を言う、帝からも、『この国随一の舞である』とのお言葉も頂いているではないか」
孤竹「言葉というものは、秋になれば散っていくものでございます」
忠臣「しかし、鬼にさらわれたと言う噂は広がったらしい。何しろ急なことであったからの」
孤竹「まぁ、鬼にですか?」
忠臣「主な者にしかこのことは知らされていないからの。それにな、ご存知でいらっしゃる
 帝まで、道真殿に小言をもらしたらしいぞ」
孤竹「まぁ、どのようなことを」
忠臣「帝はな、『竹取の翁にでもなって、孤竹という竹を探したいものじゃ』と」
孤竹「もったいのうございます」
忠臣「それほどまでに、そのほうの舞を愉しみにしているのじゃ。裴遉殿も、もう一度お願
 いしたいと。どうじゃ」
孤竹「父上、お許し下さいませ」(きっぱりと)
忠臣「なに?断ると言うのか、いったいどうしたのじゃ」
孤竹「気分がすぐれませぬ」
忠臣「2,3日もすればよくなるであろう」
孤竹「おそらく無理かとおもいます」
忠臣「穏やかじゃないの」
孤竹「父上、お尋ねしたいことがございます」
忠臣「なにかあるとは思っていたが」
孤竹「あの舞姫たちのことでございます」
忠臣「舞姫?」
孤竹「父上は申されました。日本はまだまだ若い。もっとすぐれた技術や文化を取り入れ、
 外交の水準を合わさなくてはならない。そして国を富まし、民の暮らしがよくなるようにす
 るのだと」
忠臣「そのとおりじゃ。こうしたお勤めの一つ一つにも、国運が掛かっていると思ってくれ。
 そのためにはいかなる犠牲をも払わねばならぬ」
孤竹「その犠牲が、あの舞姫たちでございますか?」

  舞姫1が上手から登場。

舞姫1「わたしたちのことよ」

孤竹「孤竹には難しいことなどわかりません。まして政のことなど、女が口にすべきことで
 はないのかもしれません。でも、このことだけは言っておきたいのです。
  あの舞姫たちとわたしとを、区別しないでほしいのです」

  続いて舞姫2が登場。

舞姫2「まぁ、大変なことをおっしゃった」

忠臣「舞姫たちとのぉー」

  舞姫3、登場。

舞姫3「わたし達と同じように扱って欲しいなんて」

孤竹「まさか父上、あの者たちを異国へお遣りになるつもりじゃ・・・」

  舞姫4、登場。

舞姫4「そのためにわたし達は、美しく育てられ、舞楽や学問まで身につけさせられたので
 す」

忠臣「聞いたのか・・・」
孤竹「舞は嘘をつきません。ときより、なんとも哀しげな表情を見せるときがあるのです。そ
 れがなんなのかわかりませんでした。
  そのときです。あのものたちが、独り言のように繰り返すことばを耳にしたのです。それ
 は、異国のことばでした」

  舞姫5、登場。

舞姫5「わたし達は、読み書きはできました。でも、生きたことばをしゃべらなければ、なん
 の役にもたちません」

忠臣「そうか、そこまで言うのなら話すが、舞姫たちは、大事な任務を任されたのじゃ」
孤竹「それではやっぱり・・・。どうしてあのものたちに・・・」

舞姫たち「これは、わたしたち女にしかできない仕事なのです」

忠臣「彼女たちには、どうしても唐まで無事に行ってもらわねばならない」
孤竹「唐へ?でも、今わたし達が接待しているのは、渤海の国の人達ではありません
 か?」

舞姫1「わたしたちはひとまず、その渤海の国に渡るのです」

忠臣「先ず、そこで唐のことを学び、長安へと向かうのだ」
孤竹「なぜそのようなことをするのですか?」

舞姫2「長安の王宮のなかに、日本について書かれた預言書があるからです」
阿倍仲麻呂記念碑
忠臣「阿倍仲麻呂を知っているであろう?」

コメント:『中国・西安市の興慶宮公園に立つ阿倍仲麻呂記念碑』
 三笠山の歌が「翹首望東天 神馳奈良辺 三笠山頂上 想又皎月圓」と中国語で刻まれている。


孤竹「派遣された唐で、御出世なされた方でしょう」
忠臣「吉備真備や玄肪などとともに,遣唐使として海
 を渡ったが、時の皇帝玄宗から厚い信任を受け、
 帰国のお許しが出なかった」

舞姫3「お戻りになったのは、真備さまと玄肪さまだ
 け」

忠臣「真備と玄肪のふたりは帰国したのだが、やが
 て藤原広嗣が乱を起こした」

舞姫4「真備さまはそれを鎮圧なされた」

忠臣「重要なのはそのあとのことだ」

舞姫5「仲麻呂さまに、帰国のお許しが出たのです」

忠臣「仲麻呂を迎えに、ふたたび真備は唐に渡った。そのときだよ、鑑真さまを日本にお
 連れしたのは・・・。
  しかし、仲麻呂の乗った船は難破し、日本に戻ることは叶わなかった」
孤竹「そのことが、あの者たちと関係があるのでしょうか?」

舞姫1「仲麻呂さまが、唐の使節になってまで日本に渡ろうとしたのは・・・」
舞姫2「仲麻呂さまは、あの預言書を読み解かれたのです」
舞姫3「帝を脅かす凶賊の名に、“仲麻呂”の文字がありました」
百万塔と陀羅尼経
忠臣「あの、恵美押勝が帝に取って代わろうと、
  叛乱を起こしたのだ」

コメント:『百万塔と陀羅尼経』
 この百万塔は、奈良時代に起った恵美押勝の乱(天平宝字8年)の平定を期に、国家安泰を願った称徳天皇の勅命によって百万個作られたうちの1つである。
 塔の中央部は筒状にえぐられており「陀羅尼経」が納められている。
 当時、奈良を中心として10ヵ寺に分置されたが、現在では法隆寺などに4万数千基残っているだけであるといわれている。

舞姫4「恵美押勝のもとの名は、藤原仲麻呂」
舞姫5「それを鎮圧したのも真備さまでした」

忠臣「それから百年以上も経っているのだが、ふ
 たたび宮中にそれ以上の災いが起こるらしい」
孤竹「災いが?」

舞姫1「真備さまの書にそのことが書かれていたのです」
舞姫2「それをお読みなされたのが道真さまです」
舞姫3「そして、今がその時代だということです」

忠臣「百年以上も経ったことなど、どうでもよいことではあったが、その予感が強かったの
 であろう、真備は仲麻呂の話を書き留めておいた」

舞姫4「かつて、聖徳太子さまが書かれた書物に、『未来記』と『未然記』がありました」
舞姫5「『未来記』は、四天王寺に奉納されたのですが、法隆寺に納められた『未然記』
 は、太子一族を滅ぼした蘇我氏の焼き討ちによって消滅したのです」

忠臣「つまり、真備は仲麻呂の話を信じたのだが、誰かに託す話ではなかった。
   かつて聖徳太子さまが仏教の教えを受けていた僧に、慧慈という方がおられた。か
 れは高句麗の僧であったが、太子の書かれた『未然記』の映しを持ちかえっていた」
孤竹「それではその預言書と言うのは?」
忠臣「太子さまの書かれた『未然記』だ」

舞姫1「それを仲麻呂さまは手にしたのです」
舞姫2「そこで、“仲麻呂”の文字を目にしたのです」
舞姫3「それが恵美押勝の乱でした」

忠臣「今度はそれを持ち帰るために、渤海の国から唐へ行くのだ」

舞姫4「高句麗は、唐を後ろ盾にした新羅によって滅ぼされました」
舞姫5「しかし王家は逃れ、渤海の国を造りました。そしてその書物は、貢物として唐に献
 上されていたのです」

孤竹「それではあの者たちは・・・」

舞姫たち「そうです。わたしたちは、なんとしても唐まで行かなくてはならないのです」

忠臣「阿倍仲麻呂が、玄宗皇帝から解読するように言われた書物は、聖徳太子が書かれ
 た『未然記』であった。そこには、帝を脅かす凶賊の名として“仲麻呂”の名があったのじ
 ゃ。
  もちろん、そのようなことはあり得るはずもない。三十年以上も唐にいたのだからな。し
 かし、解読しょうとしているのが“未然記”であれば、そのことを確認したくなったのだ。そ
 れが事実なら、百年後にふたたび宮中を騒がす事件が起きる。さすれば、それを鎮める
 方法も見つかると言うもの。
  そこで、玄宗皇帝に申し上げたのじゃ。在唐30年以上も経ちますれば、確認のしよう
 がございませんので、唐の使節として日本に派遣してもらいとうございます、とな」
孤竹「でも、仲麻呂さまは日本に戻ることはできませんでした」
忠臣「しかし真備には、もうひとりの“仲麻呂”のことがわかっていた。そこで警戒をも強め
 ていたところ、押勝の乱によって実証されたわけじゃ」
孤竹「それじゃ、宮中を騒がすことが起こるのも・・・」
忠臣「道真さまは、そう読んでおられる」
孤竹「わかりました。ところで裴禎さま達は、いつまでのご予定ですか?」
忠臣「春になるだろう」
孤竹「実を言いますと、この地に来て、新しい舞の構想が湧いていたのです。これをなんと
 か容にしたいので、それまでお待ち願いとうございます」
忠臣「新しい舞ともなれば、裴遉殿も喜ばれよう」
孤竹「父上、この舞は歓迎の舞ではございません。あの舞姫たちのために舞うことになる
 でしょう」
忠臣「舞姫たちも力づけられよう。しかし、なるべく早いうちがよい」

Vのあらすじ

 孤竹たちは舞を披露すべく出向いたのですが、酔客たちによって中座してしまいます。そ
こで孤竹は思い知らされたのです。彼らのことばで舞わねばならないと・・・。

                                 更新予定日 2003年正月13日

                 T章V章森の旅人